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第3話 ここは異世界?②

「ちょっと、ちょっとあんた起きなさいよ!」


「うーん、お袋今日は授業ないって言ったろ……」


「なに寝ぼけてんのよ!いいからさっさと起きなさい」


 ちっ、さっきから耳元がうるさいな。まだ俺は寝たいんだ。

 今日はとんでもない日だったからな。なにしろ、ナイフに刺されたあげく異世界に……。


「うおー、無事か俺!」


「いきなり耳元で騒ぐなド愚図!」


「ぶへっっ」


 レスラーの張り手かというぐらい、とてつもないビンタが脳を揺らした。なんとか起こした体が再び床に押しつけられる。

 なんて一撃だよ……これが異世界の洗礼ってやつか。

 ただ、この一発は俺の眠気を覚ますには充分だった。(充分すぎたけど……)

 クリアになった視界に写ったのは二十一年毎日見た顔。


「助かったのか!」


 嬉しさのあまり俺はもう一人の俺の胸に抱きついた。

 ドラマだったら感涙の嵐間違いなしの熱い抱擁になる……はずだった。

「なに抱きついてんのよ」


「ぐへっ」


 先ほどよりも重い、そうまるでトラックにぶっ飛ばされたような一撃が頬にぶち込まれる。


「なにすんだ! いきなり寝起きの人間をぶつなんて。それでもお前人間かよ!」


「なっ、聖女に向かってなんて口のききようかしら。これは後でたっぷりと教育が必要ね。それに文句を言いたいのはこっちなんだから! けど、それより先に……アンタ私の体返しなさい。話はそれからよ」


 ん? 今こいつなんて言った?


「なによ、ポカンとマヌケ面して。さっさと私の体を返して。ったく自由に他人と入れ替わる能力なんて、とんだ変態ね」


 ツーッと一筋の汗が背中を伝った。


「……もしかして俺、お前と入れ替わってんの?」


「なによ今更……あんたがお願いしたんでしょ」


 自称聖女は俺の一言に若干首をかしげつつ、さも当たり前のように言い放った。

 いやいや、そんな入れ替わりが常識みたいに言われましても。

 てか、お願いしたら体って入れ替われるものなの⁉


「ちょ、ちょっと待ってくれ。お願いってなんのことだ?」


「もしかして自分のスキルをコントロール出来てないの? 異世界から来た勇者がスキルをコントロールできてないって……アンタ本当にド愚図ね」


 自称聖女――いや、暴力女の俺を見る目はトイレのゴキブリを見るよう目つきに変わった。

 あ、俺あんな目できるんだ。二十一年目にして初めての発見。

 違う、そんなことより――。


「勇者? 俺やっぱり異世界転移してんの?」


 やはり俺は世界に選ばれた特別な人間のようだ。それは大変喜ばしい。

 しかし、勇者の扱いが雑すぎない? 

 王様とか王女様とかが出てきてさ、もっと国賓級の扱いを受けるんじゃないの。

 寝起きに張り手をぶち込まれる勇者って聞いたことないですよ。


「はああー、なんて察しの悪い男かしら。しょうがないわね、この私が一から説明してあげるから耳の穴かっぽじって死ぬ気で聞きなさい」


 ……今更だけど俺の顔で女言葉はキモいな。けど、無駄口叩いたら殺されそうだから俺は黙って姿勢を正す。


「この世界には魔王ってやつが定期的に現われるのよ」


 うおー、魔王。名前からして超悪そうだな。まさか現実でこの言葉を聞く日が来るとはな。

 やっぱ、勇者といえば魔王。そして、俺は勇者だ!

 実は俺一つ持病があってさ。中学二年生で発病した中二って病気が治ってないんだよね。

 いつもベッドの上でしていた妄想がついに現実に!


「ふっ、そいつを殺すのが俺の宿命か。千年に一度、いや何万年にも及ぶ封印が解けてしまい俺が呼び出されたと……」


 俺はここぞとばかりに知識を披露する。やれやれ、使い古された設定だぜ……けど、それがいいのだ。

 まさに王道こそ正義!

 魔王くらい勇者の俺様がぼこぼこにしてやるわ!


「いや、三十年に一回くらいは出てくるわよ」


「……まじ?」


「私が嘘を言うとでも?」


 キリッと眉がつり上がった。やばい、やばい。

 俺は慌てて首を横に振る。それはもう首が飛んでいくぐらいに。

 だって、これ以上ビンタされたら顔の形変わっちゃうもの。

 聖女はちっ、と舌打ちをした後「次勝手に口挟んだら殺すから」と笑えない口調で言った。

 こわい、こわいよコイツ。こんな奴が聖女って……この世界の神様は邪神の類いかもしれん。


「で、その定期的に魔王が現われることへの対策としてね、聖女って役職が生まれたの」


 魔王への対策として聖女が生まれた? そこは普通勇者が生まれるんじゃ?


