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26ダース・狂喜乱舞の舞踏会




 「(知らない番号……)」






 

 携帯端末の画面を見ると、知らない番号からのコールだった。


基本的には応答しない。

しかし、何処か胸騒ぎがして応答を押した。




「守山傑です。突然に申し訳ないですが

 此方、涼宮麻緒さんの携帯、とお聞きしました」


「…………………」




 相手は守山傑だった。

傑の事は何も知らないせいなのか、紳士的な声音の裏に

驚き、どんな思惑が潜んでいるのかと不信感を抱かせた。




 あの時、偽りの娘として現れた麻緒を素っ気なくあしらった人物。






(…………今になって、何故……)






 守山傑に告げられたのは、2人で話をしたいとのことで




指定された場所は


 芸能人御用達のホテルレストランだった。

其処はクラシカルな雰囲気と何処か幻想的な佇まいを残している。

見慣れないもの、まるで童話の世界のようだ。



 そして、目の前に座る権力者の存在感もまた、見慣れない。






 筆談を通して、会話を通す。




「こないだは、すまなかった。あんな拒絶したような真似を」

『…………(いえ)』




 麻緒は全くの無傷だ。

付け加えれば、気にも止めていない。

______元からどんな感情も発生しないのだから。




 


 薄幸と空虚さを滲ませた表情は、

何処か焦点が掴めず、宙に浮いている。




(この子が、25年前の………)




 よく凝視してみる。

けれども綾の面影を連想させる事はない。

透明感と聡明さを抱かせた顔立ちや佇まいは清楚さを与えた。



_____どちらかと言えば“あちら”側に似ている気がする。






 そう思った矢先に、つい共通点を探してしまうが、




 その度に珈琲の後味にも似た苦さが広がる。






「…………?」





「いや、気にしないでおくれ。

あの時に別れた子供が、こういう風に

目の前にいる事がまだ信じられないだけだ」

『……………(そうですか)』




 麻緒は冷静沈着に、ペンに筆談内容を書き記していく。





『あの……単刀直入にお聞きしてもよろしいでしょうか』

「なんだ?」




 傑は首を傾ける。






『…………先日の会話で


 私は、あまり望まれた子ではない、と感じました』


「………ああ、それか」




 拒絶反応を示してしまった時に、

我を喪い口走ってしまった言葉を今更ながら後悔する。既に彼女には悟られてしまっていた。




 (博識高き、明晰な子だ)




 


 あわよくば、自身の身をわきまえている、というべきか。






「涼宮さんにとっては酷かも知れない。



 だがこの際にはっきり言おう。




______私は、涼宮さんを孫娘と認めたくない」


「……………」




 麻緒は目を伏せた。




(はっきりと言い張ってくれた方がいい。

…………こう宣告された以上、どうする事もないのだから)


 


 曖昧な立場に置かれるよりも、

はっきりと意思表示してくれた方が此方も割り切れる。

迷うことなく判断を下せるのだ。


 まだ理性的な傑なら、正しい判断を下せるだろう。




「子には罪はないと分かっている。



……………だがな、25年前、

涼宮さんは、守山家を波乱の渦に陥れた張本人だ」










(…………波乱?)


 


 麻緒は顔を上げた。

その刹那の時だけ__穏やかそうに見えた、

守山傑に憎しみの色が瞳に宿っている事に気付く。


 歓迎なんぞされたくない。

だからこそ、麻緒にとっては都合がいい。

けれども、煮え切らない程に絶妙に後味が悪さは、なんだろう?




「理由は言わない。


 守山家を波乱に陥れた贖罪だけを背負って生きろ」













『ごめんなさい………ごめんなさい……私がいなかったら、


 生まれてこなければ…………』




 緒方香菜だったあの頃、蝕まれるかの様に何度も告げたもの。

今思えば守山家には最初から望まれぬ子供だった、と視線と呼吸から理解出来る。



(…………どうして、叔父は救ってくれたの?)



