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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部  第2章 葬れた欠片
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38ダース・身を以って




 目が覚めると、不衛生なマットレスに横たわっていた。

一面のコンクリートの日の当たらない場所。

不衛生な環境に向こう側を見るとハエが(たか)っている。

時刻すらも分からない。



「______目を覚ましたか」



 黒い屈強なガタイの良い男が現れた。

シャツから覗いた肌には入れ墨に包まれている。


 彼には見覚えがある。……自身を拐った男だ。

顔には複数の傷跡。


 鈍い足音と共に

彼の手下と思われる似た者が、ぞろぞろと後ろに控えている。


 綾は、悪寒と共に後退りするも、壁に阻まれる。

だが少しばかり残っていた高飛車な精神を振り絞り、罵倒する。



「私を誰だと思っているの?

守山綾よ、守山財閥を知らない筈がないわよね?

こんな事をして守山財閥が黙っている筈がないわ!!」

  


 男は鼻で嘲笑う。



「その守山財閥のドンである、貴様の父親に

俺等は金で頼まれたんだよ。____娘を拐えとな」



「……………え?」







______数時間前。





『白状しろ、捨てた孫娘について』



綾が、言った事は

娘の生年月日、孤児院の前に置き去りにしたこと。

それ以来、音沙汰がない事のみ。



傑は、腕を組み合わせながら怪訝な面持ちのままだ。



(自分優位な奴め。わしの為だと熱弁を振いながら

 本当は自身の立場が危うくなるだけだろう?)



 綾の暴走が故に、

涼宮麻緒という孫娘が犠牲になったのだと思うと申し訳ない。



彼が現在のエスケープクロックホールディングの社長と言うが、綾の言動や行動を見ている限り、見合った器ではないと思い始めている。







(………………私、捨てられたの?)



 傑に。

それが、心を抉られる程の衝撃でありショックだった。

誰を見捨てても傍に居る自負も、守山家に貢献しているという強い思いも綾はあった。

だからこそ何処となく疎まれても、 

傑は娘を捨てないと過信していたのだ。



 大粒の涙が瞳に浮かんでは、頬に流れていく。

傑に見捨てられたら、綾は生きて行けない。精神の軸が崩れてしまう。

(やが)て、野生の獣にも負けぬ号泣の鳴き声が地下室に響き始めた。



 叫びとも取れる綾の鳴き声に、男達は呆然としていたが

次第に疎ましく思いながら、綾を押さえ付けた。

しかし____。




「嫌よ、嫌!!

お父様、貴方にだけは嫌われたくない!!

捨てられて溜まるものですか。孫娘を選ぶと言うのなら、そんなの____許さない」



___だったら。

 



(私を、可哀想な立場にすればいい)


 自暴自棄。

そうなれば、例え同情でも自身に振り向いてくれるだろう?


 傑に構われるのなら、振り向いてくれるのなら。

痛い目を見ても、それ以上の対価は貰える筈だ。


 

_____だが。




 突然にして、ぐえっ、と後ろの部下が呻き声を上げた。

周りの部下達が次々に悲鳴を上げている。



 綾に近付いていた男の鳩尾に衝撃が加わって、

男は操り人形が壊れた如く倒れた。


 その影は次々と男達をなぎ倒していく。

コンクリートに倒れ伏せて、虫の息状態だった。

その影のシルエットは消えていく。





「…………え」




 芒洋な、刹那的な青年。桧山紬が、其処にいた。








「2ヶ月の無断欠勤が続いていて、動向は読めませんね」

「(2ヶ月も?)」



 麻緒は驚いた。

父親に心酔している彼女が傑の傍から離れる事はないだろうに。

そんな彼女が失踪同然だと言うのは、何処か不可思議にも思える話だ。




「それに、例の会長に、“孫娘に会いたい”と言われましてね」



 孫娘の婿と認識されている響介は、

専任弁護士ともありかなり気に入られているようだった。

最初に嘘八百の熱弁を奮った張本人だ。



 確かにまだ記憶喪失が朧気に残り

あれから傑の性格は180度変わってしまったと言えよう。

厳格な頑固者から、今は穏和な雰囲気と性格だ。

それを表すかの様に表情から違う。



 麻緒の事も好印象で、

以前の傑を顔を合わせた時とは大違いの対応だ。

生き別れというキーワードが引っ掛かり、傑は後ろめたいらしい。



(守山綾を探るのならば、よいチャンスだけれども)





 デスクワークの響介の傍に麻緒は歩み寄ると、

携帯端末を見せた。



(お会いしたいです。………お祖父様に)




