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永遠の蔦と棘のワルツ  作者: 天崎 栞 (ID:781575と同一人物)
第2部  第2章 葬れた欠片
39/51

36ダース・暗転する波打ち際



「緊急オペだ、手術室は?」

「確保しています!!」


 病院内は、緊迫した状態に包まれる。

医師や看護師達は傑を乗せたストレッチャーを走らせ

手術室の中に消えて行く。



「……………ああ、私は、なんて事を………」



 髪をグシャグシャにしながら目を剥きながら、綾は項垂れた。

狂気の名残りを残しながらその顔色は顔面蒼白で

何処か怯えている。


(もうお父様は、赦してくれない………)



 目を覚ましたら、傑から軽蔑と侮蔑の眼差しと表情で見られる事は確実視だろう。

そしてもう言葉も交わす事もない。

 


 傑は拒絶する者に対しては、とことん追い詰め

その人格の無視を無論の事、存在感さえも消してしまう。

 

綾はそれが耐えられない。

孤独感に苛まれる事も、父親から存在否定される事も。

依存性めいた父親への執着は、蔦の様に綾を覆うのだ。



 しかし、狂乱めいた不安定な情緒の中で綾は笑う。



(_____私は、悪くないわ。

私を踊らせる涼宮麻緒と、緒方香菜のせいよ。

あの二人のせいで、お父様はこうなったの)


(涼宮麻緒…………緒方香菜………貴女達のせいよ。

私をこんなにも振り回して)

 


「______許さないんだから」






 そんな事を考えていると、

こつこつと近付いてくる足音に顔を上げた。

其処にはスーツ姿の男性が二人。


 一人は涼宮響介、もう一人は見知らぬ人物だった。




スーツの上にトレンチコートを羽織った涼宮響介は、何処か伏し目がちだ。

見知らぬ人物は素早く警察手帳を掲げる。




「守山綾さんですね」



「………………はい」

「私、〇〇署の田宮と申します。

実は守山傑さんから被害届が出ておりまして」 



 思わず眉を潜めた。



「_____被害届?」

「まあ、詳しい事は署で。署まで同行願えますか」



 無愛想に田宮は、素っ気なく告げる。

綾は未だに冷めぬ炎症乱心のまま、立ち上がると

田宮を睨み付けた。


「………見るからに人の心が無さそうね。

今がどういう状態か分かってるの?


 今、父が危篤状態なのよ。

その娘の悲しみすら考慮出来ないの?

私が同行した時にもしも父に何かがあれば責任取れるの?




 それに涼宮さん、貴方、弁護士よね? 



 この不届き者をさっさと帰して」




______荒れ狂え。




 響介は落ち着いた面持ちも、姿勢も崩さない。



「残念ながら、私にはその権限が御座いません」

「どうしてよ?」

「私は、貴女のお父様、

守山傑さんの国選弁護人として現れた立場なのですから」

「……………え?」



 連絡を貰った時に驚いた。

守山傑の国選弁護人と選ばれてしまった事は皮肉か。

それとも権利者の融通が利いて、そうなったのか。



「_____今の私は、守山傑さんの弁護人です」


「…………そんな」

「守山綾さん。兎も角、話は警察署にてお聞きします。

ご同行を」


 綾は警察署まで、同行された。

取調室では田宮と対面する様に、綾は気まずそうに俯いている。

我を失っていたあまりに綾が気付いた時には、

傑は救急車に載せられていた光景でやっと目が醒めた。



…………だから分からないのだ。






 実は第一発見者である秘書に、

傑は前もって、娘から危害を加えられた時を想定して、

そしてあの時に瀕死ながらも、被害届を出しておいて欲しいと言い残した。

そして、秘書が代理で出していたそうだ。



(___お父様は、私を見捨てるの?)




 被害者意識。

悲しみと怒りが沸き立つ。


 


______取調室にて。



「傑さんに危害を与えたのは、故意があったと?」


 田宮の問いに綾は脚を組み、頬杖を付き嘲笑う。

なんとも白けた表情で田宮の声等、届いていなさそうだ。


 聴取は続けているものの

綾の高飛車な態度は、一言、一言、悪態を生ませていた。



「これは、家族の問題よ?

