表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/51

3ダース (回想)忍び寄る影



 


 ビター珈琲の味に誘われ、まるであの頃を連想しそうになる。


珈琲を嗜みつつ、暗雲の空を見詰める。

それはまるで准の心を現しているかのようだった。

心中、穏やかではなく、またそうでも居られない。



(_____今は、今の平穏を、壊したくないんだよ)




 中で不意に目の前に影が現れた気がして、

なぞる様に目の前に視線を向ける。


 鉄仮面と造られた、と思わせる顔立ちに

更に秘密を隠す様に重ねられた厚化粧。

クラッチバッグにボディラインが強調されているワンピース。



守山財閥の会長の娘___守山綾だ。


一瞬、誰だが分からずに呆然としていたが、

脳裏であの頃の面影なんてないと思い出して

複雑化した眼差しを准は彼女に向けた。



「………今更、何の用ですか」



 呟かれた声音は、他人事の単調さを重ねて無機質的だ。

物憂げな眼差しに女性は不機嫌になる。



「他人行儀で素っ気ないわね。


せっかくの再会だというのに。

………ところで、貴方が緒方家を飛び出して、何年が経ったかしら?」

「………それはまた、億劫な話ですね」



 准は流し目に視線を反らして、珈琲を嗜む。



 守山姓とその身分を捨てて、

あの異常な館から逃げ出したのは成人を迎えた時の事だ。

_____緒方准、(もとい) 守山准は、

守山綾の弟という事実すら闇に葬ったあの日。



 紛らわす様に、珈琲をもう一口。

今度は珈琲よりも目の前の人物が、最も苦いと感じる。

守山家は守山財閥と名を打ち、


エスケープクロックホールディングスグループの経営者でもある。




「冷たいわね。あたし、ずっと搜していたのよ?」

「見せかけのお世辞なんて、要りません」




 准の態度は、

冷静沈着かつ飄々とし、余裕がある様に見え素っ気ない。

けれどもその何処か達観と諦観の微笑を貼り付けた顔立ちは

綾の記憶には、見た事がない。


 そんな弟の態度に綾は不快感と

意固地さを覚えながら、綾は口許を引き()らせる。





 (____そんな、余裕、壊してやるわよ)



 彼女は1枚の封筒を差し出す。

中には『身辺調査表』と第されたファイル。

伏せた眼差しでそれを疎ましく見詰めたの後に、准は綾に視線を戻す。


「………どういうつもり? ………いや、どうしたいんだ?」

「別に可笑しい話でもなく当たり前じゃない? 

失踪した弟を捜すのは」

「…………“普通”の感性ならな」


 気怠げそうな声音でファイルを取ると、

有名な実力派の探偵事務所と謳われる所に調べ上げられた、緒方准の身辺調査表。



対象者:緒方 准

生年月日:19XX年 6月27日

現住所:〇〇県 〇〇町


家族構成:

緒方 美琴(妻)

緒方 香菜(娘)(※20XX年に養子縁組)





「結婚したのね。それに娘までいるなんて」



 孕む微笑を持って身を乗り出す綾に

准は動揺する訳でもない。ただ能面師の面持ちで

そして___知らぬ間に白けた微笑みが込み上げで口角を上げる。




「なによ」

「………いえ、間違いでは?」

「どういうこと?」



 綾は眉を潜める。



「ご冗談でこんな事を?

大切なお時間が無駄になるというだけなのに。


___守山綾さん。貴女の本当の探し人は“僕ではないでしょう”?」


 心理戦の攻防戦のチェスは得意技だ。

綾は不快感と不服な面持ちを浮かべて静かに首を傾けた。



「この私が、貴方以外の誰を探すというの?」



 高らかな自尊心と尊厳、自信に満ちた表情。

綾の“本当の意図という切り札”を知っている准にとって、

彼女の虚勢と暇つぶしに付き合う気は更々ない。



(____だから、あの時もか)




「____それは、貴女が一番知っている事でしょう?

