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優しい匂いが分かる鼻

 ガットラットは決して悪い男ではなかったが、かと言って善良であるとはとても言えなかった。がさつでいい加減、最低限のルールは守るが、乱暴者で欲求を満たす為に本能のままに行動しているかのように見える。彼はこの世の中は弱肉強食で成り立っていると信じていて、もし仮に暴漢に襲われた者がいたとしても「弱いから悪いのだ」くらいにしか思わない。困っている者がいても、だから当然助けようなどとはしなかった。

 ただし、多少歳を取った所為か、抗いがたい欲求も少なくなり、このところは随分と大人しくなっていたし、ただただ欲求を満たす為に行動するような毎日に飽きて来ているように見えなくもなかった。

 或いは、彼が獣人の女の子、ヌーイーとよく一緒にいるようになったのにはそんな要因もあったのかもしれない。彼が彼女と知り合いになったのは、彼女の方から彼に近付いていった事が切っ掛けだった。

 酒場でこれから一杯やろうかというタイミングで、ヌーイーは彼に寄っていき、何を思ったのか「ごはんちょうだい」とおねだりをしたのだ。

 獣人はこの世の中で差別を受けている。肉体労働しかさせてもらえないし、賃金も安い。身体能力は高い傾向にあり、鼻が利くので、何か特殊な仕事があれば重宝されるが、それ以外では大金を稼ぐ事は滅多にない。しかもヌーイーは親を亡くしたみなしごだったので、腹を空かせているのが常だった。だからガットラットに食べ物を請うたのだろうが、彼は同情でみなしごに飯を奢るようなタマではない。下手すれば殴られると、周りにいた者達は彼女を心配した。

 「なんで、俺がお前なんかに飯を奢らないといけないんだよ!」

 そう乱暴に言って、彼はヌーイーを追い払おうとした。が、それに彼女はこう返したのだった。

 「あなたからは、優しい匂いがするから。ご飯をくれると思って」

 それを聞いて、ガットラットは「優しい匂いだぁ?」と凄んで睨む。

 彼としては脅したつもりだったのだろうが、彼女はまったく怯えていなかった。それが気に入ったのか何なのか、「チッ」と舌打ちをすると、「これをやるからどっかにいけ」と彼は骨付き肉を一本彼女に渡してしまったのだった。

 彼女はとても嬉しそうな顔で笑うと、「ありがとう」と言って去っていった。これで終わりだったなら、単なる気まぐれで済まされていただろう。が、ヌーイーはそれからもちょくちょく彼に寄っていっては、飯をねだったり場合によっては抱きついたりもした。明らかに懐いている。

 はじめの頃はうざがっていたガットラットだが、懐かれると悪い気はしないのか、少しずつ態度が軟化していった。

 人身売買を生業にしている連中が、幼い獣人の女の子を好む変態の金持ちに売りつけようと彼女をさらおうとした時などは必死に彼女を護り、しかもその件で彼女が心配になったのか、それからは自分の家に住まわせるようにすらなった。そうして彼女を世話するようになると、ますます彼は丸くなり、今では乱暴な言動も随分と減っていた。

 その彼の変化に周囲の人間達は驚いていた。

 

 「まさか、あのガットラットがあんなになるなんてな。もしかしたら、ヌーイーには善人を見抜く力でもあるのか?」

 

 今日も酒場で、ヌーイーに飯を奢っているガットラットを見ながら、酒場の客の一人がそう呟く。

 しかし、それを聞いて「さあ? どうしかしらね?」と占い師のキャサリン・レッドは言うのだった。

 「ガットラットが単純バカってだけの話かもしれないわよ」

 周囲の者達が不思議そうな顔を見せると彼女は説明をした。

 「ヌーイーの死んでしまった母親は、あの子に男物のコートを与えていたのよ。ワタシの記憶が正しければ、あれ、元はガットラットのやつよ。多分、捨てたのをあの子の母親が拾ったのね。あいつ、確か、そのコートに温熱の呪符を縫い付けていたわ」

 「それがどうかしたのか?」と一人が尋ねる。

 「分からない? 熱がこもるから、あいつは汗をかいていたはず。つまり、コートにはあいつの臭いがたっぷりと染みついていた。ヌーイーはそれをずっと嗅いで育ったの。しかも、温熱の呪符が縫い付けてあったから、温かったはず」

 その説明で周囲の者達は納得をした。

 「なるほど。コートの温かい記憶とあいつの臭いがそれであの子の中では結びついたって訳か」

 「そ」と、それにキャサリン。

 「だから、あの子はガットラットから優しい匂いがすると言った。あいつは単純だから、それで本当にあの子に優しくするようになったのじゃない?」

 周囲の者達はそれに頷く。

 なんだ、そんな事だったのか、と。

 「一応、言っておくけど、今言った事はガットラット達には話さないでよ。どんな理由でも上手くいっているのだからそれで良いのだから。話したら魔法が解けちゃうかもしれないわ。

 ま、本当にあいつに優しい部分がなかったら、あの子に優しくするなんて事もなかったのかもしれないけどさ」

 もちろん、そんな無粋な真似をする者など一人もいなかった。

 皆は少し離れた席にいる二人を見やる。

 ヌーイーは美味しそうにスープを飲んでいて、ガットラットは好々爺のような表情でそれを見つめていた。

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