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第22話 友の死③

「落ち着いてください」


 一瞬でざわめきだした場を収めるため、ユーベリカが声をあげる。


「ふっ馬鹿みたいに項垂れやがって」


 隣に立つジェイスは前会った時と同じく、ふんぞり返って尊大な態度を見せた。

 いやいや、親族や仲間が死んだら俯くのは当然だろ?

 ジェイスが元いた世界には道徳の授業はなかったのだろうか。


「そいつらは弱いから死んだんだろ。これは自然の摂理だぜ」


 心底悲しむの意味が分からない、彼の顔にはそう書いてあった。あっ、絶対道徳受けたことないわ、こいつ。


「みなさま安心してください。冒険者たちを苦しめ死に追いやった魔物は既に私たちが討ち取りました!」


 その一言にギルドに衝撃が走る。勝利を宣言するように、ユーベリカは高らかに腕を掲げた。

 右手に握られたのはオーガの首。


「本当にやったのか…!」


 純白のローブをたなびかせて手を突き上げる姿はまさしく絵画の一コマ。さしずめ絵画のタイトルは英雄、だろうか。


「うおおおおお」


 その瞬間、ギルド内は地鳴りのような歓声が轟いた。泣き崩れる人、依頼が達成されて喜ぶギルドの職員など様子はさまざまだ。その様子を見たララが唸る。


「こんな短時間で、それもたった二人でオーガを倒すなんて……」


 並外れてる、そう言うしかない。朝方に全滅の知らせが届いたとして、オーガを半日足らずで倒した計算だ。


「あらあら貴女達も聖女と勇者のはずなのに、こんなところで何をやっていたのかしら」


 目の前に来て開口一番、嫌味を吐き出してきた。


「亡くなった方々の遺体を綺麗にして、シルファ様の元へ送り届けていた」


 硬い口調でララが言った。


「ふんっ、オーガに逃げ隠れていただけじゃないの?」


 分かりやすい挑発だった。ユーベリカとララの目線がぶつかる。何もない空間に火花が散って見えた。


「あなた達はⅮランク冒険者のはずでは?」


 そういえば、こいつらまだCランク目前、つまりDランク冒険者だった。

 二人だけでは依頼を受けられないはずだ。


「依頼なんか受けてないわ」


「ギルドを通さずに魔物を狩ったということか」


 冒険者は緊急の場合、例えば道端で魔物にバッタリ出くわしたなどを除いて魔物を倒すことは禁じられている。

 ユーベリカとジェイスの行動は明らかにギルドの規則に反していた。

 しかし、ユーベリカ達の顔に焦りは見えない。


「やれやれ、それじゃあ質問なのだけれど、この街に私たち以上の冒険者はいるのかしら」


「うっ……」


「じゃあ私たちがやるしかないじゃない」


 悔しいが、論理は通っていた。ユーベリカの言う通りこの街、メルンには二人より強い冒険者は居ないだろう。

 大人数パーティを壊滅させられるオーガはギルドが放っておける存在ではない。遅かれ早かれユーベリカたちに白羽の矢が立つことは明白だ。


「なによ、それとも手柄を取られて嫉妬しているかしら」


 挑発はさらに過激になっていく。

 ジェイスよ横から口を挟む


「どうせコイツらには無理だろ。この聖女すげえ雑魚らしいじゃん」


 ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべて俺の方を指差す。この前俺に振られたことをまだ根に持っているのかな。

 全くお前は顔以外全てがダサいぞ。


「今はな」


「ハッハッハ、今はだと?」


「これからもの間違いでしょ」


「言ってろ。いつかはお前らまとめてコテンパンにしてやるよ」


 自分で言っておいてなんだが、別に強くなれる自信はない。けどララのことを虐めていた女に卑屈な態度はとりたくないだけさ。

 まあララは一応相棒だしな。


「ふーん、また教育してあげる必要が……」


 ユーベリカが不穏な空気を醸し出す。

 しかし、最後まで言い終えることはできなかった。


「お二方! ギルドマスターが呼んでおりますよ」


 背後から聞こえた穏やかな声。

 ぱっと振り返るとエリーがいた。


「昇級のことと今回の討伐の報酬に関して話したいことがあるそうです」


 突如エリーに話しかけられたユーベリカは一瞬眉をひそめた。

 が、たちまち聖女らしく、人当たりの良い顔を貼り付ける。


「あらあら、そうですか。今向かいますね」


 猫被りしやがって。

 小学校の頃先生にだけ態度を変えるいじめっ子を思い出す。

 そいつもユーベリカみたいな奴だったな。


「次会った時、覚悟しとけよ」


 捨て台詞を残して二人はエリーについていった。きっと今回の功績によってあいつらは昇級するんだろうな。奥に消えた二人がどんな扱いを受けているのか、なんとなく想像がついた。