貴方に口を挟む権利はないわ」



 やれやれ、と田宮は額に手を回す。

そんな中で涼宮響介が手を上げ、取調室に入って行った。

田宮と入れ替わる様に座席に座ると、響介は静かに告げる。



「____家族の問題でも、なさそうです」



 冷めた声音で告げると、綾は嘲笑う。


「は?」

「会長室に、防犯カメラシステムがあるのは、

娘様なら承知の事かと思います」



 防犯カメラ。

その台詞に余裕綽々だった綾は困惑する。

経営の事など興味の一欠片もなかった。部屋にどういうシステムがあるかすらも。

____見られていたのだ。




「貴方は、(かつ)て社員だった、

涼宮麻緒を解雇した事について傑氏を咎めた。



 エスケープクロックホールディングは貴女の代で

福祉会社のイメージになり、宮本徹也さんと業務提携。

しかし宮本徹也さんのスキャンダル記事に、  

守山傑は危機感を募らせていたのではないですか。


これは

貴女の独断であり、傑さんは納得してはいなかった」

「まるでお父様を知っているみたいな口を叩くわね、部外者の癖に!!」


 綾の罵倒は、響介は響いていないようだ。

まるで父親を知っている口振りが、綾の癪に障る。

続いて田宮に交代し、席に座った田宮はノートパソコンを操作すると、綾に画面を見せた。


 其処には、会社の綾のタイムカード。



「貴女が、会社に出勤するのは月に1回目、

多くて4日。酷い時には数時間。


会社の社長だというのに

(おさ)ととなる貴女がいないのでは問題ではないかと思います。


 加えてこの動画では、

貴女は、自分基準で話している。

褒め称えて欲しい、認め欲しいならば、まずは社長として威厳や姿勢を見せるべきだったのでは」

「____なに? この私に説教する気?」


 けせらせらと、なめた態度で笑う綾。

穏やかな口調ながら、容赦なく的確な事を示している響介。


____次の瞬間。



 響介は鞄に入れているファイルから、ある書類を出した。


「実は、傑氏から、相談を受けておりまして」 

「相談?」



「娘の家庭内での建物、社長室での、損壊が酷いと」

「社長室は分かるけど、家庭内は問題にする事ないでしょ?」

「……………と思うでしょう?



 ですが書類上での

あの建物の権利者は、守山傑さんのものなのです。

例え家族であっても、貴女の行為を器物破損と傑さんは見なしたようで、かねてより相談を受けておりました」



 余裕の微笑。

涼宮麻緒を脅してまで、手に入れた専任弁護士。

傑が響介に相談を持ちかけるのはなんら、違和感も何もない。


 確かに酒量が増え、物に当たる事が多くなってきた。

けれども傑にそこまで問題視されているとは思わなかった。

膝の上でスカートの生地を握り締める。



「………話が反れてしまいましたね。戻します。


今回の被害届の件ですが、守山様が傑さんにした行為は

傷害罪が当てはまっています。どんな理由があるにせよ、人に手を上げてはいけない。



傑さんの容体によっては、

今後、殺人罪が適用されるかも知れません」

「そんなの大袈裟よ」

「貴女にとっては、大袈裟に見えても、法には抗えない。

では貴女は考えないのですか。

貴女が最初に行った、動向している間に容態が急変した場合はと。


 それにもしも殺人罪となれば、貴女は____」

「やめて!!」


 


 取調室に、絶叫が響いた。



 感情が交差する。

狂気、恐れ、激情や戦慄__。

綾には飲み込めないものたちばかりだ。



(私に殺意はないわ。



ただ___お父様に…………)




「いいですか。人は感情の生き物と言えど

会社という生業の場で、私情はいらないのです」









 警察から開放されたのは、夜だった。

急ぎ足で、病院に戻った綾の前に現れた人物に固まる。

黒髪ショートヘアの青年が、未だに赤く点灯している手術中のライトを見上げていたからだ。



 彼は綾を見つけると、静かに綾の前に立つ。




「…………なんで、貴方が此処に………」



 携帯端末を掲げた。



 『オペは長時間に渡り、

傑は何度も危篤状態に陥りながらも何とか持ち堪えた。

殴られた衝撃で頭蓋骨が陥没骨折しており、

また散乱した硝子の破片の除去には難を極めた。


脳の神経を傷付けぬ様に最善の注意を払いながら、

誰も気が気でなかった』




 まるで、オペ室にいた執刀医の如く、書かれていた。



「なんでそんな事を知ってるの! デマカセでしょ?」




 綾が叫ぶと、青年は

おっかなびっくりの様な面持ちをしてから、静かに踵を返す。

 



