第4話 ここは異世界?③
「か、鏡持ってない?」
声が震え、いや全身が震えている。
「やれやれ、しょうがないわね。ド愚図の面倒をみるのは大変だわ」
性悪聖女の小言も今だけは耳に入らない。
「ほらっ」と聖女から渡された鏡を受け取る。
そして、鏡の中に写っていた俺の顔は……美人だった。
そう、俺の死に際の強い願い――来世で美人になるのは絶対。透き通るような白い肌に、吸い込まれるような翡翠色の目。後ろで一つに束ねられた金髪は絹のように繊細かつ優雅だ。
まさに絶世の美女。神秘、芸術品そんな言葉がよく似合う。
確かにこの顔は美人だ。でもね、俺が思っていたのはイケメンだ。断じて美女ではなかった。
なんという言葉のあや! 俺は膝から崩れ落ちた。
「こ、こんなことって……ぐす」
「ど、どうしたのよ。いきなり泣いて。アンタのスキルは一体――?」
「……美人になりたい」
「は?」
「来世は美人になりたいってのが俺のお願い……だから恐らく永遠に俺はこの体で、あんたはその体で生きていくことになる」
静寂が部屋を包む。おかしい、世界から音が消えてしまったみたいだ。
「……そのスキルでどうやって戦うのよ?」
じっくりと数秒、俺の言葉を飲み込んだ聖女が言った。
「…………」
明らかにこのスキルが戦闘向きではないことは確かだ。だが、それ以外の分野――例えば軍師みたく後方で活躍するタイプでもない。
なんならこのスキル、俺の願望満たした時点で役目終わってる気が――。
「わ、私の一生に一回のチャンスがこんなド愚図を呼び出して終わりだなんて……」
俺が口を真一文字に結んでいると、突如わなわなと聖女の体が震えた。
その目はどんよりと曇り、焦点が定まっていない。
はっきりと分かったのは彼女――俺の顔が絶望の二文字に染まったこと。
そして、聖女は床にへなへなと座り込んだ。
「ま、まあもう一度召喚すればいいだけじゃないか。俺は一般人として暮らすからさ。そいつと二人、勇者と聖女として頑張ってくれよ」
あまりの衰弱具合に思わずそう声をかけた。
認めたくはないが、俺に勇者としての役割を求めるのは無理がある。客観的に見たら今すぐ別の人に頼むべきだろう。
それに俺としてもこんなスキルで魔王を殺す無理ゲーは真っ先に辞退させてほしい。
ゲームはクリアできるから面白いのだ。確定でゲームオーバーになるゲームなんてクソゲー以下のゴミみてえなもんだろ。
「一回だけなのよ……勇者召喚できるのは」
しーん、と再び息を吸うのもためらわれる空間が出来上がった。
え、それじゃあこの聖女は……俺を呼び出して役目終了?
その静寂を更に重くするように聖女は口を開いた。
「聖女としての価値はどれだけ強い勇者を呼び出せるか。魔物一匹倒せない勇者を呼び出したなんて知られたら……」
ぐっ、胸が痛い。
きっとこの聖女も勇者召喚ができるよう必死に努力してきたはずだ。
なのに、召喚した瞬間ナイフに刺さって死にかけてる俺と入れ替わられ、戦闘能力皆無の人間となったと。
うん、これ俺が悪いわ。というか、殺されても文句言えんな。
「すいませんでした!」
俺は渾身の土下座を決め込む。
「はああー、過ぎたことに文句を言ってもしょうがないわね。こうなった以上身の振り方を考えないと」
おっ、まさか許してくれるのか。もっと文句言われても、それこそ刺されても文句言えない事態なのに。
顔をあげてみると聖女の顔は険しいものの、憤怒というほど怒ってはいないようだ。その表情に俺の方が戸惑う。
まあ、なんにせよ助かった……。
「アンタ何気の抜けた顔してんのよ。自分の置かれた状況が分かっているのかしら?」
「俺の状況?」
まるで俺がとてつもないピンチを迎えているような言い方だ。
「聖女の価値は勇者の功績で決まるの。で、今の聖女はアンタ」
勇者の功績……目の前の俺の体を再度確認してみる。
別にスポーツに勤しんでいたわけでもない俺の腕は剣を振るには細すぎるように感じる。
うーむ、改めてチートなしで魔王を倒すとか無理ゲーだ。正直、功績なんて一つも立てられないだろう。
待てよ。だとしたら俺らの価値はゼロということになる。
「仮にだが、勇者が全く功績を上げなかったらどうなるんだ?」
「処刑されるわ、勇者共々。義務を果たさなかった罪でね」
すんっ、と即答された。
いやいやいや、何その罰ゲーム。この世界倫理観おかしいだろ!
