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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部  第2章 葬れた欠片
42/51

39ダース・疑惑の人




 




 (____岳、それはだれ?)



 元々、綾のまやかしの妄言等、耳日曜と同義語だ。

守山綾も、その言葉の出任せも信じない。そんな事は気に留めないだろう。



(狂気からの虚言なんて、ね)




 ただ、綾が発言したと思えばやり過ごせる。けれども

外部の人々が知っているならば、事実に近いか、本物だろう。

 相手は裏社会という事もあり、

閉鎖的な守山家の内情を知っているのか。



 衝動的に、

だん、とコンクリートに華奢な拳を打つ。



 欠落した心は、痛覚さえも麻痺させるらしい。

軋む骨、灰色と交ざる彼岸花の様をぼんやりと見詰めていた。

麻緒は唇を噛みしめる。






 聞いてはいけない、と口を噤んでいた。




____親しき仲にも礼儀ありだと思い込んいたのだ。




 准は、優しく献身的で慈悲に満ちていても、

何処かで当たらず触らずの距離を取っている。


 付かず離れずの距離感、と言えば美談になるのだろうが

それは裏を返せば一触触発の___逆鱗の棘の様な

空気感が漂っていた残り香を思い出した。



 どこかミステリアスで読めず掴めない人物。



 香菜が抱いていた印象だ。



 准は自身の事を話さない。



 きっと准の過去に触れては駄目だ。




 誰かが告げた訳では無いけれども、

ただ揺蕩(たゆた)う空気が

その話に関しては触れてはいけないのだと、

そう顔色を伺って、小さな手掛かりになる事でも見て見ぬふりをした。


(表面的の叔父しか知らなくても、


それでいいと、私は結局、思ってしまった)





 踏み込んでしまったら、

 この平和を壊すものになりそうで、怖かった。




 もう一つ、我儘を言うのなら、平和が壊されたくなかった。



 准のミステリアスな

逆鱗に触れぬよう、柔和な美琴が空気を読んでいたのだろう。

不穏な空気を、彼女の穏和さで調和されていたというべきか。



 自身も孤児となった背景には、何かしらの(しがらみ)があって、

どうにも出来ないものがあると思い込んでいた。

けれど蓋を開ければ、


 自身は守山綾が保身の為に自ら手放した子供。

そう聞けば、



(_____私は、望まれなかった娘)




 







(私は、岳の娘を、准の娘と間違えてしまったの?)



 パトカーに乗せられ、毛布をかけられた

綾は顔面蒼白になりながら、血の気が引いていくのを感じる。

先程から寒気が止まらない。




 岳は、准や綾にとってはもう一人の弟で、准の双子の兄。




 岳を綾が一言で、その人物像を締め括れば

『辛辣という言葉を具体化した人物』だ。



 優しく穏和な准とは違い 現実主義者で辛辣に

准を見ては『優しさだけでは生きていけない』と節々に言い、姉の綾には『その感情が身を滅ぼす元凶』と言われた記憶がある。



 気難しく、

どことなく冷たく近寄りがたい雰囲気を纏っていた。

母親は腫れ物に扱う様に接していたし、綾は苦手だった。

損得勘定の思考、まるでロボットの様に人間味のない性格に悪寒がしている。


 ただその躊躇のない冷酷さと薄情さは、傑に評価されていた。



『人の上に立つ人間には、冷酷さが必要な時もある』と。

恐らく傑は後継者に岳に、と思っていた筈だ。



 だが、あの日。


 岳は高校卒業を迎えた日、

狐につままれた如く消えた。

それからの消息不明で手掛かりさえも掴めていない。



 リビングの書き置きのメモには



『この家は、僕にとって負しか生みません。絶縁します』



とだけ、遺されていた。





 岳も綾の過去を知っている。

最らしく言えば、准よりも野放しにしてはいけない存在が、岳である事も。

本音を吐露してしまえば、



“_____准よりも、岳を早く消し去りたかった”。





 躍起になって弟達の居場所を突き止めた時、

先に准を見付け、娘がいると聞き、

発作的に岳の存在を忘れ、綾は唐突的に盲信してしまった。



 准の手許にいるのは、自身の、実の娘。



 それが、決定的な間違い。



 だからこそ今、緒方香菜の

双子の弟である緒方紬が、今更、現れたのが解る。

紬は、何処となく岳に似ていて、冷酷と薄情さを匂わせる。



 けれども、緒方香菜はどうだっただろう?




