事の始まり
アゼルは未だ混乱しているアネーゼに、しどろもどろになりながらも話始めた。
時は遡るー
古城内をいつものように、何するというわけでもなくアゼルは歩いていた。
「今日は何の肉にしようかなー。」
昨日は川魚、その前は森の中の怪しげなキノコや果物だった。
「やっぱり肉、かなぁ。」
「んもう!旦那さまは偏食過ぎるの!」
黒い羽根を羽ばたかせて、ティナは彼の頭付近を同じ速度で飛んでいる。
「そうは言ってもなぁ。やっぱり、肉がいいだろ?」
ニカっとティナに笑う。
「私はお野菜食べた方がいいと思うの。旦那さまは野菜不足なの!」
「野菜ー?あれは腹の足しにならんしなー」
「好き嫌いはだめなの!栄養不足になるの。」
(おかんか!)
隣を腕組みしながら飛んでいるティナに、心でツッコミを入れながらも、不快には感じていない様子で、
「とりあえず、森出てみるか。」
そう言うと、城の外へ向かい走り出した。
古城から一歩外へ出るとそこは深い森に包まれている。森には果実や山菜など、食物が豊富にあるが、滅多に人が寄り付かない。熟年の冒険者も恐る凶暴な魔物達が住う死の森。
そんな森の中を、先ほど手にした果実を齧りながらお目当ての肉を探している。
「甘ーい。やっぱり、これが好きなの。」
隣はこれまたアゼルから小切で渡された同じ果実を頬張り、ご満悦なティナがいた。
「ティナはホント、これ好きだな。」
幸せに満ちた笑顔で頬張る小さな妖精に、優しく微笑む。
「甘くて美味しいの。でも一番好きなのは旦那さまなの。」
「はいはい。それはどうも。」
「旦那さま!」
茶化されたと思ったのか、ティナはアゼルの髪を引っ張って、抗議した。
「わかった。わかった。ティナの好意はうれしいよ。ありがとう。」
肩にちょこんと座った小さな妖精の頭をを優しく撫でる。
「もう、騙されないの!」
プイ、と横を向くがどこか嬉しそうだ。
「旦那さまー」
何かを言いかけたティナに、「シっ!」とアゼルは指を立て、静かにするように遮る。
2人よりはるか先の方で、何かの気配を感じ、それまで押さえていた気配をさらに消した。
「いたな。」
ニヤリと、アゼルは笑うと
「待望の肉だ。」
そんな姿を、やれやれと言わんばかりでティナは見つめていた。
森を進み、小さな池のほとりにソレはいた。
どつやら水を飲みに寄ったようだ。
黒い毛皮に覆われ、額にはツノ。四足歩行でゆっくり歩きながら、辺りに害意がないことを確認すると、池の水に口をつけ始めた。
立ち上がればゆうに2メートル以上にはなるだろう。大きなクマの魔物。キラーベアー。
安心しきっているのか、そのクマの魔物は背後に忍び寄る存在に気がつきもしない。
それほどに、2人の気配は完全に消されていた。
(今日はクマ肉に決まりだな。)
アゼルはティナに魔物に気づかれないように小声で話す。
(お肉も久しぶりなの。)
ティナも同じように、小声で返した。
(やっぱり、ティナも肉が良かったんだな。)
ニヤニヤしながらも、目線は魔物の動きを見ている。
(キライとは言ってないの!)
そう言いながら、ティナは眠りの呪文の詠唱を始めた。
ティナが眠りの呪文で相手を眠らせた後、アゼルが仕留める。いつもの狩り方だ。
このまま詠唱が終われば、目の前のクマはその場に倒れ込み、あとは仕留めるだけ。
アゼルは腰の短剣に手をかけて、身構える。
だが、その日はそうならなかった。
突然、魔物が警戒を始め2人の隠れている方向に向き直り、低い唸り声を上げたかと思うと腕を振り翳した。クマの爪先が光ったかと思うと、鋭い閃光がこちらに向かって飛んできた。
「!?まずい!!」
詠唱中のティナを抱えて、その場から飛び退く。
「旦那さま!もう。大胆なの。」
顔を赤るティナだったが、それをスルーして着地したアゼルは、魔物と距離をとった。
目の前の魔物を警戒しつつ、ティナに声をかける。
「そんな冗談言えるなら、ケガは無さそうだな。」
「まさか詠唱中に反撃されるとは思わなかったの。」
ティナもすぐさま臨戦体制をとっていた。
「詠唱中に気づかれるなんてー」
「そうなの。あれはキラーベアーじゃないの。」
魔法の詠唱には魔力が術者の身体から流れでて、その魔法を構築していく。その魔力を感じる事は同じ魔法を使える者にしかわからない。
しかも魔物が感じる事ができるとなるとー
「変異種。」
「なの!」
魔物の中には時折、変異種と呼ばれる個体が現れる。見た目にはわかりにくいのだが、魔力を感じ取れる為に、隠れて魔法を放つ事ができない。また、同様に魔法耐性もそれなりに備えている上に、知能もそれなりにあるので戦うのは厄介極まりない。
魔物は2人と距離を保ちながらも、こちらの様子を伺っているようだ。
『グワァァァァ!!』
魔物は大きな声を上げると、突進してきた。
それをヒラリとかわしつつ、短剣を抜き切り付けるがカキン!と、音がして簡単に弾き返された。ティナも同じタイミングで、小さな火球をぶつけたが、当てた所を少し焦がしただけのようで大したダメージにはならなかったようだ。
「これじゃ、やっぱりダメか。」
刃先はこぼれなかったが、刃が通らない事を確認してアゼルは呟いた。
「私の魔法も、効き目なさそうなの。」
「仕方ないー」
短剣を鞘に戻して、右手をかざすとそこには不思議な空間が出来上がる。そこへ手を入れると、何かを掴んで引っ張り出した。手には大剣を握りしめている。
大剣は青白い光沢を放っており、鋭利な刃先が光っている。
「これならいけるだろ。」
そう言うが早いか、魔物へ飛び込んでいった。