勝手に召喚しといて何もしないと死刑って。
俺はこの世界が人権保障されていない世紀末だとこの時気づいた。それに、澄ました顔で答えてるけどお前も命の危機じゃないか!
「実際殺された勇者っているの?」
そうだ、もしかして見せかけだけの法律かもしれない。
まさか異世界から呼び出した貴重な勇者の首を簡単に撥ねるはずがない。きっと勇者がぐうたらしないよう発破をかけてるだけ……。
「そりゃあ、沢山よ。そういえばつい三日前、東部の都市で勇者が処刑されたとか」
はい、詰んでるー。ちゃんと機能してる法律じゃねーか。
「てか、勇者ってそんなに何人もいるのか」
聖女の口ぶり的に勇者の価値高くなさそうなんだけど……。
「正確には分からないけど数百人はいるわね」
勇者インフレしすぎだろおおお。そりゃあ、簡単に殺されますわ。
「それと勇者はギルドから強制的に依頼を受けさせられる場合もあって、こういう時に受注を断っても処刑されるわね。まあこれは緊急の時にしか起こらないから大丈夫…」
もう聖女が何を喋っているか全然頭に入ってこねえよ。なんでそんなに処刑の条件があんだよ!
俺は無理矢理頭を整理しつつ(全然散らかっているけど)なんとか声を絞り出す。
「つ、つまり処刑されないために功績残すのが必要って訳だな。でも、功績って具体的には何をすればいいんだ?」
仮に近所のおばあさんの世話をしても功績としてカウントされるわけあるまい。
どうしよう。ドラゴン退治とかだったらヒジョーにまずい。速攻で丸焼きにされて、ドラゴンの胃に直行するだろう。
「勇者として召喚された者の進路は一つだけ。冒険者になるの。冒険者ギルドに登録されると達成した依頼ごとにポイントが貯まるわ。そしてポイントが貯まるとランクが上がる。ポイントとランク、大抵の場合はここから判断されるわね」
なるほど、勇者と言っても直行で魔王を殺す旅に出されるわけではないらしい。冒険者として寄り道してもオッケーというわけね。
それだったら俺らが依頼を吟味すればなんとか生き残れるかも。
「とりあえず、明日から冒険者ギルドでばんばん依頼こなしていくわよ!」
ふんす、と鼻息荒く聖女が宣言した。
「あたぼうよ」
やらなきゃ殺される。だったら命がけでこのハードな世界を生き抜いてやる!
「私の名前はララ。アンタの名前は?」
ララ――それが新しい俺の名前。
「今井研……ケンだ」
「ケンね、それが新しい私……」
自分の名前が他人のものに。我が両親も息子の名前が異世界の聖女のものになるとは想像していなかっただろう。
「それじゃあド愚図、まずはこの魔方陣を消すわよ」
「名前教えた意味ないじゃん!」
「うっさいわね、さっさと動きなさい」
この暴力女、いや男め。
てか、なんで魔方陣を消す必要があるんだ。理由を尋ねると「ここ私の部屋だから」と澄ました顔でぬかしやがった。
まじか、頼むからこれくらいは国の設備でやってくれよ。なに個人に委ねちゃってるんだよ。
そんなんだから俺みたいな奴を召喚しちゃってるじゃん!
この国は社会保障レベルも世紀末のようだ。結局、俺の異世界転移初日は大掃除で終わったのだった。
現在の目標「処刑されない」