35ダース・降り注ぐ硝子の破片の砂時計
【警告】
終盤、暴力シーンが御座います。
その点はご留意の上での閲覧下さると幸いです。
_____守山綾、愛車内。
(…………緒方香菜の双子の弟?)
今まで
そんな事は一度も聞いた事はなく、准も無反応だった。
准が全国各地の孤児院や施設を回り、捜していた娘。
香菜は准の娘だった。
だからこそ、安易に思い込んだ。
_____緒方香菜は、自身が過去に産んだ娘なのだと。
「そんな筈はないわ………ちゃんと調べたもの」
けれども
あの青年の虚空の双眸に、
憎しみの色合いが籠もっていたのは否めない。
初対面の相手にあんな哀愁めいた憎悪を向けられるのか。
それに緒方香菜は、獄中の中で自ら死を選んだのなら
彼女は現在、故人になっている筈だ。
綾は携帯端末を取り出すと、
迷わずにK.探偵事務所のホームページに
インターネット検索を施す。そして『依頼』のボタンを
震える指先で検索した。
【To. 10年前に起きた、
〇〇町養父母殺人事件の被害者の家族構成が知りたいです】
他人のふりをして、依頼内容を送信する。
生きた心地がしないまま、携帯端末は鞄に、震える手はハンドルに置いた。
______弟が引き取っていた少女は、姪ではなかったのか。
_____ならぱ。
(…………私は、娘ではない子を………)
(追い詰められて、焦って、貴女の感情は忙しいこと)
涼宮麻緒の姿に戻り、
探偵事務所内にある依頼を確認する。
文字の癖や憤りの焦燥感は顔を見なくてもかなり、伝わってくる。
闇夜の中で麻緒は頬杖を付いて微笑した。
全ては計算の内。
桧山紬を、双子の弟に仕立てた事も、
緒方香菜が実は娘ではない、という嘘も。
感情的な彼女はもしかしたら、の可能性に翻弄されて、震えればいい。
(____この、舞踏会は終わらせない)
3週間後。K.探偵事務所から調査表が届いた。
この期間は眠れず、それを紛らわすかの様に酒に溺れ、
心が震えて生きた心地がしなかった。
恐る恐る調査表を見ると、其処には___
【家族構成】
緒方准(34)被害者。
緒方 美琴(30)被害者。
緒方香菜(16) 加害者、逮捕後、獄中死。
此処までは知っている。
けれども緒方香菜の下の事項には続きがあった。
緒方 莉玖(16)現在調査中。
事件後、生死が不明。
【備考】
夫妻は殺害され、
養女である緒方香菜が実行犯として逮捕。
緒方香菜、莉玖は8歳の時に夫妻と養子縁組をしている。
緒方香菜、莉玖は双子の姉弟であり
事件当時、緒方理玖自身は養父の勧めと
本人の意向で予備校の合宿中で難を逃れた。
生存であれば、現在26歳。
写真の中には、
施設のいた頃のものか、不安な面持ちの幼い姉弟がいる。
(そんな………)
緒方香菜には、弟がいた。
自身とは他者だった。
綾は悪寒と戦慄が迸る思いで
膝から崩れ落ちて、項垂れる。
_____緒方莉玖は、桧山紬。
莉玖は、
あの事件の全貌と姉の姿を目の当たりにしていた目撃者。
緒方香菜が消えただけではあの事件は闇に葬られている。
けれども、彼がいるならば………。
天涯孤独となった彼が、
姉や養父母の為に黙っているとは思えない。
彼の生死は不明らしく、事件後、忽然と姿を消したという。
『今から
少し時間を割いて、貰えない? 話したい事があるの』
(……………これが、罠だとも知らずに)
数十分後、
血気盛んの面持ちと勢いで、K.探偵事務所に現れた。
麻緒は何処か儚い面持ちで、出迎えて、応接間に案内した。
「(……お話とは?)」
手持ちのホワイトボートで会話していく。
「私の娘の行方探しはどうなっているの?」
かなり食い気味に血の気が多いまま、綾は口早く話す。
「(正直、申しますと難航しております。
守山様が記憶している、お子様と生き別れた場所に
何度も当たっているのですが…………
あの地域の歴史や目撃者を集めていまして、
この度はこちらの情報を得ました」
麻緒が傍らにある、目撃情報を集めた紙を差し出すと
奪うように綾は食い入る様に見詰めている。
1 守山様が、娘様と行き別れたと思われる場所ですが
当時は既に閉鎖しており、廃墟と化しておりました。
