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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部  第2章 葬れた欠片
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37ダース・逆さまの砂時計

お久しぶりです。



 麻緒の顔を見ると、傑は朗らかな表情を浮かべた。



「目を、覚まされたんですね」

「_____麻緒」



 その傑の一言に、綾は見開く。

涼宮麻緒を孫娘としても、守山家として受け入れない姿勢を貫いていた傑が、涼宮麻緒に微笑みを向けている。



「どう……して」



 自分自身の事は忘れているのに。

あれだけ拒絶反応を示していた、涼宮麻緒には微笑みを向けている。

何処か羨ましく、妬ましい____という感情を覚えた。


綾が傑に求め、

渇望しているもの達がやすやすと、手に入れている。



 そんな中、響介は告げる。





「ナースコールは、押されましたか」

「え?」



 響介の言葉に、綾は視線を上げた。



「意識が回復したとお伝えしなければなりません」

「それより、此処は関係者以外、面会謝絶の個室よ。

家で言えば私有地なの。



なのに堂々と___」

「私が頼んていたのだ」



 傑の言葉に、綾は拍子抜けした。





 オベを終えて、集中治療室に移された時の事だ。



 涼宮夫妻が、見舞いに行くも傑の現状に直面した時、

偶然か否か、傑は一時的に意識を取り戻した。



「…………………」



 あの鋭い眼光が消えて、何処か朧気な人物。

あの守山財閥の頂点にいる、威勢ある人物とはかけ離れて見えた。

思わず麻緒は息を呑んだ。



「誰だ…………?」



 呂律が回らなくとも、麻緒に視線を送っている。

麻緒は固まっていたが、微笑んで響介は告げた。



「貴女の、孫娘さんですよ」






「…………まご、むすめ………」

「そうです。最近になり、再会出来たと喜んで居られていたばかりでしょう?」


 麻緒が目を見開き、

驚いている隣で響介は雄弁に、優雅に語り出す。

響介の朗読する様な優しい声音に傑は、次第に麻緒に視線を向ける。



「なま………えは」

「麻緒です。ほら」


 

 どうしていいか分からないが、麻緒は一礼した。

響介が看護師に、傑の容態を伝えて席を外している間も、

傑はぼんやりとした穏やかな眼差しで麻緒を見詰めている。




「……………ま、お………」



その刹那、一瞬だけ、過ぎった思惑。



(あの人よりも先回りして、

この人に認知されたら、あの人の切り札になるかも知れない)



「お祖父様…………良かったです」

「………またき………てくれ………るか」

「………はい」



 その場の空気を読んで、思わず言ってしまった。





_____車内にて。




「なんだか

すっきりとした……憑き物が落ちた面持ちですね」

「(…………涼宮さんが優雅に語っておられた影響で、

孫娘とされたみたいです)」



 無愛想の淡々とした、

メッセージアプリを通して麻緒はそう告げる。



「ほう、それは………盲信しているようですね」

「(ひとつ、お尋ねしても?)」

「なんです?」

「(なぜ、あの様な言動と振る舞いを)」


 響介は一瞬、

目を丸くしたものの、やがて思惑を含んだ微笑みを浮かべた。


「それは、涼宮さんが一番望んでいる事では」



 麻緒は首を傾ける。

響介は窓枠に頬杖を付きながら、悟った双眸で遠目のまま呟いた。



「守山綾さんに執着している涼宮さんなら、

その近くの人物を味方に寄せれば………距離感も縮まる。

貴女の事を孫娘として好意を持ったようですから、悪く言えば



_____貴女は、逃げられなくなった」



 麻緒は響介に視線を向ける。

たまに、この涼宮響介という人格が、分からない。


 逃げられない。確かにそうだ。

傑に好感を持たれた以上、時々、姿を表さないといけない。

けれども。


「(…………このままでいいのでしょうか)」

「今更、何を。貴女は遠慮がちだ。たまには逆手に取って

その場を馴染む事も人には必要です」




けれども綾は嫌うだろう。綾という存在は避けられなくなる。

否が応でも、また接点が生まれてしまったのだから。



「_____記憶を司る、海馬という脳の部分にダメージが出たようです」



 傑は記憶喪失だと診断され、綾は愕然とする。

検査や記憶のテストを重ねても今の傑には誰も解らず、

何もかも忘れいるその姿に、綾はひと目も(はばか)らずに泣き崩れた。



 いつ記憶が戻るかも分からない。

けれども心の、何処かで疑問符が浮かぶ。




(どうして、涼宮麻緒だけを覚えているの)




