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皓太の実家は、そのラーメン屋のすぐ隣にあった。
皓太が玄関の扉を開けると、鍵が開いていた。無用心だなと思いながらも、まあ隣のラーメン屋と家を行ったり来たりする両親のことを想像すると、わざわざ鍵を閉める必要もないのだろうなと皓太は思った。
早速、皓太は家の中へ入る。それから、彼女が「お邪魔します」と言って、中へ入った。
廊下を歩き、リビングへと入る。リビングはきれいに片付いていた。それから、皓太はその変わっていない部屋を見て、懐かしさを感じた。実家へ帰って来たのは正月だから、半月ぶりであった。
「そこのソファに座ってよ」
皓太はそう言って、彼女にリビングのソファに座るように勧めた。
彼女は頷いて、そのソファに座る。
「何か飲む?」
それから、皓太がそう訊いた。
「うん」
「ちょっと待ってて」
そう言って、皓太はキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。見ると、そこにはオレンジジュースと麦茶、それから、コーヒーと牛乳が入っていた。
「オレンジジュースか、麦茶か、アイスコーヒーがあるけど、何飲む?」
皓太にそう言われて、「うーん」と彼女は悩んだ後、「麦茶でいいよ」と言った。
「オーケー。じゃあ、僕も」
それから、皓太は食器棚からグラスを二つ取り出し、冷蔵庫から麦茶を出してそれに注いだ。それから、それを二つお盆に乗せ、リビングへ行き、麦茶を彼女の目の前のテーブルに置いた。もう一つの麦茶を自分の前に置いた。
彼女がいただきますと言って、その麦茶を一口飲んだ。それから、「うん、おいしい」と、彼女は言った。
「そう?」
皓太はそう言った後、その麦茶を一口飲んだ。その麦茶は昔から飲みなれた味で、いつも通りの味がした。
「池田さん家の味がします」
それから、彼女がそう言って笑った。
「僕ん家の味か……。」
皓太はもう一口麦茶を飲んだ。が、自分の家の味と言うものがよく分からなかった。
「そう言えば唐突だけど、桃井さんって運命って信じる?」
それから、皓太は彼女にそう訊いた。
「運命?」
彼女は首を傾げて訊いた。
「そう。運命。あ、実はさ、会社の先輩で運命論者の人がいてね。その人がいつも運命論の話をするんだよ」
「へー、運命論者ですか」
「うん。僕は前までは運命なんて全く信じていなかったんだ。けど、なんだろう。ここ最近は信じるようになったんだ」
皓太がそう言うと、「ほー、どうしてですか?」と、彼女が訊いた。
「つい最近、運命的な出会いをしたというか……。」
「へー、それはすごいですね!」
「うん。僕も最初は気付かなかったんだけどね。その先輩にその話をしたら、運命なんじゃないかって言われて」
「なるほど……。私も運命って信じていますよ」
それから、彼女がそう言った。
「え? 本当!?」
彼女のその言葉に皓太は驚いた。
「はい、本当です」
彼女はそう言って、にこりと笑った。
「そうなんだ。意外! でも、どうして?」
「どうしてって?」
「どうして桃井さんは運命を信じているのかなって……?」
それから、皓太がそう訊くと、「ああ、それは……。」と、彼女が口を開いた。
「私の友達で、占いが凄く好きな人がいるんです。ある時、その子に占いに誘われたんです。私、その時、占いとか信じていませんでしたし、もちろん、運命なんかも信じていませんでした。でも、まあ、友達付き合いってあるじゃないですか。それで、行ってみるかと思って行ってみたんです。それで、友達の後に占ってもらって。でも、私は占い師の言葉なんてそこまで信用してなくて、その日は半信半疑で帰りました。けど、不思議なことにその翌日から、自分の生活がその占い師の言った通りになったんです!」
「なるほど、そうなんだ」
「はい。だから、正直、私はビックリしたんです。ビックリと言うより、恐怖を覚えました。だって、そうじゃないですか。ドンピシャですもん。……そこで、私は初めて占いというものを信じるようになりました。それに、その時、運命があるとも思うようになったんです」
彼女はそう話した後、一度、麦茶を飲んだ。
「はー、そういうことか」