「アンタ変な度胸はあるのね」


 感心したような、呆れたような様子でララは唸った。


「オーガは倒されちまったみたいだが、本当にジド達を倒した魔物は別かもしれない。今日からは依頼は慎重に受けよう」


 ジドとハンスにもう一度だけ挨拶をして、俺たちは依頼書を片手に握りしめ、ギルドを出た。

 馬鹿みたいにでかい城門をくぐり、スラムを抜けていつもの狩場へ向かう。

 もはや通勤ルートのようなもので、迷うことはない。


「今日はゴブリンいるかしら」


「依頼は三体の討伐だから、なんとか見つかるはずさ」


 前に一度、ゴブリン十体を討伐するという依頼を受けたのだが、真夜中までナギ平原を彷徨くことになったことがある。それに比べたら今日の依頼は全然マシだろう。

 生い茂った草花が緑色の絨毯を作る中、ひたすら歩き続ける。少しすれば夏がきて、風景も変わるのだろうか。見飽きた風景にうんざりしつつ腕を振る。

 そして一時間ほど経った頃ようやく獲物を見つけた。


「二体だけか」


 一体足らないことへのショックとそれでも発見したことへの嬉しさが混じりあって、なんとも形容しがたい複雑な気分だ。


「とっとと倒しちゃいましょう」


 ララが勢いよく錆びた剣を引き抜く。


「ファイアソード」


 ララの詠唱に合わせて、剣に炎がまとわりつく。そして、ゴブリンめがけ一直線に駆け出した。俺もうかうかはしてられない。

 杖を握りララの脚に照準を合わせる。


「シスト」


 光がララの脚にまとわりつく。それと同時にララのスピードが一段加速した。俺が唱えたシストという魔法は補助魔法の一種だ。

 効果は魔法をかけられた者の身体能力を向上させること。てっきり聖属性は治癒魔法しか使えないと思っていたから、この魔法を知った時はマジで嬉しかったよ。

 俺は後方支援、ララが前方でアタッカーとして戦う。これが俺たちの戦い方だ。


「せいっ!」


 短い掛け声と共に繰り出された一撃は見事にゴブリンの頭と胴体を分断した。声を上げる暇さえ与えず、ララはもう一体に向かって剣を振るう。

 無慈悲な剣がゴブリンの眉間に突き刺さった。


「あいつめちゃくちゃ剣の腕前上げてるよな……」


 チートスキルがない、剣を触ったことがない等デバフだらけのはずなんだけどなあ。

 段々勇者らしくなってきているぞ。


「ふー、ファイアソードは魔力の消費が激しすぎるのが難点ね……」


 ララは血をぬぐい息を整える。中々カッコいいじゃねえか。

 そんな彼女を労おうと思ったその時、不意に背後から物音が聞こえた。ツーッと胸の奥から湧き上がる不安。

 反射的に振り返るとそこには目を血走らせたゴブリンがいた。


「嘘だろ」


 俺とゴブリンとの距離は三メートルもない。仲間を殺されて憎悪を全身にたぎらせるゴブリンが手に持つ棍棒を振り上げた。

 ヤバいっ!

 もう間に合わないと思いつつも杖を構える。しかし、そこで不思議な光景が見えた。

 突如としてゴブリンの動きがスローモーションになったのだ。


「ブライトアロー!!」


 無我夢中で唱えた魔法は光の矢を作り出す。ブレブレの照準だった。しかし、矢は偶然にもゴブリンの足を貫く。


「グギャッ!」


 バランスを崩したゴブリンは地面に叩きつけられる。無防備な後頭部が俺の目の前に晒された。


「あばよ」


 もう一度、光の矢を撃つ。今度は確実にゴブリンの急所を貫いた。

 ゴブリンの全身から力が抜け、地面に突っ伏す。

 残酷だが、心はもう痛まなかった。


「俺もこの世界に結構染まってるなぁ」


「大丈夫?怪我はない?」


 ゴブリンの不意打ちに気づいたララが駆け寄ってきた。


「なんとか生きてるよ。魔法が偶然当たってくれてよかった」


 もし最初のブライトアローが命中していなかったらと考えるとゾッとした。


「これからは戦闘前に周囲への警戒をもっと強めましょう」


 今回はゴブリンだからなんとかなったが、それこそオーガが背後に現れたら対処しようがない。

 戒めとして、しっかり対策せねば。


「それと聞きたいことがあるんだけど」


「なによ?」


「実はゴブリンが現れた時、相手は動き出していて、距離的にも回避できないと思ったんだ」


 どう考えても、あの時既に攻撃モーションに入っていたゴブリンと、視界に写ってから杖を構えた俺とでは大きな差があったはず。

 もちろん俺が断然不利な条件だ。


「けど、急にゴブリンの動きがゆっくりになってこっちの魔法が先に当たったんだ」


「ゴブリンが攻撃を躊躇ったってこと?」


 ララは「そんなわけないでしょ」と付け足す。


「いやいや、そういうことじゃなくて……」


 あれはゴブリンの意志というより何かが介入したような、そんな動きに見えた。

 うーん、なんて言ったらいいんだろう。


「ゴブリンが急に鎖に縛られたみたいに動きが鈍くなったんだよ」


「へー、そうなのねー」


「露骨に興味なくしてるやん!」


「だってそんなことあり得ないでしょ」


「うぅ……」


 確かに急にゴブリンがゆっくりになるなんて話聞いたことない。

 今ここには俺たち以外は誰もいないはずだし……俺の見間違いかな。


「あれじゃない?ソウマトウってやつ」


「うーん、でも走馬灯だったら俺の動きも遅くなるはずなんだけどなぁ」


 漫画やアニメで見たシーンでは主人公の動きも遅くなっていた。俺だけ早くなるなんて能力ではないはずだ。


「てか、この国にも走馬灯って言葉があるんだ」


「昔の勇者が広めた言葉らしいわよ。意味はよく分からないけどね」


 そりゃあ、この国では漢字なんてないもんな。

 まあ俺も走馬灯がなんであんな漢字使われているかなんて知らないけど。

 ま、まあ人生で経験したことなかったし、しょうがなくない?


「これ以上無駄話する暇はないわ。とっとと魔核を回収して帰るわよ」


 ウルフが死体に釣られてやってくるかもしれない。いつまでも不思議な現象について考えてる暇はなかった。


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