(准と間違えた事も後悔しているの)


 岳の存在に、綾は脅かされる。

“その人格や自身の過去を知っているからだけではないから”。









 帰宅後、守山財閥の関連書籍を、読み漁る。



 辞書にも匹敵するその重みには、

守山財閥と、守山傑の事に関して書かれている。

 今は守山傑の気持ちなんてどうでもいい、と

思いながら読み進めてみるも肝心な情報は見つからない。




 守山傑は、一人娘の綾を溺愛していて

娘以外の子供に関しては希薄的な存在、というものだ。

准の事も書かれていない。双子の兄と囁かれた彼の事も。


 興信所の探偵である事を逆手に取りたいが

守山家はその権力により、規制がかかっているので深く踏み込めない。

どうすればよいのだろう、と考えた矢先、悪魔は囁いた。



(____今の立場を利用すればいい)



 現在(いま)は。

守山傑に好意的に取られているではないか。

孫娘と認められつつある今、優しい傑に、

権力者に近付けば、聴ける立場にある事を麻緒は思い出した。



 まだ目覚めて間もない人に、

尋ねる過ぎるなのもいかがなものかと思う。

それに麻緒自身、人のテリトリーを無視しずけずけと踏み込む事が引け目を感じる。


(それに信頼関係はまだ、確立されていないわ)



「…………」


 傑の記憶がいつ戻るかも分からない。

途切れそうなあやとりを手にした綱渡りのようなもの。






 パトカーから守山邸まで送り届けて貰い、

綾は、守山邸の木製調度品のドアを開け、家へ上がる。


 部屋には、誰もいなかった。

誰もいないのだろうか、と想った刹那に違和感を感じる。

リビングルームは何も変わらない。ただ、慣れない空気感が気圧の様に思う。

違和感を紛らわす為に、自らの部屋に入った刹那、綾は絶句する。



「え…………?」



 部屋は、殺風景だった。

お気に入りだった、海外デザイナーがデザインした調度品の家具等も、衣装ルームの服等も忽然と消えていた。

唖然とする中で



「___気付いたか」

「………お父様」



 静かな威勢と威圧感に綾は震えてしまう。

普段の様子とは違う、見慣れない父親の姿と表情。

そして傑の付き人の如く一歩、後ろにいる麻緒の存在に心の中で睨み付けた。


(どうして貴女がいるの?)





「お父様、私の荷物がないわ」

「ああ、荷物___な」


 傑は分かり切った様に告げると、

守山家専任の警備員を呼び付け、警備員は最初から知っていたように『了解致しました』とだけ告げた。


 警備員に案内されたのは中庭、守山邸の影となる場所。

其処には、守山家とは廊下で繋がれているもの、西洋的な建物が見えた。



 (………離れ?)


 麻緒は、悪寒がするのは気の所為だと言い聞かす。

西洋の田舎の家の様な佇まいの外見とは裏腹に

部屋は冷たい空気が差し込む、簡易性のベッドとテーブルしかなかった。


「お父様、これは………」


 綾が怯える様に呟く。


「今日から己の部屋だ」


 凛然として、傑は答える。






「パソコンや書類は? 

ずっと不在だったから、社長として成す事はなさないと」

「そんなもの、今の己には要らぬものだろう」



 ぎろりと睨み付けたその眼光は座っている。

取って付けたかの様な綾の振る舞いも何処か不自然的だけれど

彼女はあくまでも自身の自我を通すみたいだ。




「だって私は、社長よ。お父様の跡を継いだの。

しっかりしないと………」




 その瞬間。

床にばら撒かれたのは、大量の幾つもの写真。

麻緒でさえ戦慄し、思わず息を呑み込んだ。


 それは、麻緒と綾が一緒に___詰め寄っている場面。

あの時、守山邸のプールに落とされた時、

暴走のカーチェイスの車内の光景。


 それらが瞬きする必要もない程に鮮明に連写されたもの。



(この写真は誰のもの?)



