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第9話 最初の依頼②

「があっ……」


 俺の頭が何かの手に握られた。

 何か――オークの手に決まっている。

 死んだ、一度は味わった感覚。

 でも、あの時以上に最悪だ。こんな気持ち悪い生物に握りつぶされ、脳みそをぶちまけて死ぬなんて。いっそ早く殺してくれ。

 しかし、そんな俺の願いを嘲笑うかのように、足が地面から離れた。オークが俺を持ち上げたのだ。

 なぜ? 巣に連れていくのだろうか、そして保存食として……。

 色々な疑問が渦巻く。

 ただ、そんな疑問は一瞬で晴れた。


「ゲヘッ、ンググ……グッギイイ」


 こいつ……楽しんでいやがる!

 オークの目を見た瞬間、その目は悦楽に揺らいでいた。弱者をいたぶる楽しみ、喜びがにじみ出ている。オークのもう一方の手が俺に伸ばされる。


「やだっ、やめてえええ!」


 腕を折られるのだろうか。それとも足?

 もしかしたら胴体を真っ二つに……。

 だが、俺の予想とは裏腹にオークの手は俺の股間を触れた。

 そして、布地の服が引き裂かれた。ああそうか。

 オークといえば、人間の女を攫うモンスターだ。きっと俺はこいつに死ぬまで弄ばれるんだ。

 誰も知らない異世界に飛ばされて、両親にも友達にも会うこと出来ずこんな森の中俺はオークに殺される。

 ウェッ、胃の中身が地面に落ちた。ここはゲームでもアニメでもない。

 残酷なほど当たり前に弱者が殺される現実だ――。


「ゲゲッ、ンギギネッ」


 興奮したオークの顔が近づいてくる。

 もうダメだ……。


「うおおおらあああ!」


 突如暗がりに一筋、真紅の閃光が煌めいた。


「グギイイッ」


 俺の体が地面に転がる。


「ぐっ……」


 地面と激突した衝撃で呼吸が一瞬止まった。

 顔を上げるとオークの腕が焼けただれていた。


「…………ララ?」


「なにボケっとしてんのよ!」


 ララの怒声に反射的に俺は立ち上がる。へっぴり腰になるながらも近くの大樹の陰に身を隠す。


「クソ豚如きが私のモノに手出すんじゃねーよ」


 底冷えする声が響く。その一言に心臓が跳ねた。


「焼き豚にしてやるっ!」


「グルルル」


 両者の距離が近づく。

 オークの片腕は先ほどの一撃で完全に切断されてはいない。しかし、あの傷では使い物にならないだろう。

 豚顔を歪ませ、オークは咆哮とともにララに突っ込む。なんの工夫もないただのタックル。しかし、人の体を粉々にするには充分な威力だ。このままだと危ない。


「ファイアボム!」


 俺が思わず身を固くしたその瞬間、真っ赤に燃える火の玉がオークに向け放たれた。

 こぶし大の大きさの火球はオークにダメージを与えるには小さすぎるように見えた。しかし、ララの魔法は正確性・タイミングどちらも完璧だった。

 狙いすました一撃はオークのつぶらな瞳を焼き尽くした。


「ブオオオオ!」


 オークの上半身は大きく仰け反る。体勢が崩れたその瞬間、ララが一歩前に踏み込む。


「フレイムソードオオオ!」


 銀色に艶めく剣が炎に包まれた。

 その一撃は体重を全てを乗せた、ただ剣を叩きつけるようものだった。

 決して剣術などとは呼べない一振り。だが、体制を崩した魔物に防ぐ術はなかった。

 紫電一閃! オークの土手っ腹を切り裂く。


「グギッッ」


 ドス黒い鮮血が宙を濁し、ララに注がれる。オークの悲鳴からは生命の終わりを感じた。


「死ね!」


 ララはトドメの追撃を試みる。先ほど同様大きく振りかぶった一撃。

 ただ、オークに届くことはなかった。


「ブギイイイイイイ!」


