白雪の灰かぶり青年
『白雪姫』や『灰かぶり姫』はグリム兄弟の他、いろいろな作家がお話を書いています。
しかし、今回の小説はそれらとは別のお話です。
柴野いずみ様主催の『雪のアオハル企画』参加作品です。
雪の積もった小道を若い青年と女性が歩いています。
青年は両手にバケツを持っています。
バケツには水がたっぷりと入っていて、とても重たそうでした。
「アスケラッド。やっぱりそのバケツ、わたしも1個持つよ? 重いでしょ」
「い、いや。これぐらい大丈夫だ。ベーリット」
「もう……。また無理しちゃって」
アスケラッドと呼ばれた青年は、やじろべえのようにフラフラと歩いています。
ベーリットは苦笑いして、彼についていきました。
と、その時のことでした。小さな赤い影が、アスケラッドの足元を勢いよく横切りました。
「わわっ」
アスケラッドは、その場でころんでしまいました。
なんとかバケツを守ろうとしましたが、2つのバケツの水はどちらも半分以上こぼしてしまいました。
「あーあ。また僕はドジふんじゃった……。いつも失敗ばかりでダメだね」
そうぼやいたアスケラッドに、ベーリットはニコッと笑って声をかけました。
「ふふふ。今回はドジふんだのは、あなたじゃないでしょ」
「な、なんのことかな……」
「さあね。で、お水はどうするの? それだけじゃあ足りないでしょ。汲み直しにいくなら、バケツ1個持つわよ」
「ちょっと待って。こうすればいいかな」
アスケラッドは、1つのバケツにもう1つのバケツの中身をいれました。
「ベーリットの家の分はこれで足りるだろう。先に戻ってなよ」
「そう? 聖なる泉まで付き合うわよ。よいしょっと。戻ってくるまで、このバケツはここに置いておきましょう」
ベーリットは水が入ったバケツを近くの木の陰に置きました。
「それじゃあ、いきましょ。アスケラッド」
ベーリットは手袋をはめた手でアスケラッドの手をとり、ひっぱるように歩き出しました。
「ああ。いこう。ベーリット」
去っていく二人の様子を木陰から見ている者がいました。
そこにいたのは小人です。背の高さは人間の子供のひざぐらいです。
赤い帽子に赤い服、赤い靴を履いています。
小人はアスケラッド達が歩いていく様子をしばらく見ていました。ふたりが見えなくなると、小人はやがて森の奥に走っていきました。
* * * * * *
「ホーホッホッ。それではおまえはその青年にお詫びとお礼がしたいというのだな」
大きな椅子に赤い服をきたおじいさんが座っています。
まっしろなヒゲをはやしたサンタクロースでした。
椅子の周りには赤い服の小さな妖精たちがたくさんいました。
サンタさんの正面にいる妖精は、さきほど青年にぶつかりそうになりました。
歩いている青年の前に、妖精がうっかりと飛び出したからです。
青年はバケツが妖精に当たらないように、わざと転んだみたいでした。
「ふむふむ。それじゃあ、子供たちにプレゼントを配り終わったら、その青年にはこれをあげなさい。幸運を呼ぶ花だよ」
サンタさんは一輪の白い花を妖精に渡しました。
受け取った妖精はニコッと笑いました。
* * * * * *
クリスマスの夜、妖精たちは町をかけめぐっています。
サンタさんのお手伝いで、妖精たちは子供たちの家にプレゼントを配っているのです。
妖精たちはこの町で修業をして、将来は立派なサンタさんになって世界中に旅立つのです。
白い花を持った妖精は、自分の担当分のプレゼントを配り終えました。
そして優しい青年アスケラッドの家にいきました。
妖精は眠っているアスケラッドの枕元にそっと白い花を置きました。
そして家を出ようとしたときに、戸口に置いてある容器に気付きました。
厚い布の上に置かれた陶器の入れ物には、あたたかいミルク粥が入っています。
この町では妖精たちをねぎらうため、戸口にこうしたおかゆを置いておく風習がありました。
妖精はいっしょに置かれていた木のスプーンを持って、おかゆをいただきました。
食べ終わると、幸せそうな顔で走り去りました。
* * *
「ねぇねぇ、偉文くん。やじろべえって何?」
従妹の胡桃ちゃんが僕にきいた。
安アパートで独り暮らしをしている僕の部屋に、胡桃ちゃんとその妹の暦ちゃんが遊びに来ている。