綾は微かに驚く。
孤児院という看板を見て、安堵していたのに。
当時の孤児院と思われる写真と、
現在は取り壊され更地になっている写真を見比べていた。
2.当時、この〇〇町は閉鎖的な親類縁者出身のみの町で
その町長と呼ばれた夫妻は赤子の人身売買をしていたそうです。
(この夫妻は後に逮捕される事なく、
現在は夫妻は故人の後に事が発覚しました)
この夫妻は、玄関に孤児院、と表札を掲げ
赤ん坊を人身売買取引する事で生計を立てていた。
噂では町ごと組織ぐるみだと思われます。
引き取られた赤子は、
バイヤーにより、海外に渡されたという事です。
2の事項を見た途端に、綾は顔面蒼白になっていく。
夫妻の家の玄関にはかなり脳裏に打撃を与えるものだったからだ。
綾が娘を置き去りにしたのは、この夫妻の家の前だ。
間違いない。あの時は、孤児院という文字に
頭にしか入らず、見えなかった。
「………………私の娘は、どう、なってるの」
震えながらも、呟いた言葉。
麻緒は、予めホワイトボードに綴っていた言葉を差し出した。
「(願わくば
前者を、と願いたいです。
ですが、
後者ならば娘様の生存は絶望的かと思われます)」
麻緒は張り詰めた面持ちのまま、唇を噛んだ。
項垂れる様に、車に滑り込んだ。
娘の生存している確率を考えてみても、
あまりにも肯定出来ない。
そうなれば守山財閥の血統は途絶えたも同然になり、
傑には蔑まされるだろう。
(それだけは、嫌よ………)
と、叫ぶ心に、あの青年の言葉が思い出される。
『(知っているも何も。僕の双子の姉ですよ)』
准でさえ見つけられなかったのか。
今すぐにでも問いただしたくとも、“彼はもういない”。
『………ねえ、姉さん。
俺に連絡してきたのは、“俺に娘がいるから”でしょう?
そうでもなければ、俺には用はない筈です』
いつかの、准の言葉が脳裏に波紋される。
確かに彼の言う通りだ。
娘の存在があって、養女がいると成れば
綾の思考は盲目に、
准が姪を引き取ったのだと思い込んだ。
緒方香菜は、もういない。
自身の娘だと思い込み操り人形の様に、
自身の身代わりとしていた。
(_____なら、彼女は、無関係だったの?)
准は強がっているだけ。威勢を張っているだけ。
そして養女とした姪を、自分自身から
わざと遠ざける様な気がした。
それが癪に触れて此方も意地になっていた。
生まれた娘を、どう操ってもいいだろう?
だからこそ、緒方香菜に全てを被せた。
__けれど、それが間違いならば?
(そうよ、揺さぶれなさい。
天秤の皿が揺れて定まらぬ様に………)
もう失うものはない。
残されたのは、准と美琴の無念さを晴らすだけ。
舞踏会ならば、定まらぬ天秤の皿の上を舞台し、
揺らぐ中で踊り続けよう、この砂時計の砂が落ち切り止まるまで_____。
______エスケープクロックホールディング、会長室。
応接間仕立てに真ん中に座る傑の面持ちは
見るからに不快感を露わにしていた。
「貴様は自身の私情ばかりで、経営には興味ないのか」
「…………………」
罰が悪そうに、綾は傑から瞳を反らした。
傑の言う通りだ。自身の私情に揺さぶられ、
社長らしい事は何もしていない。
緒方香菜を自らの娘ではない、と疑惑が浮上した今、
あの青年に向けられた眼差しや、間違いが傑に明らかにならないかとヒヤヒヤとして、夜も眠れない。
「見ろ」
無造作に机に放り出された書物。
それは無視できないものだった。
_____エスケープクロックホールディングと業務提携、
Tetsuya Miyamoto.の度重なる夜の繁華街での本性。
___エスケープクロックホールディング、
守山財閥との業務提携で安堵と、気の緩みか。
「飛び火する形で、守山家も被害を被る。
元々、Tetsuya Miyamoto氏が訪れる前から、
貴様が社長となり守山はボロボロだったが………」
「___私の顔に、何度、泥を塗れば気が済む?」
ドスの聞いた声に、綾は肩を震わせた。
知識不足故に、会議も成り立たない。
福祉を代表したはいいが、福祉に関する知識は乏しく
この方針に首を傾ける役員もいる。
