第13話 異世界生活③
「おーい、エールもう一杯追加だ!」
「さすがに飲みすぎじゃない?これでもう六杯目だぞ」
「えーい、うるさいわね。こんなぐらいじゃ全然酔えないわよ」
真っ赤な顔に座った目つきとそれで酔ってないのは無理がある。
だが、口を開いたらめんどくさいことになるのが確定しているので代わりにグラスを口に運んだ。
まったく酔っ払いの常套句には頭が痛い。夜の街をランプの灯りが彩る中、俺たちは久々にギルドの食堂で杯を交わしていた。
いつもは自炊か露店で済ますのだが今日は特別だ。ゴブリンの魔核に依頼の報酬がほかほかと懐を暖めているからな。
なにより例の指輪が三万マルカという予想を遥かに上回る値段で売れたのだ。
あのカモはネギどころか宝石を背負っていたらしい。
「どうしたよケン。今夜はえらく派手に飲んでるじゃねえか」
ララと景気よく騒いでいると隣のテーブルから声がかけられる。
ふりむくと、艶の良い金髪にバンダナを巻いた男が、酒をあおいでいた。
こいつはジド。明るくコミュ力のあるイケメンってことでギルドの人気者だ。俺たちとはこの酒場で頻繁に顔を合わせる仲で友達といっていい関係だ。
それとジドは若いが既にDランク目前と腕っぷしも確かな冒険者でもある。
「ララちゃんもこんな飲んだくれが相棒だなんて……どう俺らのパーティ来ない?」
ジドはまっすぐな目で俺をみつめる。そりゃあジド達のパーティの方が強くて稼ぎもいいだろうし、是非って言いたいよ。
けどララが結果を残せないと断頭台に上がることになっちまう。
「私は聖女だからこの飲んだくれと一緒に頑張ります」
「ちぇっ……でも来きたくなったらいつでもおいでよん。美人はいつでも大歓迎さ」
この通りジドはまあ良いやつなんだが、目線がなんというか……ちょっとがっつきすぎで気持ち悪いんだよな。
男の時は気づかなかったが、胸元への視線などはなんとなく察せられるのだ。
改めて言おう。紳士諸君、ゆめゆめ注意したまえ。
「こらあー、勝手に勧誘するな!そいつの身体は私のもんだぞ」
「ぶっ!」
馬鹿野郎。大声でなんてこと言いやがる。確かにその通りではあるんだけれども!
言い方が悪すぎるぞ。誤解与えまくりじゃねーか。
見ろよ、ジドでさえもドン引きしてるぞ。
「ヒュー、お熱いねえ」
「勇者様かっちょいいー!」
すぐにギルド中から冷やかしの声が飛んでくる。
男どもの野太い声にさらされて肩身がせまい。
「ち、違います!」
俺の必死の弁明も周囲の声にかき消される。
やめろ、そんな目で俺を見ないでくれ!
「ま、まあ仲良くな……ハハハッ」
くっそー、最悪だ。
「ちょっと違うってどういうことよ!その身体は……」
「黙れ、この馬鹿!」
俺は思いっきりララの頭をひっぱたく。
確かに違わねーよ。これお前の身体だよ。
でもめっちゃ誤解されてんの。
周りの目やばいの! てか、聖女が酒に溺れんなよ。
「ララちゃんやっぱり俺らのパーティ来る……?」
行こっかな……。
「うーん、頭痛い」
頭を抱えるララの姿はあまりに醜く、目も当てられない。
ジドもそんなララを白々しい目でちらっと見て、やれやれと大きくため息を吐いた。
「お前その調子だと噂の勇者様の影に埋もれちまうぜ」
ジドが子供に言い聞かせるように話す。待て、俺らが影に埋もれる?
それも勇者のだと。
「噂の勇者……?」
ララも一気に酔いが冷めたのか姿勢を正してジドに向き合った。
「ああ、まだお前たちは会ったことないのか」
ジドがそういえばと納得したように手を打った。
「最近この街に越してきた奴でな、えらく腕っぷしが強いらしい。噂じゃあもうそろそろCランクに上がってもおかしくないって話だぜ」
Cランク目前……俺らとはえらい差だな。
「ちょっと待てよ。この街に越してきたって、Cランクの冒険者が来るような街じゃないぞ?」
ララの男口調も随分板についきたなあ……ってそうじゃなくて!
