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それから一週間後の土曜日。
その日、皓太は高校の友人たち四人と渋谷にある居酒屋で飲んでいた。
久々の集まりだったので、皆、たくさん飲んでいた。皓太もその日はビールやハイボールなどいつもより多く飲んでいた。
四杯目のハイボールを飲んでいると、皓太は急に吐きそうになった。
「ゴメン、ちょっとトイレ!」
皓太はそう言って、席を立ち上がる。
「おい、皓太、大丈夫か?」
隣に座る友人の一人である佐々木が心配そうに言った。
皓太はすぐにトイレに駆け込んだ。とても気持ちが悪かった。吐いた方が楽なのだが、吐き出せずにいた。それから、皓太はしばらくトイレの個室で気持ちが落ち着くまでそこでじっとしていた。
その後、皓太は少し外の風にでも当たろうかと思った。そうすれば、気分は良くなるのではないか。そう思うと、皓太はトイレから出て、一度、皆の所へ戻った。そして、ちょっと外の風に当たって来ると言って、その居酒屋の外へ出た。
階段を降りて、皓太は外へ出た。その居酒屋の前の階段横に、小さな煉瓦の花壇があった。その縁に皓太は座り、そこでしばらく休むことにした。
皓太は猫のように背中を丸めて俯いていた。
「あの……、大丈夫ですか?」
ふと、女性の声がした。皓太はその声に気づいて、顔を上げた。
見ると、黒髪ボブの可愛らしい女性がこちらを見ていた。
「大丈夫ですか?」
それから、再び彼女がそう訊いた。
「え、ああ……大丈夫です」
皓太がそう答えると、「そうですか? 大丈夫そうには見えませんけど」と、彼女は心配そうに言った。
「オエッ!」
その途端、皓太は吐きそうになった。
「あ、今、水買ってきますね!」
すぐに彼女はそう言って、近くのコンビニまで走って行った。そして少しして、彼女は皓太の所へ戻ってきた。
「はい」と、彼女は買ってきたペットボトルの水を皓太に手渡した。
「すみません……。」
皓太はそう言ってそれを受け取り、その水を一口飲んだ。
「ふー」
水を飲むと、少し気分が落ち着いた。
「オエッ!」
そしてまたすぐに、皓太は吐き気に襲われる。けれど、リバースすることはなかった。
彼女はしばらく皓太の側にいてくれた。皓太は申し訳なさと、ありがたい気持ちになった。
「もう大丈夫そうですか?」
それから少しして、彼女がそう訊いた。だいぶ時間が経ち、皓太の気持ち悪さも無くなっていた。
「もう大丈夫です」
皓太がそう言うと、「そうですか。それなら良かった!」と、彼女は笑顔で言った。
「すみません。長時間、付き添っていただいて」
皓太がそうお礼を述べると、「いえ」と、彼女は言った。
「もう平気ですから」
「本当ですか?」
「はい」
「じゃあ、私はこれで。あ、これから飲み過ぎないように気を付けて下さいね。じゃあ」
彼女はそう言って、立ち去ろうとした。
「あ、あの!」
それからすぐに、皓太は彼女を呼び止めた。
「はい?」
彼女は振り返って言った。
「あの、連絡先をお聞きしてもいいですか?」
その後、皓太がそう訊いた。今回、こんなに優しく丁寧に自分のことを世話してくれたのだから、皓太も彼女に何かしらのお返しがしたいと思った。
「何? もしかして、ナンパ?」
それから、彼女がそう言った。「今の、自作自演? だったら結構よ」
そう言って、彼女が立ち去ろうとする。
「いえ、そう言う意味じゃなくて……。」
それから、皓太がそう答えると、「じゃあ、何? 本気で言ってるの?」と、彼女は目を丸くして言った。
「はい。酔った自分の介抱をしてくれたり、お水を頂いたりしたので、ぜひともそのお礼がしたくて」
それから、皓太がそう言うと、「はあ……そう」と、彼女は言った。
「分かった。いいよ」
「ありがとうございます」
皓太はポケットからスマホを取り出し、メッセージ通話アプリを開いた。それから、彼女もカバンからスマホを取り出して、そのアプリを開いた。
「私がQRコードを読み込みますね」
それから、彼女がそう言った。
「分かりました」と皓太は返事をし、自分の連絡先のQRコードを皓太は出した。彼女はそれを読み取ると、すぐに皓太の連絡先を追加した。
