表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/51

23ダース・天秤の皿に置かれた砂時計



数日前。






「涼宮弁護士」










 威厳ある口調で、傑は響介に告げた。






「専任顧問弁護士が決まった、

そのお祝いの会食を是非開きたいのです。

今夜、我が家にてどうです?」



「……………そんな。私はただ弁護士として

エスケープクロックホールディングスグループ様にお選び頂いた、それだけだけでも光栄な事です」




「まあ、ご遠慮なさらず。今夜ご予定は?」



 人の話は聞かない。言わば通じないというべきか。

何処かに思惑を含ませる様に、柔く口角を上げた。

 

 謙遜する響介に、傑は食い気味に身を乗り出す。

本当は強制的な事は嫌いだ、自身のペースを崩されたくない。

………………そんな心の水面に隠して、本心を隠す。






「………ありませんが」

「なら是非とも。奥様も是非」






 








 自身がずっと望んでいた事、言葉の使いようで、

焦燥感すら抱いていたのに、今は屈辱的の様な気分だ。




 弟にそっくりな弁護士と、身代わりにした少女の生き写しの夫人。




 化粧室で、綾は項垂れ、無意識的に視線を鏡に寄せる。


巷では、整形依存症と言われているが、実は違う。






 少女時代に子供を産んだ後、

それらの過去をおざなりにする様に、整形し続けた。






『あの子、15か16で子供を___』




 


 それに、整形した理由はもうひとつ。






(____捨てた子供に、自身が母親だと悟られない様に)




 母親が、顔を変えていれば子供は探す術がないのだから。

あの事は、本当は、闇に葬り去りたい。




 けれども、葬り去る事も出来ない。

跡取りとして傑に納得して貰うには、緒方香菜に見合った偽物が欲しい。

傑が望む跡取りを連れて来なければならないのだ。




 


 けれども、自身の思い通りには、人生は上手くいかない。










 オートロック式の門。

其処に広がるのは鮮やかかつ華やかな庭園の様な庭。

門から玄関までは果てしなく遠く感じる中で、

麻緒は不意に誰かの声を聞いた。




(此処が、貴女が育っていたかも知れない場所よ)




 見知らぬ声に目を凝らし、不意に後ろを向く。

けれども誰もいない。












「これは、詰まらないものですが」






 響介が差し出したのは、有名な老舗の和菓子。

すると家政婦は顔をほころばせて、




「まあ、〇〇堂のお菓子ではなりませんか。

 旦那様、大好きなのですよ」

「それは___良かったです」




 家政婦の言葉に、響介は微笑んだ。










 リビングルームにある、食卓。




 まだほんのりと湯気が感じられる、温かな料理達。

傑は中央、斜めに綾、対面する形で麻緒と響介がいる。

バイキングスタイルで、それを召し上がりながら、

麻緒は何処か憂鬱な気分になる。




(私だけ、こんなに贅沢な場所に居て、食事をして)






 叔父夫婦と、義妹への後悔。

本音を言って、今でも箸は進まないのだ。




 いつも感じるのは懺悔と悔恨の念。








 ただこの食事会は、

守山親子を戦々恐々とさせる気持ちにさせた。




 傑は響介を准の存在を重ね、綾は麻緒が緒方香菜を重ねては、

まるで(かさぶた)をゆっくりと引き裂れる様にヒリヒリとする。






(狂え、生きた心地もしない程に)




 どことなく場の雰囲気は、凍り付いている。

他人行儀の麻緒と響介を前に、守山父娘は何処か相手の探り合いを繰り返す。

しかし、何も浮かばない。



 



「まあ、おとしやかな淑女の様な奥様ですな。

 気立てのいい奥様だことで羨ましい」

「………いえ、身に余るお言葉です。………だそうです」




 麻緒の言葉を、響介を通して翻訳する。




「息もピッタリだ。夫が妻に献身的に寄り添う。

 その姿を___私も見たかったものですな」

「そんな」


 


 綾の箸が止まる。これは皮肉だ。

麻緒を睨みながら、綾は箸置きに箸を置くとそのまま、

席を外した。




 綾の姿は、

家の備え付けのオーシャンビューのテラスにある。






(あたしを侮辱させて、なんのつもり?)