 涼宮麻緒にだけ、浮かべた朗らかな表情。

羨望と嫉妬に取り憑かれ、姑息だ、卑怯だと思いながらも

傑の逆鱗に触れる事が怖くて黙っていた。



 ただ遠くを見詰めているその目は、何処か微笑み、

孫娘の再来を待ち受けている様にも感じてしまい、

綾は、気が狂いそうになる。



 傑の傍に居たのは、自分自身。

それに横槍を入れる様に入ってきたのは、涼宮麻緒。

利用価値があるのなら、と心を赦しかけた時もあったが、守山家には何の会得もなかった。


(無価値な女………その癖に、私の邪魔をして目障りだわ)





「お父様、あの女に会っては駄目よ」

「何故なのだ。生き別れた孫娘なのだろう? しかも貴女は母親と」

「駄目と言ったら、駄目なのよ!!」


綾の怒声が、病室に木霊する。





 「ねえ、思い出して?

あの女は、守山家になんの会得も、価値も与えないの。

居ても悪影響なだけだわ。お父様は騙されているのよ。


私がずっと傍にいたじゃないの。

お父様の為なら、安易に、あの女を捨てる事だって出来た。



私は、あの女の母親として生きるよりも、

お父様の娘である事を選んだの、だから____」



「やめてくれ」



 傑の鶴の一声で、綾は、固まった。



「貴女は、母親だろう? 

話を聞いていたらおぞましい。かつての私がそう望んだとしても、

今の(わたし)は、そうは思いたくはない」



失意のどん底で、病室を出ると、

綾は怪訝(けげん)な亡霊の如き青年が此方を見、立っていた。 

何処か儚げな雰囲気と切なさは気の所為ではない。


彼は、スケッチブックに、こう書いていた。




「(姉の怨念かも、ですね)」





 青年は、笑う。

まるで、この現実が、歓びと言わんばかりに。




「どうして___」




 綾は、青年に向き直った。




「なんで、緒方香菜はずっと私を苦しめるの!?

なんで貴方は今更、出てきて苦しめ始めたの?」




 廊下に響く、悲願。

紬は何処か悟りを開いた瞳を流しながら、

携帯端末で何かを打ち始め、そして綾の、携帯端末が鳴った。


(姉の緒方香菜と、己の娘を間違え、思い込んだ。

貴女が居なければ、姉は現在いま)も獄中で息絶える事なく生きていた筈だ。


………あなたは今、その報いを受けてるのですよ)



 ぞっと背筋が毛羽立ち悪寒が(ほとばし)る。




 青年はそのまま、通り過ぎようとした。

しかしその腕を綾は掴む。彼女は膝から崩れ落ちていた。

いやいやながら振り向くと、


「いつも、緒方香菜が付きまとう。

緒方香菜が私を苦しめるの。貴女の姉の存在の

私は、惨めにボロボロにする。



ねえ、どうしたら許してくれるの?

許されるの………!! お父様に………。

ずっとこんなにも惨めな眼差しを向けられて、貴方までも私を侮辱する。



教えてよ…………どうしたら、いいのよ!!」



 無言で青年は、握られた手を振り(ほど)いた。

そのまま立ち去っていく。









(このままでは、終わらせるものですか)





「麻緒、貴女は守山家に居なかったのかい?」

「…………そうです」


 躊躇いがちに、スケッチブックに綴っていた言葉。



「何が、原因か………聞いてもよいか」




 麻緒は迷ってしまった。

そもそも麻緒、香菜は自身の出生の秘密を知らない。

准に聞いてはならない様な気がしていたし、知りたくもなかった。



 彼が故人の今、

守山綾くらいしか知らないだろう。

彼女の顔が脳裏に(よぎ)った事で、悪魔が囁いた。



(_____この、守山傑を、そそのかせばいい。



______貴女に、今は懐いている)


 