「ありがとうございます」
皓太も彼女の連絡先を登録する。それが終わると、皓太は彼女にお礼を言った。
「あの、今度、ご飯でもご馳走させてください」
それから、皓太がそう言うと、「ええ、分かりました」と、彼女が頷いた。
「じゃあ、楽しみにしてますね」
「はい」
「連絡待ってますから。では、また」
彼女はそう言うと、颯爽と駅の方へと歩いて行った。
皓太は彼女の歩く姿をまっすぐと見ていた。それから、ややあって、皓太のスマホが鳴り出した。それは、店の中にいる友人の佐々木からだった。皓太はすぐにその電話に出た。
「もしもし?」
『皓太、大丈夫か?』
「うん、もう平気だよ」
『そうか。なら、早く戻って来いよ』
佐々木がそう言った。
今、また戻っても飲むことになるし、飲んだらまた気持ち悪くなって今度こそ吐いてしまうかもしれないなと皓太は思った。
それから、「いや、飲み過ぎたから、今日は帰るよ」と、皓太は言った。
「オーケー。皓太、金だけはおいて帰れよ」
それから、佐々木がそう言った。
「うん」と皓太は頷いて、電話を切った。それから、皓太は一度その居酒屋に入り、皆のいる所に戻ると、カバンにある財布から三千円を取り出して、皓太はそれを佐々木に渡した。
「皓太、サンキュー。じゃあまたな」
佐々木がニコニコして言った。
「うん、皆、じゃあね」
皓太は皆に挨拶をして、その場を後にした。
その翌週の月曜日。お昼休みに皓太は土曜日に会った女性にメッセージを送った。
皓太は異性にメッセージを送るのが久しぶりだったので、少し緊張したのだが、なんとか彼女に適当なメッセージを送ることが出来た。
そして、お昼休みが終わり、皓太は午後の仕事をする。
集中していたこともあり、気が付けば午後六時半を過ぎていた。ちょうど一仕事を終えたので、その日はそこまでにして皓太は帰ろうと思った。
帰る前に、皓太はデスクにあるスマホを見た。何か連絡が来ていないか確認したが、まだ彼女からの返事は来ていなかった。それが分かると、スマホをポケットにしまい、席を立ち上がり荷物を持って、そこからエレベーターホールまで歩いた。
帰宅したのは、午後七時半を過ぎた頃だった。
皓太は帰宅するとすぐに、夕ご飯を作り始めた。その日は、パスタを茹でて、レトルトのミートソースを湯煎して、茹でたパスタにそれを掛けてミートソーススパゲティを作った。 それと、冷蔵庫の野菜室にあったトマトとレタスと赤パプリカで簡単にサラダを作った。
料理が出来上がると、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、まずはそれを一口飲んだ。ビールは冷えていて旨かった。
早速、皓太はミートソーススパゲティをフォークで巻いて一口食べる。パスタは茹で加減がちょうどよかった。それに、そのミートソースの味も美味しかった。
その後も、皓太はミートソーススパゲティとサラダを食べながら、ビールを飲んでいた。
ふと、皓太のスマホが鳴った。それは着信音ではなく、メッセージが届いた音であった。何だろうと思い、皓太はテーブルにあったスマホに手を伸ばすと、彼女からメッセージが来ていた。皓太はすぐにそのメッセージを見た。
『今週の日曜日でしたら、午後ならお時間ありますよ』
今週の日曜日か。日曜日の午後なら皓太も時間があった。だから、その時なら都合が付くなと皓太は思った。
『僕も平気です。では、日曜日の午後にしましょう。お時間は何時ごろが平気ですか?』
それから、皓太がそうメッセージを送ると、しばらくして、彼女から返信が届いた。
『正午頃から三時の間でしたら、平気です』
『分かりました。では、正午にしましょう』
皓太はそうメッセージを送った後、『場所は、渋谷でいいですか?』と、続けて送った。
その後、『正午ですね、分かりました。渋谷でいいですよ』と、彼女からメッセージが来た。
「分かりました。では、それでお願いします」
それから、皓太がそう送ると、『はい、よろしくお願いします』と、彼女から返信が来た。
日曜日の正午になる十分前。皓太は、渋谷駅のモヤイ像の前にいた。そこで彼女を待っていた。
