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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部  第2章 葬れた欠片
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44ダース・途切れた迷路




_____操り人形にでもなりたいの?




 

 何故だ。

何故、父親に対しての感情に渇望するのだろう?




 一方通行。

今の綾を見ても、傑は振り向かないのに。

ずっと無人の舞台で踊り続けているつもりなのか。

けれど。



(今は、貴女には近付く余裕がない)


 自分勝手だ。

本末転倒の将来より、自身で探り当てた方がいい。

幸い、今は傑に目を留められている。それを逆手に取るべきだ。


 自身の力で掴み取る方がいい。








「_____待って!!」




 麻緒は、背を向ける。

直後、パリン、と生々しい音が聞こえたが、

振り向く余裕すら今の麻緒には存在しないに等しい。



(あたしより、あんたが有利だなんて許せない)


 特に傑に対しては。


 悲哀の背中が、

綾には被害者ぶっている、としか思えなかった。

狂気に等しい程の恍惚な微笑みを浮かべている。


(大事にしたくない) 


 憔悴仕切ったこの心を、振り回されたくない。

というべきか。




「言うから。お父様に。

あんたに怪我させられたって、言うから!!」



 戻ってきた麻緒は、後手で扉を閉める。

綾は何処か勝ち誇る表情で上目遣いに睨みながら告げる。



「孫娘が母親に大怪我させた、なんて知ったら

 お父様は黙る筈がないわ」




 殺気だった虎の様な釣り上がった双眸が睨み据えていた。



 眸に籠る憎悪に。

けれども相手のに感情が昂ぶる内に、

氷水を頭から浴びせられた様に、麻緒の心は冷めていき、

綾の、その心の意図は見て欲しいと言わんばかりに

万華鏡の如く欲望が見えたようだ。


 破片を一つ取って、此方に向けている女。

強気な心と反比例してその手は、震えていた。




 書斎に残響する、悲痛の声。

エスケープクロックホールディングスの多額負債額に加えて、

多数件からの慰謝料請求の総額は1000万を越えてしまう。



 華やかな一族とされた、守山家も

綾の失態により、養育費や慰謝料に大金は毎月消えていく。

その上で、会社の向上は見られず傾くばかりだから、

どんどん地に堕ちていく。






(もう、何が正しいものなのか、分からない)


 あの兄と慕っていた人を信じ込み、

綾に関係があるのだと盲信し続けてきた。

岳から全てを聞かされた今、自身の視野がどんなに狭く浅かだったのか、責めずには居られない。


 弱味を逆手に取っても、リスクがあるだけ。

こんな痴話喧嘩じみた言い争いも、幼稚な行動も全て嘲笑たくなる。





 もう相手に構う余裕すら、持ち合わせていないのだから。



 音もなく、呟く言葉。

怜悧な冷たさが思わず狂気じみていて、そしていつの間にか

破片を持っていない手のひら首元に伸びる。



 水の様に淡い微笑み。



(もう私の意義はない)


 綾だけではないのかも知れない。

悪党から生まれ、悪党を慕っていた愚か者でしかないのだから、

本当ならば、岳に合わせる顔もないのだ。



 悪魔の様な偽善者の母親。  

そして偽善者の仮面を被った男に育てられた。

 この胎から生まれた自身も、

盲信する程に慕っていた自身も許せない。


 今の麻緒は、存在意義を失っていた。

今まで兄夫婦の真相を突き止める為に走り続けていたのに

准の素性や岳の話を聞いた今、自身が求めるものは、もう何もない。



 ならば終わらせたい。

傷だらけのものを繕っても、深層は変わらないのだから。

そんな自暴自棄さが、麻緒の中であった。







(美琴さん、真壁さん、ごめんなさい)


 浮かんだのは美琴と葉月の顔。

真壁葉月は自身の存在さえいなければ、

彼女は暗闇の世界に突き落とされる事もなかった。

美琴は偽善者に騙されなければ_____……。


 二人は、れっきとした被害者だ。


 せめての安らぎは、

守山家の人格を蹴り捨てた青年といた僅かな事だけ。


(綺麗な思い出だけ、残して去るのはいけないことだって、解ってる)


 だが、そうでもしないと心は持たない。

生まれながらの罪人である自身を、赦そうとした青年は優し過ぎた。


(だから、今は辛い)


 綾の事もどうでもいい、と感じる程に。



(もうどうでもいいの、貴女ことすら)



「うわあああ____!!」




 断末魔の声。

自身の声なのに、異様な違和感がある。



(私は堕ちる。

貴女の責任を取る。貴女は現世で縛られていて)



 綾は目開いた。

麻緒の絶叫は彼岸花の様に、何処となく、地獄で落ちていくようで、唖然とする。

麻緒は耳を塞ぎ蹲っていて、やめて、とか細く連呼していた。




 だが。その刹那。

離れの部屋に割れる硝子の音と共にけたたましい絶叫が轟いた。 



 流れる狂気は止まらない。

背後から絶句し息を飲む声と、家政婦の小さな悲鳴が聞こえる。



「これは、なんだ?」




 気付けば部屋には、傑と家政婦がいる。

硝子の破片が散らばる部屋、血走る眸の綾、(うずく)まって

鳴き叫んだ後に、抗う麻緒。


 どうすれば良かった。どうしたら良いものか。

思考回路はごちゃごちゃになり、呼吸が出来ない。





「これはなんだ。

硝子が割れた音がしたが、

破片を散乱させて、娘に怪我をさせる気かだったのか?

こんな危険な現場を作ってまで、己は娘を拒絶したいのか」

「違うのよ、お父様!!」



 懇願する様に告げる綾。

見放されたくないという思いが声色から滲み、

独特な恐怖を物語っている。




「何が違う? 麻緒は歩み寄ろうとしていたのではないか?

