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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部 第3章 途切れた螺旋階段の先で
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45ダース・出生の秘密




 数時間後。

真夜中の許、瑠璃色の淡い(ヴェール)に包まれている。



 署名した 離婚届を見詰めると、麻緒は、シルバーリングを外した。

不意にブレスレットが視野に入り、溜息を付く。



(もう、迷惑をかけたくないもの)



 守山家の養女となり、

何も追わぬまま、鳥籠の中で生きていこう。


 そう決めた。

謎は謎のまま、去る者は追わずに惰性的に生きる。

物憂げに眸を伏せて、ブレスレットを外すとトランクケースを持って、去ろうとした。


 だが。

メゾネットルームに繋がる階段の下で、もたれ掛かっていた。




「戦線離脱ですか」



 何処か辛辣じみた声に、心が止まる。

青年は存在感を消すのが得意だ。憂いを帯びた眸で、書いたばかりの離婚届を差し出す。

そして麻緒は頭を下げた。



「…………今まで申し訳御座いませんでした。

涼宮さんに私は、ずっと甘えてしまっていました。


 けれども

貴方は守山家と絶縁を決めた人。だから、もう守山家に

呪縛されなくても良いはずです。なので………」


「…………」


「お祖父様から

『養女にする』との申し出がありました。

私はそれを受け入れようと思います。………もう、目的も見失いましたし」


「籠の鳥になる気ですか」



 その言葉に、麻緒は黙り込む。





 戸籍上の、紙切れの契約。

麻緒は冷静沈着に、そう告げた。



「____少し、お時間宜しいですか」

「____?」





___真夜中、守山家の裏口。




 彼は鍵を取り出すと当たり前の様に解錠すると、

そのまま小さな石段を何段か上がると、其処には寂れた樹海の様な佇まいを残していた。



 手入れされていないのか、

ところどころ木々が枯れて朽ち果てている。

呆然と見詰めていると、前を歩く青年は立ち止まった。



 小さな西洋式の可愛らしい墓が、其処にはある。

麻緒が小首を傾げていると響介は俯いたまま、呟く。


「どなたの………」

「____守山綾です」




「……………?」



 麻緒は首を傾げ、心配そうな面持ちを浮かべる。

響介は至って真剣な面持ちで、何処となく哀愁じみていた。

けれども麻緒は何処となく混乱めいた思考回路に陥る。



 守山綾の墓?


 彼女は生きている筈だ。なのに。

けれども刹那的に脳裏に守山家の権力者の言葉が焼き付いた。


『“己を引き取った事は、間違いだった”』


 あの言葉。

もしかしたら、綾は守山家とは縁はないのか。

不意に吹いた風が青年の無造作な髪を煽って、

誘われる様にその面持ちを上げた。


「貴女は、知っておいた方が良いかと思いまして」

「……………」


「あの人が生きていたならば、悲劇は起きなかったでしょう」







 あたしはきっと、のし上がりたかった。




 幼い頃、絵本で読んだお姫様のお話は、

とても斬新で魅力され、あたしはその虜になった。

このお姫様みたいに、あたしも成ることは出来ないだろうか。



 守山綾、その名前は、もう覚えていない。




 憧れは、時に人を盲目にさせる。

いつかは、“成れるものだ”という憧れは、いつしか

絶対に誰かを踏み台にしても、“成ってみせる”に変わっていた。




 あの日。

ある施設に来た夫妻は、絵本で呼んだお姫様の両親にとても似ていた。



『こんにちは』




 おめかしをして、笑顔で、愛想を振る。

いつだって輝かしいお姫様は、にこにこと微笑みを絶やさないから。



 心の何処かでは解ってたのかも知れない。

そしてあたしはねだった。この両親が欲しいと。

そうしたらあたし、お姫様になれるのだろう。



 お姫様の両親は、あたしを見るなり、涙ぐんだ。

絵本にそんな事は書いていない。

何故?


 そして『アヤ』と呼んだ。

夫妻にとって大切な人である『アヤ』とあたしはそっくりらしい。



 だから。

夫妻が来る時はおひさまの様な微笑みで、出迎えた。

慈悲的に可愛がってくれる夫妻と『アヤ』という子を

あたしに逆手に取ったのかも知れない。



(可愛がられたら、お姫様になれるかな)



 ある日、誰かに、あの夫妻のお家に行くんだよ、と



 そう宣告された。

夢のようだった。あたしはお姫様になれるのだ。

心が弾んで自然と微笑みが溢れて仕方がなかったのだ。




 守山綾、という名前を貰った。

『アヤ』という名前は夫妻の亡くなった娘の名前。

この時、あたしは生涯でとても幸せで恍惚に浸っている。



 いつしか絵本で見た、お姫様の様な暮らし。



 あたしは本当にお姫様になったのではないか。

あのお姫様よりも、あたしの方が幸せではないのか。

夫妻の寵愛に、本物の『アヤ』よりも勝ったと嘲笑っていた。


 

