第6話 いざ冒険者ギルドへ②
ララと急いで受付に舞い戻る。
「あらあら、急にこそこそと会話なんて随分仲が良いみたいね」
受付ではにやにやしたエリーが待ち構えていた。
とんでもない誤解を与えてしまった。しかし、ここは反論などせず、ぎこちない笑みでなんとか場を流す。
「それじゃあ、そちらの勇者さんの冒険者登録をしましょうかね」
そう言ってエリーは両手で抱えられるほどの大きさの水晶をドンッ、と持ってきた。これは昨日のララから夜説明されている。
なんでも、この世界の人間は必ずなんらかの属性を持っているらしく、手をかざしてこの水晶が光った色がその者の属性らしい。普通は生まれた子供に必ず使用するため、冒険者ギルドにあるのは実質勇者専用とのことだ。
ララがゆっくりと両手を水晶にかざした。その瞬間、水晶は深紅に輝いた。
「属性は炎ね。それじゃあ名前は?」
「なっ……! 私は聖属性のはず」
小声でララがうめく。
幸いエリーさんには聞かれなかったようだが、顔は真っ青だ。
聖女だったララが炎属性になるとは……属性というのは体に依存してしまうのかもしれない。
それにしてもゲームだとここは超盛り上がるポイントのはずなんだが……。
流れ作業の一部と化しているのはもやもやする。
「ケン、だ」
おお、男口調に変えた。若干たどたどしかったが俺も見習わねば。
それからもエリーは身長や体重(事前に知らせておいた)、年齢など基本的な要項を書類に書き込んでいく。
驚くことに通貨など一部を除きほとんどの単位が元いた世界とこの世界で統一されていた。
おそらくだが、これは俺と同郷の勇者が単位の概念を決めたのだろう。でないと、文明レベルが現代日本と比べてまだ低いであろうこの世界でこれほど細かく単位が定まっているはずがない。今後も元居た世界の名残が見つかるだろう。
「はい、これがケンのギルドカードよ。ランクはE級から始まってS級まであるから頑張って」
エリーからララに渡されたカードは質素な木製のカードだった。さっそくアルファベットが使用されている。なんとも既視感のある異世界だ。
名刺大の大きさのカードを除くと墨で書かれたEの文字が見えた。
E級の次はD級だろうから六段階にランク分けされているようだな。
よくよく見ると他にも名前や活動拠点が刻印されていた。
「拠点はメルンにしといたけど、それでいいわよね?」
エリーが俺の方を見て聞いてきた。
「え、ええ。問題ないわ」
胸の奥がぞわぞわするような、こそばゆさだ。
人生で語尾に気を配って生きたことなんてないから慣れるまで大変そうだ。
ちなみに、メルンは今俺がいる地区。この大陸にはいくつかの国が点在しており、その中で一番大きく大陸の西端に位置する国がテオドール。
メルンはテオドールの中でも西の方にあるらしい。今度地図も見せてもらわないと。
「ギルドカードのランクが上がると木製から別の素材に変わってカッコよくなるから頑張ってちょうだい」
エリーは冗談めかした口調でララに笑いかけた。
「ランクが変わる基準はどうなっているの、かしら」
やっぱり女言葉は慣れない。なによりララの高圧的な喋り方が難しい。
「やだ、ララ忘れちゃったの?」
「ち、違うわよ。彼のためにもエリーから説明してあげた方がいいと思って」
呆れた目つきのエリーに慌てて説明する。
エリーも納得したようで、「そうね」、と頷いた。
「依頼の難易度ごとにギルドはポイントを定めているの。そのポイントが一定程度貯まったら昇級試験が受けられるわ。それで何ポイントで試験が受けられるのかだけど……ごめんなさい。ポイントについては秘密事項よ」
むむ、基準が不明か。最低限依頼をこなしていくスタンスだと昇級試験すら受けられずに処刑される可能性があるな。
ギリギリを狙いすぐるのはバツ、と。心のメモ帳に記しておく。
「勇者がD級に上がるのにどれくらいかかるのかしら?」
「うーんそうね。基本的には三か月くらいかしら。最低でも半年ってところかな」
最低半年……それが俺たちのタイムリミット。
正直かなり短い。まず、動物を殺すという行為に慣れる必要があるというのに……。
エリーの説明は続く。
「依頼はあそこにある掲示板から取っていってね。ランクが上がると受けられる依頼が増えたり、ギルドや依頼主から直接依頼が来るようになるけど……まあ今話したところでね。それじゃ、あなた達の行く道をシルファ様が照らしてくれるよう祈ってます」
エリーは胸の前で手組んで目をつぶった。
面食らったが、これは宗教みたいだな。キリスト教徒が胸で十字を切るみたいな感じかな。
だとするとシルファっていうのはこの世界のキリストや仏様みたいな立ち位置なのだろう。
しかし、俺の体をこんな風にした性悪神に俺が縋ることなど……一生ないな。
俺たちはエリーにお礼を言って列を抜けた。そして向かうのは勿論掲示板だ。
この世界のギルドは冒険者と依頼人の中間職的な立ち位置なのだろう。依頼人に冒険者を仲介する代わりに手数料をもらう。
冒険者はいちいち依頼人を探す手間が省けるってわけだ。それと俺たちのような初心者でも依頼をすぐに受けられるのはありがたい。さっそく今日から依頼をこなさねば。
「あ! そういえばアンタにこれ渡すの忘れてたわ」
掲示板の手前でララが突然声をあげた。ララは突然ゴソゴソとポケットを漁りだす。
「はい、これがアンタのギルドカードよ」
そう言って、いつも通りの傲慢な態度でララのギルドカードを手渡してきたのだが……。
「お前、最低ランクじゃねーか!」
渡されたカードはいかにも安っぽい木製だった。
ふざけんな。なんで聖女が雑魚ランクなんだよっ!