そんな無垢な娘の気持ちを無下にするとは………呆れて物も言えない」



 その叫びに、綾の心の中では何がが、切れた。


「………それはあたしの台詞よ。

あたしはお父様に歩み寄ろうとしてるわ。

それなのに___お父様は、振り向いてもくれない。

気付いてもくれないじゃない!!」



 

 家政婦が専属医を呼ぶよう命令され、部屋から出て行った。

綾は彷徨う様に傑に媚を売ろうと、上目遣いに涙ぐんでいる。

しかし、傑は深い溜め息を着いた。



 それは、失望の色。


「“己を引き取った事は、間違いだった”」



 冷徹な声音。

その瞬間に絶望の色に染まっていく綾の眸。

断末魔が鳴り止み、そして麻緒は、驚愕に包まれていた。



(引き取られた___?)








 きっと誰もが知らないだろう。

華やかな守山家、その一族に隠された真相は闇に葬られた。

本当は“守山綾という本当の人がいる事も”。



 響介は、頬杖をしながら溜息ひとつ。



 此処は、守山家の庭の片隅ある、ひとつだけの墓地だ。

青年は小さな花束を其処に置くと神妙深い面持ちをする。

“彼女を思うと”複雑な気持ちにしかならない。


 


(”綾“ お姉様)



「貴女が生きていたならば、

悲劇は生まれなかったのかも知れませんね」






 傑の一人娘。

けれども今の守山綾の事を指しているのではない。

守山綾。自身と弟が生まれる前に亡くなった”実姉”の事だ。



 不慮の事故により、守山綾は幼くして亡くなった。



 高校生の時に聞かされた話だ。



 准と岳が生まれる前に

娘を失った喪失感で守山夫婦は喪に包まれていた。

そんな中、ある児童福祉施設の土地の売買に関わった時、


 その場所で、生前の娘と瓜二つの少女を見つけた。

彼女は娘と瓜二つだけではなく、年齢も同じで

その日からというもの、守山夫妻はその娘に陶酔したという。


 娘を亡くした夫妻に尽くした娘。


 “娘は、還った”という錯覚を起こす程に。

その娘も守山夫妻に懐いていて両親はもう、心に決めていた。


 何事も権力で全てを手に入れる 守山家。

彼女を養子縁組し守山家に迎え、亡き娘と同じ『綾』と名付けた。



 だから。

今の守山綾は、守山家の人間ではない、無関係な人間だ。

無関係であった筈の少女が、守山家の毒に慣らされねばならず

彼女自身も馴染もうとしていた。


 守山傑と、その妻の錯覚により娘とされた少女は、

守山家の人格に、父に認められるべく努力した。


 守山家で暮らしていた頃、

何処か綾は不器用なのに何処か、無理をしているか弱い少女ではないか。

岳の眸にはそう写っていた。



 それを隠す為の虚勢が、守山家の横暴を真似て振る舞い

似せているとしても。



 言葉にはしないだけで、

物凄い気苦労を重ねてきた事であろう。

けれども元々、不器用ながらに期待に答えようとしたのだと思う。


 ただ、守山夫妻の寵愛を盾にし、

自惚れてしまったのも否めない。

彼女の行動は悪目立ちしては、夫妻に責められた。


けれどもいつしか孤児である自身を忘れ

『本物の守山綾になりたい』と願った欲望は彼女を染めて行ったのだろう。


 守山傑に尽くしてきたという

自尊心を持つ彼女にとって、当主から屈辱的だろう。


 純真無垢な少女は、毒に染められ、葬られた。







 見捨てられたくなかった。認めて貰いたかった。

それは“守山家の人間として、相応しい”と呼ばれる程の

渇望だったのかも知れない。




 綾にとって、守山家は、その主である傑が全てだった。

主の主導で動く心の芯は、自身の承認欲求と渇望。



 そして(やが)て、傑にだけの承認欲求に変わり、

我を喪う程の独占欲と嫉妬心に駆られる様になる、

執着へと変貌を遂げるのに時間は要らなかった。



 マリオネットが、糸を切られてしまったら生きていけない。



 原理は同じだ。



 盲目的に、守山家の主である、傑に依存する。

だから、それ以外に綾は興味を持たなかった。


 守山家の人間である様にと洗脳された陶酔は、

誰かを傷付けても、密かに産んだ娘すらも、どうでもよいのだとしか思えない。

ある意味、後者に至っては誰もが邪魔者の様に見えて仕方がないのだ。



 

 傑が望むから、結婚も、孫の顔を見せると決めた。

それらを実現した時は自身にしか出来ない事だったのだと

恍惚な微笑みに浸り続けた。


(本当にの守山家の人間は、易々とお父様を見捨てたけど、

私はお父様の望みを全部、果たしてる)


 傑には、自身しか頼れるものはいないだろう。

双子の息子達は、背を向けて裏切ったも同然なのだから、

傑が頼れる者は自身しか、もういない。



 自惚れた自信過剰、血族への軽蔑。



 けれども

自身が望んだものではないから、綾は興味がなかった。

子供に至っては傑を取られるのではないのかと、

敵対心と嫉妬心で狂いそうだった。




 

 傑は、堪忍袋の緒が切れていた。

記憶喪失とはいえ、守山家を地の底に落とす人間を何故、

この家に置いていたのだろうか。



___心は決まっていた。





「此処で、宣言しよう。

綾。己とは養子縁組を解消する。そして、麻緒を、養子に迎え

る」



「(……………)」



 麻緒は唖然とする。

そして忘れないだろう。眼の前にいる、

絶望の底なし沼に落とされた、まるで死神に宣告を受けた、女の表情(かお)を。



(守山家に私が__)



 その瞬間に、心は拒絶したが、どうにも出来なかった。



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