 麻緒には心当たりがない。

綾は口許を抑えながら顔面蒼白になり、あからさまに生気が失せている。

視線が交差した瞬間、辛辣的に睨み付られた。


「匿名で送られてきたものだ。

だが、私には有難かった。己が、愚かにもこれ程の仕打ちをしていたと分かったからな。


 我が娘ながら己の幼稚さには、呆れてしまう。

置き去りに見捨てた過去は棚に上げて

罵声を飛ばし味方に付ける事で必死だったようだな」


 冷徹な呆れた様な声音が部屋に残響する。

今までの傑ならば血走った眼差しと感情的な威圧で、怒鳴り上げた筈なのに、今は冷静沈着な声音だ。

本当に人格が変わってしまったみたいに。



「己は何度も過ちを繰り返す。過去は切り捨て学習が出来ない。

______だから」




「“拐え”と、私が部下に命令したのだ」





 場が凍り付く。

麻緒は目を見開き、綾は呆然自失とし悲しげな面持ちで

後に膝ごと崩れ落ちた。


「…………そんな」

「痛い目を見ないと解らない。


 私からの天罰だと思え。そして己を恥じろ。

守山の子を捨て、身勝手に生きてきた。

己が過去に犯した過ちが、跳ね返ってきたのだ」

「お父様…………!!」  


(守山綾を誘拐したのは、守山傑の指示だったの………?)


 麻緒は絶句し、言葉が出てこない。

そして思い出した。数日前、傑が言っていた言葉を。




「麻緒」

「…………お祖父様?」



「私は、娘に(むご)い。仕打ちをするだろう。


 でも、それはな、

麻緒を蔑ろにした天罰だと思って目を瞑って欲しい」


(あれだけ拒絶していた孫娘に、今はとても感情移入するのね)


 けれどそう告げた傑の(ひとみ)

何処か、哀しげな眼差しで、忘れられなかった。


 その時は、そうとしか思っていなかった。

まさかこんな思惑が孕まれていた等、奇想天外だ。


 けれど何処か、哀しげな眼差しが忘れられなかった。

けれども何処かで傑は娘が好き勝手にしていても、目を瞑っていた記憶がある。

忠告だけで、あからさまに娘の行動に横槍を入れたりしなかった筈なのに。






 「そして、社長は解任した。

だから己は今、社長でもなんでもない。


聞けば、

まともに出社も業務もこなしていなかったそうではないか。

そんな怠ける社長に誰が着いていきたいと思うのだ」

「それは………模索しながら、進めていく予定だったの。

怠けてなんていないわ。それに私は、お父様の為に………

お父様の為だけにずっと尽くして、傍にいたじゃない!!」



 その語尾は、まるで断末魔のようだった。



 「……………どうして、涼宮麻緒の肩を持つの。

危険に晒された娘をなんとも思わないの………?

お父様から仕組まれた事だなんて、私は……」


 父親に陶酔する意味は、何を示すのか。

大粒の涙がぼろぼろと溢れ、頬を伝っていく。


(ずるい………あたしが欲しいものを、涼宮麻緒は全部、手に入れてる)



 匿名で届いたという写真も、麻緒の仕業かも知れない。

父親に取り付く為に良い孫のふりをして、取り入ったのではないか。

記憶喪失の傑は今、最も孫娘に気を遣っている。


 傑に想われている。

それが、とても羨ましくて、何処か恨めしい_____。


「この娘を置き去りにしたのは、己だろう?

この娘は優しいから要らぬ事は言わぬが、

時に怖く恐ろしい目にも遭ったであろう。


 それを棚に上げて、忘れているとは………」



 なら、と綾は胸に手を当てて、


「これから、麻緒の母親になるわ。

この子に酷い事をした分、尽くします。


ねえ、麻緒。ごめんね。これからは……」



 なにか言っているのだろうか。

ただ解離性障害が起きた様に気は遠くなり、綾の言葉は聞こえない。


(私を盾に、守山傑に取り付く)