守山綾に付いていけない、と三行半を付けて
自主退職したした役員は、数知れず。
「…………私の器量が足りないのかも知れません。
ですが……涼宮麻緒を追い出したのは、お父様のせいです」
「ほう、貴様。親に盾を付く気か」
震える両手を重ねて抑え、そう告げた。
点字技能士だけが不足していて、
その席は涼宮麻緒が降りて以降、空席のままだ。
何処か威圧感のある傑の面持ちを、綾は睨み付けた。
「涼宮麻緒を____娘として、孫娘として、
見てくれて受け入れて下さったのなら、
こんな記事は出なかった………お父様が拒絶したせいでしょう? それは自業自得そのものだわ」
「親を舐めてかかりよってからに!!」
バン、と傑は声を荒らげた。
守り続けた守山財閥の名、プライド、責任者。
見栄と虚栄心。
「他者の事でも守山の名が出れば、汚点となるのだ。
それだけで守山財閥の価値は下がる。
私の顔だけではなく守山家に対しても、
何度、泥を塗れば気が済む?」
そのドスの聞いた声に、綾は心の、ほころびの糸が切れた。
「_______涼宮麻緒を受け入れないのは、
彼女の生い立ちが故だ。
普通ならば、私は歓迎していただろう」
「…………私の人生は娘が横槍を入れるものだと、
昔も今までも思い込んでいました。
それが恨めしかった。
ですが、
今は____お父様ですら、横槍を入れるの?
今は私は社長よ。
プレッシャーに押し潰されながら
耐えているのにどうして誰も褒めてくれないの!!」
綾は立ち上がり、そう叫んだ。
そして、チェストに飾られた額縁に入れられた賞状。
それを迷わす手に取るとそれを、傑の頭上に何度も振り落とす。
「准はもういないのよ!? 孫娘も自ら拒んだ。
ならば、後継者は私しか居ない筈よ。
もっと褒め称えてよ!!認めてよ………!!
私はこんなにも頑張っているのに_____」
何度も額縁プレートが、傑は頭上に落ち叩かれる。
手で遮ろうと傑はもがくが、
不意に見た娘の表情は般若の如き形相で絶句する思いで、
狂気に満ち狂っていた。
割れた硝子の破片が、棘の様に降り注ぐ。
娘は自分自身の媚び売りする姿しか見覚えない。
(目の前の人物は、綾なのだろうか___)
傑の静止も、
我を失い逆上している綾には何も届かない。
軈て入室してきた秘書、警備員に取り押さえられるまで
綾は傑を殴り続けた。
(私は、ずっと緒方香菜に囚われている)
____涼宮響介宅にて。
「え?」
冷静沈着な響介が、眉を潜めている。
思わず麻緒は彼の方に視線を向けて、微かに首を傾げた。
「(……………?)」
「分かりました。本日の11日から退院時期は未定と」
麻緒は食事中だった。
いったん手を合わせ、箸を置くと
響介の携帯端末での会話から不穏を悟り
己も携帯端末を取り、ネット検索の候補欄に目を見開く。
_____守山財閥、
エスケープクロックホールディング会長・守山傑氏
頭部外傷により、緊急入院。
プライベートで頭部負傷し、
緊急回頭手術、意識不明の重体と記載されている。
報道番組や新聞のスポーツ紙にもその話題で持ち切りである。
(………………何が、あったの?)
麻緒は、絶句した。
疑問符を脳裏に佇ませながら、傑の特徴を脳裏をに浮かべる。
彼は健康そのものが自慢で
守山財閥のトップの権力を伏せ持つ。
そして何より長生きと健康をモットーに、
食生活の管理や運動にも意欲的なのは有名な事だった。
守山家の造りも博物館の如く広い廊下や、
開放感あるリビングルームも守山傑の要望により
建てられたという。
第一に健康に気を配っている傑が、
自ら大怪我を負う事はないだろう。
………………だとしたら。
(守山綾………貴女、何かしたの?)
傑に怯え、それでも盲信的な承認欲求の高さ。
そんな綾が父親に手を上げる事はないだろう。
だが。
綾の、我を忘れ怒り狂う、という癖を思い出した。
それは癇癪の様に怒りに支配されると周りの声すら聞こえない。
………それが、裏目に出たというのなら。
しかし、思い留まる。
桧山紬はまだ名の知れぬ、守山家を精査するジャーナリスト。
(弱みの切り札が、握れる筈だわ)