 あんな食卓にいたら、せっかくの美味な料理も味わえない。

生きた心地がしないし、なんと言っても弟と

緒方香菜を見ている錯覚にしか見えないのだ。






____無条件に、疲労困憊になってしまう。






 淡い風。星のひとつもない空。




 煙草を手に取る。

足音がして、不意に見詰めると、涼宮麻緒が居て驚いた。

心配そうながらも複雑な面持ちで此方を見ている。






 アイボリーのブラウスに、


シフォン生地の柔い淡水色のフレアスカートは似合っている。

質素なのに、それらが飾らない自然美を引き立てる程に

彼女は薄幸と儚さを兼ね備えた美人だ。








 この世には、3人、似ている人がいるという。










___涼宮麻緒は、緒方香菜とたまたま似ていただけか。












「なんで此処に?」

「『突然、中座されたので』」




 携帯端末の

飜訳音声アプリは、かなり無機質な声音をしていた。

准と緒方香菜の事もあり、かなり綾は気が立っていたのは否めない。




 それでも、醜態と失敗を重ねれば、

傑に軽蔑され、見捨てられる事は目に見えている。

……………それは嫌だ。





(緒方香菜が、生きていたら、このくらい?)



 不意にそう思った。

喉から手が出る程に欲しい、守山家の血縁者。

放置せず見張っておけば良かったと思っても、今更、遅い。





 「そ」



 気分を外らす為に

綾は器用に携帯ライターで、煙草に火を付けて蒸す。


夜空に向かって白煙が虚しくゆらゆらと、消えていく。

甘めの独特の煙に咽むせそうになりながら、

麻緒は呆然と立ち尽くし、内心、軽蔑にも似た眼差しで綾を見た。






「貴女、敏腕な点字技能士なんですってね」






 思わず、顎を引いた。




 横から差し出されたのは、

エスケープクロックホールディングスグループの名刺。






「我社の思案が、

福祉関係なのは、知っているでしょう?」

「『ええ。夫からお聞きし、存じております』」



 綾は笑う。………自虐的に。

虚しさに包まれた哀しい女に見えた。



「まだ私の会社は真っ白なキャンバスなの。

何物でもなれるわ。



 だから福祉関係に強い、

弁護士の貴女の旦那を専任顧問弁護士として呼び寄せた。

あたしにとっては道具よ」

「……………」



(感情移入もしない、同調もしない。………しても価値がないもの)



 けれども綾は微笑を深めて告げた。

麻緒はゆっくりと首を傾けている。



「点訳技能士の資格を持っているなら、事幸いだわ」




 




 少女の微笑みを浮かべる綾に、心内で後退り。

例えるならば、この微笑みは破滅しか呼び寄せないセレナーデだろう?






「私___点訳士として、貴女をスカウトするわ」






 硝子が割れた音がした。

名刺を持っていたまま、麻緒は微かに目を見開きながら俯く。



(私、なんの為に、点訳をしてる?)



 きっかけは美琴だ。

香菜の頃は責任も生じないものだったと思う。


 現在(いま)は、点訳士として役目や責任感がある。

こつこつと地を固めてきた事を思い出した。次にお客様だ。


 リピートを重ねて、密かに慕い、

何度も点訳の依頼を重ねて喜んでくれる人もいる。

人生を投げ捨てた女が、唯一無二、呼吸をしていると実感していて

それだけでいいと思って生きてきた。


 麻緒の半分は点字や点訳で出来ている、と言っても過言ではない。




 自身で貯めたものは逃げては行かない。




 易々と此処まで歩んできた訳ではない。

綾に加担してしまう事で、その人達をおざなりになってしまう事が、最初に過ってしまう。















(実の娘とも知らず、厚顔無恥に好き勝手やって……)



(身代わりにした次は、今度は……点訳士として呼び寄せる?)




