妖精の憂い
「どうだった?」
部屋から出てきたティナに確認するアゼル。
「あったの。アレは確かにチカラの刻印だと思うの。」
彼女の回答は何とも歯切れの悪い答えだった。
「何か気になる事でもあったのか?」
「気になる、というかー」
言い淀んだティナに、不思議そうな顔で覗き込む。
「何だよ、気になる言い方して。」
「確かに刻印はあったの。大分消えてきているようにも見えるし、大丈夫だとは思うの。」
「やっぱり、オレが確認した方がー」
「ダメなの!旦那さまは見ちゃダメなの!」
部屋に入ろうとするアゼルを止めるように目の前に飛び出した。
「あれは凶器なの。旦那さまには良くないの。」
自分の身体を見ながら、恨めしそうな声をあげた。
「凶器?何が一体?」
「な、何でもないの!」
アゼルには何を凶器と言っているのかはわからなかったが、とにかく刻印は消えかかっているのは理解できた。
「で、刻印はどのくらいで消えそうなんだ?」
「それが、わからないの。」
「え?」
「消えかかっているのは確かなの。でも、チカラが戻ってきているようにも見えるの。消えるとしても、いつになるのかはわからないの。」
参った、と言わんばかりに頭を掻いているアゼルに間髪入れず、
「すぐに村に帰した方がいいと思うの。」
「でも、チカラが戻ったらまた、勇者とされるんだろ?彼女はそれを望んでいない。なら消えるまでは、ここにいてもらった方がいいと思うんだけどな。」
「そうだとしてもー」
「それに、やっぱり原因はオレだしな。ティナの言う通り、自重すべきだったよ。」
ごめんな、とティナの頭をそっと撫でる。
「旦那さまはズルいの。」
怒っているようだが、頭を撫でられ嬉しそうにしているティナに
「とりあえず、もうしばらくはここにいてもらって様子みた方がいいだろう。」
そう、告げてアゼルは部屋に入っていった。
ベッドの上でアネーゼはこれからの事を考えていた。さっきの小さな妖精が言うには、刻印はまだ消えてないようだ。チカラも身体に残っているとの話であれば、今村に戻ってもまた、勇者として立ち向かわないといけない状況があるかもしれない。それだけは、避けたい。
怖い思いはイヤだ。だけど、刻印が消えて村に戻ってもー。
アネーゼの両親は既に他界している。兄妹がいるわけでもない。村の人達とは仲良くやってきていたが、特に想いを寄せる相手もいるわけではないし、仮に刻印が消えて戻っても、歓迎される事でもないだろう。寧ろ、村人達を落胆させてしまうかもしれない。
だったら、ここに居させてもらえないだろうか。幸い、家事全般はできるし、何かしら働く事はできるだろう。とはいえ、相手は自ら「魔王」と名乗った人物だ。
一筋縄ではいかないかもしれない。
どうしようかと悩んでいると、先程の彼と妖精が部屋に戻ってきた。
「さて、アネーゼさん。どうするか、決めたかい?」
アゼルに尋ねられ、アネーゼは意を決して答えた。
「もう少し、このままここに居させてください。」
「うん、いいぞ。」
「ダメなのは承知してますが、私はここにー」
「うん、だから構わないよ。」
「え?」
「村に戻す事もできなくはないが、戻るにしても完全に消えてからの方がいいだろうしな。」
そう話す彼の表情は優しさで溢れていて、思わず見惚れてしまった。
隣では、納得いかないような表情をした妖精が彼に寄り添っている。
「あ、ありがとうございます。」
「いや、何度も言うようだが、非はこちらにある。ホントに悪い事したね。」
「いえ、そんな。」
顔を赤らめ下を向いていたが、気になる事を聞いた。
「あの、アゼルさん。それでこの刻印はいつ消えるのでしょうか?」
「それなんだけどね。はっきりとは言えない。すまない。だけど消えるまではここに居て構わないよ。」
「それからオレの事はアゼルでいいよ。これからしばらく一緒に住むわけだし。こっちもティナと呼んでやってくれ。」
「はい、アゼル。ありがとう。それなら私もアネーゼと、呼んでください。それとティナ。よろしくお願いします。」
アゼルとティナに改めて頭を下げると、2人に向かいそう伝えた。
「よろしくな、アネーゼ。」
「旦那さまが言うから、よろしくしてあげるの。」
「ティナはこんな感じだけど、根はいい奴だから。」
アゼルに言われ、ティナはソッポを向いた。
「ここに居てもいいけど、旦那さまに手を出したら許さないの!」




