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皆さんは、運命を信じますか?
この物語は運命論をテーマにした恋愛小説です。
ぜひお楽しみください。
その日も、皓太は夢を見ていた。それはいつも見る迷路の夢だった。その夢で、皓太はある巨大な迷路にいた。その迷路にいつも皓太は迷っていた。皓太はその迷路を進む。右へ行くが、そこは行き止まりで、左に進んだら分かれ道で、そこを今度左へ進むも、そこもまた行き止まり。結局、いつもゴールにたどり着けずにいた。
途方に暮れながら、皓太はその迷路を進む。しかし、左にいけど、右にいけど、どこも行き止まりばかり。そして、その道を戻ろうとして進んだ瞬間、目の前に大きな落とし穴が出現したのだ。それからすぐ、皓太はその落とし穴に落ちてしまう。
「うわーー」
ビックリして、目が覚める。目覚まし時計を見ると、午前七時を過ぎた頃であった。
またあの夢である。時々見るあの迷路の夢。皓太はいつも落とし穴に落ちて、それで飛び起きる。もうこれも十回以上になる。その夢を見た日には、皓太はいつもうんざりとさせられていた。
それから、皓太はもう一度、時計に目をやった。午前七時十二分。やばい。会社に遅刻してしまう。そう思うと、すぐに洗面所へ行き、顔を洗って歯を磨いた。そして、スーツに着替え、準備を終えて自宅を出た。
会社に着いたのは、午前八時四十五分であった。始業は九時からである。
皓太は会社に着くと、すぐに自分のデスクの椅子に腰を掛けた。
「池田くん、おはよう」
皓太の正面のデスクに座る諸見里さんが、皓太の方を見て言った。
彼女は、茶髪のロングヘアを後ろに一つに結んでいる。浅黒くこんがりとした肌の彼女は薄化粧をしていて、眼鏡を掛けている。眼鏡を外すと分かるが、彼女は美人であった。紺色のスーツにスカートという格好をしている。
「おはようございます」と、皓太も彼女に挨拶をした。
「今日も一日、頑張ろう!」
それから、彼女は張り切るように言った。
「はい……。」
その後、皓太がそう返事をすると、「どうしたの?」と、彼女が訊いた。「なんか元気なさそうだけど?」
「ああ、ええっと、実は今日もあの夢を見て……。」
皓太がそう言うと、「夢って、迷路の?」と、彼女が訊いた。
「はい」
「また見たんだ。今日も落とし穴に落ちたの?」
「そうです。もうあの夢を見るの十一回目ですよ」
「十一回も!」
「はい、毎回落とし穴に落とされるので、もう僕もうんざりなんですよ……。」
皓太がそう言うと、「まあ、そうだよね」と、彼女が言った。
「でも、それってもしかしたら、『夢占い』によるものかもしれないね」
それから、彼女がそう言った。
「夢占い?」
「そう。夢占いは知ってる?」
「まあ、聞いたことくらいはありますけど……。」
「そっか。まあ、夢占いっていうのは、簡単に言えば、その人が見た夢を元に、その人の現在の心理状況だったり、近い未来に起こる出来事だったりを判断する作業のことを言うのよね。だから、池田くんがいつも見てるという『迷路に迷う夢』も夢占いで調べたら、池田くんの今の心理状態だったり、近い未来に起こりうることが分かったりするんだよ」
「へー」
「試しに調べてみようか」
諸見里さんはそう言って、自分のパソコンで皓太の見る夢の夢占いを調べ始めた。
「あ、出た!」
「それで、何ですか?」
「ええっとね、迷路に迷う夢とは、あなた自身が迷ったり、混乱していることを表しています、だって」
「迷ったり、混乱していること……?」
「うん、でね。そうなる原因として、あなたの意志がはっきりとせず、他人の意見に流されがちであることがより一層悪影響を与えているようです、だって! やばいね」
