二つの凶器
「ーと、言うわけでオレ達が仕留め損ねた魔物がアネーゼさんの村に逃げてしまったわけだ。」
本当に申し訳なかった。アゼルは話し終えると深々と頭を下げて謝罪した。
「あの、一ついいですか?」
話を聞いていたアネーゼは恐る恐る尋ねた。
「その、魔物が村を襲ってきた経緯はわかりましたけど、それと私が勇者になるのって、何の関係があるんでしょうか?」
「いや、それはだな。」
どう説明しようかと悩んでいるアゼルの脇で、ティナは「はぁー」と深い溜息をつき、「ほら見たことか」と言わん顔でアゼルを睨んでいた。
視線を横に向けるアゼルを不思議そうに思い、アネーゼもその視線の先に目を向けた。
そこには大剣が立てかけてある。
「あの大剣が何か?」
「つまりだな、オレが魔物を仕留める時に大剣にあるチカラを纏わせたんだが、魔物には絶大な効果があってなー。」
ウンウンと、納得するようにアゼルは続けた。
「チカラと言ってもほんの一部なんだけどね。その、なんだ。人族で言うところの勇者のチカラを纏わせたわけだ。」
話を聞いていたアネーゼは、未だ理解できてない様子で目をパチクリしている。
「それが?」
「そのチカラを纏った武具はそりゃ凄いんだけどね。ちょっと厄介でもあってー」
何とも歯切れ悪く話すアゼルに、ティナが割って入ってきた。
「チカラを放つ武具に触れると、継承されてしまうの!」
「え?」
「いや、継承ってほど特別なものでもないぞ。多分、ほんの一部のチカラしか纏わせてないから、そこまでのモノでもないしー」
「そんな事あるの!」
言い訳するアゼルの頭をポコスカと叩きながらティナは怒っている。
「旦那さまは単純に考え過ぎなの!少しだとしてもそのチカラは多大な影響を出す時もあるの!」
「じゃぁ、私に刻印が出たのは、その剣を触れてしまったからー?」
「簡単に言うと、そうだな。」
叩くティナを引き剥がしながら、アゼルは答えた。
「そ、そんなー」
「大丈夫!継承っていっても一生ものでもないし、すぐに消えるから。」
今にも泣きだしそうなアネーゼを宥めるようにアゼルは話出す。
「そんな簡単に継承できたら、この世は勇者だらけになってしまうだろ?ただ一時、チカラを貸し与えるってだけで、そのチカラも今は薄れているはずだ。」
確かに思い当たる節はあった。
剣に触れた時は大きなチカラを感じていたが、ここ最近はあまり感じなくなっていた。
軽々と振れていた大剣も、身につけていた鎧も心なしか重く感じていた。
「とりあえず、刻印を確認してみよう。」
言われてアネーゼは、ビクっと身体を強張らせる。
「ん?どした?どのくらい薄くなったか確認したいんだが。」
問い詰めるアゼルの言葉に、顔を赤くさせながら布団に身体を隠す。
モジモジとしているアネーゼに、アゼルは困惑していたが、何かを悟ったティナが目の前に飛び出し、2人の間に割って入ってきた。
「私が後で見てみるの!女性の身体を見るなんて、デリカシーないの!」
「お、おう。すまん。」
「旦那さま、浮気はダメなの!」
何が浮気かわからないが、そこはティナに任せることにした。
「とりあえず、アネーゼさんを纏ったチカラもそのうち消えると思うよ。」
涙目でアゼルを見つめていたアネーゼに、優しく伝えると、その場で泣き崩れた。
「ーーうー、よがったよぉーー。怖がったよぉー。」
それまで溜まっていたものが、一挙に溢れたのか、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも、安堵した様子で泣きじゃくる。
そんなアネーゼにどう接していいのかわからず、ティナに助け船を求めるも、ペシっと頭を叩かれ、突き放された。
しばらくして泣き止んだアネーゼは、これからどうするのか尋ねられて、悩んだ。
本来なら魔王のアゼルを討伐するためにこの古城へやってきた。しかし、彼の言う事が正しければ自分にはそのチカラは失われる。
失ったチカラ無しに村に帰れるだろうか?
その前に、勇者のチカラを失って村に戻っても問題ないのか?
「まぁ、まだ具合も戻ってないようだし、しばらくはここで休むといい。その間にどうするのか決めてもらえば大丈夫だ。」
そう言うと椅子から立ち上がると、
「オレいたら確認できないようなので、しばらく部屋を出てるよ。後はティナに任せる。」
そのまま、部屋を後にした。
部屋から出て行ったのを確認すると、
「早速見せてみるの。」
目の前の小さな妖精に言われるも、躊躇っていると、近くに寄ってきて
「私じゃなくて、旦那さまの方が良かったの?
いいから、早く見せるの!」
怒られた。覚悟を決めてゆっくりと上着に手をかけ、捲り上げる。片腕で二つ大きな山を隠すようにしているが、隠れきれずに腕から溢れている。そのまま上着を捲ると、一つの山を更に押し上げた。
「こ、ここです。」
顔を赤らめながら、見せてるとたしかに押し上げた左胸の下部に、刻印は現れていた。
確認したティナは、はぁー、と溜息をつきながら
「確かにチカラの刻印なの。消えかかってきているから、もうしばらくしたら無くなると思うの。」
そう言うと、少し離れた。
「それにしても、スゴイ凶器なの。旦那さまに見せるわけにはいかないの。」
溢れ出しそうな山二つを恨めしそうな目で睨んでいた。