「はい。実は、その時、占い師さんに言われたことがあって、『もし困っている人がいたら、助けてあげて下さい』と言われました。それで、その翌日の仕事終わりに、たまたま居酒屋の前で気持ち悪そうにしている若い男性がいたので、私は咄嗟に占い師の言葉を思い出して、すぐにその人のもとに駆けつけました」
彼女はそう話すと、皓太を見てにやりと笑った。
「……それが僕ということだったんですね」
皓太が低い声でそう言うと、「ええ」と彼女は頷いて、にこりと笑った。
「そっか……。そういうことか」
皓太がそう呟くと、彼女が話を続けた。
「でも、あの時はビックリしました!」
「え? なんで?」
「まさか、池田さんに連絡先を聞かれるとは思ってもいなかったからです」
彼女はそう言って笑う。
「ああ……ですよね」
皓太も笑った。「なんかめっちゃタイプだったので。ついうっかり口からあの言葉が出てきてしまって。なんかすいません」
皓太がそう言うと、「めっちゃタイプって……」と彼女は呟いて、それから、照れ臭そうに笑った。
「嬉しいです」
その後、彼女がそう言った。
「え?」
「そう言ってくれて、私、嬉しいです。実は私も……。私も、池田さんのこと、会った時から気になっていました」
彼女が照れ臭そうに言った。
「うそ!?」
彼女にそう言われて、皓太も嬉しくなる。
「本当です。これって、運命なんですかね?」
それから、彼女がそう訊いた。
「運命……。」皓太はそう呟いた後、「そうかもしれません」と言った。
彼女が麦茶を飲み干した。皓太もそれを一口飲んだ。
しばらくの間、二人は黙ってしまっていた。
皓太は彼女の空いたグラスを見て、「もう一杯飲む?」と訊いた。
「いえ、もう大丈夫です」彼女はそう言った後、「池田さん、すみません。ちょっとお手洗いを借りてもいいですか?」と言った。
「いいですよ。トイレは廊下の突き当りを右に行ったところです」
「分かりました」
それから、彼女はソファから立ち上がり、トイレへと向かった。
少しして、彼女がリビングに戻ってきた。
「もう二時か」
彼女が壁の時計を見て言った。皓太も時計に目をやった。
「そろそろお暇しようかな」
それから、彼女がそう言った。
「うん」
そろそろ帰るのもアリだなと皓太は思った。
「あ、そうだ」
家を出る前に、皓太は彼女を見て言った。「桃井さん」
「何ですか?」
「さっきの話に戻るんですけど。もし……もしこれが運命だとしたらですよ。僕、桃井さんに一つ言いたいことがあります」
皓太がそう言うと、彼女は何だろうという顔をした。
「僕、桃井さんのこと、会った時から好きでした! 僕と……僕と付き合ってください!」
皓太は彼女の顔を真剣に見て言った。
「……はい」
それから少しして、彼女は言った。
「え? 本当ですか!?」
「うん。私も。私も、池田さんにあった時から、好きになってました。よろしくお願いします」
それから、彼女がそう言って、ペコリと頭を下げた。
「マジか! やったー。……こちらこそ」
皓太がそう言うと、彼女は顔を上げて照れ臭そうに笑った。
翌朝、会社に着いて、皓太はいつも通り自分のデスクに腰を下ろすと、すぐにパソコンを立ち上げた。その時、皓太は無意識に鼻歌を歌っていた。
「池田くん、おはよう」
正面にいた諸見里さんが皓太を見て言った。
「諸見里さん、おはようございます」
「今日はルンルンだね。池田くん、なんかいいことあったでしょ?」
それから、彼女がそう訊いた。
いいことがあった。それは桃井さんと付き合えたからであった。
すぐに皓太がそのことを彼女に話すと、「おー! おめでとう!」と言って、彼女はニコニコした。
「そうそう。池田くん」
その後、諸見里さんが口を開いた。
「何ですか?」と皓太が訊くと、「私ね、今付き合ってる彼と結婚することにしたんだ」と、諸見里さんが嬉しそうに言った。
「あ、本当ですか?」
「うん」
「それはおめでとうございます」
「ありがとう。それでね、結婚式を来月行う予定なんだ」
「へー。そうですか」
「そう。だから、池田くんにも来てもらいたくて」
それから、彼女は照れ臭そうに言った。
「はい、もちろん行きます」
「ホント!? そう言ってくれると嬉しい。もしあれなら、彼女さんも連れて来てもいいからね」
彼女はそう言って、笑顔を見せた。
「え? いいんですか!」
「うん」
「はい、ぜひそうします」
皓太はそう言って、微笑んだ。