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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部  第2章 葬れた欠片
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43ダース・盲信の砂時計、繋ぎ止める命乞い




 部屋に戻るとカーテンの隙間から差し込む隙間は

青白く、白けていた。夜明け前を告げる色彩は、

麻緒にとって何処か疎ましい。



 涼宮響介は、守山岳だった。



 彼は全てを知りながら、自身を引き取ってくれた。

守山准を慕い、その記憶があるが故に守山綾に対して

復讐心を燃やす自身を見て、その心内はだいぶ複雑な事だっただろう。


(なのに、あの人は、何も言わず、見守ってくれた)



 自身が、響介と

准の面影を重ねて暴走してしまった時も、

何も告げなかった。…………今思えばその優しさに甘えていたのだ。


 彼にとっては、残酷な程に辛かっただろう。





 何かに取り憑かれた様に背中が重たくなり

ベットにうつ伏せに横たわると、不意に己の手首を見た。

華奢な白腕は、更に白い線が浮かび上がっている。


 あの頃、“養父母を殺めた無慈悲な少女”。



 そして自身も、己を責め続けては、空虚感に苛まれた。



 養父母の事で心を痛めた数は、其処知れない。


 守山綾の罠にも気付けず、その罠に嵌められた事。

そのせいで大切だった二人に刃を向けられ、命を落とした。

魔の手は其処にあるのに、真実を書き綴った兄。


 2人が消える事になってしまったのは、自分自身のせい。

幸せな2人を地獄に引き摺り込んだのは自身という、魔。

自分自身という元凶がいたせいで、魔の手は伸ばされた。


(全ての元凶は、私だと思い込んでいた)




 けれども穏やかで温かなあの日々は、

准によって創られた空虚で、砂の積み木の様なものだった。


 全ては嘘だった。

そんな叔父を想っていた事、

この哀しみさえも偽りから生まれた、無意味なもの。

全ては青年の手のひらで踊らされていたに過ぎない。


 そんな自分自身すら無意味な存在だと感じた。



(緒方香菜は、虚無な存在)



 守山准が、己の体裁の為に創り上げた家族の一人。



 絶望、失望、虚無感に包まれた末に、

自分自身を傷付け続けた。自身を喪失しても、

自身が間違いなのだと思い込んでいた。



(守山綾を追い込んで、

自白させるまで、2人には顔向けは出来ない)



 2人を命を落としたのを元凶を知るまでは



 死んでも死にきれない。

この愛憎を果たすまでは2人が弔いなのだと。

その信念が麻緒を突き動かしていた。

 真相を知る為に、自らを地獄に突き落とした女に

刃向かわないと、2人は浮かばれない。

命を以って残した意味は残らない。



(……………けれども、今はもうどうでもいい)


 (ひとみ)を閉じる。

真相を追っても、空虚な砂の積み木は、

素知らぬ顔で崩れてしまうのだから。






 あの聡明な彼女に、

嘘を付くのは心苦しいと共に悪足掻きだと想った。

傷心に、傷を重ねてしまったのは悪いと思っている。

傷付ける事は、目に見えていたのに__。



 けれど 反面自身に気づいてくれたことに

救われたと思ってしまった。



(罪深いな………)



 かき上げた前髪、

その額には抉れた様な傷が額と生え際に複雑な痕を残している。

涼宮麻緒に正体を悟られてしまっていた以上、

もう嘘つきには成れない。



 今、涼宮響介として出来る事は、



(准が付けてしまった、あの子の汚名を晴らす事だ)




 それが自分自身に出来る唯一無二の償い。



 それだけだ。







____早朝、無人の、マンション型墓地。



 美琴が好きだっ花を持って、美琴の遺骨の前に立つ。

無意識的に、麻緒は美琴の文字を指先で触れた。

そして美琴に向かって微笑んだ。



『ひとつ忘れてはいけない事があります。


准の偽りの中でも、たったひとつだけ。

緒方香菜と暮らしていた中で、

美琴さんの慈悲や慈愛だけは本物だったのだと』


 響介はそう告げた。

入れ代わっている時、そうとも知らなかった美琴は

きっと分け隔てなく彼にも接していたのだろう。


____それが身に沁みる程に分かるからこそ、言えるのだ。




 美琴はいつだって、慈愛の精神に満ち溢れていた。

分け隔てのない愛情と純真無垢な心根は、穢れない。

それはあの砂の積み木の中で隠れていた、宝石とも言える。



 美琴の存在があってからこそ、成り立つものあった。



 物憂げな、複雑な眼差しで、美琴の文字を見る麻緒。

そして静かに誓った。



『……………有難う。美琴さん』




 そして、ごめんなさい。



(美琴さん、貴女の無念は、私が果たします)


 また訪れる時は

彼女の無念を晴らしてからだ。



 一番の被害者は、彼女だ。

守山家の名もなき毒牙の犠牲となった女性。

今後は彼女の為に闘おう。あの、毒牙の園で。



 そして、准は無意識的に辛辣な眼差しが注ぐ。



(貴方は、何を隠し切ったの?)








