第33話 ラストダンス
俺たちが声を発する間もなく、ドラゴンの死体付近に集まっていた人達はバタバタと倒れていった。
立ち尽くす人の間を閃光のように飛び回る影が見えた。あいつら、手慣れてやがる!
「味方を殺した……? なんでユーベリカが……」
あり得ない状況にララの口が半開きになる。
「馬鹿っ、ボサっと立ってるんじゃねえ! 早く逃げるぞ」
俺はララの手を無理矢理引っ張り、ユーベリカ達と反対の方向に向いて走り出した。
どこに逃げるのか、そもそも逃げ場があるのか。そんなことは俺だって知らない。けど、あんなチート持ち殺人者からは一定の距離を取りたいと思うのが正常だろ?
「おいおい、勇者が黙って逃げるなんてダメだろ?」
なっ、鼓膜を揺らす不快な声。振り向けばジェイスの薄ら笑いが見えた。
ドラゴンの死体まではかなりの距離があったはずなのに……。
ユーベリカの魔法なのだろうか?
思考を取り巻く疑問に対する答えが出る間もなくジェイスの槍が薙ぎ払われる。
「この俺をコケにしやがって!」
恨みましましの一撃が俺の腹を抉る。ぐっ、思わず喉の奥から苦痛の声が漏れ出た。
俺はジェイスの一撃によって数メートル宙を舞う。
「ファイアソ……」
「バインド!」
ララが反撃の一撃を放つよりも先にユーベリカの魔法がそれを防ぐ。ララは縄に縛られたように手足を硬直させ、地面に伏せた。
「ちっ、勇者は俺一人で充分なんだよ!」
ジェイスが動けないララを思いっきり蹴っ飛ばすと、ララはボウリング球の如く俺のそばまで転がってきた。横たわるララは口も動かせないようで呻き声は聞こえない。
「お前ら勇者だろ! 一体なんでこんな真似を……」
俺は思わず叫んでいた。だって意味が分からない。
突然勇者が味方を殺しだすなんて。どんなゲームだってこんなアホな展開は見たことない。
「ああ、確かに俺は勇者だ。民を守り国を救う勇者だ」
「だったらなんで……?」
「そりゃあバケモンと殺し合うよりは人殺しの方が楽だからさ」
ケロッとした表情で淡々と、悪気のない口調でジェイスは語った。
「魔物なんて身体能力はえげつねえし、魔法まで使いこなすんだぜ? 馬鹿みたいに真正面から戦ってられるかよ」
ぺっ、と地面に唾を吐き捨ててジェイスは続ける。
「他の冒険者が魔物を殺す。その冒険者を俺が殺す。手柄は全部俺のもの。どうだ、完璧な作戦だろ?」
小さな子供が鼻高々に自慢するように、ジェイスは一切の悪びれる様子なく笑った。
「だからって冒険者を殺すのか? 魔物を倒してその手柄を独り占めするために…仲間を殺すのか!」
頭に血がドクドクと流れ込む。吐き気を催すほどの悪だ。
こいつらのやっていることは外道、それ以外の言葉で言い表わせられないほどのクズ。俺の脳裏にジドとハンスの姿が映った。
きっとあのお人よしな二人もこいつらによって……!
「ハハッやっぱり冒険者ってのは面白えな」
「なに笑っていやがる!」
「アイツらもそうだったよ。仲間だったり、友情なんて軽い言葉ですぐに俺のことを信じやがった。楽だったぜ、魔物を倒して隙だらけの奴らを殺すのは」
ジェイスは小気味良く肩を揺らした。
「特にオーガを殺すときパーティーを組んだ奴らなんて完璧に油断してたぜ」
やはり……やはりジェイスがジドとハンスを殺ったのか!