「そりゃあ、戦うのが私の仕事じゃないし」
そうは言っても。
せめてCランクぐらいはあって欲しかった。
まさか最低ランク同士のパーティーになるとは。
戦いの手ほどきとか教えてもらう予定だったのに全く期待できない。
「はあぁー」
「なによ、そのため息!アンタ私を誰だと思ってるわけ」
「今井研だろ。勉強も運動も普通の。まあ顔は中の上だな」
俺の言葉を聞いてララの顔が朱色に色づく。それから散々耳元で喚かれたが俺は華麗なスルーで掲示板を覗いた。
掲示板には大量の紙が貼られていた。よく見ると、右上にEやらDやら数字が書かれている。
そして掲示板横にはなにやら箇条書きで規則が書かれていた。
「なになに、Eランクの者がDランクの依頼を受けることはできない、と」
なるほど、自分の冒険者ランクより下のランクの依頼じゃないと受けられないらしい。
そりゃあ初心者がイキって死んだらギルドとしても人手がいくらあっても足らないからな。
「Eランクだと採取や壁面の工事みたいな依頼もちょくちょくあるな」
狩猟対象ゴブリンと書かれた依頼は恐らくモンスター討伐だろう。依頼主はメルンとなっているが、これは街からの依頼なのだろうか。
ぱっと見た感じ、狩りの依頼は全体の半分ほどかな。残りの半分は雑用みたいなもんだ。
想像とは違って狩猟に明け暮れるというわけではないらしい。それと壁面の工事って魔王となんの関連があるんだよ。ただのインフラ工事じゃないか。
これが勇者の仕事はなんともまあ肩透かしだ。違和感をララに伝えたところ「そんなものよ」と何とも冷めた言葉が返ってきた。
曰く魔物が増えたことで人手不足になり、仕方なく国の貢献になるからということでポイントは与えて冒険者を働かせているらしい
なんともまあ世知辛い異世界だ。俺は依頼を吟味すべく目を光らせる。すると、右上に貼られている依頼が目に入った。背を伸ばして紙をつかむ。
「この依頼どうだ?」
「なになに……依頼内容はルナ草十本の採取、報酬が一万マルカねえ」
ルナ草というが何かは分からない。ただ採取という点は魅力的だ。
それに報酬が他の依頼とは一桁違った。
昨日教えて貰ったところによると百マルカが大体リンゴ一つらしい。物価の違いはあれど一マルカ一円と解釈していいだろう。
十マルカは銅貨で千マルカから銀貨になるなど貨幣の仕組みも元の世界とどことなく似ていた。このシステムを作ったのも俺と同郷の者なのかもしれない。
見たところEランクの依頼で万単位のものは他にない。
「確かに報酬はいいわね……けど止めといた方がいいわ。ルナ草は採取できるのがルスの森だけなのよ」
ルスの森が何処かは分からない。ただ安全な場所ではなさそうだ。
「つまりルスの森の方は危険なのか?」
俺の問いにララは首肯した。
「ルスの森はDランク以上が目安とされている危険な地区。ナギ草原にはゴブリンやウルフ以外ほとんど魔物がいないけどルスでは強力な魔物も出るわよ」
「…………」
ララの言葉を聞く限り今の俺たちが行くには無謀に思えた。
「でも、必ず魔物に遭遇することはないんだろ?」
ただ、俺はまだ諦めきれなかった。
なぜなら報酬がいいということはポイントも比例して多いはずだ。
「それはそうだけど……」
「俺たちには時間がないんだ。もしもに備える余裕なんてないだろ?」
そう、ポイントが可視化されていない以上俺たちはガムシャラに存在価値を証明するしかないのだ。
それに俺は一応は勇者なんだぞ。
ゲームでもアニメでも勇者が死ぬなんてあり得ないのだ。そういった固定観念が俺を楽観的にさせていた。
「……分かったわ。ただ魔物に会ったらすぐ逃げること。それとルスの森に行くならキチンと装備を整えてから行くわよ」
粘り強く話すこと数分。俺は見事にララの説得に成功した。