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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部  第2章 葬れた欠片
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42ダース・傷痕に隠された正体



 



 (ワタシワ、ダレ?)





 暖かく穏やかなあの夢。

 唯一、信じてもいいと思えた人。かけがえのない鳥籠。


 2人が居なくなってからも、ずっと基盤は壊れず、

今日というその日までその信念は揺るがず、思い続けてきた。

それは、守山綾への疑惑と、復讐心を掻き立てられる程に。



 静かに歩を繋ぐと、

テーブルに置かれた点字盤と点字用紙に視線が行く。

 


………美琴の為、葉月の為、

けれども習得するまでに、教えて貰ったのは准だ。

何処か疎ましげな(ひとみ)は、叔父への失望を物語っていた。


(…………私は、偽善者を、慕っていた)



 盲目の妻を支え、

母親によって捨てられた姪を養女にして育てている。

外道師の仮面を被った男は善人である事をブランドにでもしたかったのか。



    



 皆、踊らされていた。




 美琴も、自身も。



 自己嫌悪が揺らめく。

偽善者を慕っていた事は、

なんの罪もない美琴を巻込んでしまったから


(あの人が善人のふりをする為に…………)




 麻緒は項垂れて、床に座り込んだ。

(やが)て物憂げな(ひとみ)に写る闇色。

麻緒は、捨てられた操り人形の様に、うつ伏せに倒れ込んでいる。



 冤罪だと言われても心は動かなかった。

貶められた末に自身の罪という泥をかけられたとしても、


 今更、潔白を証明しても

2人は帰ってこないと無意味とすら感じていたからだ。

けれども今はどうだろう。偽善のふりをした男に糸を引かれていたのか。



 今まで、守山綾しか見ていなかった。

彼女にしか疑心も疑惑もあると思い込み

信じ切っていた筈のものが、今更、揺らぎ始めている。




 









 月夜だけの薄明かりが差し込む。



 あのアルバムで見た、

叔父に似た青年は、いつも傷だらけだった。

常に傷を負って手当が施された痕跡があるのだ。




(____あの人も、そう)




 涼宮響介の腕には、

切り付けられた様な抉れた傷の痕がある。

アルバムに写る青年と、涼宮響介の腕の傷が、そっくりだった。



(私が今、暮らしているのは………守山岳?)



 否定出来ない。







 (あたしは、涼宮麻緒に情けを掛けられたの?)



 悔しさが滲む。

刑事告発を示談にしたのは、傑ではなく麻緒の懇願。

傑は麻緒の言う事には忠実的で、受け入れてしまう。



 蚊帳の外に追い出されたようで、悲しみと、屈辱が混じる。



この離れにいる事が

傑が娘に対して失望し見捨てているのを物語っている。

それに、今の綾には力を奪われたまま、全て喪ったままだ。


(今の、あたしには何も出来ない、何もない)






 淡い群青色の(ヴェール)に、包まれた真夜中過ぎ。




(本当に、そう?)



 誰かの声が聴こえた。

一瞬 誰の声だろうと思ったが、刹那的に脳裏には

あの少女____緒方香菜の声だと思い出した瞬間、

何故か、背筋に悪寒が走った。






 リビングルームに行くと、

ソファーを背にして青年がうたた寝していた。

麻緒は疑心暗鬼に陥りながらも、葉月の言葉を思い出した。


『ガクさんね、額に大怪我を追ってた時期があるの。

きっとジュンさんの身代わりにされて、

大怪我を負っている筈だから、



それは、今も傷痕があると思うの………憶測だけど』



 准にはなかった。

そう断言出来るのは、仕事の際、額を見せていたから。


 対して涼宮響介は、

いつも前髪を下ろして斜めに流している。

隙を見せない___きっと守山岳が彼だとしたら、

その古傷は存在するのだろう。



 