 守山傑を、此方の味方に付ければ。




  傑からも愛想を尽かされれば、

守山綾は窮地の身となり、守山家から冷遇されるだろう。

孫娘を見捨てたと思い込んでいる彼を吹聴して、しまえばいい___。






 そんな黒い思惑が、麻緒の脳裏を駆け抜けた。



(傑を味方に付けて、綾を蹴落としてしまえ)




 麻緒は、唾を飲み込んで微笑んだ。








 傑は予想よりも早く、退院した。

綾には黙った上だ。秘書と書かれていた新山を秘密裏に連絡を取り呼び出す

そしてごそごそとまだ朧気な記憶で、

自身の書斎に辿り着くとデスクを漁り出す。


 そこには、

自身が現在、エスケープクロックホールディングの会長である書類や、

守山家の軌道、等が見つかる。


 けれども傑が、“探しているのは、それではない”。

一番下のデスクから現れたのは、自身の娘と涼宮麻緒のDNA鑑定書。



(やはり事に矛盾のない母娘だったのだ)



 DNA鑑定書を握り締め涙ぐむ。

しかし何故、守山財閥から、孫娘は追放されたのであろう。

柔き聡明さを伏せ持つ彼女は、守山財閥の跡取りに相応しいと現在の傑は感じ取っていた。



 「お父様!!」



書斎に飛び込む様に入ってきたのは、綾だ。



「退院されたと聞いて…………」



 傑は、綾を睨む。

綾は傑の眼光に背筋が凍りそうになる。

鋭い眼光のまま、傑はそのまま書斎のドアに立ち竦む綾を見詰めた。



「_____何故、麻緒を手放した?」



 綾は息を呑む。

涼宮麻緒、緒方香菜か、両者がどちらかが娘と分からない中でそう尋ねられても、回答が見付からない。



「以前にも………言っていた筈です。

あの子を守山財閥に置いておけば、私はあの子の母親となってしまう。

お父様のお力添えなんぞ、出来ない事出来ない事でしょう。


私は、それが怖気でもありました。

だからこそ、私はお父様の娘である事だけを選んだ。

裏を返せば、娘よりもお父様の存在が勝ったのです。

それをお喜びになれませんか。



無力な赤子よりも、偉大なお父様が____」

「わしは、そんなのもの、望んでおらん!!」



 書斎に、傑の絶声が響いた。




「貴様には、血も涙もないのか。


彼女は守山財閥に必要な人材___貴様は、それを、無視したのだ。

こんな無慈悲な事があるか。それが、わしの娘等、恥だ」


 綾は腰が抜けて、壁に寄り添う様に佇む。

“目の前にいるのは傑じゃない” その哀しみにも似た感情が込み上げる。




「______お父様、酷いわ!!」



 そう告げて、綾は書斎を飛び出した。










「見るからに聡明さと博識有る、孫娘」



 会長室で、独り言の様に呟く傑。

娘と孫娘の器を比べてみたら、それはまるで天と地の差だ。

何故、今まで生き別れだったのだろうか、と疑念が頭に浮かんだ刹那。




娘のおぞましい言葉。

それは綾が仕向けた事なのだろうか。






『…………心のない人ね?』

『無慈悲だわ……雑巾の様に見捨てて………楽しいの?』













 これだけ、傍にいたというのに___。



『ねえ、思い出して?

あの女は、守山家になんの会得も、価値も与えないの。

居ても悪影響なだけだわ。お父様は騙されているのよ。


私がずっと傍にいたじゃないの。

お父様の為なら、安易に、あの女を捨てる事だって出来た。



私は、あの女の母親として生きるよりも、

お父様の娘である事を選んだの、だから____』



 背筋に悪寒が(ほとばし)る。

娘は狂ったように同じことしか言わない。

綾のおぞましい心情故に孫娘が、守山家から追放されたのだとしたら………。

傑は無意識的に拳を握り締める。心優しき孫娘、彼女が負った傷が、娘と関係していたのなら………。



(許せない。



そして、埒が明かない____)