ふたりは小学生の女の子だ。僕の描いた絵本の案を見ている。
胡桃ちゃんの質問に、僕より先に暦ちゃんが答えた。
「やじろべえは江戸時代の東海道中膝栗毛という小説にでてくるんだよ」
「暦ちゃん。その弥次郎兵衛じゃないからね。やじろべえって言うのはバランスをとる人形の一種だよ。こういう感じ」
僕は図に描いて説明した。
「両腕の先におもりがあるんだ。足の先よりおもりが下にある場合は、ゆらしても落ちないんだよ」
胡桃ちゃんも見たことはあるようだ。
その時、暦ちゃんが僕の方を見た。
「この話の妖精って、北欧のニッセだと思うんだよ」
「よく知ってるね。暦ちゃん。北欧……つまり北ヨーロッパの伝承に出てくる妖精だよ」
僕は地図帳をとりだし、ヨーロッパ北部の地図を広げた。
「国によって妖精の名前が違っているんだ。ノルウェーとデンマークではニッセ、スウェーデンではトムテ、フィンランドではトントゥとかパッカネンって呼ばれているよ。赤い帽子に赤い服を着た小人さんだね」
「ねぇ。その妖精さんが、大きくなったらサンタクロースになるの?」
「胡桃ちゃん。この絵本ではそういうお話にしているよ。伝承によって設定が違っているけどね」
その時、暦ちゃんが絵本の案の青年を指さした。
「たぶん、アスケラッドって、本名じゃなくてアダ名だと思うんだよ。灰かぶりっていう意味なんだよ」
「暦ちゃん、惜しい。『灰かぶり』じゃなくて『灰つつき』っていう訳になるよ。北欧の昔話によく出てくる名前なんだ」
北欧昔話でのアスケラッドは、多くの場合は兄弟の末っ子で普段は役に立たないという設定だ。
いざというときに、知恵を働かせたり行動力で事件を解決するんだ。
「胡桃ちゃん、暦ちゃん。このお話のミルク粥を作ってみたんだ。ふたりとも食べる?」
「えー……おかゆに牛乳?」
「それって、おいしいの?」
胡桃ちゃんも暦ちゃんも少し疑わしそうだ。
「僕も味見したけど、おいしかったよ。じゃあ、スプーンでひとくちだけ味見して、大丈夫だったら食べてみようか」
「うん、それならいいよ」
「味見だけなら……」
僕は温めておいた『ミルクおかゆ』が入ったなべのフタを開けた。
ごはんに牛乳とバター、砂糖、塩で味付けし、おかゆにしたものだ。
おたまを使ってなべの中身をふたつの小皿に入れ、スプーンと一緒に胡桃ちゃんと暦ちゃんに渡した。
ふたりとも味見をして気に入ったようだ。
僕は深皿におかゆを入れて、従妹たちに渡した。
暦ちゃんは僕の方を見て、ニコッと笑った。
この顔はまた何か変なことを言おうとしているのか?
「ミルク粥とかけまして、カラメルがのったスイーツとときます」
いきなり謎かけ? 何だろう?
「その心は?」
「どっちもプディングなんだよ」
……たしかに粥のことをプディングっていうね。
それに日本風のプリンと合わせたわけか。
この子はなんでそんなこと知ってるんだろう。
ふたりはおいしそうにミルクおかゆを食べている。
作ったかいがあったな。
「ねぇねぇ、偉文くん。この町でも昔、さっきの絵本みたいにすごく雪がつもったことがあったってきいたよ」
「そうだねえ。二人とも覚えてないだろうなぁ。二人がちっちゃい時に大雪がつもったよ。二人を芝ソリに乗せて、僕が引っ張って遊んだことがあるよ」
「へー……。覚えてないけど、面白そう」
「また大雪が降ったら、また二人でソリに乗るんだよ。それを偉文くんに引っ張ってもらうんだよ」
想像してみた。二人とも大きくなっているから、引っ張るのは厳しそうだ。
っていうか、1人用のソリに二人乗ったら、沈み込んで動けないかも。
「ところで。ねぇ、偉文くん。あたしのクラスにまだ『サンタさんがプレゼントを持ってくる』って信じている子がいるの。高学年なのに」
「あたしのクラスもけっこういるんだよ」
「ははは……。夢があっていいじゃないか。ところで、君たちは信じてないの? サンタさん」
僕がいうと、胡桃ちゃんと暦ちゃんは互いに顔を見合わせ、それから僕に言った。
「だって、うちにくるサンタさんって偉文くんでしょ。毎年クリスマスに泊まりに来てるし」
「枕元にプレゼントを置いてるの。あたしも見たんだよ」
……バレてる。