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第10話 最初の依頼③

「ほら立って」


 おまけに手まで差し伸ばしてくれる気遣い……って何考えてるんだ。俺は男だぞ。男に見惚れるなんて……。

 そういう趣向の友達もいたけど俺はソッチの人じゃないはずだ。けど、心臓がうるさいんだ。


「早くしなさい」


 ララの言葉には若干の怒りが漏れていた。いけない、しっかりしないと。

 俺はララの手をとり上体を起こした……つもりだった。


「あれ?」


「なにアンタ。ふざけてんの」


 意志に反して俺の足はびくともしなかった。

 というか体全体に力が入らない。


「……もしかしてアンタ腰抜かしたの?」


 ララの呆れ顔が俺を見下ろした。

 そんな馬鹿な。いくらなんでもそれは情けなさすぎる。俺は必死に体を起こそうと踏ん張った。手を使って支えたり、勢いをつけて体を起こしたり。

 でも俺の下半身はうんともすんとも言うことを聞かなかった。


「しょうがないわねえ、今回だけよ」


 格闘する俺を見かねてかララがぼやいた。

 今回だけ? 一体なにが?

 疑問が頭に浮かんだ瞬間俺の体は勢いよくララの背に担がれた。


「走るわよ」


「ちょ、ちょっ」


 俺に一声かけるとララは翠の海を全力で走り出した。デコボコの道、不規則に育つ木々を避けて坂を転がるように下っていく。

 速度は充分だが乗り心地は最悪。昔のスポーツカーみたいで、視界がガクンガクンと揺れる。

 俺は必死にララの背にへばりついた。両手を肩に食い込ませるように、引っ付き豆の如く体をぺったりと密着させる。

 その様子は傍から見たらさぞみっともないものだろう。


「はあ、はあ」


 ララの大きな息遣いが振動として伝わる。相棒の懸命な走りに頭が下がる。

 が、……俺の喉奥から嫌な気配が続々と登ってくる。

 緊張と目が回ってきたことも関係しているのだろうか。三半規管が不調、というかダメージを負いすぎている。

 つまるところ嘔吐一歩手前なのだ。

 おんぶにだっこ状態に加えて嘔吐のセットは俺の尊厳やらプライドやらが色々死ぬ。頼む……なんとか無事に、一刻も早く出口へ。

 俺の願いが届いたのかは分からない。

 ただナニかが飛び出る寸前になった時、視界の先に陽光が見えた。

 薄暗い闇、厚い雲に覆われた空が晴れるように差した光はまさに天からの贈り物だった。来た道を正確に覚えていたのだろう。結局ララは迷うことなく一直線に出口までたどり着いてくれた。


「ふーっ、なんとか無事に帰ってこられたわね」


 森を抜け、街道に出た所でララが大きく息を吐いた。


「久々のシャバの空気だ」


 俺も胸をなでおろす。森は空気が澄んでいるはずなのだが、ルスの森は違った。

 むしろ呼吸するたびに毒が全身にまわるような、瘴気が蔓延しているような場所だった。今の俺は都心の臭い空気でも美味しく感じられる自信がある。


「ったく、また変な言葉使って……」


 ララが呆れたように眉をひそめた。

 口ぶりからしてシャバはこの世界に無い言葉らしい。固有名詞以外でも隠語とかは伝わらないのかも。

 この辺はしっかりと検証していかないと。まあ、なにより生きて帰ってこられたことに今は感謝しよう。難しいことは後で考えればいい。


「…………」


「…………」


 乾いた空の下、俺たちの間に静寂が訪れる。

 何か言いたいけど、言えない。言葉が出てこない。

 それはきっとララも同じなのだろう。じっと目をつぶり自然の音に耳を傾けている。

 重たい静寂、耳を撫でるそよ風の音だけが聞こえる。

 こうして過ぎる時間はどことなく心地よかった。でも、俺は話さないといけない。

 これから相棒としてこの世界での人生を歩んでいくんだから。


「ごめん」


「え?」


「俺がこんな依頼受けたせいで一日無駄にしちまった」


 今から街に戻っても新しい依頼を受けることはできないだろう。

 俺が欲をかかなければ、もっと冷静に行動できていれば。

 もっと力が、魔法が使えたら。そんな後悔が胸を絞めつける。

 俺は勇者だ。でも、オークみたいな怪力もなければ魔法も使えない。

 何も出来ないちっぽけな勇者なんだ……。


「アンタだけの責任じゃないわよ。私だって依頼を受けるのに賛成したもの」


 ララはいつものツンっとした声で言った。罵詈雑言が飛んでこず少しほっとする。

 いや、きっとララならそう言ってくれると思っていた。この聖女は口と見かけの態度が悪いだけで根が良いやつだから。


「でも……俺がきっかけをつくった」


 それでも焦って判断を間違えたのは俺だ。この世界のことは何も知らずに口だして、自分がアニメの主人公だって勘違いして舐めていた。

 俺はもう一度「ごめん」とララの背中に呟く。


「はああ……」


 ララの口から漏れたのは特大のため息。


「別にアンタにそこまで期待してないわ。アンタが失敗することなんて織り込み済みなんだから、こんなことで一々謝らないでよね!」


 くうう、期待してないってはっきり言われると傷つくぜ。

 でも、ふっと肩の力が抜けた。

 そうだ、ララはきっとこれを狙って……。


「あといつまで私の背中にくっついてんのよ。自分で歩け!」


 あれれ?

 ララの声が聞こえると同時に俺の身体は宙に投げ出された。そして重力によって地面へと押し付けられる。

 それは完璧な背負い投げだった。試合だったら確実に一本となるような綺麗な技。


「ぐあっ。な、なにすんだよおお。この馬鹿聖女!」


 ララを睨むが聖女は自分の背負い投げに酔いしれてるのだろう。口端をゆるませ満足気な顔をしている。

 まったく、なんて女だ!。

 こいつのことを一瞬でも相棒だって思った自分が許せない。

 俺は誓おう。いつかこいつをギャフンと言わせるために魔法を習得する。

 ついでに一刻も早く自衛の手段は手に入れなければならない。


「ああ!」


 俺がそう決意した時、ララの悲鳴が聞こえた。いったいなんなんだ。にやついた顔から急に声をあげて。


「どうした急に?」


「アンタの服破けたままじゃない!」


「…………そういえば」


 命の危機に服なんざ気にも留めていなかったが、今の俺の姿やばくないか?

 仮に街道に人が通ったら二度見されるのは間違いない。それに、ララと一緒にいるし危ない勘違いが生まれるかも。

 このまま帰ったら危ないカップルだと誤解されかねない。


「しょうがないわね、これ着ときなさい」


 ララに手渡されたのは一枚の布切れ。着るどころか腰に巻けるのかも分からない長さだ。


「こんなんで街を歩けるかあああ」


「でも無いよりはマシでしょ?」


「…………」


 この後の記憶は脳内からデリートした。


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