 けれども。


 独り占めの幸せは、長いようで短い。






 『准と岳、己の弟だよ』




 目の前にいるのは、そっくりなふたりの赤子。

独り占め出来なくなる。あたしだけに視線は注がれなくなる。

弟という名の、悪魔のせいで。



(邪魔者が来たんだ)


 爪を噛む程の嫉妬心と憎悪。



 憎悪。

立場を追い出されるのではないかと、ひやひやとした。

だから表向きは弟達を甲斐甲斐しく可愛がる姉を演じたのだ。

_____お姫様じゃないものには、戻りたくないから。




「………この方は」

「姉です。守山綾、本当の」

「………」



「姉は、幼い頃、僕と准が生まれる前に亡くなりました」

「…………では、あの人は」


 麻緒は、視線を伏せる。


「あれはどんなものなのか。

ある児童養護施設の売買に関わった時に、両親はある少女と出逢った。


 その子は、姉にそっくりでした」

「…………」

「………“あとは野となれ、山となれ、旅の恥はかきすて“。

そういうことわざがあるように両親はその心境だった。

後はどうなっても構わないという意味する様に、


悲観に暮れていた

守山家、両親はその子を養女に迎えた。けれど、

人は個々の生き物だから」


 姉の事を覚えているのは、もう亡くなった母と辛うじて自身か。


「だから今、

この屋敷にいる守山綾さんは、守山家とは関係がありません」



(___なら、守山家とは無関係の人?)



 守山綾は、守山夫妻の子供ではない。



 響介は、胸を締め付けられそうだった。

これから語る事が、彼女にとって、どれ程に残酷なものなのか。




 弟達をくすませる程、自身が目立たないといけない。

それと反比例する横取り出来ない武器として、

夫妻の亡き娘に似ている事を(おご)り高ぶりの感情があった。


 けれども、どれ程に夫妻の娘に似ていると言えど、

綾は、彼女の人格や性格は探れず、真似は出来なかった。

今更、元の生活に戻る事は出来ない。



 だから。

守山家が目を背ける事が、出来ない事実を作りあげてしまおう。





 響介は、綾は守山家に毒された人だと云うが、

麻緒には同情のものは湧いてこなかった。

彼女は横暴に成り過ぎた。



 真壁葉月にした事は、許されない事で、

他にも彼女は保身の為に人を選ばす、傷付けてきた。

だが。



(____なら、無関係ならば、

 どうして守山准は、自身を引き取ったのか)


 それだけが分からない。



「…………」

「守山傑の養女になると決めたんですよね」



 瑠璃色の夜空の下。

麻緒は、少し間を置いてから頷いた。



「ならば僕は、貴女を軽蔑してしまう」



 その言葉には、辛辣みが帯びていた。



「…………恩を仇で返す、と思います。ごめんなさい」

「そういう意味ではないです」

「ひとつだけ、お聞きしても?」


「なんです?」

「………どうして、無関係なのに貴方のお兄様は、

私を引き取ったのですか?」



 時は、来てしまった。でも知るべき事だ。

無関係だと思いたくても、あの日、ふたりが犯した過ちは消えない。





「貴女は、

“娘であって、妹だから”」











  

「………どういう意味です?」

「………そのままの意味です。




____貴女の両親は、守山綾と、守山准です」





 頭を冷水を被ったようだった。

綾が母親だとは、あの日の肉声の遺言で、知ってしまった。

あの遺言は嘘と思いたくとも、リアリティがあった理由は、水面下に葬られた事情が関係しているのだろうか。


 父親だけは判明しないものだから、

てっきり見知らぬ人だと思っていた。



(____だから)




 “自身の秘密を、知っていた”。

そして明らかになるのは、避けたかったのだ。

だから血眼になってでも、自身を捜して養女にしたのか。


 綾にとっては、娘。

そして准にとっては娘であり、妹。

複雑な人間関係の(しがらみ)に生を受けたのは、自身。




「_____だから、よく似ている、と、言われたのですね」 



『香菜ちゃんは、お父さん似なのね』

『夫婦と言えども、兄妹の様に似ていますね』




 准は実の父親で、響介、否、岳にとっては、妹だった。




『補足』

麻緒の失声症につきまして。



 響介が己の正体を明かした後に、

無意識に徐々に発声する事が多くなり、今では元に戻りつつある状態です。





【お知らせ】



次回より、新章始まります。


(かなり佳境です)

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