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大会前夜/それぞれの立ち位置
その話題が出たのは、放課後の部室だった。
「全国高校eスポーツ大会、地区予選のエントリー、今日までね」
顧問の神々知世が、椅子にだらしなく座ったまま言った。
一瞬、空気が止まる。
「……今日?」
斎が素で聞き返す。
「今日」
知世は即答した。
「だって今日までだし」
「雑すぎません?」
「でも正しい」
蓮が軽くため息をつく。
「準備はできてる?」
「個人情報と同意書は揃ってます」
樹が淡々と答える。
「メンバー登録も問題ない」
「よっしゃああ!」
桜が立ち上がった。
「大会だ大会!青春だー!」
「うるさい」
斎が即ツッコミを入れる。
そのやり取りを、朔は椅子に座ったまま聞いていた。
(……大会)
胸の奥が、少しだけ硬くなる。
好きだ。
楽しい。
でも――怖い。
勝負は、結果がすべてだ。
評価も、視線も、はっきり形になる。
(……俺なんかが)
そう思いかけた瞬間。
袖が、軽く引かれた。
「……先輩」
悠だった。
いつもの距離。
いつもの声。
「出ましょう」
悠は迷いなく言った。
「勝ちましょう」
短くて、強い言葉。
朔は一度だけ息を吐いて、頷いた。
「……ああ」
それだけで、胸の硬さが少し和らいだ。
「決まりだね」
蓮が穏やかに言う。
「このメンバーで行こう」
知世が適当に拍手する。
「じゃ、申請出しとくね〜。勝ったら先生テンション上がるから」
「条件付き応援やめてください」
斎。
「勝てばいいんだよ」
知世は笑った。
⸻
練習が始まる。
モニターが並び、ヘッドセットが装着される。
画面が映った瞬間、
朔の空気が変わった。
背筋が伸び、視線が鋭くなる。
「初動は慎重。相手の癖見る」
朔の声は静かだが、迷いがない。
「針瀬、前出すぎないで耐えて」
「はい」
「湊、回り込むのは俺の合図待ち」
「了解」
指示が噛み合う。
「……やっぱ布上、司令塔だな」
斎が小声で言う。
「判断が早い」
樹が淡々と続ける。
画面の中で、有利が積み重なっていく。
「勝ち筋見えた。詰めよう」
朔の一言で、試合が決まる。
「ナイス!」
「今の完璧!」
部室が一気に沸く。
「はいはいはい!!」
桜が椅子を蹴って立ち上がる。
「今の布上くん、完全に主人公ムーブでしょ!?」
「練習中」
蓮が穏やかに止める。
「でもかっこいいもん!」
「集中」
朔が短く言うと、
桜が即座に背筋を伸ばした。
「はい!!」
笑いが起きる。
その空気の中で――
部室の端。
条鋼凛は、兄の少し後ろに立っていた。
モニターの外側。
邪魔にならない位置。
でも、視線は自然と一か所に向いてしまう。
布上朔。
試合中の声。
迷いのない指示。
画面を見据える横顔。
(……すごい)
言葉にはしない。
できない。
隣にいる針瀬悠を見ると、
凛は無意識に視線を落とした。
悠は当たり前のように朔の隣にいて、
当たり前のように応えている。
(……仲、いいな)
羨ましい、とは思わない。
ただ、胸の奥が少しだけ、きゅっとする。
それが何なのか、
凛はまだ言葉にできなかった。
⸻
練習が終わると、空気は一気に緩む。
ヘッドセットを外した朔の隣に、
悠が自然に近づいた。
「先輩」
「ん」
「今日の指示、すごく綺麗でした」
「……そうか」
「はい。好きです」
さらっと言う。
さらっと言って、笑う。
「……急に言うな」
朔が頭を掻く。
「急じゃないです」
「え?」
「ずっと思ってました」
朔は言葉を失いかける。
「はいはい距離ゼロ日常〜」
湊が楽しそうに言う。
「うるさい」
朔が即返す。
「健全ならOK」
蓮が即断する。
「顧問も同意」
知世がだらっと頷く。
そのやり取りを、
遥と碧が入口で見ていた。
「……相変わらず強いね」
遥が腕を組む。
「うん」
碧は静かに答える。
「いろんな意味で」
二人の視線が、
自然と悠に向く。
そして――朔へ。
それぞれ、
違う距離で、
違う立ち位置で。
同じ人を見ている。
⸻
凛は、その光景を少し離れた場所から見ていた。
自分は、輪の外だ。
それは分かっている。
納得もしている。
でも。
(……それでも)
視線は、離れなかった。
大会が始まる。
勝負が動く。
そして、
恋もまた、同時に動き始めている。
誰が一番近いのか。
誰が選ばれるのか。
まだ、誰にも分からない。
ただ一つ確かなのは――
この場所で、
この時間で、
それぞれの想いが、
確かに重なり始めているということだった。