 賢く回った方がいい。

傑は孫娘である麻緒に暖かな眼差しを送っている。

それは、綾がこの世の全てを敵に回してても欲しいもの。



 それを意図も簡単に、手に入れている麻緒が

狂おしい程に憎しみで荒れ狂う。




 世渡り上手に賢く渡るには、

プライドも捨てないといけないものか。

割り切れない感情が綾を癇癪じみた感情を抱かせる。



(____こんなにも惨めで、屈辱的だなんて)




 涙が溢れて止まらない。

愛しい人に構われる為には、振り向いて貰う為には

憎しみの相手に靡かないといけないと侮辱的で、哀れで惨めだ。


(___どうしてみんな、涼宮麻緒の肩ばかり持つの?)



 綾は両手で顔を覆う。





_____守山邸。




 何処となく浮かない顔色で

家政婦にリビングルームに案内される。

傑との面会を約束していた、というのが大きな理由だが

今の麻緒にとって、守山家は“軽蔑するに等しい”。



(守山家で、まともな人間なのは、岳だけ)



 綾も、准も、根本的には同じ人間性だ。

その人間を慕っていた自身が愚かとすら感じて、

この身体に流れる血さえ穢らわしいと思ってしまう。




『傑様を、お呼び致しますね。とても楽しみにされていたのですよ』



 愛想良い家政婦に、麻緒は微笑んだ。






_____そんな中、離れの廊下から忍び寄る足音に、

流し目で麻緒は視線を寄せた。




 ボサボサの髪、縦横無尽に(ほとばし)る皺や

鬼気迫る血走った(ひとみ)


 (やつ)れた表情、それは

魔に取り憑かれた老婆の様に見えた。

麻緒は作り上げた微笑と共に首を傾げて見せる。



 その微笑みに綾は惑う。

そして余裕綽々な態度が、綾の神経を逆撫でる。

その華奢な腕を剛力で摑むと、引き摺られる様に離れへ誘われた。



(貴女は緒方香菜? それとも涼宮麻緒?)



 緒方理玖は、姉は獄中死したと言っていた。

だからこそ桧山紬と名乗って、自身に対して憎しみを持っているのだと。

興信所の情報と、彼の話がそのままならば、緒方香菜はもういない。


 

 岳の娘を誤って、身代わりにした。



____緒方香菜を、己の娘と思い込んでいた。



 なのに、理玖が現れた事で

岳の娘という事を突きつけられ盲信していた。



…………緒方香菜はいないとしたら、彼女は誰なのだ?





 守山綾の自室に、

引き摺られて、その部屋を見た刹那麻緒は絶句した。

酒の空き瓶やボトルが床に無造作に転がり、

精神安定剤の殻が巻き散らかされている。



 裏ルートから仕入れた 薬や酒類が散乱している。

それらに溺れながら、

傑への渇望を抱く自身を安定させ 泣きながら眠る日々。

傑を思っては引き離し壊した元凶である麻緒を憎しみながら。

 





 麻緒は綾を見遣る。

射抜かれてしまいそうな憎悪の色。


「私の娘のふりをした、とんでもないペテン師」



 その言葉には、憎しみの熱が籠もっている。

けれど、憎しみじみた感情の中で

今にも泣きそうな面持ちなのは何故だろう。



「…………………とんでない屈辱よ。

あたしに人違いさせた事も、こうやってお父様の視線を独り占めしているのも………」


「…………………」



 綾は額に手を当てる。

長い前髪に隠れて、表情は見えない。

しかし、独りよがりの悲壮感だけは誰にも負けていない。


「…………でも、あんたを通さないと、

あたしはお父様すら見てもらえない…………気が狂いそうだわ」




 麻緒は、目を見開く。

次の瞬間、綾は麻緒の前でひざまずいて、

懇願する様な面持ちを此方に見せていたからだ。





「貴女の母親のふりをさせて頂戴。

慈悲的で献身的な娘思いの母親になって見せる。

貴女に尽くすわ。




だから___お願いだから

あたしからお父様を取り上げないで!!」



 今の守山綾の中で、

涼宮麻緒は大事な存在を奪う悪魔でしかない。

あわよくば消えて欲しいと願いを抱く程に、綾は憔悴している。



 けれども傑に振り向いて貰えない今。

媚を売ってでも彼女に縋り付かないと駄目だ。

力も何もかも喪った自身に、出来る事は限られているのだから。



 