「なんでだよ! お前には勇者として与えられたスキルがあるのに、なんでそんな馬鹿なことを……」
俺とは違ってこいつはチートスキルを持っている。だったらそんな真似せずともこの世界で生きていけるはずなのに。
「だってそっちの方が楽だろ? それにリスクも少ないしな」
なに当たり前のことを聞くんだ、ジェイスの目は本気でそう言っていた。
「お前それでも勇者かよ!」
俺は自分のことを棚に上げて、しかし堪えきれずにそう叫んでいた。
「そう、俺は勇者。お前らが勝手に呼びだした勇者だ……いきなり魔物と戦わせられて命を賭ける勇者だ!」
狂気を含んだ叫び。突如それまでの平然とした態度からジェイスの表情が豹変した。
目を血走らせ、頭を掻きむしって身を捩る。彼の姿はまるで悪魔に取り憑かれた男のようだ。
「誰が、なんであいつらのため…よく分からねえ世界のために命を賭けないといけねえんだよ!」
それは召喚されて以来溜め込んでいたジェイスの本音のように思えた。
「俺には家族がいたんだぞ。いやダチも彼女もいた! それなのに……もう二度と会えない」
不意に母親の顔が瞼に映った。彼の独白は俺が召喚以来ずっと目を背けてきた事実だ。
「これが現実のはずがない、なあ、そうだろ。きっと夢を見てるんだ……」
俺の目に映ったのは勇者でも、快楽的な人殺しでもない。ただの壊れた人間だった。
「そうよ。貴方が人を殺すのもなーんにも悪いことじゃないわ。この世界が全部悪いのよ」
赤ん坊に言い聞かすような猫撫で声がした。ユーベリカはジェイスを落ち着かせるように、彼の頭を優しくさする。
ただ声色とは真逆に言っていることは邪悪そのもの。
「狂っていやがる……」
「ふんっ、なんとでも言いなさいな」
鼻息で荒くユーベリカは俺に視線をよこす。
「聖女がこんなことしていいのかよ?」
「しょうがないじゃない。私は持たざる者なのよ」
「持たざる者?」
俺には美しい顔に聖女という役職、全てを手にした女に見える。
「ええ、壁外のスラムで生まれ親の顔も知らない。そんな私が生きるためにはこの体を売るしかなかった」
抑揚のない声でユーベリカは口を開く。
「あんたには分からないでしょうね。何にも持たないことがどれほど惨めなことか」
俺には彼女の過去を覗くことはできない。ただ聖女という役職からは想像できない生活が今の彼女を作ったのだということは分かった。
「私は成り上がらないといけないの。今まで私を下に見てきた連中を見返すためにも。そのためなら殺人だってなんだってやるわ。それが私の生き方なんだよ!」
日本でぬくぬくと平穏を享受していた俺が彼女の言葉、生き方をハッキリと否定することは許されないかもしれない。
それでも……それでも俺はユーベリカ達の考え方には賛同できなかった。
ここがゲームの世界だったら、殺された冒険者達が物語における背景のようなモブNPC達と同じだったら、俺は二人に同情していたかもしれない。
だが殺された冒険者たちにも家族がいて、友人がいて彼らを想う人たちがいたのだ。
そして、俺もその一人。
「分かったよ。それがお前達なりの生き方だってことはな。その上で……俺はお前達をここで止める!」
これ以上被害者を出さないためにも、目の前でもがくコイツらを倒す!
