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第19話 悲しい夢

 その日は土砂降りの雨だった。

 朝から太陽が姿を見せず、室内は真っ暗。

 部屋の壁を打つ雨に家が壊されないか心配になるほど。風もビュンビュンと吹き荒れており窓を揺らす。


「もしかして家ごと吹き飛ぶなんてことも……」


 このボロ家だったら可能性はゼロとはいえない。想像しただけで背筋に寒気がする。

 それと天気も悪いが、俺の体調も万全とはいえなかった。


「それに頭も痛い。ララって偏頭痛持ちだったのか」


 気圧の影響からか、激しい頭痛に悩まされて気分は最悪だ。

 明け方一旦はギルドに向かったものの、あまりの雨と雷に依頼の受注は断念せざるを得なかった。幸いホホリク討伐後はゴブリン討伐とクラクラ草の採取を欠かさず行っていた。

 そのためポイントは良いペースで稼げている。視界の悪いこんな雨の中、街の外に出るのは危険だ。

 だから今日は部屋で休養する日なんだ。こういう日があってもいいじゃない。

 そう思っていても、なぜか胸騒ぎが治らない。

 バリンッ、不意にキッチンから大きな音がした。


「痛っ」


「どうしたんだ?」


 慌てて駆けつけると、ララが指を押さえていた。よく見ると指先からは一筋の赤い線が流れている。


「お皿を割ってしまったわ……」


 下を向くと食器が粉々に砕けていた。


「待ってろ、包帯取ってくる」


 床に落ちた皿を踏まないよう慎重に移動する。救急箱は戸棚にあったはずだ。


「確かこの辺にあったはずだけど……あった!」


 キッチンに戻るとなぜかもの凄く呆れた表情のララがたっていた。


「アンタもう魔法使えるでしょ。そんなもの取ってきてどうするのよ」


 あっ、そうだった!

 ついつい癖で包帯を持ってきてしまった。


「いやー、癖とは恐ろしいな」


「変なことに感心してないで早く治してよ」


「ごめん、ごめん。ヒール」


 もう魔法を使うのにも慣れたもんだ。杖なしでもこの程度の傷は治せるもんね。

 ララの患部を暖かい光が覆う。光が消えると同時にララの傷も消えていた。


「三十点ってところね」


「おまっ、俺の完璧な魔法にケチつけやがって」


 人に治してもらって感謝の言葉より先に点数を口にするとは……なんてやつ。

 それに三十点って赤点じゃないか。


「なにが完璧よ……魔法の威力も弱いし、ムラがあるから端の方は治ってないじゃない」


 よくよく見ると、ララの言う通り傷痕が僅かに残っている箇所がある。


「……ヒール」


 もう一度意志をかためて魔法を繰り出す。今度は完璧に傷跡が消えた。


「よし、俺の魔法は完璧だなー」


「サイレント修正?」


「何を言うのかね。最初から綺麗に傷は癒したぞ」


「やれやれ、ね」


 ララが大きくため息を吐いた。

 まあ、次は必ず一度で治してみせるさ。


「それよりお昼の準備はどうなった?」


 時刻は既に正午を回っている。見渡すかぎり、キッチンで料理が行われた形跡はない。


「今から作るとこよ。アンタも協力しなさい」


(今日はララの当番のはずだけど……)