 それは断末魔という絶命。

彼女は何故、尋常に父親にこうも固執し、執着するのだろう。

麻緒は綾を見遣いながら、無言だ。


 揺らぐ(ひとみ)が、今にも泣きそうで

捨てられた小猫のようだった。


(私は………貴女を、安心させる為の綱渡り役?)



 人生を奪われた。慈愛なんて何処にも必要ない。 

今の傑の前で仲の良い母娘を演じても、きっと傑はよく思わない。

綾の事を言いようには取らないだろう?



 ただ綾にも余裕はないのだろう。

今まで散々、罵詈雑言、憎しみを抱く相手に

頭を下げるなんてどうかしてる。 



 それに。

何処までこの女の、身勝手な自己都合に

自分自身この、人生を振り回されないといけないのだろう。


 半ば呆れていた。

誰かに縋って媚を売ってでも、相手にされない。

それなのに執着する。


 それはまるで、

鳥籠から離れていく小鳥を鳥籠から縛り付けるかの様に。




 こうしているのも、本当は屈辱的だ。

涼宮麻緒が何も告げないので、何処となく威圧的な空気が佇む。


准の元にいる少女は自身の娘だと思い込んでいた。

けれども岳の娘と認識している今、得体の知れない恐怖と不気味さが綾を包む。


 道を踏み外した。

けれど、感情は止まらない。



「今、お父様に目に掛かけられているのあんた。

あたしが欲しかったものを手に入れてる………羨ましいの」



 麻緒はリアリストだ。

例え話で、綾と和解した母と娘を演じたところで

傑はそれらを受け入れるだろうか、と考えるとノーだ。


 それに綾が母親として振る舞えるか、どうかにも

疑念が湧いてしまう。大切な場面で墓穴を掘らないだろうか。

後先を考えない、短絡的なその思考と、その大根芝居に突き合わされるのは嫌だ。




 けれども綾の頬には変わらず、涙が伝う。

涙が伝う程に渇望しているものなのか。



(貴女の、涙が意味するものはなに………?)


「あんたが目に掛けられているもの、その一欠片でも、

あたしに頂戴。あたしは___お父様に拒絶されたら、

生きていけない………」


 次々と頬を伝う雫。

綾の態度も、この懇願も尋常ではない事を物語っている。

だって “今まで守山綾は弱さを見せなかったのだから”。


「お願いよ、もう貴女しかいないの………。

あたしが可哀想に見えない? こんなにもお願いしているのよ?」


 

 此処で怒りを表してしまえば全てが水の泡になる。

けれども今の綾は憔悴と悲哀が勝って憤りは消えてしまっている。






(何故、守山傑の事になると弱気になるの?)



 今の綾は、まるで子供のようだった。 

処刑を眼の前に、命乞いをする罪人の如く、執念を燃やしている。



 そんな中で麻緒に打算が浮かんだ。

気にかかったのは“綾の弟達”に、自身が似ているという事、

記憶喪失になる前の傑から告げられた言葉。


『子には罪はないと分かっている。


 だがな、25年前、

涼宮さんは、守山家を波乱の渦に陥れた張本人だ』



 きっと記憶が戻れば、傑は自身を受け付けない。



(あの言葉が意味するものは、なに?)


 もしかして、

綾が傑に冷遇を受ける背景は、その場に葬られているのか。



 准の手紙でも、岳の証言でも、

自身の出生にだけは、絶対に触れられていない。

綾に近付く事で己のルーツを、綾が父親に固執する理由が覗けるのだとしたら。



 どうして准は、姪を引き取って育てていたのか。

その動機はなんだろう?


 全ては夜空に散りばめられた星々。

その線と線を繋いでみせたら、どんなものが見えるのか。

本当に綾だけが2人を葬り、自身の10年という月日を奪ったのか。




「可哀想なあたしを、助けて…………」






(この機会を、利用するチャンスはあるのなら)

 




綾が精神衰弱状態なので、話がちくはぐ。

申し訳ないです。

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