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第5話 いざ冒険者ギルドへ①

 爽やかな水色の空が果てしなく続いていた。遮る雲もなく、唯一浮かぶ大きな星が人でごった返す街を照らしている。

 蒸し暑い日本の夏とは違い、日差しがカラッと肌を焼く感じは随分と心地よい。そして地面では歩くたびにコツコツと軽やかな音を敷き詰められた石が奏でる。


「中世ヨーロッパって感じだな」


 冒険者ギルドへと向かう途中、初めてこの世界の景色を眺めた感想だった。

 勇者への酷い扱いに聖女と思えぬ暴力女。昨日の夜は絶望したものだが、人が半裸で槍を担ぐ世界に飛ばされるよりはマシだったのかもしれない。


「よーろっぱってなによ?」


 俺の独り言を隣で歩く聖女――いや勇者が敏感に拾った。


「俺の元居た世界の地域名さ」


 どうやら翻訳スキルはこの世界に存在しない固有名詞には機能しないようだ。


「ふうん、どんな場所なのよ」


「……行ったことないけど多分こんな感じの場所さ」


 思えば一度も日本から出たことはなかった。

 まさか海外より先に異世界行くことになるとは……。


「妄想と現実を一緒にするって、流石ね」


 嫌味たっぷりにララが突っぱねる。

 ぐぬぬ……やはりこいつが居る時点で大外れだ。

 会った瞬間からずっとこれだからな。本当に嫌気がさす。

 言葉も癪に障るが一番腹立たしいのはこいつの行動だ。常にこちらを見下すような目。高飛車な態度。

 今も女の俺に一切気にかけず大股で通りを闊歩してやがる。元の身体の歩幅を考えろ。着いていくのがキツイんだよ。そのせいでこちとら汗だくだ。

 ララの見た目は確かに俺だ。しかし、言動が違いすぎて俺から見ても全くの別人に見える。

 人の内面は結構イメージに直結するらしい。

 それと、中身が俺の時より目つきも鋭くなってる気がする。

 やっぱり人間は中身が重要だな。そう一人で納得していた時、急に声がかけられた。


「へーい、そこの嬢ちゃん。焼きりんごはいかがかな」


 横を見ると髭を蓄えたおっさんが恐ろしく大きな声で喋りかけてきていた。

 露店の真っ赤に塗られた看板を見るとりんご屋と書かれている。もちろん字は日本語ではないのだが、不思議と「りんご」と読むことができた。


「だ、大丈夫っす」


 俺はそそくさと、なるべく目を合わせないようにおっさんから離れる。しかし、数歩歩いたところでまた「おおい、嬢ちゃん!」と呼び声が鼓膜をゆする。

 見ると筋骨隆々のボディビルダーのようなおっさんがピザに似た食べ物を手にもって手招きしている。

 俺はまたしても軽く会釈してさっとララの背にくっつく。

 このとおり先程からひっきりなしに露店の店主に声をかけられていた。今俺が歩く通りは街一番の大通りらしく道端を埋め尽くすように露店が立ち並ぶ。

 そして元気の良い店主たちの熱心な客引きが街を大いに活気づけている。ゲームだと賑わっている良い街ってなるはず。

 けど、実際居るとちょっと怖い。あと俺だけやたら声をかけられる気がする。気がするというより絶対におかしい。だって声をかけてくるのは男ばっかりなんだ。

 くっそ、異世界人もそこは変わらないらしい。


「ふっふ、やっぱり私は超絶美女ね」


 声をかけられる度ララが調子に乗っていく。


(美人って意外に疲れるな……)