「…………。」
「だから、一本筋の通った主張や行動をとるべきらしい。ふーん、そうなんだ」
「はあ。そうですか」
皓太がそう言うと、「何? あ、もしかして、今の説明が難しかった?」と、彼女が訊いた。
「いえ、そうではなくて。ただ、僕、占いとか信じないタイプなので……。」
皓太がそう言うと、「ああ、そう……。」と、彼女が言った。「そうなんだ」
「はい」
「じゃあさ、池田くん、運命って信じる?」
彼女がそう言った時、午前九時のチャイムが鳴った。
「始業を始めます」
それから、部長がそう言った。
すぐに諸見里さんが自分の席を立ち上がる。皓太も自分の席を立ち、部長の方を向いた。
午後一時になり、お昼休みになった。
皓太は席を立ち、財布を持って近くのコンビニへ向かった。そこでお昼ご飯のお弁当を買って、皓太は自分のデスクに戻った。
その日は唐揚げ弁当にした。その唐揚げは美味しそうであった。早速、皓太はそのお弁当の唐揚げを一つ箸でつかみ、それを一口で頬張る。その唐揚げはジューシーで美味しかった。
「唐揚げ、美味しそうだね」
それから、正面のデスクに座る諸見里さんが言った。彼女は、手作りのお弁当を食べている。
「意外とうまいです」
皓太がそう言うと、「それは良かったね」と言って、彼女は笑った。
「で、さっきの話だけど……。」
それから、彼女が口を開いた。
「運命の話でしたよね」
「そう。池田くん、信じる?」
彼女は首を傾げて訊いた。
「いや、僕は運命も信じていないです」
「どうして?」
「うーん、だって、運命って本当にあるかどうかも分からないじゃないですか?」
「まあ、確かにね。でも、神様を信じている人たちがいるように、運命を信じてる人だって一定数はいるよ」
「神様を信じるのは宗教的な理由ですよね? それは分かりますけど、運命って、目に見えないし、概念であるだけだし、正直、あるかどうかも分からないもの信じるのって、馬鹿らしいと僕は思いますけど……。」
「ふーん、そっか。池田くんはそう考えているのか。じゃあ、この話をしたら信じる?」
諸見里さんはそう言って、話を続けた。
「私ね、今付き合ってる彼氏がいるんだけど、彼と出会ったのは小学校一年の時なの!」
彼女は今、二十七歳らしい。当時、七歳だとすれば、二人が出会ってからもう二十年が経つことになる。
「小1ですか」
「うん、それでね。私、その彼と席が隣になったんだけど、カッコよかったから一目惚れしたんだ。で、その彼と小中高と一緒でね。彼と付き合ったのは、中学の頃なんだ。私達、高校までずっと沖縄にいて、高校卒業したら東京に行きたいってお互い考えていたの。それで、二人で東京に行って、東京の大学に通って、二人でバイトしながら生活してたの。私ね、彼と一緒に居られるのが夢みたいで、私達、運命で結ばれていたんじゃないかって思ったの。そうそう。後で、彼から聞いた話なんだけどね、彼もね、初めて私に会った日に、一目惚れしたんだって。それって、凄くない? 大学卒業してから二人ともこっちで就職して、今も二人で暮らしてるの」
「へー、それはすごい話ですね」
「でしょ?」
「はい」
「だからね、私ね、恋人と出会うのも、運命だと思うんだ」
それから、諸見里さんはそう言った。
「恋人……運命……。」
そう呟いた後、皓太は自分の置かれている立場について考え始めた。
皓太は今、二十五歳であった。彼女はいなかった。特段、今好きな人がいるということもなかった。
諸見里さんは、彼氏と運命的に出会ったと言った。しかし、運命の出会いは本当にあるのだろうか。いや、そんなことなどあるはずないのではなかろうか、と皓太は思った。
それから、しばらく考えていると、午後二時になっていた。お昼休みが終わっていたことに皓太は気が付いた。