 今まで、叔父と瓜二つの容貌を持つ青年を直視出来なかったのは自分自身なのに。

葉月の言葉と利己的な興味本位が、心を動かす。


無意識の内に、

麻緒は己の、白く冷たい手を伸ばした。







『失明していたかも知れません』



 傷を負った時に、医師に告げられた言葉。

調度品の重い灰皿が落ちてきた時、“彼”は真下に居て、

自身を見つけると迷いなく、近くにいた人間を

その悪魔の手で引き摺り込んだ。




 スローモーションの様に、

落ちている灰皿が見えたのと、

鼓膜を波紋する残響が重なった時。意識は闇に放り出された。





 気配がする。

気が付いて眸を開けると、部屋は白んでいた。

いつもと変わらない景色。____ただひとつ違うのは


 彼女が、眼の前にいるという事だ。



「____いよいよ、私は寝込みを襲われる立場になりましたか」

「_____…………」




 麻緒は、咄嗟に身を引いて傍に立ち竦んでいる。

物憂げな面持ちと気怠げな双眸(そうぼう)は見慣れているのに、

今はどうも、彼女と一致しない。



 今にも消えてしまいそうな硝子細工の哀傷を称えている。





「冗談ですよ。

そんなに真に受けずに。カモミールティーでも呑みますか」



「……………て」





「え?」




「どうして……………」



 闇夜の部屋に零れた、

済んだ声音は、初めて聴くものだった。







 響介に勘付かれた前に、麻緒は確認してしまった。

前髪の隙間から見えた、抉れた様な古傷を。

葉月の言ってたいた通りだ。




 間違いない。

彼は、涼宮響介という仮面を被った、守山岳だ。






「………………あの人じゃなくて、良かった」




 か弱くも、そうはっきりと告げた。




「…………声」



 不意を突かれた様に、麻緒は自身の喉元を抑える。

ずっと声が出ないまま、過ごしてきた。

それが慣れてしまっていたのに。



(_____それでも)



 麻緒は己の首に手をかけたまま、呟く。



「どうして……………私が、

あの人の元で育てられたと知りながら、引き取ってくれたのですか。




……………“岳さん”」



 背を向けた筈なのに、思わず振り向いた。


 其処に居るのは、今にも壊れてしまいそうな、儚げな声音。

誰にも似ていない美貌は、何処か妖精のようだ。




 悲哀に満ちた表情も、全てに不意を突かれた。



 響介は、柔く首を傾げた。



「____なんの事です? その方は、誰でしょう?」

「………………」

「貴女は個人の事は興味もない筈だ。

それに私達は干渉しないのが契約ではなかったですか」

「……………私が後ろめたくて、申し訳ないのです。

全てを知っていて、私の身元引受人になって下さった事も。


なのに、私は甘えてばかりいました」





 何処か刹那的な流し目は、彼女の絶望を物語っている。






「ずっと後ろめたかったです。貴方を見るとその……」

「尊敬を抱いた恩人に似ているから、ですか」


 響介の声音は怜悧だ。けれども同時に

隠しようがないとお手上げだと悟る。それは、誰よりも人の感情の機微を察知してしまう、彼女に。



 きっと彼女が、

自身を見なかったのは、叔父を思い出してしまうから。

そのフラッシュバックを避ける為に現に彼女は、

目も合わせなかった。



「長くなりますが、少し語りましょうか。

何故、こうなったのかを」







 感情的な姉と、後先を考えない双子の弟。



 二人共、

見栄っ張りなのは、守山家特有の人格だと思う。

姉は感情的ながら、か弱い少女を演じて人を味方に取る、


 弟は技量はないが、

どうしたらは自身は可愛がられるかの術を悟っていたものだから、癖が悪かった。

そんな二人を見て育った自身はうんざりとしていて、

それが顔でにも現れていたのだろうと思う。


 おまけに父親は、守山家の権利を振りかざせば

なんとでも物に出来ると盲信して止まない極悪非道の道を走っている。


 守山家は、岳にとって牢獄のようで

其処から逃れたいが為に、ボランティア団体に所属して

なるべく家に居ない様に、留守にしていた。



(こんな人には、なりたくない)



 飽き飽きとした。

綾が真壁家の一人娘を消えない傷を付けた時も。

家族は知らんふりを突き通していたけれど、どうも放っておけなかった。



 謝罪しても、現実は変わらないだろう。

けれども心の持ちようによっては、変化が起きないか。

赦されなくてもいい、と腹を括っていた矢先、真壁家の当主が、自身の心を突き動かした。



『どうせ、あの守山家の人間だ。貴方も、同じ人格でしょう』



 人は先入観から入る。

守山岳、その人格と名前を背負って生きていく以上、

その肩書き(レッテル)は消えない。



 絶縁しないと、この人格は決められたままだ。

あの家族に翻弄されるのも飽きた頃、黙って家を出た。



 高校卒業後、

探偵事務所に就職し、所長の養子となった。

『守山岳』という固定された人間の殻を破る為に。


経験を積みながら、大学の資金を貯め、

若くして独立した後に大学に進学し、司法試験を受験し弁護士になった。

 


 数年後____弟が、

姉が置き去りにした子供と暮らしている事を風の噂が入った

その矢先、誰の悪戯なのか、連絡が訪れた。____准からだ。



『あの頃、ボランティア団体に所属していただろ?

