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第15話 同級生②

 腕にガクンという衝撃が走り、俺の足はとまった。ララが一歩も動かないのだ。

 そういえば昔馴染みに会ったというのに、こいつ一言も発してないな。


「どうしたん……えっ?」


 俺の視界に入ったララは震えていた。足先から、頭のてっぺんまで。

 瞳孔はゆらゆらとして定まっていない。


 「おいおい、本当に風邪引いたのか?」


 頬に手を当ててみると、びっくりするほど冷たかった。


「ちょっと、アンタみたいな落ちこぼれがジェイの誘いを断るってどういうこと?」


「早く病院行かないと……夜間診療なんてないかな。ちっ、不便な世界だぜ」


 ララの呼吸はどんどん荒くなり、今にも倒れそうだ。

 よし、とりあえずジドの元にまで戻ろう。

 あいつらなら病院とか知ってるかもしれん。


「無視してんじゃねーよ!」


 ぐっと俺は上に引っ張られ、宙に浮いた。突然の出来事に脳は動かない。

 気づいた時にはユーベリカの顔が目の前に迫っていた。

 近い、近いって!

 このままだとファーストキスしちまう。

 てか俺、胸ぐら掴まれてる⁉


「もしかして忘れたんじゃねえよな。お前は永遠に私のおもちゃなんだよ」


 その時俺は悟った。ララが震える理由も。

 この女は聖女なんかじゃねえ。獲物を徹底的に痛ぶり尽くしていじみて、愉悦に浸る悪魔であると。


「し、しった……あ」


 あれ、声が出ない。それになんで声が震えてるんだ?

 まるで身体につけられた鎖に喉を締められているみたい。俺の変化に勘づいたのか、ユーベリカはニヤリと大きく顔を歪めた。

 くそったれ!


「今日は昔みたいに仲良くしよー!」


 猫を被るのはもうやめたのだろう。残忍な笑みが張り付いていた。


「相変わらず不細工な面してるねー、まずは鼻、そっから目も形整えなきゃね!ハハッ」


 なぜこいつは笑顔で話せるのだろう。俺の横ではララが雨に打たれた子猫のように震えている。

 理由は分からない。が、ふつふつと身体に染み込まれた恐怖を上回る怒りが湧いてくる。


「それなら、俺は汚い口を治してやるよ」


「なんだと!?」


 残念だったな。俺はララじゃない。身体に恐怖は染み付いていても、心はピンピンしてるぜ。

 杖に力を入れた瞬間、視界の端で微かな光を見た。


「レイン」


「ぐがっ……」


 焼けるような痛いと共に身体が地に叩きつけられた。

 腹に何かが当たったようだ。一体なにが?

 顔を上げるとジェイスのイラついた目が合った。


「舐めんなよっ!レイン」


 もう一度、魔法が唱えられる。螺旋状に飛ぶ水滴が銃弾のごとく俺の手を撃ち抜いた。

 馬鹿野郎が、街中で魔法を使うのは御法度のはずだぞ。

 銃弾により腹は血まみれ、手には穴が空いた。今の俺は重症、いや瀕死といえる。


「勇者様!これは一体どういうことです?」


 英雄の豹変ぶりに周囲から戸惑いの声が上がった。そして、この声は先程の老婆だろうか。

 意識が朦朧としてあやふやな推測だが。


「実は彼らも聖女と勇者なのですが……功績がなく私たちを逆恨みしているのです。今日も私たちを追ってこんなところにまで……」


 チッ、ユーベリカはジェイスとは違って口も達者みたいだ。

 これじゃあ、嫉妬に狂ったストーカー扱いだろうな。


「それは、それは……」


 相手は英雄、こっちはみそっかす勇者。老婆はそれ以上言うことなく引いた。


「俺たちは人だろうと魔物だとしてもどんな障害でも乗り越えて見せる!」


 勝鬨を上げた勇者には確かな迫力、威厳があった。

 何も分からない群衆にこいつらが正義なのだと思わせるほどには。


「口の悪いおもちゃに用はないの。アンタはここで終わりよ」


 ユーベリカが俺の耳に口を寄せ、悦に浸った、艶かしい声をふりまく。


「皆さんも行きましょう。この人達に関わると碌なことにならないですよ」


 それから俺に声をかける者はおらず、誰もいなくなった……。


「ケン、大丈夫⁉」


 周囲が静まり返った後、ようやく回復したララが俺の身体をゆさぶった。


「生きては、いるさ。なんとか魔法で出血を止めねえと」


 ようやくララの調子が戻ったみたいだ。

 別に嬉しくはないけど……安心する。

 そんなこと考えてる場合じゃないんだけどな。


「私はもう火属性魔法しか使えない……誰か治療できる人を探してくる!」


 前世だったら確実に死、もしくは後遺症が残る傷だろうがここでは助かるかもしれない。

 今すぐに魔法をかけてもらえたら、の話だけどな。


「ヒール。はっは、この状況でも使えないなんて……俺はとことん主人公にはなれないってか」


 勇者として召喚されてこのザマだ。笑えてくるよ。


「喋るなバカ!」


「お前はそうでなく、っちゃ。じゃじゃ馬聖女が、静かだと俺の調子まで狂うんだよ……悪かった、俺みたいな無能が、召喚されちまって……」


 呼吸が上手くできない。疲労、めまいが俺の視界を暗くする。

 確かに感じる二度目の死。そんな死の間際、俺の胸をついて出たのはずっと言いたかった言葉。

 ララの努力を、アホな願いでスキルを無駄にした馬鹿な勇者でごめんな。


「無能だからいいのよ!」


 ララが俺の手をとった。


「さっき分かったでしょ?私だってすごいダメな奴だった。出来損ないの聖女なのよ……でも、だからこそケンみたいな勇者が来てくれて……安心したの。だから死ぬな!」


 へへ、なんだそれは?

 結局俺もララと同じダメダメな奴って認めてるんじゃないか。でも、わがまま聖女の命令には応えてやらないと……だって俺は勇者なんだから。

 出来損ないだろうと生き残ってやる!

 俺の胸に大きな意志が宿る。


「ヒール!」


 もうどうやったら発動するんだろうとか、仕組みなんて考えるものか。

 傷を治して生き残る、ただそれだけなんだ。

 過程なんて全部ぶっ飛ばして、結論に辿り着いてやる!


「うおぉらああ」


 俺の手から光が放たれる。転生以来二度目の魔法が俺の体内の魔力をごっそり持って行ったのを感じる。

 光は傷口を覆い、痛みを消し去った。


「落ちこぼれ勇者だろうと地べた這いずり回って生きてやる」


 もう二度と死ぬものか。


「なによ、やればできるなら……最初からやりなさいよ」


 口調は冷たい。しかし、顔は涙で濡れていた。

 こんな時にも……面倒くさい性格な聖女様だよ、まったく。


「帰ろう、明日からはまた忙しくなる」


 帰り道の街灯は先程よりも暗く、でも暖かく光っていた。


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