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誰かに必要とされる理由を、僕はまだ知らない  作者: 優未緋


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14/20

14


初戦/円の内側に立つ


 大会当日の朝は、いつもより少し早く目が覚めた。


 布上朔は天井を見つめたまま、しばらく動かなかった。

 胸の奥で、心臓が一定のリズムを刻んでいる。


(……緊張、してるな)


 嫌な感じじゃない。

 ただ、身体が正直なだけだ。


 制服に着替え、鞄を肩にかけて家を出る。

 駅へ向かう道の途中、足音が重なった。


「遅い」


 隣に並んだのは、釘宮遥だった。

 ショートボブの髪が朝の風に揺れる。


「集合時間ぴったりだろ」

「大会の日に“ぴったり”は遅いの」


 相変わらず理不尽だ。


「緊張してる?」

「……少し」

「ふーん」


 遥はそれ以上何も言わない。

 励ましもしないし、不安を煽りもしない。


 ただ、隣にいる。


 それだけで、朔の肩の力は少し抜けた。



 会場は、想像していたよりもずっと大きかった。


 ずらりと並ぶブース。

 光るモニター。

 ざわめく観客席。


「うわ、これ高校生の大会だよな?」

 湊が目を輝かせる。


「そうだよ」

 斎が呆れたように言う。

「浮かれすぎ」


「でもテンション上がるだろ」

「それは否定しない」


 控室に入ると、空気が一段落ち着いた。


 そこには、いつものeスポーツ部のメンバーが揃っている。


 部長の条鋼蓮。

 副部長の神々桜。

 分析役の貝塚樹。

 同級生の湊と斎。

 そして一年生の、針瀬悠と条鋼凛。


 凛は兄の少し後ろで、ヘッドセットを首にかけたまま立っていた。

 両手をぎゅっと握っている。


「凛、緊張してるな」

 桜が明るく声をかける。

「大丈夫大丈夫!最初はみんなそう!」


「は、はい……」

 凛は小さく頷いた。


 その視線が一瞬だけ、朔に向く。

 すぐに逸らされるが、確かに交差した。


(……同じチームなんだよな)


 朔はそう思って、何も言わなかった。



「よし」


 蓮が一歩前に出る。


「円陣、組もう」


 桜がすぐ反応した。


「はいはーい!円陣円陣!」

「テンション上げすぎ」

 斎が言う。


「いいのいいの!こういう時は勢い大事!」

 桜は笑いながら手を差し出す。


 自然と、全員が集まる。


 円ができる。


 朔は一瞬だけ迷ってから、その輪に加わった。


 視線が集まる。

 気づけば、中心に立っている。


「ここまで来た」

 蓮が静かに言う。

「やることは、いつも通りだ」


「理論上、勝てます」

 樹が淡々と補足する。


「よし、安心」

 湊が笑う。


「布上」

 蓮が朔を見る。

「頼む」


 喉が鳴る。


 朔は息を吸って、短く言った。


「……勝とう」


 一言だけ。

 でも、逃げない声。


「勝ちましょう」

 悠がすぐに続く。


「当然」

 湊。


「負ける気しないっす」

 斎。


「が、頑張ります……!」

 凛が少し遅れて声を出し、手を強く握った。


「よし!」

 桜が締める。

「青春しよー!!」


「余計なこと言わなくていい」

 蓮が即座にブレーキをかける。


 少し離れた場所で、顧問の神々知世が腕を組んで見ていた。


「……いい顔してるじゃん」


 誰にも聞こえない声で、そう呟く。


「勝ちに行く顔だ」



 観客席。


 並んで座っているのは、遥、碧、そして翠。


「始まるね」

 碧が静かに言った。


「うん」

 遥は画面から目を離さない。

「いつも通りでいい」


「いつも通り!?」

 翠が身を乗り出す。

「全国大会だよ!?湊ー!がんばってー!!」


「声でかい」

 遥が即座に突っ込む。


「応援は全力でしょ!」

 翠は気にしない。


 三人は同じ試合を見ている。

 でも、見ている“距離”は違う。



 試合開始。


 画面が切り替わった瞬間、朔の意識は一気に集中した。


「初動、慎重。視界優先」

 声が自然に出る。


「前線維持します」

 悠。


「回る?」

 湊。


「まだ。待て」


 相手の動き。

 癖。

 間。


(……見える)


 相手が仕掛けてきた瞬間。


「針瀬、耐えて!」

「はい!」


 悠が前線で踏ん張る。


 控室で、桜が思わず声を上げる。


「悠ちゃんナイス耐え!」

「静かに」

 蓮が即止める。


 観客席。


「……今、耐えてる」

 碧が小さく呟く。


 遥は息を詰めて画面を見る。


「すご……」

 翠が思わず言った。


「今だ」

 朔が言う。


「湊、右!」

「了解!」


 一気に流れが傾く。


 凛は控室で、モニターを見つめていた。


(……同じ部員なのに)


 司令塔としての朔は、少し遠い。


 最後は、朔の一言。


「――詰める」


 勝利表示。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間。


「よっしゃあああ!!」

 真っ先に叫んだのは桜だった。


「初戦突破ー!!」

「布上くん最高!!」


「うるさいっすよ、桜先輩」

 斎が呆れたように言う。


「褒めてるんだからいいでしょ!」


 観客席では、翠が立ち上がる。


「やったーー!!湊ー!!」


 遥は小さく息を吐いた。


「……勝ったね」


 碧は、少し遅れて頷く。


(……やっぱり)


 誇らしくて、

 少しだけ遠い。



 控室に戻ると、空気が一気に緩んだ。


「ナイスゲーム」

 蓮が言う。


「先輩」

 悠が朔の隣に来る。

「指示、完璧でした」

「……ありがとう」


「かっこよかったです」

「……今言うな」


 悠は笑う。


 その距離を、凛は少し離れた場所から見ていた。


(……私は)


 同じ円の中。

 同じ部員。


 それでも感じる距離。


 知世が手を叩く。


「はいはい、次もあるから気抜かない」

 一拍置いて、少しだけ柔らかく言った。

「……でも、よくやった」


 大会は、まだ始まったばかりだ。


 勝負も。

 恋も。


 布上朔は、まだ知らない。


 誰かに必要とされる理由を。


 でも――

 円の中心に立ったこの瞬間、

 それを感じ始めていた。


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