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二回戦/迷いが生まれる場所
二回戦の開始時刻が近づくにつれ、控室の空気は少しずつ張り詰めていった。
初戦のような高揚感はない。
代わりにあるのは、現実的な緊張。
「相手、強いな」
湊が小さく言った。
「地区優勝常連校」
樹が淡々と補足する。
「個々の精度が高い。特に判断速度」
「つまり?」
桜が首を傾げる。
「布上と同等、もしくはそれ以上」
樹は事実だけを告げた。
一瞬、視線が朔に集まる。
朔は、何も言わなかった。
(……同等、か)
初めて聞く評価だった。
今までは、
“チーム内では頭が回る”
“同年代では少し上”
そのくらいの認識だった。
同等。
それ以上。
(……勝てるのか)
胸の奥に、
初戦ではなかった感覚が生まれる。
⸻
「円陣、行こう」
蓮の声で、全員が集まる。
手を重ねる。
初戦よりも、少しだけ力が入る。
「布上」
蓮が言った。
「迷ったら、抱え込むな」
朔は、少しだけ目を見開いた。
「……分かってます」
本当に?
自分で、自分に問いかける。
⸻
観客席。
「……雰囲気、違うね」
碧が小さく言った。
「うん」
遥は画面を見つめたまま頷く。
「重い」
「え?そう?」
翠は首を傾げる。
「でも勝てるでしょ!」
「勝てるかどうかじゃない」
碧は静かに言った。
「“どう勝つか”」
遥は何も言わない。
ただ、指先をぎゅっと握っている。
⸻
試合開始。
初動から、相手の動きが違った。
「……速い」
湊が言う。
「無理に前出ないで」
朔が指示する。
「様子見」
相手は、焦らない。
こちらの動きを見て、
一瞬の隙を突いてくる。
「針瀬、下がって」
「……はい!」
悠が一歩引く。
その瞬間。
(……今、押せたか?)
朔の頭に、別の選択肢が浮かぶ。
初戦なら、迷わず指示を出していた。
でも今は。
(……外したら)
その一瞬の迷い。
相手は、逃さなかった。
「……来る!」
樹が言う。
「防御――」
朔が言いかけて、止まる。
(……いや)
攻めるか。
耐えるか。
判断が、遅れた。
「針瀬、耐えて!」
「――はい!」
悠は全力で踏ん張る。
でも、相手の圧が強い。
「……抜かれた」
湊が歯噛みする。
一気に不利になる。
控室。
桜が思わず声を上げかけて、口を押さえた。
「……大丈夫、大丈夫」
自分に言い聞かせるように呟く。
⸻
観客席。
「……今の」
翠が息を飲む。
「判断が遅れた」
碧は冷静に言った。
「ほんの一瞬」
遥は、何も言えない。
(……迷ってる)
初めて見る朔の顔だった。
⸻
「……切り替え」
朔は自分に言い聞かせる。
「次、立て直す」
声は、落ち着いている。
でも、胸の奥はざわついたままだ。
(……俺が迷った)
自覚した瞬間、
司令塔としての責任が、重くのしかかる。
「先輩」
悠の声。
「まだ行けます」
「……ああ」
迷いのない声。
それが、今は少しだけ眩しい。
⸻
凛は、モニターを見つめながら拳を握っていた。
(……同じ部員なのに)
朔の迷いが、分かる気がした。
自分も、似た感覚を知っている。
“失敗したらどうしよう”
“自分のせいだったら”
その怖さ。
(……でも)
悠は、迷っていない。
凛は、その差を痛感する。
⸻
「布上」
蓮が小さく声をかける。
「次、どうする?」
一瞬。
朔は、視線を上げた。
「……攻める」
「根拠は?」
「……相手は、俺が迷う前提で来てる」
自分の迷いを、逆手に取る。
「一回、強気で行く」
「針瀬、耐えすぎるな」
「前、出ていい」
「……はい!」
悠の声が、力強く返る。
⸻
試合は、再び動き出す。
まだ、勝敗は見えない。
でも。
朔は、迷いを抱えたまま――
それでも前に立っている。
それが、二回戦だった。
勝負は続く。
感情も、続く。
誰かが強くて、
誰かが揺れて、
誰かが追いつこうとする。
布上朔は、まだ知らない。
誰かに必要とされる理由を。
でも。
迷いながら立ち続けることも、
その理由の一つなのかもしれないと――
ほんの少しだけ、思い始めていた。




