46ダース・新たな疑惑
【警告】
刃物、自傷、流血描写有。
苦手な方は、ブラウザーバックをお願い致します。
一瞬だけ、覗き見た彼女は
娘と言えども、彼女は弟の柵みに毒されている様な気がした。
自身の保身の為に娘を捨てた母親と、
血も涙もない、計算高く生きている父親。
『香菜ちゃんが、あの時の子?』
観察と言いながらも、
腹黒く計算高い弟を見ていると、不憫な気がして
なるべく弟から離したいという思いと、彼の許に居たら危険だと警戒心が鳴る。
准は自らの人生計画を、必ず現実のものと化す。
穏やかな愛想に隠れて計算高くそれが倫理的が問われれば、
だからあの子が、弟の人生計画の操り人形にされている様な気がしてしまったのだ。
だから准と思われて、慕われても構わなかった。
けれども
緒方香菜が、養父母を殺めた養女、というレッテルを
付けられ、響介は堪り兼ねて身を乗り出した。
このままだと、どんどん守山家に毒されてしまう。
(守山家に毒されたのか、親の因果が子に報うのかは、
どちらなのだろう)
12年前。
守山家の権力で未成年後見人となった綾を岳は尋ねていた。
あの日を境に逃げ出した守山邸は変わらず、夕日が西へ沈む前、
部屋を余すこと事なく琥珀色の紗に包まれていた。
誰も居ない応接間。
穏やかに微笑んだつもりだったのに、向こうは怖いという。
「お久しぶりです。お姉様」
「_____岳?」
岳だと正体を明かした刹那に、綾は怯えていた。
夕暮れ時、
留置所からお忍びで来た姉を見つけて、岳はそう微笑んでいた。
姉に拉致されて、守山家の人里離れた別荘での事だ。
「噂によれば
自ら志願して緒方香菜の未成年後見人になった、だとか」
「どうして貴方が知ってるのよ」
「知らなくても、知ってしまう立場に居ますから」
淹れたての紅茶が、珈琲の様に苦い。
どういう風の吹き回しなのかとも思ったが、
よくよく考えれば分かり易い魂胆だ。
緒方香菜には、恩着せがましく身元後見人としての恩を売り
守山家に居座る口実として娘である緒方香菜を盾に生きるのだろう。
そうなれば、彼女は、妹は、両親の思惑に踊らされたまま、
自由もなく生きていく事になるだろう。
「で、何のようで? この家とは絶縁したんじゃないの」
「世間は広いようで狭いですよね。この家とは絶縁した筈なのに、
緒方香菜の弁護士になってしまったものですから………。
お仕事を頂いた以上、それらは果たさなくては成りません」
「…………は?」
綾は呆気に取られていた。
あれから家を出でからというもの、岳の素性は誰も知らない。
だからこそ、国選弁護士として選ばれたこの糸を逃してしまえば
後はない。
「未成年後見人の件、裁判が終わるまで
僕に権利を下さらないでしょうか。
下手にこの情報が流れても嫌でしょう?」
「………お断りするわ。
あの日勝手に出ていって、好き勝手生きている癖に。
あたしの邪魔をしないで。
自分が産んだ娘をどうこうしようが勝手でしょ?」
「____隠し子」
そう呟いた刹那的に、
綾が固まったのを、岳は見逃さなかった。
「では、裁判だけでなく、その事が公になれば
貴女の立場は危うくなると思いますが。___どうでしょう」
淡々とした言葉のカーチェイス。
掴みどころがない青年の発言に、ぐうの音も出ないまま固まった。
直後にデスクにあった調度品の花瓶を綾は床に叩き付けた。
絨毯には染みが、花が散らばり、広がっていく様を
茫洋と見詰めながら、岳は紅茶の水面の波紋を見詰めている。
「………あたしが、どんな思いで、計画したと思ってるの?
お父様に見捨てられたら生きていけない。だから、あの娘を
産んだの!!」
悲劇のヒロインを気取る姉を、岳は笑う。
割れた花瓶と枯れ始めた花弁の片鱗は、少女の心を謳っているようだ。
「………貴女の場合、
子供じゃなく、“父親が誰かという事が大事だった”。
そして准は自身の面子を保つ為に後々、“貴女の娘でいい考えた”。
こんな地獄絵図の様な利害なんてこの世にない。
似た者ではないです? 貴女も准も。
一番の被害者は、あなた達の娘だ」
紅茶のカップを置いて、
頬杖をつく優雅な青年は淡々と事を述べた。
守山家から何かが、あっても、傑が綾を見離せない方法。
考えた末での綾の結論は、守山家の実子である弟を利用する事だった。
守山家の実子を産んでいれば、傑も目を瞑る。
だからこそ早めに決断を下した。
妊娠は悟られてはいけない。
それは誰かに酷い仕打ちをしてまでも、黙り込んだ。
麻緒は、唇を噛んだ。
どうしていいのか分からない。
けれども先ずはこの青年と離れる事だと思った。
「…………なら尚更、私は、貴方に申し訳が立たない。
全てを知りながら、分からないふりをして、
一時だけは平穏で居させてくれた。
だから、もう私にも、守山家にも束縛されないで。
守山家とせっかく縁を切ったのなら、私とも切るべきです」
「……………………」
「早とちりな決断は、辞めておいた方がいい。
僕も矢継ぎ早に話してしまいましたし、混乱するのは当然です。
少し、頭を冷やしますか。貴女の人生です。
自身が選んだ選択を望んで、納得するまで好きにしたらいい。
ちょうど、重大な裁判を抱えているので、
僕は、暫く事務所に泊まり込みになりますから」
「____馬鹿者が!!」
隠れて子供を産んだ事を、傑は怒っていたが