 露店の店主は女性と男性半々ぐらいだろうか。食べ物もあればアクセサリーも売っている。

 俺は観光気分でララの後ろからこれから住む街を観察していた。


「さっ、着いたわよ」


「うわっ」


 急に立ち止まるもんだからララの背中に激突してしまった。

 うう、鼻が痛え。以前より鼻が出っ張ってるもんだから一点に衝撃が集中した。痛む鼻を擦りながら俺は前を向く。

 そこにあったのはこの世界に来てから一番でかい建物だった。

 まず扉が巨人が出入りしてるのかってくらい大きい。

 重厚かつ艶めく木製の扉が冒険者ギルドの権威を表しているかのようだ。建物全体は石材で造られており、まるで砦のよう。

 きっと大砲をぶち込まれても崩れることはないだろう。まあ、この世界に大砲なんてないだろうけど。


「おい、ゴラアァァ!」


「なにしやがる!てめえ今日は手加減しねえぞ」


 ガガッ、とララが扉を押すとけたたましい騒音が俺の耳に届いた。そして鼻をツンッとさすアルコールの匂い。

 冒険者ギルドの入り口付近は食堂になっているらしくガラの悪い兄ちゃん、姉ちゃんがたむろっていた。

 仲良く食事……しているグループなどほぼ見当たらない。トランプのようなカードで遊んでいたり、酒を仰いでいたり。中には喧嘩にまで発展しているグループもいる。

 治安は想像通り……いや想像以上に悪いな。


「なに突っ立てるのよ?早くこっち来なさい」


 いかん、いかん。現代日本ではお目にかかれない欲望にまみれた光景に見とれてしまった。

 そそくさと通りすぎようとしたその時――。

 バリン!と俺の横で何かが割れた。見ると空の酒瓶が粉々に砕かれている。おそらく先ほどの喧嘩がエスカレートしたのだろう。上を見たら宙を椅子や瓶が舞っていた。

 ここに居たら死ぬ!

 荒れ狂う場を尻目に俺は脱兎の如くララが並ぶ受付へと逃げ出した。


「あっ、ララじゃない」


 列に並んで数十分ほどだろうか。ようやく受付に顔を出すと綺麗な金髪のお姉さんが俺を見て声をあげた。


「エリーもひさし――」


「ということは、あなたが異世界から来た勇者ね。やっぱりララだったら勇者召喚も余裕よね」


 お姉さんは嬉しそうにララ――元俺の体を見て微笑むが、俺は血の気が引いた。 

 そういえば今の俺はララとして振る舞う必要がある。

 ララも自分が入れ替わっていることを失念していたのだろう。

 目を点にしてエリーという名の受付嬢を見た。


「どうしたのよ、二人とも?」


 俺たちがフリーズしたのを不思議に思ったのだろう。

 こてんっ、とエリーは首をかしげた。うわあ、可愛い……って見とれてる場合じゃない。


「実は私たち――」


「ストープ!」


 俺は全力でララの口元を塞いだ。そしてこの馬鹿聖女を窓口から離れた柱の陰に引っ張る。

 周囲のいぶかしげな目もガン無視だ。


「なにすんのよ⁉」


「よく考えてみろ、エリーはギルドの人間。つまり俺たちを評価する側の人間だぞ」


 ひそひそ声で俺はささやく。ララの顔はいぶかしげだ。

 ああ、このニブチンめ。


「仮に俺のスキルが入れ替わり、それも一回きりの能力だって話したらどうなる」


「あっ、そっか。きっと伸びしろのない私たちの評価は……」


 そうだ、きっと最低。


「でも、エリーだったら……」


「命を預けられるのか?」


 ララの言葉を遮る。両目をまっすぐと見据え俺は喋りかける。


「勇者の価値はスキルが全てなんだ。認めたくないが……今の俺たちはこの世界では無価値だ」


「…………」


 勇者にとってスキルは命同然。そして俺は出会って数秒の受付嬢に心臓を渡すほど、この世界を信じてはいない。

 ララは数秒目を瞑ったあと、ゆっくりと頷いた。


「スキルのことは誰にも話さない。墓場まで持って行くわ。勿論入れ替わっていることもね」


 納得したようで俺も一安心だ。ほっと胸をなでおろす……っとそんなことしてる暇はない。今だって周囲の視線が痛いほど俺を突き刺しているんだ。


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