「止める? ははっ、確かにさっきお前が放った魔法はやばかった。しかし、魔力が尽きた今のお前じゃあ何もできまい」
確かに止血したとはいえ、今の俺は満身創痍という言葉がよく似合う。血まみれのローブから覗く手足は力を込めていなければバラバラに砕けそうなほどだ。
「それとも、そこで横たわってる勇者様に助けを求めてみるか?」
魔法によって指一つ動かせず、寝転ぶララをジェイスは指差す。ニタニタと浮かべた笑みはララへの嘲りが含まれていた。
ララの表情がほんのわずかに怒りに染まった、ような気がした。
うわー、あいつ絶対に怒ってるな。仮にバインドされていなければ今すぐにジェイスに飛びかかっているだろう。
「いいや、お前らなんか俺一人で十分さ」
そう、俺一人だけでいい。
「相変わらず強がりな女だわ」
呆れたようにユーベリカは肩をすくめる。
今目の前に立つ二人は勝利を確信しているのだろう。呑気におしゃべりに興じている彼らからは戦場にいるという危機感が感じられない。見てろよ。
今俺がお前らのその余裕綽々な表情を変えてやるよ。
「やれやれ、自分の状況も分からない馬鹿をこれ以上相手してられないわ。ジェイス、あの馬鹿の顔をぐしゃぐしゃにしてやりなさい」
はっきりと向けられた敵意に足が震えそうになる。耐えろよ、俺。
まだ見せてはいけない。二人への恐怖も、死ぬことへの恐怖も……。
「へー、聖女様はビビって俺に近づけないってか?」
俺は無理やり口角を引き上げて、あえてユーベリカを刺激する笑みを浮かべる。
ユーベリカのキリッとした鋭い視線と目が合った。
「なんですって?」
「だーかーら、お前はビビって俺に近づけないって言ってんだろ。ジェイスを盾にして俺から隠れてるんだろ?」
「なにを! えぇ、分かったわ。望み通り最上級の苦しみをもってアンタを殺してやるわ!」
「望むところだ。二人同時に相手してやるよ」
やれやれ、短気な奴は扱いやすくて楽だ。短気とタバコは百害あって一利なし、だな。
「に、逃げなさい……ケン」
突然横たわっていたララが口を開いた。
「ちっ、バインドが解けてきたか。とっとと終わらせねえと」
ララは必死に目で訴えかけてくる。自分を置いて逃げろ、と。馬鹿野郎め。お前はわがまま聖女だろ?
そんな殊勝な気遣いはいらねーんだよ。ジェイスが槍を構えた。狙いを俺の頭部に定めて。
その瞬間、俺は脱兎の如く駆け出す。ジェイスに背を向けて全力で腕を振る。
「ははっ、こいつは傑作だぜ。聖女が勇者を捨てて逃げ出しやがった!」
後ろ耳にジェイスの馬鹿でかい嘲笑が聞こえた。俺だって分かってるさ。側から見たらすげえ情けない姿を晒してるってことくらい。
だけど、ここじゃあダメなんだ。この場に残ってはララまで死んじまう。俺一人でいい……死ぬのは俺一人で十分なんだよ!
疾走しつつ首を振って背後を確認すれば、ニヤついたジェイスと怒りに燃えるユーベリカが俺を追ってくるのが見えた。よしっ、二人とも俺についてきてるな。
首筋を一滴の汗が流れる。なぜかハッキリとそれを感じた。
死ぬことへの恐怖からか、それとも走っているからなのか。はたまた涙なのか、それは分からない。
ただ不思議と気分は良かった。死ぬことを死ぬ程恐れていたはずなのに。
もう一度後ろを振り返る。迫り来る二人をよそに俺の視線は遠くで横たわる勇者を見つめていた。
あぁ、あいつが好きだ。
死ぬ寸前になって気持ちが溢れ出てくる。なんとなく自覚していたこと。もう二度と会えなくなって初めて素直になれた。
「俺って馬鹿だなぁ」
思わず笑っちまう。もう十分距離はとった。ここが俺の死に場所だ。
二回連続成功率一割の魔法を成功させられる確率は……ダメだ。頭が回らない。けど、確かなのは俺が発動させられたらララは守れるってこと。なら、やってやるよ。
ほぼ不可能だとしても、守るものがあるならやれる。
間違いなく、もう俺の体にはまともにラノヴァを発動させられる力は残っていない。
これ以上魔力を使ったら命を削ることになるって体が警鐘を鳴らしている。けど、そんなくだらねえことは無視だ。
俺は全力で足の踏ん張りをきかせ、後ろを向く。眼前には命を断つ槍が見えた。
槍が体を貫く直前、俺は杖を振りかざす。
そして肺から……いや体中の持つ全てのエネルギーを吐き出すように最後の一言を発する。
「ラノヴァ」
ガクンッと足が折れた。視界が暗闇に包まれていくと同時に体全体も深い闇に飲み込まれていく気がした。
薄れゆく意識の先、ぼやけた視界に最後の景色が見えた。杖がボロボロと朽ちていく。その先端から飛び出す龍。あぁ、成功したんだ。
みんなの勇者にはなれなかったけど、君の勇者にはなれたかな。
なれたなら……最高の人生だったよ。
意識が消える直前、俺の瞼に映ったのはララの笑顔だった。