「悪い話じゃないでしょ」


「………………」




 指先に煙草を挟みながら、悪魔の微笑みを浮かべる。




 手話通訳者は揃った。

ただ、点字技能士だけが見つからない。

先日の身辺調査で涼宮麻緒が点字技能士である事に目を付けた。






 義務的にやる。

それが、なんだかそれは性に合わない。


元々は美琴を通して知った点訳。



_____それに反比例して麻緒が思ったのは、






(素直に貴女の為に貢献したくない)




 憎悪と悲哀。




 たった一人の誰かより、この女の為だけに操り人形として動く。








 濡れ衣を着さされ、10年を奪った女。


 大切な人達を無慈悲にを奪った悪逆無道の女。


緒方香菜だった自身が罪の意識に苛まれてきた中で、

きっと悠々自適に暮らしていたに違いない。




「『そんなに、私でないと駄目でしょうか。


  私でなくとも、守山様に貢献して下さる点訳技能士の方は居られる筈です』」




 呆れにも似た言葉。

麻緒の言葉に眉根を上げて、綾はすかさず睨んだ。




 




 「なによ、それ。

せっかくこの私がスカウトして上げるというのに。

恩を仇で返すつもり? 大体、高尚よね、貴女って。



守山家に逆らうだけでも、無礼だというのに」






 早口でまくし立てる綾に、麻緒は無表情だった。

なんだか今まで行ってきたものが無意味の様に言われているかのように見える。


 他人を卑下して自己価値を偉大なものだと思い込んでも

ただ虚しいだけなのだけなのに。










「本当はか弱いふりをして、無傷だったりして」




麻緒は首を横に振る。

実際に医師から声が出なくなったのも、

心的外傷後ストレス障害の影響だと言われた。






「それと___貴女、


気持ち悪い程に、私が奈落に落とした女に似てる。


……………まさか本人じゃないでしょうね?」




 嘲笑い立て続けに、麻緒は首を横に振る。

身辺調査にも涼宮麻緒の事はシークレット的な存在だった。

空気の様に掴めない。それが腹立たしい。








(…………私を……奈落に落とした?)








 最初からそのつもりで、自身の全てを奪ったというのか。


准や美琴、義妹___そして10年分の半生を、身代わりに。


 






 何があって?



 どんな思惑があって?










 (私がいるせいで、みんな、奪われたの?) 




 刹那に水面に浮かぶ、自身への嫌悪と、綾への憎悪。






「とにかく、私がスカウトして上げたのよ。

 あんたの旦那も生きていられるのは守山家のお陰。


 それくらい自覚なさい?




 それを無下に断るなんて、良くも悪くも似た者夫婦。

あの時に学んだでしょう!?




___私の言う事には、必ずイエスと言うの!!」






(……あの時と一緒だ)








 響介に専任顧問弁護士になれと説得しろ、と言って激情的になった。


 彼は丸く納めたけれども、

彼と自身では“守山綾に抱いている感情は違う”。

その刹那、麻緒の中で激情が走る。








(恥でもかかせて、貴女の大好きな人に軽蔑されようか?)






 その瞬間、わざと靴に(つま)づいた、

綾は激情的に麻緒の肩を揺さぶっていたから、平衡機能感覚を無くす。

今宵は寒い。冷たい水が棘の様に刺さる様な感覚を覚えながら双眸を閉じ、沈む。








 バシャンという聞き慣れない派手な音に、

プール備え付けの警報機が鳴り響く。




 不思議に思い響介や傑も駆け付けた。






____麻緒がプールに落ちていた。





それを象徴するかの様に水面から藻掻く様な手。






____彼女は泳げない。




 溺れているのを見た響介は、

スーツのジャケットを脱いで素早くプールの中に飛び込んだ。








(…………似てる)




 


 プールは、意外と浅くて、地面に身を横たわらせた。

呼吸は続かない。意識が遠退く中で麻緒は、蒼い世界で、手を伸ばす。


 覚えていない。それが何を意味するのか。

けれども懐かしい感覚に苛まれて目を閉じた。








(___香菜、負けるな)


(ずっと私達が、見守っているからね)




 脳裏に浮かんだのは、准と美琴と、二人の間にいる少女。






 響介は、素早く器用に救い出すと、麻緒を抱えた。





(まだ、息絶えるな。君は無実だ)






「…………申し訳御座いません。スーツのジャケットを頂けます?」


「ああ。使用人に毛布やタオルケットを用意する様に言おう」


 


 顔面蒼白ながらも傑が駆け出した。

ジャケットを着せると、()せて、麻緒は水を吐き出した。

喉が焼ける様な感覚を覚えながら、今度こそ意識を喪う。






____綾はただ傍観していた。






 そんな彼女を少し響介が睨み据えていた。




「____満足ですか」

「なにが」




「僕は何も知らないとでも?

