第24話 聖女の素性
んん? 俺の耳はおかしくなったみたいだ。
俺が王女だって聞こえたんだけど、流石に聞き間違いだよな。
「いえ聞き間違いなどではありません。貴女は正真正銘この国の王の娘です」
表情を一切変えることなく、彼女は繰り返した。
「ついでに自己紹介を。私はエルティア。アストロノヴィア王国騎士団の副長を務めております」
王国騎士団の副長?
仮に本物だとしたら、この人めちゃくちゃ大物じゃん。
「積もる話はありますが、ここで話すのは……場所を変えましょう」
確かに彼女の言うことが本当だとしたらこんな路地裏で話していいことではないだろう。そう言うとエルティアは大剣を納め、背を向けて歩き出した。
俺たちが着いてこないことは一切想定していない、そんな感じだ。俺も彼女を追って歩き出す。
「ちょっとアンタこんな女の言うこと信じるわけ?」
未だ警戒を解かずララは折れた剣を握りしめていた。
「うーん、そりゃあ信じられない話なんだけど。あの人の顔見覚えがあるんだ」
夢の中で俺を見て泣いていた女。あの人と瓜二つの人間が目の前に現れた。正直偶然にしては出来過ぎている。
きっと何か重要なことがあるのだと、俺の心が叫んでいた。
「どうされましたか?」
俺たちの足音が聞こえないことを不思議に思ったのかエルティアが首をかしげた。
「今いきます」
俺は小走りにエルティアの元へ行く。
なぜ王国騎士が急に襲い掛かってきたのか、本当に俺――ララは王女なのか。聞きたいことは山ほどある。
俺の様子を見てララもしぶしぶ着いてきた。
それにしても、異世界に勇者として召喚されてアホな欲望のせいで聖女と入れ替わったと思ったら実は王女様でした?
「勘弁してくれよ……」
聞いてよ母さん。普通の大学生、就活失敗系男子の俺が王女になったんだってさ。
裏路地に俺のため息が一つこだました。
「なんだこのフッカフカのソファーは!」
お尻を包み込むような感触。触れた瞬間に沈みこみつつ適度に反発してくれる。
まさに理想のソファー。この世界にこれほど高水準のソファーがあるなんて……感動する。
「クララ様ほどのお方でしたら当然」
にっこりと微笑みエルティアもソファーへ腰掛ける。ララは高級ソファに怯みつつ、傷つけないようそっと座った。
うーん、貧乏性が染み付いてるな……こいつが王女か。
「信じられん」
「アンタ何か失礼なこと考えただろ」
こわいこわい。こちらを睨むララは凄みがあった。今俺たちがいるのはメルン一番の高級宿。それも最上階の一室だ。
こんなところに泊まってる時点でエルティアが王国騎士だということに疑いはなくなっていた。
それにエルティアは佇まいから高貴さが滲み出ているしね。オーラみたいな、細かい仕草から溢れ出る気品があるんだよ。
フードを脱いだ彼女は褐色肌の美しい女性だった。身長は女性にしてはかなり高く、チラッと見えた腕は筋肉質で強そうだ。
ロングストレートの髪の毛に隠された耳は普通よりも長く、尖っていた。
多分彼女はゲームでいうところのダークエルフなのだろう。
「それで、なんで私……コイツが王女だとしてこんな街で冒険者やってるわけ?」
部屋に入ってすぐ、ララは本題を切り出す。口調からして、ララはまだこの話を鵜呑みにしたわけではなさそうだな。
「それについては深い理由がございまして、長くなりますがお聞きください」
そう言ってエルティアが語り出したのはこの国の根幹に関わるほど重大な話だった。内容を要約するとこうだ。
魔法というのは通常誰でも同じ技を使えるものだ。ララの扱うファイアソードだって同じ火属性魔法の使い手だったら威力の大小はあれど、扱えるだろう。
しかし、実は魔法には生まれた時からその人にしか扱えない魔法がある。いわゆる本に記されていない魔法だ。
そういった魔法はある日突然使えるようになったり、生まれ持った才能と努力によって扱えるようになるらしい。
また、その才能が遺伝することがあるそうだ。これを無記述魔法とでも呼ぶとしよう。まさに、選ばれた者というわけだね。
大事なのはここから。
この国の王家にも無記述魔法が遺伝することがあった。才能が遺伝する条件は一つだけ。
聖属性魔法の使い手であること。そう、ララはこの条件に当てはまる。
しかし、王家の無記述魔法には一つ問題があった。あまりに強すぎたのだ。
その魔法は使えば使用者の命も脅かさるが、ドラゴンでさえも殺せるほどの威力を有していた。
長女や長男、いわゆる家督を継ぐ者がその魔法を継承するのは問題ない。
むしろ、権威が高まるので歓迎されてきた。一方家督を継がない者が継承したとなると厄介だ。まあ統治の邪魔にしかならないからな。
過去には後継ぎ以外に無記述魔法が継承されてしまい、そいつを担ぎ出す者が現れ国が分断してしまったこともあった。
以降王家では後継ぎ以外の聖属性の魔法使いは生まれた瞬間に抹殺するという暗黙の了解ができた。
概ねエルティアが言ったことはこんな内容だった。
「でも私死んでないよ?」
「現国王様は大変慈悲深いお方でして、自分の娘を手にかけることなど出来なかったのです……」
うーん、まあ確かに自分の子を殺すというのは残酷だが一国の王がそれでいいのか?