 もちろん文句を口に出すほど馬鹿じゃない。


「よし、親子丼でも作るか」


 最近俺は日本料理の再現に力を入れている。この世界の料理は食にこだわる日本人にはレベルが低すぎるからね。

 そのためパンに比べれば僅かに値が張るものの米を俺は定期的に米を仕入れている。


「親子丼? 何よその変な名前」


「鶏肉と卵をご飯の上に乗っけて食べる料理さ」


「名前の割に残酷な料理ね」


 分かりやすくドン引きしてるララを尻目に俺は早速冷蔵庫から食材を取り出す。

 この世界にも一応冷蔵庫はあった。ただ魔核をエネルギー源としている点が元いた世界とは大きく違うが。

 しかし、本物の冷蔵庫とは違い食材をキンキンに冷やすほどの効力はない。ただ中がひんやりしていて、日持ちが良くなるくらいの力だ。


「いつか本物の冷蔵庫が欲しいなぁ」


 実際王都などでは日本の冷蔵庫そっくりの物もあるらしい。

 まあ、そんなの買ったら破産して詰むんだけどさ。


「ララは卵割っといて」


「了解」


 さりげなくララに仕事を振り分けつつ、俺は鶏肉をぶつ切りにした。醤油や砂糖は揃っているから後は簡単だ。

 恐らく同郷の勇者であろうが、醤油やみりんをこの世界でも作った人には頭が上がらないね。俺はちょいっと前世の手抜きレシピを作ればいいだけ。

 なんとも楽チンだ。


「調味料と鶏肉を入れて、火をかけて……と。後は卵を入れれば完成だ」


 料理を始めて十数分、俺流手抜き親子丼ができた。


「おぉ、見た目は思ってたより美味しそうじゃない」


 名前を聞いて微妙な顔を浮かべていたララだったが、反応は良かった。


「この暖かみのある黄色が食欲をそそるんだよ」


 箸を手に持ち、勢いよく飯をかき込む。だが、肝心の味に関して一つ問題があった。


「味薄いわね」


「しょうがないだろ。調味料高いんだから」


 とても異世界に来たとは思えない会話。金欠で調味料も満足に使えない勇者と聖女なんて、ギャグ漫画でも見たことない。


「やはりホホリクの二万に手をつける時がきたか……」


「あれはいざという時の臨時金って決めたでしょ?」


「三大欲求が阻害されてる今は緊急なんだよ」


 特に日本の暮らしに慣れている俺にとって、食欲が脅かされている現状は緊急事態のはず。


「でも装備整えないと死んじゃうわよ」


 うっ、痛いとこを突いてきやがって。それに、いつまでも聖女が盗品のローブ羽織ってるのも外聞がよろしくないな。


「はぁぁ……明日からも頑張って稼ぐかー」


 机に突っ伏して宣言する。


「そういえば、最近ジド達はオーガを討伐しに森に出入りしてるらしいわよ」


 箸休めとばかりにララが話を切り出す。


「オーガだと」


 オーガといえばオークが進化した姿だ。

 オークが数匹束になってもオーガには敵わないと言われているほど強力な魔物だ。


「あれ、でもオーガってCランクの魔物じゃないのか?」


 ジド達はホホリクを倒したことによってポイントが貯まり今はDランクになっていた。それでもオーガ相手ではランクが足りない。


「なんでも数組の冒険者が合同で動いているそうよ。」


 そういってララが名前を挙げた冒険者はこの街の同業だったら誰でも知ってるような人たちだった。


「合同パーティはCランクレベルにあると認められたから特例で依頼を受けられたわけ」


 ランクのジドがCランクの依頼を受けることはできないと思ったのだが。なるほど、ギルドにも色々な制度があるらしい。


「ほええ。随分大掛かりな討伐だな」


「この辺でオーガが出ることなんて滅多にないもの。最近ホホリクといい、物騒になってきてるわ」


 確かにオーガとか始まりの街にいていい存在ではない。冒険初心者おすすめの街、メルンにしてはハードすぎる依頼だ。


「俺たちは参加しなくていいのか?」


 合同パーティに参加さえできればCランクの依頼を受けられる。つまり、ポイントも大幅に稼げるはずだ。


「あのパーティに参加してるのはジド達を含めてみんなDランクよ。私たちじゃあ入れてももらえないわよ」


 勇者がパーティにすら入れてもらえない……この国の勇者地位低すぎだろ。


「明日からも地道に稼ぐしかないのか」


 まったく、冒険者も社畜と変わらないな。お昼を食べた後はそのままグータラと家で過ごした。

 普段と変わらない、いや普段よりも随分穏やかな一日だった。しかし、ずっと胸騒ぎがして落ち着かない。

 俺の知らないところで何か大事なものが失われているのではないか。そんな感覚がした。

 結局胸のざわめきは夜ベッドに入るまで落ち着かず、目を閉じてもなかなか眠りにつくことはできなかった。


「申し訳ありません……様」


 目の前の彼女は泣いていた。純白の鎧とは対照的な黒髪を揺らして。

 なぜ泣いているんですか?

 そう問いかけても返事はない。いや、そもそも声が出なかった。

 あぁ、俺は夢を見ているんだ。不思議と意識ははっきりとしていた。


「国を守るためとはいえ王もなんて残酷なことを」


 恨めしく、頬を涙で濡らして彼女は嘆いた。

 王様とはいったい?

 貴女は誰?

 胸に渦巻く疑問を問いかけることはできない。


「しかし、きっとこれからは良い生活が待っているはずです」


 涙でぐしゃぐしゃの顔に無理矢理浮かべた笑顔だった。この時俺は気づいた。目の前の女騎士に抱き抱えられていることを。

 自分の手をよくよく見てみると柔らかそうな、丸っこい手だ。そう、俺は赤ん坊の姿になっていた。同時に自然と目元から涙が溢れ出た。


「あぁ、泣かないでください。あの家までこのエルティアが命をかけて護りますので」


 よしよし、と頭を撫でられた。

 彼女――エルティアさんもまだ若いだろう。見た目だけで判断すれば成人してるようには見えなかった。しかし、年不相応の大人びた安心感を醸し出していた。


「これを言っていいか分かりませんが……」


 エルティアさんは何かを覚悟するように唾を飲み込んだ。腕に抱えた俺をジッと数秒見つめた後、エルティアさんの口が動いた。


「もしも今後避けられない危険があった時にはラノヴァとお唱えくだい」


 ラノヴァ? 恐らく魔法だが聞いたことがない。

 この世にある魔法はほとんど本に記されている。俺も聖属性魔法に関しては漏れなく覚えた。

 そんな俺が知らない魔法。つまり世に出ていない魔法ということだが、一体どんな魔法なんだ?


「ふっ、まだ言っても分からぬはずなのに」


 エルティアさんは目を細め、微かに口元を緩めた。


「きっとクララ様の記憶に私は……」


 クララとは誰だろう。俺の名前はララのはずだ。

 似た名前だが別人なのか、それとも……。


「いや、そんなことはどうでもいいか。クララ様が幸せに暮らせれば私はそれでいいのだから」


 エルティアさんは立ち上がった。どうやら彼女とはお別れが近いようだ。


「日の出までには着かなければ」


 そう呟いた後彼女は夜空の下で走りだした。


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