 准は全てを知りながら、煮え湯を飲まされた筈なのに。






 守山家は何かの幻影を隠している。

そしてそれを忘れたふりをして幸せな財閥だと(つくろ)う。

25年前の秘密の(かげ)りを抱えているのは、綾以上の爆弾かも知れない。




 ただ、


麻緒が用があるのは、綾でしかなくて、傑は論外だ。



今更25年前を蒸し返しても、

准と美琴の事に関係するものが出てくる事はない。

麻緒にとって今更、蒸し返される自身の出生の秘密等、どうでもいいのだ。




「25年前の事は、私や、守山家には苦い記憶でしかない。だから……」

『(___分かりました)』




 彼女の答えは意外とあっさりとしていた。

再会した生き別れの家族に対して一切、悲哀も哀傷も見せない。

対して執着もない様に感じた。



(_____なんだ、この躊躇いは)




 怒りではない。




 どうでも良かった筈だ。

守山家の苦い記憶を作った張本人だからこそ、興味もななく、

家の顔に泥を塗った子供達だと軽蔑や憎悪すら、懐いていた。





 傑は守山家に対して壮大な誇りと尊厳を抱き、

誇り高き守山家の人間である。



 けれども

こうもあっさりと割り切られてしまうと

守山家を何処かで軽視されている様な心地がしてならない。


 離れていたせいか、

その自覚は芽生える筈もないし、最もらしくないだろうのが基本的だ。

けれども………。




(………仮にも、守山家の血を引いているのに)




 何処か愛憎が籠もる。






(なんだ、この矛盾は?)




 迎え入れるつもりはない。




 それでいいのに。




 当たらず障らずの彼女の態度に、心が揺らぐ。






『申し訳御座いません。


 では、今後一切、

守山家様とは関わらない方がお互いの為ですね)』




 淡く微笑んだ後で、

社長に渡してほしいとテーブルの前に差し出したのは

依願退職だった。




 彼女は異常な程に、物事の飲み込みと悟りが早い。


来る者は拒まず、去る者は追わずの性格のせいか、

作り上げられた筈の、自然体の微笑みは、隙がない。

麻緒の対応の速さに気付けば、傑の方が拍子抜けしていた。




(本当に、守山家の血筋を持つ人間を手放してもいいのか)




 不意に(よぎ)った、声音。



 あの苦い記憶と反芻(はんすう)して、天秤が揺らぐ。




(____“貴女”が心配するまでもないみたい。


どんどん置いて行かれてしまうけれど、“貴女”はまだ食い下がる?)
















 守山綾は、自惚れている。

自身が守山家を護る、という耳障りのよい台詞に

恍惚的に陶酔しているだけで、本当の狙いは守山傑に赦して貰う事だ。








___エスケープクロックホールディングスグループ 社長室






 涼宮麻緒のデスクトップは、

秘書の石川が最終整理に入っている。

元々整理整頓されていたデスクトップは裳抜けの殻だ。




 綾は見慣れない現実に目を剥くと険しい表情をした。






「どうしたの?」

「………………え? 守山社長はお訊きしてしませんか?」






 石井の方が、

不思議そうに微かに驚いて綾を二度見した。

そのタイミングを待っていたかの様に、会長室に来るにと連絡がきた。









 会長室の机には

デスクには、依願退職届、誓約書と並べられている。














『(再会しても、会長や社長にとって

苦い思い出になるならば、私の方から身を引いた方が確実です。



 もう姿は現しません。




代わりに____夫の事を、宜しくお願い致します)』






 会長室で(したた)めた誓約書。

それに加え涼宮麻緒のサインが契約書としてある。

先日、傑の命令通りに、麻緒は忠実に従ったものである。


 わなわなと震えながら顔を俯かせ綾は唇を噛む。






「本人からの希望だ。まさか自ら身を引くとは思わなかった」



 傑は何処かで傍観していた。

涼宮麻緒が守山家に執着を見せるか、去るのか。

上から目線で見ていたら、彼女はあっさりと姿を消した。




“今後一切、守山家及び


エスケープクロックホールディングスグループに関わらない事を___”














(涼宮麻緒が、自らの意志で我社から出ていった………?)
















