表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰かに必要とされる理由を、僕はまだ知らない  作者: 優未緋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/21

15


勝ったあと/同じ場所、違う距離


 初戦を終えた控室は、少しだけ騒がしかった。


 勝った直後特有の、浮ついた空気。

 でも、次の試合が控えているせいか、完全には緩まない。


「いやー、やっぱ大会はいいね!」

 神々桜が椅子に腰掛けながら言う。

「勝つと全部楽しくなる!」


「負けたら地獄ですけどね」

 斎が即座に返す。


「そういう現実的なこと言わない!」

「現実から目を背けないタイプなんで」


 軽口が飛ぶ。


 朔は、その輪の少し外でペットボトルを握っていた。

 冷たい感触が、指先から意識を現実に引き戻す。


(……勝ったんだよな)


 画面の中で、

 自分の声が、確かにチームを動かしていた。


 不思議な感覚だ。


 誇らしい、というより――

 まだ実感が追いついていない。


「先輩」


 声をかけてきたのは、悠だった。


 いつも通りの距離。

 でも、今日は少し近い。


「水、飲んでください」

「……ありがとう」


 受け取った瞬間、

 指が触れそうになって、触れない。


「初戦、完璧でした」

「完璧ではない」

「でも、ほぼ完璧です」


 悠はそう言って、少しだけ笑う。


「先輩が指示出すと、迷わなくて済みます」

「……皆がちゃんと動くからだ」

「それをまとめてるのが先輩です」


 真っ直ぐな言葉。


 逃げ道がない。


「……そう言われると、困る」

「困ってください」


 悠はあっさり言った。


 朔は、言葉に詰まる。



 一方、少し離れた場所。


 条鋼凛は、控室の端で座っていた。

 膝の上で手を組み、視線は床。


 でも、耳は勝手に拾ってしまう。


「……先輩」


 悠の声。


 その距離感。


(……近い)


 同じ部員。

 同じ場所。


 それなのに、

 自分はあそこに立てない。


 理由は分かっている。

 経験も、役割も、まだ足りない。


 それでも。


(……それだけ、かな)


 胸の奥が、少しだけ苦しくなる。


 凛は、その感情に名前をつけない。


 まだ、つけられない。



 観客席では、三人がそれぞれ違う空気で座っていた。


「……次も勝てそうだね」

 碧が静かに言う。


「うん」

 遥は短く頷く。

「でも、簡単じゃない」


「えー?もうここまで来たら行けるでしょ!」

 翠が明るく言う。

「ね?碧!」


「……油断はしない方がいい」

 碧は苦笑する。


 遥は、画面を見つめたまま言った。


「……さっきの試合」

「うん?」

「朔、私の知らない顔してた」


 碧の指が、少しだけ止まる。


「……司令塔の顔だね」

「分かってる」


 分かっている。

 だからこそ、言葉が少ない。


 翠は二人の空気を察して、わざと明るく言った。


「でもかっこよかったよね!」

「……それは否定しない」

 遥が答える。


 碧は、小さく息を吐いた。


(……支えるって、こういうこと)


 分かっているつもりだった。

 でも、思ったより、胸が揺れる。



「次、対戦相手決まりました」

 樹が淡々と告げる。

「さっきより、格上です」


「燃えるじゃん」

 湊が笑う。


「燃える前に対策」

 蓮が即座に言う。

「布上、どう見る?」


 視線が集まる。


 朔は一瞬だけ考え、答えた。


「……初動は相手が強気に来る」

「針瀬は無理しないで、耐える」

「俺が合図出すまで、全員我慢」


「了解」

 悠。


「分かりました」

 凛も、小さく頷く。


 自分の名前が指示に含まれる。


 それだけで、

 胸の奥が少しだけ温かくなる。



 短い休憩時間。


 廊下に出た朔の背中に、声がかかった。


「……朔」


 遥だった。


「少し、いい?」

「……ああ」


 二人は、自販機の前で並ぶ。


「無理してない?」

「してない」

「……即答すぎ」


 遥は苦笑する。


「でも」

 一拍置いて。

「今日の朔、嫌いじゃない」


「それ、どういう意味だ」

「そのまま」


 遥は視線を逸らした。


「……置いていかれそうだなって思っただけ」


 その一言が、胸に刺さる。


「置いていくつもりはない」

「知ってる」


 遥はすぐに言った。


「でも、知らない場所に行くんだなって」

「……」


 朔は、何も言えなかった。



 控室に戻ると、悠がすぐに気づいた。


「先輩、どこ行ってたんですか」

「ちょっと、空気吸いに」

「……次、勝ちましょうね」


 迷いのない言葉。


 期待。

 信頼。

 そして、好意。


 全部が、まっすぐ向けられる。


「……ああ」


 短く答える。


 それだけで、

 悠は満足そうに頷いた。


 凛は、そのやり取りを黙って見ていた。


(……近いな)


 でも。


(……私も、同じ部員だ)


 そう言い聞かせて、

 視線を前に戻す。



 知世が、壁にもたれながら言った。


「次、行くよー」

「ルール守って」

「怪我しないで」


 一拍置いて。


「……でも、楽しんできな」


 その言葉に、全員が背筋を伸ばす。


 勝負は、続く。


 恋も、静かに進む。


 誰かが前に出て、

 誰かが立ち止まって、

 誰かが追いつこうとする。


 その全部が、

 同じ時間に起きている。


 布上朔は、まだ知らない。


 誰かに必要とされる理由を。


 でも。


 必要とされている実感だけは、

 少しずつ、確かに――

 重くなり始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