皓太は待ち合わせ場所をハチ公前にしようとも思ったのだが、そこだと日曜日ということもあり、人が沢山いるため探すのも大変だろうと思った。だから、彼女と話して、人があまり多くないこちらの方で待ち合わせをしようということになった。
それから五分程して、彼女がやって来た。
「お待たせしました」
「桃井さん、どうも。お久しぶりです」
「池田さん、お久しぶりです。今日は、何をご馳走してくれるんですか?」
それから、彼女がそう訊いた。
「桃井さんは、何か食べたい物ありますか?」
その後すぐに皓太はそう訊いた。
「食べたい物か……。うーんと」
彼女は考え始めた。それから少しして、彼女が口を開いた。
「何でもいいですけど、池田さんは?」
それから、彼女が皓太にそう訊いた。
「僕も何でもいいんですけどね」皓太はそう言った後、「じゃあ、イタリアンはどうですか?」と、彼女に訊いた。
「イタリアンか。いいね!」
彼女は笑顔でそう言った。
「じゃあ、そうしましょう」
「うん。お店はどこにあるの?」
「ここから少し歩いた所にありますよ」
「そうなんだ」
「じゃあ、行きましょ」
早速、皓太は歩き出した。彼女も皓太の後ろについて行った。
そこから、一分ほど歩いた所に、そのイタリアンのお店はあった。日曜日のお昼時ということもあり、店の外には行列ができていた。
「結構並んでますね」
彼女がその列を見て言った。
「そうだね。少し待つけど、いいですか?」
それから、皓太がそう訊くと、「はい、大丈夫です」と、彼女は返事をした。二人はしばらくの間、その列に並んで待った。
十分ほど待って、二人はようやくそのお店に入ることが出来た。
案内された席に着いて、二人は早速、メニューを見る。皓太はカルボナーラを頼むことにし、彼女はジェノベーゼを注文する。それから、飲み物に彼女はオレンジジュースを頼み、皓太はジンジャエールを頼んだ。
しばらくして、注文した飲み物と料理が届いた。
「いただきます」と皓太は言って、カルボナーラを一口食べた。そのカルボナーラは美味しかった。
彼女もいただきますと手を合わせて、ジェノベーゼを一口食べる。
「うん、おいしい」
彼女は笑顔でそう言った。
「池田さんって、お仕事何されてるんですか?」
彼女がそう訊いた。
「僕は、営業事務の仕事をしてます」
「営業事務ですか。へー」
「桃井さんは?」
それから、今度、皓太がそう訊いた。
「私はアパレルです」
「へー、アパレルか」
「そう言えば、池田さんっておいくつですか?」
その後、彼女が訊いた。
「二十五ですよ」
「二十五でしたか」
「桃井さんは?」
「私は二十四です」
「そうなんだ。じゃあ、一つ下になるんだ」
「そう言えば、この間の土曜日、池田さん、どれくらい飲んでたんです?」
彼女にそう訊かれて、皓太は思い出す。
「確か四杯か五杯は飲んでましたね。普段は二、三杯しか飲まないんですけど」
「じゃあ、その日は結構飲んだんですね」
「はい……。」
「どうしてそんなに飲んだんです?」
「久しぶりに友人たちと集まれて、つい楽しくて」
「なるほど。そうだったんですね。確かに楽しいとつい飲んじゃいますもんね」
「はい。桃井さんもお酒、飲みます?」
「私も飲みますよ、少しですけど」
「そうなんだ」
「でも、流石に酔って吐いたりするまでは飲みませんけど」
そう言って、彼女は笑った。
「そうですよね」
皓太もそう言うと、苦笑した。
その後も、皓太たちはそれぞれの料理を食べながら、雑談をしていた。
食べ終えた頃には、午後一時を過ぎていた。そろそろ、二人はお店を出ることにした。
「お会計はどうします? 割り勘?」
彼女がそう訊いた。
「いえ、僕が払います」と、皓太は答えた。
「いいんですか?」
「はい。この前のお詫びなので、ご馳走させてください」
皓太がそう言うと、「分かりました」と、彼女は頷いた。
「池田さん、ご馳走様でした」
店を出た後、彼女が皓太に言った。
「いえ」
「もう前みたいに飲み過ぎて、お店の前で倒れないでくださいね」
それから、彼女が笑って言った。
「はい、気を付けます」
皓太はそう言って、苦笑する。
「じゃあ」
彼女はそう言い、手を挙げてその場から立ち去った。
「じゃあ」と、皓太も彼女を見ながら手を振った。