 麻緒は頷くが、響介は何処となく不安そうだ。






 日曜日の事だ。

守山家にアポイントを取り、傑と会う約束が出来た。

響介と共に守山邸に現れた麻緒は、優美に祖父の前でお辞儀した。



 あの時とは朗らかな表情。

綾は居ないようだ。



「涼宮弁護士、被害届の事でお話が」

「分かりました」


 微笑ましく談話している最中、会長秘書が響介が呼ばれ、消える。

リビングルームには、傑と取り残されたまま。






「“お母様は?”」




 紅茶の、後味が悪い。自身でも白々しく感じた。

朗らかな傑だったが、麻緒が身を乗り出すと何処となく不穏な表情に変わる。

膝の上で手を合わせ手を組みながら、傑は無関心そうに呟き始めた。



「……………お母様、と、言えるのか」

「……………?」

「優しい子だ」


 

 微笑む傑に、内心、麻緒は眉を潜めていた。




「本音を言って今は会いたくも、顔も見たくないんだ。

だからこそ娘が不在で、何処か安心している私がいるんだ」

「……………それは、」

「まだ記憶が定かでなく、前の私は娘とどう過ごし、

どう思っていたのか分からないが………怖くてな」

「…………お祖父様?」

「娘から、麻緒を遠ざける経緯を聞いて、

この世のとは思えない薄情さと反省のない幼稚さを見て青褪めたんだ」

「……………」


 傑の中で、申し訳なさが込み上げる。

綾が麻緒を手放したのは、自身の責任としても、感じていたからだ。



(綾が一人歩きしなければ、麻緒は此処にいただろうに)



 何処か申し訳無さそうに、傑の瞳が儚くなる。

まるで砂時計を逆にし、砂で満たされた硝子の中が現れるかの様だ。


 出生の経緯だろうか。

けれども麻緒は自身には興味が更々ない。

時間は巻き戻らない。自身に貼られたレッテルも変わらない。

感受性や心、全てを捨てた現在(いま)、もう何も気に留めない。




 自分自身が最も可愛く保身に走る彼女なら、

我を失って感情を露にしたに違いないだろう。




 今の傑は、娘に絶望的だ。

酷く無関心になり、綾という人格に引いている。


「ひとつ、尋ねてもいいか」

「ええ、お祖父様」


「己の手で捨てた娘を、母親と慕えるのか」




 確かに、そうだ。

25年に綾にの手で、厳冬に置き去りにされた。

止む終えない事情があるなら兎も角、綾自身の身勝手な理由で。



(どう思えば、良いのだろうか)



 麻緒は迷う。

元々、心を砕かれている自身に感性はなく、

准と美琴の2人の慈悲により、それを備えたのだと誇りにすら、思っていた。



____けれども、それは自惚れていた偽りだった。



 あれは魔法にも似た薬だ。

灰かぶり(シンデレラ)をいじめていた継母の如く、

いつかは忘却の砂の城に解けて亡くなるもの。



 現実に2人が居ない今は、自身は持ち合わせていない。



(どう、答えればいいのだろう)



「____私は」





 (貴女の思い通りに行くのも、癪に障る)



 今の傑は、綾に良い印象を抱いている。

幼稚で成長しない事は解っているものの、

父親に心酔している綾を動かす軸は、傑なのかも知れない。


(父親を依存する貴女の想いが、何かしら貴女を変えるでしょうね)



 あの女が無様に操られる姿を、この特等席で見詰めていたい。

まだ軽く離したりしない。



(貴女に“疑い”がある限り、私の暴走も止まらないのよ)



 まるで、位置が定まらぬ天秤の皿の様に、

砂時計の様に守山綾への疑惑と憎しみは混ざりながら、留めていく。


 密かに守山綾の鞄に埋め込んだGPS。

それは繁華街の人気ない裏道の地下室を示していた。

材料の仕込み中に邪魔者が現れては困る、目障りだ。

 

 だが

そろそろ現れても良いだろう。と、この現場に踏み込んだ。


(貴女への攻撃材料は、揃ったもの)