「聖女になる条件は二つだけよ。光魔法の素質があること。そして、光属性の最上級魔法――勇者召喚が使えるようになること」


「……やはり性格は条件外か」


 安心したよ。仮に性格が条件に含まれていたら目の前の暴力女が聖女になれるわけないからな。


「なんか言ったかしら?」


 ブンブン、と首を振る。発言は極力控えよう――この聖女はガチで俺を殺しかねない。


「それで勇者召喚っていうのはあんたみたいな異世界人を呼び出すこと。呼び出した聖女と召喚された勇者は互いに協力――相棒として魔王を殺すために生きるの」


 こいつが俺の相棒だと……。

 最悪だ、見るからにコイツ外れ枠じゃねーか。

 暴力的、高圧的、なにより説明が足りない。上司として欠陥が多すぎる。


「はい、質問があります」


 今度はちゃんと許可をとってから喋ろうと思って手をあげた。俺は失敗は繰り返さない男なのさ。


「はああー、この私の説明で理解できないとは……アンタ猿からやり直したら?」


 ぐぬぬ……こいつ俺が下手に出たのを良いことにボロクソ言いやがって。

 こいつに許可を求めたのが間違いだった。

 俺は聖女の言葉をスルーして口を開く。


「勇者として呼び出されたって言われても……俺の住んでいた国はかなり安全だったし、俺の力なんてたかが知れてると思うんだけど」


 そうなのだ。ぶっちゃけ、いきなり勇者と言われたって困る。

 ナイフで死にかけた俺がどうやって魔王を殺すんだよ。

 魔王がハムスター程度だったら、いやチワワくらいだったらなんとかなるかもしれない。が、それ以上は無理だ。


「だ・か・ら!そのためのお願いじゃないの」


 いやいや、知らないのがおかしいみたいに言われましても。

 そもそもさっきから言う《《お願い》》ってなによ?

 お願いって抽象的な言葉で言われてもなんのことかさっぱりだ。


「勇者として選ばれるのは強い願いを持った人間だけなの。例えば剣の達人になりたいとか。そうした強い願いはこちらの世界に来るときスキルに変わるのよ。剣の達人になりたかったらスキルとしてソードマスターが目覚めたり」


 なるほど、確かにチートスキルを持った人間だったら戦いの素人でもこの世界の人よりは遙かに強い力を持つのだろう。

 あー、よかった!

 つまり勇者特典にチートはちゃんと付与されてるわけね。

 神様も人が悪いよ。チート持ちならさっさとそう知らせてくれればいいのに。


「で、そのスキルはどうやって分かるんだ?」


 わくわくが止まらねえ!

 さっき言ってたソードマスターなんてクソかっこいいじゃねえか。でも俺は剣触ったことないし、一体どんなスキルを貰ったんだろう?


「どうやって?そんなもの感覚じゃない」


 聖女は腕組みしながら偉そうに言った。こいつマジで上司として、いや聖女として失格だろ! 

 もっと具体的に教えてほしいが、この聖女からこれ以上の説明は望めそうにない。

 仕方なく俺は目を閉じ、体の感覚を研ぎ澄ました。が、やはりなにも感じない。

 もしかして俺チート貰えなかったんじゃ……。


「ちなみにこの世界に来るとき、言語調整スキルもセットでついてくるはず。アンタ私と会話できてんだからちゃんとスキルはあるはずよ」


 俺の心配を察してか聖女はそう付け加えた。その言葉に安心して、再び意識を集中させる。

 じっくりと、心の奥深くを探るように。全ての音を遮断し、全身の感覚を一点に。


「なにも感じないんだが……」


 だが、俺のスキルはうんともすんとも反応しなかった。

 ためしに「ステータスオープン」と唱えてみたが、暴力聖女に失笑されただけだった。 

 くそっ、笑うんじゃねえ!

 異世界アニメの鉄板なんだぞ、この言葉。


「はあ、アンタ真の愚図ね。こうなったら願い事から逆算して考えなさい。ほら、アンタこっち来る前どんな願い事したのよ」


 聖女はイラつき半分呆れ半分に俺をせかす。

 俺の願いだと?

 強いて言えば内定貰えますようにってのが一番の願望だった気がするが……別に異世界に呼ばれるようなもんではないしな。

 一体どんな願いがスキルに……おや? 

 俺の背中に一滴の汗が流れた。そして顔中から血の気が引くのを感じる。

 あった、一つだけ。でもそんな馬鹿な……あれがこの状況を招いたってのは冗談がすぎる。


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