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第29話 作戦前夜②

 入ってきたのは分厚い資料を持ったエリーと年のせいか背中が曲がって杖をつくお爺さんだった。隣の爺さんは誰だろう。気になったが聞ける雰囲気でもなく、黙って二人を見つめる。

 エリーは前に出るといつも通りハキハキした声で喋りだした。


「みなさん静粛に。ただいまからアストロノヴィア王国冒険者ギルド第二百五十六回緊急依頼、ミストラルドラゴン討伐作戦についてお話しいたします」


 長い、長すぎるわ!

 ピカソの本名くらいあるやん。

 てかエリーもよく言い切ったな。彼女もギルドの人間だから「逃げられなかった側」のはずなのに、嫌そうな表情を一切出さずに立つ姿勢はさすがプロだ。


「本作戦はギルドマスターの指揮の下実行されます」


 え、ギルドマスターなんていたの?

 見たことないんだけど。けど、ギルドマスターなんて絶対強者に決まってる。

 ここにきてチートスキルにギルドマスターの登場。なんか生存確率がどんどん上がってきてるぞ。

 エリーは一歩下がると代わりに隣のジジイが一歩前に踏み出した。

 もしかして……なんか嫌な予感するんですけど……。


「どうもワシがギルドマスターのアームストロングじゃ」


(めっちゃ名前負けしてるんだけど!)


 腕なんて爪楊枝くらい細いし、今にも折れてしまいそうだ。

 生存フラグがへし折れた音がした。


「まずはこの危機に際して街のため残ってくれた勇気ある諸君らに感謝する」


 ギルマスは深々と頭を下げた。


(何が勇気よ。無理矢理戦わせるくせに)


 小声でララが吐き捨てた。


「諸君らも承知のとおりミストラルドラゴンはルスの森とナギ平原を行き来しておる」


 ギルマスは前にあるでっかい地図を指差した。

 街の目と鼻の先にドラゴンはいるのだ。いつ襲われてもおかしくはないだろう。


(てか、なんでドラゴンは一直線にメルンに来なかったんだろうな?)


(さあ?お腹を空かせるために運動してるとかかしら)


(空腹が一番のスパイスってやつか)