「博識の高さ、身の程のわきまえ方、聡明さ。

貴様とは似ても似つかない程のお嬢様だ。………私も甘く見ていた」






(しかしなんだ。この後味の悪さは………)






 孫娘を突き放したからではない。


彼女が見せた“悟り”。守山家の人間の品格を保ちながら

此方の心情を見透かし見せなかった、自然的な優雅な去り際。




 


 彼女の覚悟は、かなりのものだったろう。

再会しても、また他人の様に何事もなかった様に過ごす。


____そんな約束を固く守る。










 ただ、綾にとっては崖っぷちだ。


 傑は跡継ぎを迎えるのではなく、

過去の後味が悪い記憶の象徴を葬る方を選んだこと。

涼宮麻緒自身も守山家に執着がなく、姿を消したこと。


 彼女を踏み台にして、

傑の赦しを乞おうとしていた綾には誤算でしかない。




(どうして、皆、私を裏切るの………?)



 被害妄想的な、被害者意識。

綾は足許から崩れ去ってしまっていた。




「どうして、お父様……。


あの子を追い出してしまったの。

我社の点字技能士の一人で、


………それにもう、

守山家の後継ぎはあの子しかいないのよ……。


なのに」




 傑は乾いた笑い声に身を浸す。




「彼女に言われたよ。


“苦い幻影を抱いている以上、穏便には過ごせないだろう”、と」


「…………幻影」

「他愛もない接していても、

何処かで不安に駆られその苦い思い出が脳裏に霞めるだろう。

それが己を苦しめるのなら、本末転倒だと。


涼宮夫人が居れば、貴様は必ず、失態を犯す。

守山家の顔に泥を塗る事もない。良い機会だと思え」




 傑は、悟りを開きながら、肩を落とした。








 (……………涼宮麻緒は、どうするつもり?)








 綾には後がない。



 待っているのは耐え難い傑からの軽蔑。

跡継ぎを追い出し、多額の負債を抱えた娘の存在感。


そんな侮辱感に晒されて生きれる図太さを綾は持ち合わせていない。




 やっと、偽りでも見つけた生き別れた娘。

けれども傑は拒絶し、麻緒もあっさりと身を引いた。




(麻緒が無様でもお父様

(すが)り付いてくれたら、良かったのに)




 そうしたら、助け船を出すふりをして、

自身の株や好感度も傑から上がっていただろう。



(あたしばかり、悪印象を抱かれるの………)




 そうすれば、

傑の考えも、少しは変わってくれたのかも知れない。


















 「有難う御座いましたー」





 麻緒は、会釈をする。

守山家と関わる前の日常は、そよ風の如く戻ってきた。



 いつも通りに郵便局で、

点訳依頼の書物を匿名配送の手続きをし

帰路に踏み出したその瞬間だった。











 自然と視線と心が不穏になる。






 ボサボサのカールが取れた、ソバージュヘアに、

気崩れた服。


なにかに取り憑かれた様な縦横無尽に走る縦皺に、

血走る双眸と濃い隈。その人物が

一瞬、誰が分からなかった。






 守山綾である筈なのに、

そのただならぬ雰囲気に静かに悪寒がする。

強引に腕を掴まれると、車に引きずり込まれた。



 雪崩れ込む様に、

後頭部座席に追いやられ、肩を掴まれる。




「貴女がもう一度、縋って。………例え嘘泣きでもいいから。


 お父様に縋り続ければ、

お父様の考えも変わると思うの。


これは孫娘の特権よ。

貴女しか出来ないわ。今此処でやりなさい」




 ぎらり、と銀色に光る刃が見えた。

それが此方へ向けられ、不意に右側を見ると

ダッシュボードにはムービーカメラが起動している。






 麻緒が視線を迷わせ

躊躇っているふりをしていると、綾は痺れを切らし

更に両肩を強く掴んで四方八方に揺さぶった。




「言いなさい、言うのよ!! 簡単な事じゃないの!?」






 激情、愛憎、憎悪。



悲願めいた懇願と隣合わせの報われないもの。

崩落しつつあるものにしがみついて離れない。


 きっと、

綾は麻緒が失声症を患っている事を忘れているか、

それを演技かと思っている。




 「いいから、私の思い通りにしなさい___!!」






 鼓膜が、割れそうだ。




 狂乱している。傑の為だけに狂っている。





25年前に何があったのか、知る権利もないらしいが……。










 傑に対して、ゴマをすり、猫撫で声で懇願する綾。



 其処までして自身の面子(めんつ)を保ちたいか。






(こんな事を繰り返しても、ますます軽蔑されるだけ)




 麻緒の表情は変わらない。

対して心は霜月の様に冷めて凍り付いていく。


自身が危機的状況にいる筈なのに

脳裏の回路は整っていて冷静沈着な傍観者の様に見えた。






(何故、赦しに(こだわ)るのか)






元の元凶は、麻緒かも知れないが、

綾の父親への感情は常軌を逸している。(こだわ)り、執着し、


その為ならば手段を選ばない。



 もしもの時にスカートのポケットに入れてある

筆談セットに走り書きする。








『(気持ちのない人に、どう(すが)れと?