 それは生命を燃やし尽くす魔物の絶叫だった。地に膝はつき、はらわたが飛びだしていようとも「生」への留まることない執着。

 ララの剣を焼け爛れた腕で受け止めつつ、拳を前に突き出す。力のない打撃。だが、ララの体は空へと弾かれた。

 数秒の滞空、ララの体はドンッ、と鈍い音とともに地面へと落下した。


「ララ!」


 俺は思わずララの元へ飛び出していた。彼女の体は真っ赤に染まっていた。

 これは全部血だろうか。だとしたらまずい。早く出血箇所を見つけないと。

 急いでララの全身を見つめ、服の下に手を伸ばす。


「アンタ馬鹿ね、これはオークの血よ」


 俺が出血箇所を探そうと必死になる中ララの澄ました声が注がれた。その一声に全身の力が抜け落ちる。ぺたんと地面に崩れ落ちた。

 よかった。ララが死んだら俺は――。


「それよりオークが……って死んでる……」


 ララがぽつりと呟いた。

 後ろを振り返るとあの恐ろしいオークは首を地面にめり込ませ血の海の真ん中で肉塊と化していた。最後まで闘争を続ける本能。

 目の前の景色にゾッと寒気がした。

 現代の日本では感じることがなかった。生きるという言葉の本当の意味も、身を切り裂く痛みも。


「ほら、アンタ立てる?」


 座り込んでいる俺にララが手を差し伸べてくれた。その優しさが身に染みる。


「助けてくれてありがとう」


 感謝の言葉がすっと口に出た。


「べ、別にアンタを助けたわけじゃなくて、私は自分の体の貞操を守っただけ……」


 分かりやすい照れ隠しだ。

 ララの戦いぶりを見るに剣術など触ったこともなかったに違いない。

 それでも、それでも……助けてくれた。昨日出会ったばかりの俺のことを。


「アンタ……泣いてるの?」


 目に手を当ててみると確かに湿り気を帯びていた。

 なんで泣いているんだろう?

 助かった安心感だろうか。理由は分からない。なんとか涙をこらえようとしても止らず溢れ出てくる。


「あれ、おかしいなあ、えへへ」


 ララの前で涙は見せたくない。しかし、地面に水たまりができるほど涙が出てくる。

 俺の涙腺が言うことを聞かない。

 恥ずかしさに顔を伏せる。その時、俺の体を暖かい何かが包んだ。


「初めてなんだから怖くて当たり前よ。私たちは相棒。一緒にこのくそみたいな世界を生きていくの。アンタが倒れそうになったら私はいつでも助けるから。だから……大丈夫よ」


 ああ、そんなこと言われたら止まるはずがないじゃないか。俺は不安だったんだ。いきなり見知らぬ世界に飛ばされて、誰も知らず頼る人もいない。挙句、あんな化け物と戦うなんて。

 オークを見て、俺は生きる気力や自信がぽっきりと折られてしまった。でも、ララが一緒に居てくれるならこの世界でも生きていけるかもしれない。

 胸がほんのりと暖かい。

 前までは俺の顔。だけど、今は倍増しでカッコよく見える。

 自分の顔でどきどきするなんて……。

 俺はララの腕の中体中の水分が枯れるまで泣いた。その間ララはずっと俺の背中をさすってくれた。


「動けるかしら」


「……うん」


 ひとしきり泣き終えた後、ララが呟いた。この時になると俺も冷静になってきていた。

 そう、なんというかちょっぴり恥ずかしい。ララの顔を直視できない。

 勢いに任せて素の自分を見せすぎたような気がする。

 きっとララも同じ気持ちのはず……。


「もうそろそろ豚の死体に釣られて魔物が来るはず。急いで帰るわよ」


 俺の予測を裏切りララはビックリするほど普段通りの声だった。この状況で冷静な判断を下せるってこの聖女漢前すぎるだろ。


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