百合の花
ひょんな事から、宛先不明の荷物。
開けたらビックリというよりも、この場合は誰もが驚くのだろうか。
それは良くも悪くも出会いであることさえ、運命の悪戯。
安らかな。
とても、健やかだが………呼吸していない。
まぎれもなく、童話の世界から抜け出してきたようにこの世のものではなかったように思えた。
時間が止まる。
聞こえるのは自分の心臓の鼓動だけで、指先が動かなかった。
「あ………」
もしかして、とんでもないものを開けてしまったのではないだろうかと後悔しても既に遅かった。
妖精のように、それは綺麗な顔立ちだった。
それなのに、なぜ触れたいと思ったのだろう。
見惚れる自分が、一瞬の後悔を消し飛ぶほど少女の頬を触れた。
ふにふにと柔らかい。だけど、皮膚表面は冷たいと感じるほど醒めることはない。
それはきっと死体なのだろうか?
だけど、俺には何故だろうか。
「百合の花?」
肩に描かれていた百合の花が気になって仕方がない。
きっと、少女としてどんな人生を歩んできたのだろうと深追いを感じたのだか。
じっと顔をみつめる。その顔立ちだって、まだ幼い少女の姿だった。
結局のところ、開けた瞬間の罪悪感に見舞われることが俺自身想定していなかった。
こんな段ボールに、押し込められて。
「可哀想に。名前も分からないから何とも言えないけど」
せめて段ボールから出してやろうと、背中に手を回すと
―――カチリ、と何かのスイッチを押した。
そして、突然に警音のような音が鳴り響く。
『メインシステム起動。メディカルコンディションチェック。アーキテクチャ誤作動によりMlr-RDX 1cはサブコンデンサーなしでバッテリー駆動を開始します。認証。常任。認識開始。システム管理者名を登録します』
「管理者?………えっと、もしかして人間じゃないのか」
それは、人ではないことを実証していた。
半目を開けて、瞳には光がない。
『エラー発生、再度管理者名の登録してください』
「八重乃 春陽」
これでよかったのだろうか、仕方なく自分の名前を登録することにしたけど。
もしかして一回登録したら、消去できないとか。
『登録完了しました。八重乃 春陽さま。メイン動力結合、ユーリア。システムパッチ更新完了。起動します』
「えっ、ええええ―――っ!!!」
これが冒頭であるから、この物語は意地悪である。
しかも、それが現実であった。
先ほどまで眠っていた少女が、今段ボールからゆっくり起き上がる。
工程を終えて、蒼い瞳にはまるでドッキリ番組でも観ているような焦るオレの姿。
何をしたらいいのかさえもわからない。
懸命に思考していたが、思い当たるわけもなく。
それなのに、ぎゅっと少女に抱きしめられていた。
細い腕。
それに、発育のいい胸が当たってとても柔らかい。
どうして、と。
言葉になんて出せるはずがなかった。
「――――」
「………」
全裸のまま、ぽっかりとした表情。
完成度の高いヒューマノイド。
それゆえに、先ほどまで皮膚体温が、人間と変わらない。
俄然言葉を失う光景など、今までなかったわけだから一体何かの冗談だろうと頭で現実を追いやる。
しかし、目をぱちくりした少女の姿は紛れもなく精巧に作られたロボットなのだ。
仰天して、しばらく唖然とした気分は抜けそうもない。
死体だと思っていたのが急に動けば誰だって息を飲むだろう。
「え、えっと……なまえ。………ゆっ、ユーリでいいのかな?」
だけど、視線のやり場にこまるので尽かさず着ていた上着を少女にかけて、たぶんどうしていいかもわかっていないから腕だけでも通してなにがなんでも上半身だけでも着てもらう。
着用したのは、バイト先の上着。
それでも、肝心の部分が秘すことができていなかったため、状況的にはかわらないけど。
目の前で、胸部とか露わになっていても俺が卒倒してしまいかねない。
「はい。ありがとうございます」
その時、気になっていた肩には百合の花が消えていた。
疑問視していた自分をそっと胸の中に抑える。
それが最善なんだと思った時、すこしばかりこの状況に鈍感になれた。
「ハルでいい。ユーリ」
色々聞きたいことはあったけど、経路を跡づけても納得のできる答えをもらえるだろうか?
それに只今、バイトの真っ最中なのでとりあえず、店長に相談するべきだろう。
「えっと、えっと。電話、でんわ」
とりあえず、ユーリには空いた椅子にでも座ってもらう。
正座していたユーリ。
その間何度も電話をかけてはみたものの、何度かけても留守電に繋がってしまう。
すこしばかり早く切り上げてもいいだろうか?