 ドラゴンの事情なんて知る由もない。ただ昨日襲撃されていたら街は何も対策できずに灰塵と化していたから助かった。


「そこで明日は我らからドラゴンを討って出る。場所はナギ平原の真ん中じゃ」


 平原のど真ん中では身を隠すこともできないが、周辺への被害を考慮したら致し方ないのだろう。


「作戦の中心となるのは二人の勇者じゃ!」


 ギルマスはジェイスとララに目線を配る。うげっ、とララの喉奥から悲鳴が漏れた。


「勇者二人は前衛で攻撃に心血を注いでおくれ。聖女は後方で傷ついた者たちの回復を。あとの者たちは勇者の支援及び盾となっておくれ」


 それは力のないお前たちは肉壁となれという無常な指令。

 だが、ベテランの彼らは作戦の大枠は予想していたのだろう。特に不満の声が出ることはなかった。


「それと明日の作戦の成功のために勇者たちのスキルについて知っておきたい」


 ギルドマスターの視線が再びララとジェイスに注がれた。予想外の申し出にララの眉が吊り上がる。

 勇者にとってスキルは己の強さの源、自分の価値そのものだ。

 仮にバレれば厄介な話に巻き込まれる場合もある。

 例えば発動に時間がかかるスキル、戦闘系ではないスキルの勇者などは強盗の恰好の的になるだろう。

 ギルドであってもこの手の話は軽々しく聞いていいものではない。隣に座るララに動揺が走る。

 特に俺たちにとってスキルを話すこと、それすなわち自分が無価値の処刑に値する勇者だと言うようなものだ。

 ただ、このままチートスキルがあると勘違いされたまま前線に送られても困るわけで……うーん、困ったな。

 ララも話すべきか決めあぐねているようで表情は硬い。


「ちっ、それは強制なのかよ」


 遠くのテーブルでジェイスが疑問の声をあげた。


「私にそなたたちの大事な秘密を聞く権限はない。しかし、街を救うため、どうか教えて貰いたい」


 そう答えたギルドマスターの眼は覚悟が宿っていた。


「わかりました」


「おいユーベリカ、何を勝手に決めているんだ」


 意外なことにジェイスの隣にたつユーベリカはあっさりと頷いた。

 そして荒ぶるジェイスを完璧に無視してギルドマスターに宣言する。


「ですが、話すのはあくまでスキルの一部について。それ以上は話せません」


「うむ、充分じゃ。聖女殿の協力に感謝する」


 この会話においてジェイスは蚊帳の外。なんとなくあの二人の力関係が察せられるな。


「彼のスキルは強力な一撃を放つことに特化したスキルです。おそらくクリスタルドラゴンであろうと傷を負わせることができるでしょう」


 まじかよ、あいつドラゴン相手に通用するスキル持ってんのかよ。

 整った顔といいガチで勝ち組じゃん。唖然とする俺とは反対にユーベリカの一言に冒険者たちが沸き立つ。


「ただし、今の彼ではスキルを連発することはできません。そこのところゆめゆめ忘れぬように」


 ざわめく周囲を制するようにユーベリカが付け足した。


「あい分かった。改めて話していただき感謝する」


 ジェイスがスキルを使えるのは一発限り、だろうか。しかし、ないよりマシ……いや大きなアドバンテージには違いない。


「ちょっと、これ私のハードル上がった感じじゃない?」


 ひそひそとララがつぶやく。首をぐるっと回して周囲を見渡す。

 もう一人の勇者は一体どんな凄いスキルをもっているんだろう、と目を輝かせた冒険者たちの顔が見えた。

 うーむ、やばいぞこれ。

 今ここで「実は美少女に生まれ変わるためにスキル使っちゃいました、てへぺろ」なんて抜かしたら明日を待たず冒険者たちにぶち殺される気がする……ううん、確実にぶっ殺されるわ。


「さて、そちらのスキルについても聞かせていただけないか」


 おいおいおい、なんで爺さんまでも若干ワクワクして俺たちのテーブルを見るんだよ。悪いけど、俺たちにお前らが期待してるスキルなんてないんだよ。


「え、えーと俺のスキルは……なんというか、うん、ちょっとアレで……」


 しどろもどろにララが口を開く。

 やべーよ、この状況。ララって地味に口下手なんだよな。頼むから上手いこと誤魔化して、いい感じのところで着地してくれ!


「そ、そんなに言うのを躊躇うほど強力なスキルなのか……!」


 すぐそばのテーブルに座る男が口を開けば「特殊なスキル、例えば天候を操るタイプだったりして」などとその横に座る女が見当違い甚だしい予想を口にする。

 ばっきゃろう、そんなにハードル上げるんじゃねえよ。みんなの視線にますます熱がこもってくる

 ただユーベリカたちだけは、俺たちの状況に勘づいたかにやけ顔を浮かべていた。どんどん状況が悪くなっていく。しかしララはどもるばかりで役に立ちそうにない。

 くっそ、俺がなんとかするしかない。


「スキルについては私が説明します」


 そう言って席を立つ。


「あちらと同じく私たちもスキルについて全てを語るわけにはいきません」


 俺の言葉にギルドマスターは頷いた。それを確認してから深呼吸して口を開く。


「彼の持っているスキルは炎魔法の威力を高め、剣を自在に操れるというものです。一撃、一撃の威力を高め徐々に相手を追い詰めていくことができるでしょう」


 まあ、このへんが妥協点だろう。

 めちゃくちゃ強力なスキルとは思わないだろうし、かといって雑魚すぎるわけでもない。

 魔法の威力がどの程度高まるか、自在に操るってどこまで剣術に生かせるのか。肝心な箇所は想像にお任せしますってところだ。

 若干期待を下回ったのか、冒険者たちが盛り上がることはなかったがそれでも納得したような表情を皆浮かべている。


「なるほど、戦闘全般に生かせる魔法じゃな」


 豊かな髭を触りつつギルドマスターは俺の話をまとめた。


「やはり勇者二人は前線で攻撃に専念してもらうのが一番か」


「そうですね。次にを自由に飛び回るドラゴンをどうやって仕留めるか、これが一番の問題です」


 エリーとギルドマスターが再び議題を進行する。


「諸君らは協力して遠距離から翼を攻撃してクリスタルドラゴンを地面に撃ち落としていただきたい」


「おいおい、そんな無茶な」


 ジェイスが呆れた顔でテーブルに足をのせる。


「うむ、しかし他に策が思いつかんのじゃ……他に良い案があるものは教えてほしい」


 そうは言われてもなあ。ドラゴンを地面に叩き落とすアイデアなんてすぐには浮かばない。

 先程の騒ぎから一転、ギルド内に重たい沈黙が訪れる。一分、二分経っても声を発するものはいない。

 やはり、地道に魔法を当てるしかないだろうか。そんな時、不意にゲームのワンシーンが脳内で再生された。

 いやいや、ここはゲームじゃないんだから、あんな風に上手くいくわけがない。そう思っても一度浮かんだアイデアは消えない。

 ええい、どうせ誰も思いつかないなら言ってみるか。僅かな逡巡。だが俺は勢いよく手をあげた。


「一つ案があるんだ」


「おお、なんでも言ってくれ」


 下を向いていた連中も一斉に顔をあげた。俺は一息に思いついた案を述べる。すると意外にも俺の思いついたアイデアは好評で、ギルド内に再び活気が戻った。

 以降はとんとん拍子に議論は進み細かな点を話し合った。例えば誰かが負傷した場合怪我人の代わりに誰が役割を担うのか、ドラゴンの弱点についてなど。

 夜深くまで会議室の明かりは灯されたままだった。不思議と会議室の熱気はドンドン高まっていた。明日ここにいる全員が生き残ることはないだろう。誰かは消える。

 全員それを分かっている。だからこそ、あえて盛り上がるのだ。

 戦うしかないんだ。引けば死ぬ。

 覚悟を決めた者たちの瞳は真っ直ぐと輝いていた。


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