 用意し、温めていた材料は揃ってしまった。

だから、開放するとしよう。




 地下室にて、桧山紬に扮し、現れた。

肌寒い地下室には、綾といかがわしい男達がいた。

罵声を浴びるだろう、と覚悟していたのだが____。





「___あんた、こいつの甥か」

「……………………?」



 男達が倒れ伏せた場所で、紬は頭を傾ける。

発言者は綾に詰め寄っていた男だ。



「一度見たけど、この女の弟にそっくりだな」



 言っている意図が読めない___と思っていた矢先。




 脳裏に蘇るのは、あの言葉と噂。



『あら、父娘なのね、香菜ちゃんはパパ似なのね』

『そうです』



 准と暮らしていた頃、違和感がないと言われ続けた。

兄に引き取られたと思い込んでいた香菜は

隔世遺伝だと思い、それをうれしくもあったのに。


 綾は美容整形を繰り返しているが、

整形前の綾と自身は似ても似つかない。けれどもずっと

何故か兄である香菜は准に似ていると言われ続けていた。




『ご兄妹ですか』



 それは、麻緒となって

准の生き写しとも言える響介に出会ってからも

兄妹かと言われ続けている。例え彼が准の生き写しだとしても

響介に似ているというのは違和感でしかない____これは何故だ?



 綾とは明確な接点、准とは近くて遠い様な親族関係性。

何故だろう。何故だろう。


 けれども、綾を否定したくとも、その疑問符だけは消えない。





 嫌いだった。大嫌いだった。

家も家族も皆、皆、敵に見えた。


 だからだろうか。

純粋に、緒方香菜に同情的な救いを下してしまったのは。

“あの娘”は、守山財閥の、その人間に惑わされた嘆きの被害者。



そして思ってしまったのだ。



(自身の元に置いて、

この娘を通して、あの家も、人間も破滅させてしまおう)



 そんな黒い感情が渦巻いた。

そして思ってしまったのだ。憎しみ合えばいいと。

その憎悪が引き起こした末路には何があるのだろうか。



(_____それが、俺に出来る復讐だ)




_____地下室。





「守山家というか、守山綾の弟は2人居ませんでした?」

「…………は?」



 ガタイの良い男が、後ろを向いた。

其処には理系を連想させる容貌の青年が、じっと此方を見ている。




「なに?」

「一卵性双生児だった筈です。内通者の情報によると

今は2人共に行方不明。家長である守山傑は捜索願を出したが、今も………。


 そう言えばあんた、弟に似た顔立ちをしているな。

まあ甥なら当たり前か」



 淡々と述べる青年に、綾は紬の方を見詰める。

目鼻立ちのはっきりとした顔立ちに、何処か物憂げさを連想させる雰囲気。

どちらかと言えば、“もう一人の弟”に似ている気がする。



(どうして、今まで気付かなかったの……?)


 傑と一緒になって、涼宮響介が

弟の准に似ている事だけに神経を尖らせていた。

涼宮麻緒は、緒方香菜に似ているとしか視野狭く、そればかり考えていたので論外だった。


…………けれどもよく見れば、“もう一人の弟”を想わせる顔立ちをしている。




(…………まさか)




「…………まさか、貴方。(がく)の息子………?」



 恐る恐る、震える口調で尋ねる。

そして思う。涼宮麻緒が青年の娘だとしたら、辻褄が合う事を。

だとしたら、“あの日”葬儀場に居た事も、不自然じゃない。








 守山綾の弟、双子の弟達。

表には出さないが、綾に尋ねられて麻緒の脳内が混乱する。

准が綾の弟である事を知っていた。あの遺言のボイスレコーダーにある。



____けれども、双子である事は知らない。



 そもそも、双子の弟の話を香菜は、准から聞かされていなかった。

准のきょうだいは綾だけだと思っていたのに、准は双子なのか。

だとしたら、もう一人いる。岳は、准の双子の片割れなのか。



 考えて見れば准は、綾の事以外、何も言わなかった。




(私(香菜)は、“貴方”を知らない)



 一卵性双生児ならば、何の違和感も抱かない。

例え響介が准の生き写しと感じても、それは当たり前で

矛盾はない筈だ。


 同時に悪寒がした。

響介の存在を考えた時に、准の隠していた秘密を。




 はっと我に返り、紬は後手にあるブザーを鳴らした。

けたたましい警告音が鼓膜を揺さぶった刹那に、

警察の機動隊が待っていたかの様にぞろぞろと訪れる。




「被害者、保護しました!!」

「16時12分、犯人逮捕!!」



 辺りは喧騒に包まれた。

そんな警察官と、機動隊の群れに巻き込まれながら

それを良い事に逃げる様にと紬は姿を、眩ました。



 そして想う。

自身も困惑している。

けれどもこの一件で綾を振り回せるのならば、本望だと思う。


(戸惑い、惑ったらいいわ。貴女は………)



 貴女が、私を振り回しただけ、

私に振り回されてしまえばいいわ。



投稿を予定しておりました、ストック分

2話を投稿させて頂きました。


まだ復帰ではなく、

作者の都合で、しばしのおやすみを頂きます、

ご理解頂けますと幸いです。


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