 文字起こしで伝えたのは本当だ。



オペ終了後、

守山の関係者と間違われ、

思われた麻緒に、執刀医は現状を告げていた。


 引き継ぎで、

紬のふりをして、手術室の前で待っていただけだ。




 数時間後。

部屋に呼ばれ、綾は現在の傑の容態に対して説明を受けた。



「脳にある破片は、出来る限り、摘出致しました」

「そうですか」

「現在の容態ですが

意識不明なものの、安定していると思います。

ただ、年齢や持病の事を踏まえても、いつ再び危篤状態に陥ってしまうでしょう、


 注意深く見守られなければなりません。

____運ばれてきた際は瀕死の重症だったのですから」



 綾は肩を竦めた。



 医師の言葉に、綾は息を呑む。

代わりに取調室での、涼宮響介の言葉が残響する。



『____傑さんの容体によっては、殺人罪が適用されるかも知れません』


『貴女にとっては、大袈裟に見えても、法には抗えない。

では考えないのですが。貴女が最初に行った、動向している間に容態が急変した場合はと。


 それにもしも殺人罪となれば、貴女は____』




 現在(いま)は、傑の容態は安定している。

けれどももし、容態が急変して、危篤状態になれば___。



(私は___)





 傑のオペは終わり、彼は集中治療室にいる。

余談は許さない現状だ。


「あと」

「なんです?」

「陥没骨折の影響を観察しなくてはいけません。

脳の血管は避けていた事は幸いですが、

少なからず脳に影響を受けていると思われます。

その要因が、目を覚まされた時に分かる事でしょう」


「今は分からないんですか」


 少しばかり声を荒らげた綾に、医師は冷静に告げた。


「守山さん。脳は未知の領域です。

我々の考えている事を超越する出来事が現れる事もあるでしょう。………ただ、今はお父様の傍に居て上げて下さい」



 傑は特別個室に移され、綾は其処から動けない。

傑の容態、意識が回復する、その時を、般若の瞳で見詰めていた。

 意識を回復したと仮定して、傑から罵倒され、

軽蔑の眼差しを注がれるのは目に見えている。

その双眸に耐えられなくとも(すが)り付くしかないのだ。


 綾はずっと“あの過ち”の許しを求めているのだから。




 壁掛けの時計を何度見ただろう。

けれども時計の秒針はまるで壊れたかの様に動かない___と錯覚する程に、時を長く感じた。



 綾は生まれたての子鹿の様に震えていた。

時間が経過し、冷静になった思考回路で

傑の罵倒にも耐えられないのは勿論、

綾を神経を擦り減らしているのは、傑が危篤状態に陥った時だ。



 法によって、自身は裁かれる。


 

 感情的になり忘れたとはいえ、そんなものは

倫理を重きに置く法のルールには伝わらない。






 


 6日後。

脳裏が震える綾の傍で、傑は、目を覚ました。

綾は目を見開き、お父様、と声と声をかける。



 だが、傑はぼんやりとした顔で、告げる。


 





 


(____貴女は、自身で自身の首を締める事が、お好きなようね)




 今回の守山傑の緊急入院も、

綾が感情に支配されなければ起こらなかった。

綾は幼稚な脳裏や思考回路には呆れて物も言えない、と思う時がある。

 学習が出来ない。

その場の感情に呑まれて、

後々を考えられないのは今に始まった事ではないのに。



(_____私の、時もそうだったの?)



 自身が、守山綾の分身として、生まれ落ちる時も。



 ただ、今回は相手が相手。

赦される事など考えない方がいい。



 けれども。



 麻緒は、微笑を深めた。




「………………踊り続けないと、駄目よ」




息を、忘れるほどに。








  







「…………君は、誰だ?」






「え………?」



 綾は固まる。




「お父様、私よ? 綾よ? 貴方の娘じゃない………。

どうして忘れているの?」

「綾………?」


 身を起こした傑は、頭を傾ける。

まるで奇怪と言わんばかりに彼の面持ちは不思議そうだ。

綾は脳裏が真っ白になったものの、

次に現れたのは、憤怒だった。



 依存にも似た執着心が、哀しみと怒りを生み出す。



 これだけ、傍にいたというのに___。



「お父様に一番、忠実な娘を、忘れたというの?」

「………………」

「…………心のない人ね?」


 綾は傑の肩を掴む。

現状が受け入れられず、炎症ばかりの感情が(ほとばし)る。

自分自身が長らく傍に居たのにそんな人物を忘れている。

 軽蔑や侮辱めいた感情の眼差しを浮かべ流されても、ずっと耐えてきた。

“過ちの赦し”を乞う為に、

ずっと父親の言う事を呑んできたつもりだ。

それが例え傍からは、“守山傑の操り人形”と揶揄されても。



「やめてくれ」



 手を振り払った拍子に、綾は突き飛ばされた。

床に佇む綾は



 

「無慈悲だわ……雑巾の様に見捨てて………楽しい?」

「……………そんな事を言われても」



 泣き崩れた綾だが、

他人事の様な振る舞いの傑をぎろりと睨み付けた。

そんな中____。








「…………何をしているのです?」




 其処に居たのは、麻緒と響介だった。



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