バイトの契約時間もすこし早いが大目に見てもらおう。
留守電にメッセージを入れて、目の前の女の子にこんなところに放置させるわけもいかない。
「って、ロボットだよね?」
確認したくなるほど、完成度が高い。
昨日のニュースで映っていたロボットというのは、表情が6パターン出来るか最中。
現代技術の推移というのだから、もはやロボットというべき存在なのだろうか。
「はい、この通りロボットですよ。正式名称Mlr-RDX 1c ユーリアと申します」
ぺこりと、お辞儀をして彼女の口から言った。
彼女の言うとおりなら、日本が衝撃を受ける事実がここにある。
それは紛れもなく、ロボットというよりはもはやガイノイドやヒューマノイドの域だった。
完璧な人の姿であり、俺は意表をつかれていることには間違いない。
「嬉しいです。ハル……さん」
そこに感情めいた言葉が混じっているのだろう。
全く人間と同じ外見のヒューマノイド。
少なからずここにいて俺への影響力はとてつもなく強かった。
とりあえず、事情だ。
既成事実だろうが、段ボールに押し込められたユーリについてどう考えても現実的ではない。
「えっと、ユーリ」
「はいっ」
マジマジと見つめてくる。
「とりあえず、事情……聞かせてほしいのだけど」
まったくもって自分には頭の疑問となるピースだけが浮かんでいて一つの形にならない。
「私は、人のお世話をするために作られました。研究所にはクロエアお姉さんがいつも優しくしてくれて、私たちは人を助けることがしめいだって……何処かに運ばれる予定でした」
それ以後どう聞き出そうとしてもユーリは、上手く言葉にできない。
「段ボールに届け先にはきちんとうちに来る荷物として宛先が書かれているし」
事情としての説明には不自由。そして、問題が不定すぎる。
あ~、と頭を悩ます。
だけど、顔色を窺うユーリの姿に当然ながらロボットであることを再認識させられた。
じっと見ていただけでも、普通の女の子と大差がない。
起き上がって……隠れていない凹凸と、不似合いな服。
せめて、説明文でも書き記しておいてほしいものだ。
差出人不明宛先不明では、もしも送り返す事態はどんなことになっていたか想像もつかない。
だから、誰でもいいわけでもないだろう。
例え、荷物の中身がオーバーテクノロジーだとしても……。
ふと考えてみて視線のやり場に困る。
素肌はまるで白くて、うるうるしていた目で
「ハルさん……何もまだできません。でも役立つこときっとしたい、お役に立ちたい。私はそのために生まれてきた。だから」
それは、俺に対して恰も当然のようにユーリの意を伝えた。
自身に、起動した責任はある。それに、こんなに救いの手を差し伸べることが本当にいいのかと吐露した。
でも、なんでユーリはそれでもいいって力を込めていた。
責任が、俺にある。
それは、誰よりも重く、どんなものよりも辛い。
他人との隔てりを、この子が取り払うことは当然今までの人の接し方が………わからなかった。
「こんな俺を選んだこと……後悔しないか?」
首をふるふると健気にユーリは振って、
「ハルさん、すごくこころに灯がともるんです。だって、私に対してきちんとロボットでも人間のように扱ってくれる。だからなんでも……できることしたいから」
僅か数分足らずで応えを導きだした彼女の正論。
そこに、救われた気がしたのか触れるようにそっと手を掴んだ。
「ああ、ユーリ。これから家に来てもらうことがあるけど。それは俺の判断で決めたことだからユーリには」
「いえ、私の自己責任です。ハル……さん」
たしかな答えを、ユーリが俺にあてていた。
―――――現実とはかけ離れた出来事。
それは、非現実といってもいい。
自分の開けた荷物が、女の子が入っていたなんて仰天すべき出来事なのだ。
だけど、目の前で起こってしまった。
―――――興味本位で開けた蓋と、押してしまった起動スイッチ。
ユーリのいう人間の手伝いをするならば、本当に自分で良かったのだろうか?
他人に、助けたこともない人間がロボットに人を助ける方法なんて教えられるはずもない。
今回は、少し短いかもしれません。
ですが、お楽しみから初の会話シーンですね。
ドキドキときめいちゃう訳ではありませんが、始まったばかりなのでぜひ応援お願いします。実に書いている人もすごく緊張気味。