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いえーい、オタクくーん、見てるー?

作者: 五月晴くく


 いえーい、オタクくーん、見てるー?

 

 見えるなら右手を、聴こえるだけなら左手を、ゆっくり三回握って開いて。声は出さないで。


 おっけー、左手ね。映像は届いてないか。じゃあ映像落として、違うテレビとかに写ってるかも。


 俺らは今、どうにかそちらのネットワークまで潜り込んで、君の近くにある電子情報機器にアクセスしたんだわ。でも音声までしか届けられないみたい。


 オタクくんの周りに人はいる?


 イエスなら右手を握って、ノーなら左手を握って。


 いないんだ。


 そんで、人はしばらく戻ってこない?


 いいね、じゃあコミュニケーションが取りやすくなる。


 今からいくつか質問するから、ジェスチャーで答えて。あんまり大げさな動きは念の為避けたほうが良いけど、頷くとか首振るとかね。


 まずは——


 ——よし、あらかたわかったよ。そろそろハッキングがバレるかもだから、このへんで。


 あ、ハッキングしてくれたのはサユリね。そうそう君の彼女の。君の彼女は今俺の隣りにいまーす。だから安心して。君は君の安全だけを考えるように。


 あーあ、こっち側の事情に巻き込んじゃったね笑


 終わったら全部話すから、オタクくんはそこで全部見てるだけな笑


 じゃ、オタクくんの彼女と一緒に、君を助けに行きまーす笑




++++ ++++


 この部屋に閉じ込められてから、どれくらい時間が経ったのだろう。


 片腕と壁を手錠で繋がれ、当然スマホだとか財布だとかは一切奪われた状態で、菓子パンと水だけたくさん与えられて放置されていた。時間感覚はとうにないが、もう数日経っているんじゃないだろうか。

 誰も訪れず、何も起きず、ごくたまに扉の向こうにする人の気配に怯えつつも、人恋しさから何かを期待する。しかし、待てども待てども扉は開かれない。


 最初は恐怖を紛らわせるために菓子パンの食べ比べをしていた。僕はあまり菓子パンを食べないから、いろいろなバリエーションがあって結構楽しかった。けれどもそんなことすぐに飽きてしまう。まだ焼きそばパンだとか、コロッケパンだとかがあれば良かったが、甘いものしかないので味にも飽きる。僕をここに攫ってきた連中が、しょっぱい系のパンを入れていなかったことを恨むしかない。甘ったるい菓子パンがトラウマになりそうだ。生きて帰れたら、しばらくパンを見るのも嫌だろう。


 そんな状況の中で、監視カメラが急にせわしなく動き始めたことにはすぐ気づいた。動きがない、なんなら時間が止まってしまったんじゃないかと錯覚するような部屋の中で、動くものはとても目立つ。その直後、なんの為についているのかわからない天井のスピーカーが急に聞き覚えのある声を話し始めたときは、本当に驚いた。驚いたし、わけがわからなかった。わけがわからない中でも、なんだか途方もない空虚から解放された気がしてなんだか涙が出そうだった。

 助けてと叫びたい衝動をこらえ、必死に言われた通りにした。手錠で拘束された腕を必死に監視カメラに向けて、左手をグーパー、グーパー。

 そうしたら彼には伝わったようだった。


 彼には僕がわかる限りの情報を伝えた。最後の最後で、最近僕にできたかわいい彼女の話をしてきてビックリしたけど、動揺しすぎたおかげか声を出さずに済んで良かった。彼女も、僕が知らないことに関わっているのだろうか。


 というか僕は、一体何に巻き込まれてしまったのだろうか。


 悩んでも答えはわからない。彼の言葉を信じて、すべてが終わるのを待つだけだ。




++++ ++++


 いくらかの時が経ち、僕はただぼんやりするだけの状態で日々を過ごしていた。寝ているのか、起きているのかも定かではない状態。世界を白昼夢のように感じている。思考力が低下し、何も考えることのできない状態は、この状況から脳が導き出した精神を守るための最適解なのだろう。


 しかし、そんな狂ってしまった日常は、もう終わる。


 遠くで、音がした。


 工事現場のような地響きを伴う音と、ときおり聞こえる誰かのどなり声。ようやく訪れた変化に、僕はふと自らの置かれた状況を再確認し、震えとともに自分の身体を抱きしめた。


 外から音が聞こえたことで、僕のぼんやりとしていた意識は完全に覚醒したのだった。


 彼とのやりとりは絶望の中で見た夢だったのではないか、と疑ってしまうときもあったけれど、今この瞬間に外で起きている何かが、彼によって起こされたものだという希望に賭けることにした。


 轟音と揺れの恐怖にうずくまりたくても、手首が手錠で壁に繋がれているせいでできない。震えを抑えるように、必死に壁に身体を押し付けて、この「何か」が終わるのをじっと待つ。しばらく開いていないこの扉が開くときが、良い方に転ぶか悪い方に転ぶかはわからない。ただひとつだけ言えることは、そのときはきっとこの事件の終わりのときだ。そう理解して、ただただ扉を見つめ続ける。



 そして、ガチャリと鍵の開くような音がしたかと思えば、きしんだ音ともに扉が開いた。



「おまたせ〜。ごめんごめん、ちょっと手間取っちゃったわ笑」


 彼は震える僕の肩を叩き、頑張ったねと言いながら手錠を取ってくれた。そして彼は耳元に手をやって、こちらではないどこかに向かって話し始める。


「オタク君確保。弱ってるけど無事だった。栄養失調っぽいから救護班呼んどいて」


 彼に会ったらどうしても言いたかったことがあった。

 彼はまだ誰かと会話をしているようだから、一段落するのを待つ。


「ちょ、わかったから。すぐ会えるから待ってなって。ちゃんと君の仕事について話す覚悟でも決めときなよ。じゃあまたねー」


 最後は雑談のようだったが、雑談をするくらい余裕があるということだろう。その事に安堵しながら、発声の仕方を忘れかけている喉を無理やり起動し、数度口をパクパクとして、掠れる声で彼に告げた。


「あの、僕おたくじゃなくて尾竹です」


「あ、そうなん?笑 それはマジでごめん」



このあとオタク君が恋人のサユリちゃんや組織とどう関わっていくことになるのかはまた別のお話

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