     俺が口にする事じゃない」


「…………」



 その刹那、

強気だった綾の顔色が(かげ)りを見せた。

複雑味を帯びた余裕の表情と飄々とした面持ちは“残酷にも優しい”。



「勿体ぶる言い方をするのね? いつからそんなに高尚になったの?」

「……………どうでしょう。俺自身は変わったつもりはありませんが」

「…………」



(………調子が乱されるわ)



 准はいつも冷静沈着で、優美だ。

そして態度は飄々としたもので、毅然としている。



「ただ貴女が求める捜し人は

僕ではなかったという事かな、と思っただけです」


 

 本心でもない事を行動に移す。

それはとても無意味な事だと思っている。

余所見をしても、本当に求めているものは、訪れない。



(守山家に毒されてる)




 綾は心情を悟られない様に、必死で繕う。



「それより、貴方はもう娘がいるのね」

「居ますよ」


 そう言うと、

探偵事務所の身辺調査表に挟まっていた写真を出す。

刹那的で儚く薄幸な少女____そこには香菜がいた。


「かわいい娘」

「…………何が言いたいんです?」



 にやり、と綾は企みを孕んだ微笑を浮かべる。

 


「回りくどいの好きじゃないから、担当直入に言うわね。

_____この子、養女だそうじゃない。何処の馬の骨なの?」

「それ名誉毀損ですよ。失礼な。物騒かつ非情な事を言うのですね」



 心に、炎を抱えながら、表向きは穏やかなふりをした。

飄々とした余裕な面持ちも声音は、崩れる事がない。




「娘がいると聞いて、年齢を見た時に


凄く矛盾していると思ったわ。


貴方はまだ34なのに、娘の年齢は16歳。

けれど養女だと聞いて納得した。


………ねえどういう事なの?

養子縁組するくらい、この子は魅力的な娘なの?」

「さあ? それは貴女に関係ありますか」



 あからさまな、焦燥感。

彼女は何に必死なのだろうか。

綾が感情が昂ぶる程に、准は冷めて客観的にしか見れなくなる。



「この子だけ、

 どれだけ調べて貰っても、素性が分からないじゃないの!!」


 


 綾は罵声を浴びせる様に思わず立ち上がり、告げた。

けれども准は至極、冷静沈着のまま、態度を変えない。



「………それが、何か、都合の悪い事でも?


 失礼な言葉を浴びせて侮辱してまで、

 彼女を知って貴女に得はありますか?

 …………存在しないでしょう。


 確かに養子縁組した末に我が家の娘になった子だ。

けれども俺と妻にとっては、実の娘同然の、かわいい娘だ。

守山が(こだわ)る血縁関係なんて無意味、と言わせる程に」


 


 おとぼけるふりをしながら

自分自身でも、理屈っぽくて、理責めしていると思う。

端から見れば滑稽だろう。けれども



___娘を侮辱されて、

黙って要られる程のお人好しなんかじゃない。



 准が守山の家を飛び出しても、

此処まで飄々とした毅然な態度に、強気で胃られるのは

姉のひた隠しにする秘密裏の切り札を准は悟っているからである。



……………思えば、あの頃の綾の心情を知っている身としては複雑だが。





「………ねえ、姉さん。

 俺に連絡してきたのは、俺を捜しにきたのではなく

 “俺に娘がいるから”と知ったからでしょう?

 

___そうでもなければ、貴女は、俺には用はない筈です」


 准の発言に、綾は固まった。

彼の元にいる子供が、娘だから。

虚像を作り威勢を張っているけれども、嘘が苦手な彼女は分かりやすい。



「…………」

「もしかしたらと思ったのでしょうけど

俺は貴女の望む言葉を返す事は出来ないし、貴女の望むものを持ち合わせていない。



 それに貴女が秘密は守山財閥をも、揺るがす重大なもの。

 あの時、冷酷な貴女が自ら下した判断なのに。

____それをわざわざ、今更、引き摺り出すと?」


 姉が秘密裏に水面下で動いているものが、守山財閥として

(おおやけ)になってしまえば守山財閥を揺るがす切り札になる。


(姉は今更、何をしたいのだろう?)


「俺は何事もなく、妻と娘と生活しています。

 僕は守山家に戻るつもりは御座いませんので、あしからず___では」 



 お札を2枚置くと、准は立ち上がると、そのまま歩き出す。


 しかし、一歩踏み出したところで告げた。




「追記で。____妻と娘に接触する事は望みません」




(絶対に、守山財閥には、近づかせない)




 美琴と、____香菜の為にも。






一部、会話の表現に過激なものが御座いましたこと

ご不快に感じられた、読み手様にお詫びを申し上げます。

誠に申し訳御座いません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