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初戦/円の内側に立つ
大会当日の朝は、いつもより少し早く目が覚めた。
布上朔は天井を見つめたまま、しばらく動かなかった。
胸の奥で、心臓が一定のリズムを刻んでいる。
(……緊張、してるな)
嫌な感じじゃない。
ただ、身体が正直なだけだ。
制服に着替え、鞄を肩にかけて家を出る。
駅へ向かう道の途中、足音が重なった。
「遅い」
隣に並んだのは、釘宮遥だった。
ショートボブの髪が朝の風に揺れる。
「集合時間ぴったりだろ」
「大会の日に“ぴったり”は遅いの」
相変わらず理不尽だ。
「緊張してる?」
「……少し」
「ふーん」
遥はそれ以上何も言わない。
励ましもしないし、不安を煽りもしない。
ただ、隣にいる。
それだけで、朔の肩の力は少し抜けた。
⸻
会場は、想像していたよりもずっと大きかった。
ずらりと並ぶブース。
光るモニター。
ざわめく観客席。
「うわ、これ高校生の大会だよな?」
湊が目を輝かせる。
「そうだよ」
斎が呆れたように言う。
「浮かれすぎ」
「でもテンション上がるだろ」
「それは否定しない」
控室に入ると、空気が一段落ち着いた。
そこには、いつものeスポーツ部のメンバーが揃っている。
部長の条鋼蓮。
副部長の神々桜。
分析役の貝塚樹。
同級生の湊と斎。
そして一年生の、針瀬悠と条鋼凛。
凛は兄の少し後ろで、ヘッドセットを首にかけたまま立っていた。
両手をぎゅっと握っている。
「凛、緊張してるな」
桜が明るく声をかける。
「大丈夫大丈夫!最初はみんなそう!」
「は、はい……」
凛は小さく頷いた。
その視線が一瞬だけ、朔に向く。
すぐに逸らされるが、確かに交差した。
(……同じチームなんだよな)
朔はそう思って、何も言わなかった。
⸻
「よし」
蓮が一歩前に出る。
「円陣、組もう」
桜がすぐ反応した。
「はいはーい!円陣円陣!」
「テンション上げすぎ」
斎が言う。
「いいのいいの!こういう時は勢い大事!」
桜は笑いながら手を差し出す。
自然と、全員が集まる。
円ができる。
朔は一瞬だけ迷ってから、その輪に加わった。
視線が集まる。
気づけば、中心に立っている。
「ここまで来た」
蓮が静かに言う。
「やることは、いつも通りだ」
「理論上、勝てます」
樹が淡々と補足する。
「よし、安心」
湊が笑う。
「布上」
蓮が朔を見る。
「頼む」
喉が鳴る。
朔は息を吸って、短く言った。
「……勝とう」
一言だけ。
でも、逃げない声。
「勝ちましょう」
悠がすぐに続く。
「当然」
湊。
「負ける気しないっす」
斎。
「が、頑張ります……!」
凛が少し遅れて声を出し、手を強く握った。
「よし!」
桜が締める。
「青春しよー!!」
「余計なこと言わなくていい」
蓮が即座にブレーキをかける。
少し離れた場所で、顧問の神々知世が腕を組んで見ていた。
「……いい顔してるじゃん」
誰にも聞こえない声で、そう呟く。
「勝ちに行く顔だ」
⸻
観客席。
並んで座っているのは、遥、碧、そして翠。
「始まるね」
碧が静かに言った。
「うん」
遥は画面から目を離さない。
「いつも通りでいい」
「いつも通り!?」
翠が身を乗り出す。
「全国大会だよ!?湊ー!がんばってー!!」
「声でかい」
遥が即座に突っ込む。
「応援は全力でしょ!」
翠は気にしない。
三人は同じ試合を見ている。
でも、見ている“距離”は違う。
⸻
試合開始。
画面が切り替わった瞬間、朔の意識は一気に集中した。
「初動、慎重。視界優先」
声が自然に出る。
「前線維持します」
悠。
「回る?」
湊。
「まだ。待て」
相手の動き。
癖。
間。
(……見える)
相手が仕掛けてきた瞬間。
「針瀬、耐えて!」
「はい!」
悠が前線で踏ん張る。
控室で、桜が思わず声を上げる。
「悠ちゃんナイス耐え!」
「静かに」
蓮が即止める。
観客席。
「……今、耐えてる」
碧が小さく呟く。
遥は息を詰めて画面を見る。
「すご……」
翠が思わず言った。
「今だ」
朔が言う。
「湊、右!」
「了解!」
一気に流れが傾く。
凛は控室で、モニターを見つめていた。
(……同じ部員なのに)
司令塔としての朔は、少し遠い。
最後は、朔の一言。
「――詰める」
勝利表示。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
「よっしゃあああ!!」
真っ先に叫んだのは桜だった。
「初戦突破ー!!」
「布上くん最高!!」
「うるさいっすよ、桜先輩」
斎が呆れたように言う。
「褒めてるんだからいいでしょ!」
観客席では、翠が立ち上がる。
「やったーー!!湊ー!!」
遥は小さく息を吐いた。
「……勝ったね」
碧は、少し遅れて頷く。
(……やっぱり)
誇らしくて、
少しだけ遠い。
⸻
控室に戻ると、空気が一気に緩んだ。
「ナイスゲーム」
蓮が言う。
「先輩」
悠が朔の隣に来る。
「指示、完璧でした」
「……ありがとう」
「かっこよかったです」
「……今言うな」
悠は笑う。
その距離を、凛は少し離れた場所から見ていた。
(……私は)
同じ円の中。
同じ部員。
それでも感じる距離。
知世が手を叩く。
「はいはい、次もあるから気抜かない」
一拍置いて、少しだけ柔らかく言った。
「……でも、よくやった」
大会は、まだ始まったばかりだ。
勝負も。
恋も。
布上朔は、まだ知らない。
誰かに必要とされる理由を。
でも――
円の中心に立ったこの瞬間、
それを感じ始めていた。