 貴女がやりそうな事だと、麻緒は心内で嘲笑う。



「だから………許して」


 そう呟いて、傑の手を取ろうとした刹那、

無慈悲な乾いた音が、部屋に響く。



___傑が綾の頬を、平手打ちしていた。



「口を慎め。今更、何を言うか。


 よくもまあ、生き別れた娘に対して、

こんな酷い仕打ちが出来るものだ。何か恨みでもあるのか?」

「…………………」


 綾は憔悴を隠しきれなかった。

肩を落とす。これ以上、何かを告げれば、本気で傑に嫌われてし




「己は騒ぎを起こさず、

この家で慎ましやかに過ごせ。いいな?」



 綾は、頬が赤く腫れ、未だに涙が頬を伝っている。

見放され否定された___その悔しさと、麻緒への羨望と憎しみに心は染まっていった。


 





『ずっとですよ。

貴方がICU〈集中治療室〉にいる頃から

心配そうに様子を伺っていましたから』



 誰も覚えていない。何もかも忘れている。

今の守山傑は、砂が零れた小瓶だけの砂時計に等しい。


(全てを忘れてしまっても、彼の事は覚えているだろうか)



 言葉には、出来ないけれど。






 


 香ばしい中華料理の香りが、ふわりと香る。

不意に後ろを向くと、アイランドキッチンの向こう側に

響介の姿が見えた。



 偽装的な、仮面夫婦。

天涯孤独の自身を身元引受人となった人。



 麻緒は無意識的に歩み寄る。

麻緒は響介の傍に立つと、控えめに料理の風景を覗き込んでいる。






 “世の中には同じ顔の人が3人いる”。




 そんな言葉は何処か現実味がなかった。




 初めて顔を見た時から、混乱する程に似ているのは、

その言葉通り、他人の空似だと思い込んでいた。


 否、思い込もうとしているのだろう。

麻緒は何処かで涼宮響介に目を背けて、叔父と違うところを探している。



 同じ声音。

何も知らなければ、きっと叔父と見間違えてしまうだろう。




 ひとつ違うのは、堅実かつ

隙がない論理的思考でとても器用なところだ。




『守山家というか、守山綾の弟は2人居ませんでした?』


『一卵性双生児だった筈です。

内通者の情報によると今は2人共に行方不明。

家長である守山傑は捜索願を出したが、今も………』




 脳裏には木霊するのはあの言葉。

准が双子だったとして、もしもその兄が、此処にいるとしたら?


 綾も何かを知っているようだった。


 辻褄が合う。



「毒を入れていないか、視察ですか」

「(…………珍しいので)」


 少し香辛料が混ざっている、

八宝菜のソースを作っている響介は、皮肉げに言うが

麻緒は首を横に振って、目を丸くしている。


 美琴は辛口のものが苦手だったから、

緒方家では基本的に甘口料理しか口にした事がない。

辛口料理は食べる機会がなかった。



 物珍しそうに見詰めている麻緒に

響介は小皿に中華スープを入れて

スプーンを取り出すと、麻緒に差し出した。


 いただきます、と唇だけを動かし、

控えめにソースを味見する麻緒。

何処か儚さが纏う理由と共に脳裏に蘇った、かつて会話。



「(私だけ___楽しみを味わうのは、冒涜なんです)」


 あの頃は

普通に生きる事すら、激しく拒絶していた。

あの頃の少女と今の彼女は何処となく似ているけれど、回復を見せていると思う。


 守山綾に見せる執着は、生きる原動力と言わんばかりに。


「いかがですか?」

「……………(美味しいです)」


 物憂げながら、

何処となく初見した純粋な少女の顔。


 そう音もなく告げて、麻緒は小皿を差し出す。

受け取ろうとしたものの 華奢な手は小皿から離れない。

響介が(いぶか)しげな眼差しを送ると、チャット型アプリのメッセージ

着信音が鳴る。


『おかわり、いいですか』

「流動食になりますよ。材料だけ余ってしまいます」





 (違う)



 麻緒は思う。


(…………他人の空似だ)


きっと、

叔父の事が色濃く残っているからそう繋げてしまうだけだろう。

香辛料の辛味と苦さは、

まるで自身の疑問を、苦さとして表しているようだ。


 でももし、守山岳という人がいたとしたら、

准は何も告げずに、そして綾はどうしてあんなに怯えていたのだろう。



お久しぶりです。

亀さんペースになりますが

よろしくお願い致します。

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