生き別れた娘様を蒸し返す為だけに現れる。

そんな傷口に塩を塗る様な真似はしたくないです。

その為だけに………会長の前に現れるだけなら………)』








『(いい加減にして下さい。25年前。


 私は守山家の手から離れた瞬間に、別人になりました。

今更、守山家に引き戻されようとも、誰もが苦い思いを抱えるだけです)』






 麻緒が怯えている瞬間は一寸たりともない。

それでも焦燥感から、綾は麻緒の前髪を引っ張り出す。

この意味のない痴話喧嘩的な駆け引きを何時まで、続くのだろうか。




講釈(こうしゃく)ばっかり………いいから私の言いなりになりなさい!!

守山家の孫娘のふりをするのよ!!  私の為に___!」



 喉が張り裂ける程の、絶叫。





 その瞬間だった。

運転手が慌てた様な声音で、綾の元に振り向いた。






「綾様。此処にドライブレコーダーが」

「は? ドライブレコーダーは予め排除した筈よ!?」

「それは…………2代目が何処かに設置されていたようです。恐らくは会長の………


それに、先程から電話が鳴り止みません!!」






 その瞬間、向こうから来た一台の車。

見慣れたもので月明かりから、後頭部座席と人物が見えた。


 威厳ある面持ちを崩さず、

そして何処か軽蔑的で呆れている眼差しに心が抉られる。






(………お父様は、孫娘のどう思っているの?)








 助けたいのか。見放したいのか。




 今はその眼差しだけで耐えられない。






「____聴こえるだろうか」







 その声音に誰もが硬直した。

傑の声音は悲哀の熱が籠っている。

恐る恐る運転手が見つけたのは盗聴器型のスピーカー。



 綾が暴走した際に駆け付ける様に、仕込んでいたもの。



「綾。無関係な人を巻き込むではない。解放なさい」

「無関係ですって? お父様の意図が見えないわ。

 守山家の跡継ぎはもう、」


「_____その言葉聞き飽きた」




 ばっさり、と切り捨てると綾は呆気に取られる。




「私も、涼宮さんも、今後、守山家と関わらない。

両者が同意の許で、誓約書での書面を交わした筈だ。


それを身勝手な横槍、入れよって……とことん諦めが悪いな。






___私の顔に、泥を塗ってからに」




 




 失望の声音。

綾の顔色はどんどん青褪めていく。






(どうして、私の思い通りにならないの………?)








 また醜態を晒した。

傑が仕掛けたのだろうものは、綾を、娘を、信用していない証拠。


______全ては見られていた。




麻緒は呆気に取られながらも、綾の詰めの甘さに軽蔑する。

そろそろ学習出来ないのかと。




 けれども混乱の中に紛れて、

彼女を混乱の渦に突き落としてやろうと

麻緒はそっと綾の頬に手を添えた。そして____。








「_______………………」










 恐らく伝わったのだろう。




_____その瞬間の顔色は尋常性ではなかったから。










 口話で、囁いた声音。

敢えて闇夜に行き場のない絶望感を与えるものを、囁いた。










「ねえ、兄さんと、美琴さんは……どこにいるの?」














(貴女が、関係者なら、無視できないでしょう?)







【涼宮麻緒の年齢設定につきまして】



麻緒の年齢設定ですが、表向きでの認識は26歳です。

ただ周りの混乱もあり、曖昧となってしまっているので

正確には24歳となります(彼女自身の誕生日が早い事もあり)。


傑は正確に覚えておりまして、25年前の出来事

と認識しております。


他の登場人物が、曖昧な解釈となっておりますが

ご理解いただけますと幸いです。


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