今は美容師としてそれを生業にしているんだ。けど

ボランティアなんて分からなくて』



 『で、俺に何が関係あるの?』


 准は告げた。

身代わりになって欲しいと。

ボランティアの接し方は自分自身の役割で、

弟とは美容師としての仕事をする直前で入れ代わればいいと。



 弟は誰も気付かないと、豪語していた。

そんな横暴的な准の性格に絶句しながらも、岳が断り切れなかった理由。

それは姪と、義理の妹に当たる妻の事だったからだ。



 身代わりとして

入れ代わって、その家庭内事情も把握できる。

 

 弟の言い分と、自身が望む対価。

言葉にしないけれども、それは利害関係の一致だっただろう。


 

 それまでも

自身みたいに身勝手に翻弄されて生きていないだろうか。

 その妻は振り回されていないか___そう思い、

こっそりと人目を忍んで弟家族を定期的に、偵察しに来ていた。


「貴女が、弟に似なかったのは、

奥さんの性格が大きいでしょうね」


「………………」




 麻緒は、押し黙る。

響介____岳から告げられた過去に絶句せざる負えない。

騙されていたというよりも、身代わりで入れ代わっていた事も。


 何も知らなかった。気付かなかった。



(____もしかして、)



 麻緒は気付く。



「点字を教えてくれたのは、貴方ですか」



 不意を突かれた。

動向を彷徨わせて、岳は静かに頷いた。



 可笑しいと思っていた。

美琴はどちらかと言えば紙派で、点字に触れたがっていた。


 けれども緒方家は当時、

音声読み取りの機械しかなかったものだから。

自身が点字を習得するまで、その生活は、続いていた。




 それに今思えば、

准の教え方と、岳の教え方___点字の術を叩き込んだのは、教え方からして准じゃない。


「私の時も、身代わりで入れ代わっていたのですか」

「そうなりますね。

ただその時は点字を教えるのは、貴女に近づく手段でした。


貴女を偵察する意味合いの方が、近かった。

貴女や美琴さんに准と思われているのは、心苦しかったものですが」



 ボランティアで全国を回っていたのは、准ではなく岳。

孤立しがちな自身に、点字を以って交流の繋ぎを作ってくれたのも。



 (____緒方香菜(わたし)の基盤を作ったのは、この人だ)





 点字を止めようとすら思っていた麻緒の心は留まった。

絶望しなくともいい。投げ出さなくともいい。

准には何も貰っていない。



「ずっと不憫に思っていました。美琴さんも、貴女も。

准は見栄っ張りで人当たりの愛嬌の術は心得ていた人間だから」


 何処か、

切なそうな眼差しで回想しながら、岳は窓際に視線を遣る。

端正に整い凛然とした美貌。その横顔は記憶の誰かと

似て様に錯覚してしまうが、雰囲気も、人相も違うのだ。



 



「准と美琴さんが殺された日、

貴女が犯人と決め付けられて、違うと思ったんです」




 衝撃的だった。

姪の変わり果てた姿を見た時には。

姉の毒牙、弟の毒牙に無慈悲に蝕まれた少女の事を。


(守山家の毒牙に晒す訳にはいかない)



「私が貴女を引き取らないと、というのは先に過りました」



 弁護人になると名乗り出て、

守山綾が持っていた、未成年後見人の権利も勝ち取った。




 けれども今日までずっと思って来た事がある。



 この立場を駆使して、どことなく平穏に暮らしていても、

彼女の基盤はあの2人なのだと、彼女が生きる源りは守山綾なのだと。



 痛感したこそ、

彼女には綺麗な思い出のまま過ごして欲しかった。


(だからこそ、傍観者て良かったのに)




 180℃ 視点が代わってしまいましたね。


 お人好しと言われながら仮面を被っていた准と、

本物のお人好しの岳。麻緒の人生は、一筋縄ではいかないですね。


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