綾は何処かで安堵していた。
子供が守山家の子女なのだから傑は追い出せないと。
赦されるのだと、そして仕舞には感謝すら受ける存在なのだと自惚れていた。
そう高を括って、驕り高ぶる。
「養女の件、お願い致します」
_____涼宮家。
温かな香りが、ふわりと香る。
作り置きされたおかずが何品か、冷蔵庫に置かれていた。
この数年で慣れ切った料理の味は、淡く朗らかなものだ。
麻緒とは顔を合わしていないが、休憩がてら
時折に帰宅すると、違う料理の品がある。
(羨ましかったよ)
弟が。
なのに、己の人生計画の為に、
人生の駒のひとつでしか娘を見ていなかった。
知らず知らずの家に、毒素の許に引き込まれるのなら
引き離す時は彼女が、牢獄から外界へ戻ってきた時しかしかないと思っていた。
准がいなくなっても、綾が居る限り、
彼女は振り回され人生を奪われるのは目に見えている。
手の届かない契約で縛る事は後ろめたかったが、
強情に行かないと守山家の権力には勝てないのだから。
_____守山邸。
リビングルームで、祖父へのお茶を入れていると
後ろから声が聞こえた。
「孫と可愛がられるのも、いつまでかしらね」
「…………」
カップに注いだカモミールティー。
嘲笑う様に謳って言葉は知らないふりを従ったのに。
此処にいる限り、それは許されない。
「お父様の記憶が戻ったら、貴女は一瞬で追い出されるのに」
「………ひとつだけ聞くわ。
お祖父様は、私の父親が誰か知っているの?」
大理石のアイランド。
手に触れるも雪と変わらない程の温度で、
自身の心音と変わらない気がする。
綾は訝しげに、眸を凝らした。
麻緒は凛然としている。彼女の唇はわなわなと震えていた。
「幼い頃から、ずっと言われてきた。“父親に似てるわね“。
それは素直に慕っていた頃は嬉しいものだった。
けど今は___疎ましくて仕方がない」
「それが何?」
麻緒は視線を落とす。
綾が認めるとは思っていないからだ。
林檎を剝いている手が滑ったふりをして、手首を傷付けた。
色の白い傷だらけの手首に、深紅がみるみる広がっていく。
その光景を、麻緒は虚空の眸で、茫洋と見詰め、
薄ら笑いを浮かべている。
「…………こんなにも穢れているのね。気持ち悪いわ。
貴女が母親で、緒方准が父親だなんて!!」
綾は息を潜めた。
失声症を患っていた彼女とは筆談で会話をしていたからか、
彼女の声音を聞いた事がなく、聞き慣れない。
透明感がありながらも、何処か悲哀に満ちた声音。
傷口に塩を塗る様に、麻緒は綾に視線を寄せた。
その眸が揺らいでいる辺りきっと、
守山傑は隠したい孫娘の存在に加えて、
その孫娘の父親が息子だと知ったら、どうするのだろう。
「あたしは可哀想なのよ、強姦された……」
その瞬間に、麻緒は無言で、自身の首許に果物ナイフを向けた。
麻緒がいなくなっては、綾の、傑への強みは消える。
「悲劇のヒロインのつもり?
だと可笑しいわね。
最初、認めないお祖父様に媚を売る様に強制したじゃない。
それに守山准は、己の人生計画を入念に決めている人間よ。
貴女に手を出して、
子供が出来たなんて、人生計画が狂うじゃない?」
リスキーでしかない話だ。
麻緒がそう言い切れるのは、
葉月から聞いた話だ。葉月と親しかった美琴は、
結婚が決まるにつれて、少し浮かれた話が増えていたという。
“紳士的で、優しい人。私、今とっても幸せよ”
それが口癖だったらしい。
美琴の両親はとても厳しい人達だから、他に妻子がいるなんて
許さないし、准にとっても不利だ。
綾との関係を、娘を成す事は
リスクを侵してまで果たす事だろうか。
麻緒はナイフを下ろし、
「こういうところは、准に似たんでしょうね、
それすらも憎らしい。
私も何処かで計画的に生きるタイプだから。
感情に呑まれて
後先の事を考えない、貴方と違ってね」
(……………貴女はまだ、知らない)
綾は項垂れる様に、膝から崩れ落ちた。
「分からない、の…………」
「…………」
弱気を見せた綾の姿に、麻緒は怪訝になる。
「確かに、貴女の父親は准だと思う。
相手の恋人に賄賂を渡して、そのふりをして騙した。
でも、准はいつだって、誰にでも乱暴で自分本位だけど、その日は違った。
岳かも知れない。けど確証がないの。
そっくりだから、見分けも付かないし、
准の犠牲になってたのはいつだって岳だったから」
「______」
「……」
背筋が凍った。
それは綾が零した秘密であり、弱音だ。
強気な綾が此処まで弱さを見せる事ないから、怯えだしたら
何かのサインだという事だ。
(准の身代わりをしていた………?)
確かに准は、自身の人生計画の為に、娘を用意した。
けれども娘には興味を示さない。
それは美琴への建前で、
話の話題はいつも美琴を介してからだ。
反面、無感情だったのかも知れない。
自身の人生計画の事ばかり、お飾りで必死だったのだろう。
けれども改めて見て、岳はどうだっただろう。
冷徹だと言うけれども、自身に点字のノウハウを教えてくれ
弟のふりを黙ってこなしていた。
それに今だって、身元引受人になってくれたのは岳だ。
(私は、どちらの子?)
【お詫び】
物語の構成上とはいえ、
ご不快な気分になられた読み手様、
大変申し訳御座いませんでした。
さて、麻緒の父は、どちら………。




