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誰かに必要とされる理由を、僕はまだ知らない  作者: 優未緋


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11


 月曜日の朝は、少しだけ落ち着かない。


 針瀬悠は、一年生の昇降口で靴を履き替えながら、

 無意識に視線を上げていた。


 二年生の教室がある方向。


(……いない)


 分かっている。

 朝のホームルームが違う。

 教室も、階も違う。


 それでも、

 探してしまう。


 金曜日の放課後から、

 ほんのわずかに変わった空気。


 言葉にするほどじゃない。

 でも、触れていた距離があるからこそ、

 分かってしまう違和感。


(……金曜の帰り)


 悠は、廊下を歩き出す。


 自分の教室へ向かう途中、

 二年生の廊下と交差する階段の前で、

 ほんの一瞬、足を緩めた。


 生徒が流れてくる。

 知っている顔も、いくつか。


 でも、

 目的の姿はない。


(……当然ですね)


 自嘲気味に、心の中で呟く。


 今までが、近すぎただけ。



 午前の授業が終わる。


 チャイムと同時に、廊下が騒がしくなる。


 悠は教室を出ると、

 流れに逆らわないように歩きながら、

 視線だけを巡らせていた。


(……やっぱり、探してる)


 自覚して、

 小さく息を吐く。


 昼休み。


 購買へ向かう途中、

 曲がり角の向こうに、見慣れた背中を見つけた。


 布上朔。


 一瞬だけ、足が止まる。


 話しかける理由はない。

 でも、視線は離れない。


 歩き方。

 肩の力。

 視線の落とし方。


(……やっぱり)


 金曜日の帰りから、

 ほんの少しだけ変わっている。


 誰かと、

 ちゃんと話した後の空気。


 悠は、すぐに近づかなかった。


 今日は、触れない。

 今日は、確認する日だ。



 午後。


 階段ですれ違った時、

 ようやく視線が合う。


「……おはようございます」

「……おはよう」


 それだけ。


 距離はある。

 でも、拒絶じゃない。


 それが分かるから、

 悠は踏み込まない。


(……部活前)


 話すなら、

 その時だ。



 放課後。


 部活へ向かう生徒の流れの中で、

 悠は意を決して足を止めた。


「……先輩」


 朔が振り向く。


「部活の前に」

 一拍。

「少し、話したいです」


 朔は、ほんの一瞬だけ考えてから頷いた。


「……分かった」


 短い返事。


 でも、

 ちゃんと向き合う返事。


 それで、十分だった。



 部室の外。


 夕方の光が、廊下に長い影を落としている。


 人の気配はない。

 遠くから、誰かの笑い声だけが聞こえる。


 悠は、深呼吸をひとつした。


「……先輩」


 朔が、こちらを見る。


「金曜の帰り」

 一拍。

「誰かと、ちゃんと話しましたよね」


 朔は、一瞬だけ目を見開いた。


 否定しない。


「……ああ」


 それだけで、答えは十分だった。


 悠は、視線を逸らさずに続ける。


「土日を挟んで」

「空気が、少し変わりました」


 責める声じゃない。

 探る声でもない。


 確認する声。


「……幼馴染の先輩ですね」


 朔は、少しだけ黙ってから頷く。


「……そうだ」


 悠は、小さく息を吐いた。


「分かりました」


 一拍。


「私は」

「それが、嫌じゃありません」


 朔が、眉をひそめる。


「……嫌じゃない?」

「はい」


 悠は、落ち着いた声で続ける。


「先輩には」

「積み重ねた時間があります」

「関係も、歴史も」


 否定しない。

 壊さない。


 でも。


「でも」

 一拍。

「私は、そこで引く気はありません」


 声は穏やか。

 けれど、揺れない。


「奪いたいわけじゃないです」

「追い出したいわけでもありません」


 一歩、近づく。


 でも、触れない。


「……私は」

「選ばれたいだけです」


 その言葉は、

 甘さよりも、覚悟を含んでいた。


 朔は、しばらく黙ってから言う。


「……俺は」

「まだ、決めきれない」


 正直な言葉。


 逃げじゃない。


 悠は、少しだけ微笑んだ。


「知っています」

「だから」


 そっと、袖を掴む。


 軽く。

 逃げられる強さで。


「……私は、隣にいます」


 抱きつかない。

 迫らない。


 でも、

 消えない。


 朔は、その手を振り払わなかった。


「……それでいいのか」

「はい」


 即答。


「選ばれなくても」

「嫌われなければ」

「……私は、進めます」


 それは、

 年下だからこそ出した、

 背伸びじゃない覚悟だった。


 部室のドアが開く。


「お、始めるぞー」

 湊の声。


 日常が、戻ってくる。


 悠は、手を離す。


「……行きましょう」

「ああ」


 二人は並んで歩き出す。


 距離は、ゼロじゃない。


 でも、

 確実に、途切れない距離。


 朔は、歩きながら思う。


 自分は今、

 追われているわけじゃない。


 選び続ける時間を、許されている。


 その重さを、

 ようやく理解し始めていた。


 誰かに必要とされる理由を、

 朔はまだ知らない。


 それでも。


 その理由を探す時間だけは、

 確かに、守られていた。



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