情を優先して国が滅んだら沢山の死人が出るだろうに。客観的にそう考えてしまった俺は自分で思っていたより冷たい人間なのかもしれない。
「それでも王宮に住まわす訳にもいかず……生まれて間もないクララ様を平民の家に預けることにしたのです」
俺の脳内をあの日見た不思議な夢がよぎった。そうか、あの夢はエルティアが俺を、ララを捨てた時のものなんだ。
「しかし、まさかあの平民がクララ様をあのようなウサギ小屋に住まわしているとは……」
エルティアの声は急に怒気を含んだものに変わった。鼻筋はピクピクと動き、手に持っていたグラスは粉々に粉砕した。
めっちゃ怒ってるんだけど。そのグラス高そうだけど壊して大丈夫なのかな?
「クララ様、私の不手際です。心よりお詫び申し上げます」
エルティアは深々と頭を下げた。俺に頭を下げられても困るんだけどな……だって中身は異世界から呼び出された全くの別人ですもの。
まあ入れ替わりに気づいていないし仕方ないが。
それにしてもララは一体どんな家で育てられたんだ? 碌な環境でないことは想像できた。
「話の内容は大体分かった。それで何で王国騎士団の副長様がメルンなんて街にいるんだ?」
反応に困っているとララが助け舟を出してくれた。
「もしかしてコイツを取り戻しにきたのか? それともやっぱり処刑しにきたとか?」
「いえいえ、私がこの街にいるのは本当に偶然なのだ。まさかクララ様が暮らしていらっしゃるとは私も腰を抜かしたよ」
エルティアはララには当たり前だがタメ口だった。目の前の男がララだと教えたらどんな反応をするのかちょっと気になるな。
「実は隣町のベルゼスで冒険者が凄まじい勢いで亡くなったのだ」
ベルゼスはメルンのすぐ西にある、ここより少し栄えた街だ。
「別に冒険者が死ぬことなんてよくある話じゃないか」
「それが亡くなった冒険者は皆Dランク以上。それも熟練の方達ばかりだ。ペースもあり得ないほど早くてな、なんとベルゼスにはもうDランク冒険者は残っていない」
「全滅したってこと?」
エルティアはゆっくりと頷いた。
「Cランク冒険者もかなり数を減らしてしまいました……しかし、なぜかBランク以上の冒険者は誰も死んでいないのです」
一部のランク帯の冒険者がゴッソリ消えた。確かに怪奇現象なみに不可解だ。
「私がベルゼスに到着した頃には既にこの奇妙な現象はパタリと止んでおりました。手掛かりもなく困っていたところヴェルナーのパーティが壊滅したとの情報を聞きまして」
確かヴェルナーさんはメルン一の冒険者で唯一のCランクだったな……。
それにジド達が組んでいた人も全員Dランクだったはず。
「それで、もしやと思いこちらに来たのです。オーガの件といいメルンにも嵐が来るかもしれません」
Dランクにならなかったら国から処刑。Dランクに昇級したら謎の現象で死ぬ……もしかして俺詰んでね?
「それでエルティアが調査していると偶然私に遭遇した、と」
「はい、その通りです」
なるほどねえ。にしたって世間って狭いな。エルティアの話を聞く限りララも随分苦労したんだろうな。
持ってる力が強すぎて家を追い出されるって俺よりよっぽど主人公じゃねーか。
「国を滅ぼす魔法とはどんな魔法なんだ?」
ララとしてはその魔法が無かったら今も王宮暮らしだもんな。気になるのだろう。珍しく表情が真剣そのものだ。
「その魔法の名前は――」
「……ラノヴァ」
「なっ、クララ様その名前を?」
「昔のことを夢に見る日があってさ、エルティアの言葉を思い出したんだ」
「なるほど……」
まさかエルティアも十年以上も昔の一言を俺が覚えているとは思わなかったのだろう。
「ラノヴァを使えば俺も世界征服狙えるんじゃない?」
それだけ強力な魔法だったらワンチャンあるのでは。なんかワクワクしてきたぞ。
「まあ、そもそもラノヴァを使えるお方がこの国を、ひいてはカイザー家を創設されましたので出来るのではないでしょうか」
おお、ついに俺はチートを手に入れたということでいいよね。もしかして神様は既にチートがあるからゴミスキルを俺にくれたとか?
「しかし今のクララ様がラノヴァを発動させたら制御できずに十中八九死にますので、絶対に発動しないように」
「そんなことだろうと思ったよ……」
はいはい、どーせ俺にチートスキルはありませんよ、っと。
「これからは私がクララ様のお世話をいたしますので、心配は無用ですよ」
は、今エルティアはなんて言った?