 傑は、秘書を呼び寄せると、厳粛にこう告げた。



「_____守山綾を______にしてくれ」








_____K.探偵事務所。



 

 こつこつ、と聞き慣れた足音が聞こえた。

反面、諦観を懐きながらも警戒心の心構えを抱く。

不用意にドアを乱暴に開けた先に現れたのは守山綾だった。



 麻緒は、御辞儀をする。

けれども綾は何処となく不機嫌な感情をその面持ちに写している。 

綾は麻緒を見つけるとデスクに据わっている麻緒に詰め寄った。 


「どうやって、お父様をたぶらかしたの!?」



ぎろり、と睨むその瞳に、大蛇の瞳を思い出した。

麻緒は平常運転だ。この氷の心が溶ける事もないのだから。

感情すら動かず、裏腹にどんどん熱が冷めてゆく。

刹那に、綾の携帯端末が鳴る。




 麻緒が後手に携帯端末を操作していたのだ。

誤字脱字のない完璧なタイピング。

これは昔、准と美琴から、と緊急時に何かあればと

教えて貰ったものだった。


「(その覚えは御座いません。


守山傑様が誤解されているだけです。

生き別れた孫娘様と私と混濁されたかと。

今は記憶喪失の影響で、一番、困惑されているのは、当人様かと。



 娘様である綾様が、寄り添わなくても、よろしいのですか?

強がりを言っていても不安な筈ですよ)」

「そんなの分かっているわよ!!

けれども、確実に私より貴女の方に、お父様は信頼を寄せているの」



 綾の心に佇むのは、焦燥感と嫉妬。腹立たしさ。

自身より涼宮麻緒を傑は慕っている。



(ずっと、私が、いたのに)



 傑を横取りされた様な____そして取られてしまいそうな、焦燥感に包まれている。

傑は自身に視線を注いでくれる事も無くなってしまったのだから。

今までは冷遇されても、注がれた視線でなんとか息が出来た。





「(何故、そんなに焦るのです?

私には無意味な行動にお見受け致しますが。

貴方は自立されている大人でしょう?

誰に縋る必要もない、



それなのに___不必要にごまをすり、依存し続ける。

気持ちがない人に、依存し続けて固執しても、

その人は振り向いてくれないと思いますが)」



 2通目のメールは、綾の図星を付いていた。

自分自身を忘れ、孫娘を優先する傑が疎ましくて___寵愛される孫娘が羨ましい。


 (孫娘として、寵愛される貴女が憎い____)



「______どうして、あんたばかり」



 パシン、と乾いた音が、部屋に響く。

気付くと麻緒の頬を打っていた。麻緒は髪をはらい、顔を上げて驚愕する。


 泣き笑いの綾がいたからだ。

ぼろぼろと涙が流れ、頬を伝う。




「お父様の娘は、私よ」



「_____何をしているのです?」



 声が、重なった。

背筋が凍る思いで聞き慣れた声に振り向くと、

涼宮響介が怪訝な面持ちで此方を見詰めていた。

血の気が引く。



「暴力行為なら、ここではやめて欲しいのですが。

此方の当探偵事務所の規約書にある、調査員に暴力行為が認められた場合、契約は破棄する、と書かれている事をお忘れで?」

「あ…………」




 思い出したかの様に、綾は茫然自失とする。

一応、娘の身辺調査の依頼人の担当は涼宮麻緒だ。




「残念ですが、所長の私が見てしまいましたので」

「頬を叩いたくらいじゃないの」

「くらい?」



 聞き返された刹那に、怪訝さが込められている。



「一応、傷害罪、脅迫罪に相当しますよ?

それに守山綾様。当調査員に横暴を働いております事は確認済みですので………見逃す事は出来ません」



  


 



 契約は無効、と言われ、地下室から上がる。

雨が降っていた。何処となく喪失感を抱えながら綾は、一歩を踏み出した。

その時だった。




「_____!?」



 当て布で、口を塞がれる。

少し首を傾けると強靭な男の鋭い眼光。

必死に抗うも次第に薄れていく意識を前にして、無力だった、





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