Cランク目前の勇者がこの街に来るのは確かにおかしい。別にこの街が勇者が住むには質素すぎるとかってわけじゃない。
問題はこの世界基準ではこの街は平和な部類ってとこだ。
俺だってここで過ごしていると、西の街が魔物に襲われて消えたやら、疫病で滅びそうになっている国の話などは山ほど聞いたきた。
だがそういった地域にこそ強い魔物や依頼が山ほどある。大抵の高ランク冒険者は仕事を求めてそういった地域に住まう。
逆にこの街みたいに比較的安全な地域は一般人に毛が生えた程度の俺たちみたいな奴らが溜まっている。
ここなんてゴブリン不漁なんて言葉が流行るくらい平和な地域だ。ゲームでいったら始まりの街、超序盤に舞い戻るようなもんだ。
どう考えても不自然な動きだ。
「まあ変わり者なんだろ。勇者とは名ばかりの酒浸りの奴もいるようだしな」
ジドの横に座る気難しそうな男が口をはさむ。
「それって俺のことか?」
ララが不快感丸出しで呟いた。
「別に誰を言及したわけじゃない。ただ自覚があるなら少しは控えたらどうだ……お前がそんな様子だと相棒のメンツに関わるぞ」
なんて正論……!
いいぞ、もっと言ってやれ。
「うっ……」
アル中聖女の情けない呻き声が酒場に響く。
「ま、まあハンスの言うことも分かるけどよ、ケンだって頑張ってるんだろうし酒くらい、な。大目に見てやろうぜ」
場を取り繕うようにジドが口を開く。ちなみにハンスというのはジドのパーティメンバーだ。
岩のようなゴツイ身体に真面目な性格をした彼は漢という字がよく似合う。
「ハンスさんの言うとおり。今日はこれくらいにして帰るわよ」
いいきっかけができたぜ。サンキューハンス!
ララもさすがに思うところがあるのだろう。俺の言葉に反論することなく、そそくさと席を立った。
「あっ!ちょっと待て」
会計を済ませようと歩き出した俺たちにジドが止めた。
「なんか用?」
不貞腐れたようにララがそっぽを向く。
「……最近ヴェルナーさんのパーティが壊滅したらしい」
えらく神妙な面持ちだ。大事件のようだが、ヴェルナーって誰?
「なに!あのヴェルナーさんたちが壊滅だと……」
おお! ララは知っているようだ。
そんなに強い人たちなのか?
「ヴェルナーって誰?」
「さあ?」
ズザーっと音を立てて膝から崩れ落ちた。
知らないんかい!
聖女が知ったかするなよ。
「ケンお前まじかよ……」
「だって俺召喚されてまだ一週間くらいだし」
嘘つけ。
ララは俺の召喚をする少し前にこの街に来たらしいから一月くらいこの街にいるくせに。
しかし、入れ替わりを知らないジドとハンスは納得してしまった。
「ヴェルナーさんはメルン唯一のCランク冒険者だ。昔あったオークの大量発生から街を救った英雄さ」
口ぶりからして随分慕われてる人だったのだろう。
「そんな高ランクの冒険者が一体なぜ……?」
「バジリスクにやられたらしい。例の勇者がヴェルナーさんの代わりにバジリスクを仕留めてくれたらしいが」
「そいつはなんとも勇者らしいこと」
どうやら噂の勇者様は俺とは違って本物らしいな。
バジリスクは蛇型の超危険な魔物だ。まだ仲間やつがいが近くにいる可能性もある。これからの冒険はいっそう注意して挑まなければ。
「情報ありがとうございます」
ジドに頭を下げる。こういった情報を教えてくれるジドには感謝しかない。
「ララちゃんにだったらいつでも教えてあげるよん」
「あ、あはは……」
ゾッと背筋が凍る。中身が男って教えてやったほうがいいのかもな……。
「冗談はさておき、近頃急に高ランク冒険者が亡くなっているんだ。正直信じがたいペースでな」
ジドの口調が不意に険しいものに変わった。
「なにかあると……?」
「さあ?まさか魔物が高ランク冒険者だけを狙うなんてないだろうしな。だが、気をつけろよ。この街もなんだか物騒になってきてやがる」
色々あるが、こうして気を配るあたり根っからの良いやつだ。
「……胸を覗く癖さえなければね」
「ん、なんか言った?」
なんでもないですー、と会釈して今度こそ俺たちは帰路へとついた。