探偵事務所につけていた防犯カメラや盗聴器に貴女は映っていた。


妻を責める状態でね。………なにかしらの恨みがあるとのかと」




 まだ綾の激情的な感情的は、残人。






「貴女だって、卑怯よ。

貴方は、私から未成年者後見人を奪ったじゃないの!!」


「………なんの事です?」


「___とぼけないで!!」




 綾は響介を突き飛ばした。


床に泥濘ぬかるんだ水気があった事も最悪な事で


そのまま、響介もプールに落ちたものの、

何事もなかったかの様に這い上がる。




「守山綾さん。


………何故、焦燥感と共に麻緒に執着するのです?」








 水もしたたる色男。

含みと微笑を交えながら、綾を見上げて告げる。








(2人を、見ていると苛立ち殺気立つ。

弟に似た涼宮響介、緒方香菜に似た涼宮麻緒。煩わしいのよ)












「綾____!!」






 そこには、顔面蒼白の傑が、震えている。



綾は絶句した。

“激情に包まれて、父親の存在を忘れていた事を”。














「この度は、本当に申し訳御座いませんでした」




 病室の前で、そう深々と頭を下げるも、答えはこない。




 あの時、響介が救出したのだが、

麻緒は上手く水を吐き出せず、気管支が炎症を起こし、

一時は呼吸困難になり、入院となった。




 綾への疑心暗鬼により、プールサイドの防犯カメラを見た

傑が、娘が、涼宮響介の妻と揉み合いになりプールに突き落とし、

響介までも突き落とした事に顔面蒼白になった。




 彼女が入院したと聞いて、

慌てて涼宮麻緒の病室に行ったものの

面会謝絶という現実に傑は項垂れるしかなかったのだ。   


まるで門番の如く開かずのドアの前にいる響介に謝罪し、傑が頭を下げた。






「貴女の娘様の行われた事実は消えない事です」






 響介は、怜悧にそう告げた。








 病室を足を運ぶと、

麻緒が起き上がって、窓の外を見詰めていた。




 炎症反応は治まり明日、退院予定だ。


 


 傍から見れば、妻に寄り添う夫に見えるが

響介がいるのは見せかけと、裏を返せば監視だ。

…………彼女が、自傷行為に走らぬ様に。








『(守山傑さん?)』

「嗚呼。言葉だけの謝罪にきたよ」

『(そうですか)』




 涼宮さん、お願いがあります、と紙に綴る。








『私、エスケープクロックホールディングスグループに入社し

点訳士として働きたいのです』






 突然の事に、響介は眉を潜めた。






「どうした? いきなり?」


『(私は守山綾とは因縁がある事は貴方も周知の事でしょう?)』




 傷だらけの痛々しい手首と共に、麻緒はそう筆談する。


(やが)て響介を見上げたその双眸には強い意志を持っていた。






『(貴方には迷惑をかけません。

私の事は私だけで片付けます。だから、お願い致します)』




 懇願に顔を(しか)めた。

麻緒には何かある。けれどもそれは

逆鱗に触れる何かしらが。響介は、当たらず障らずにただ頷いた。






「人生には限りがある。君は10年を奪われてる。

やりたい事に口を挟む気はないよ。やるだけ、


やればいい」


『(有難う)』














『守山社長、涼宮弁護士の奥様がお見えに………』






 綾は思わず、立ち上がった。

通す様に告げると間もなくして、涼宮麻緒が現れる。




 現れた彼女は、“今までの彼女”と何処か違っていた。






 一礼するとある封書を綾の前に差し出す。

警戒しながら綾が開けると、それは涼宮麻緒の履歴書だった。


睨み気味に視線を上げると、麻緒は視線を落として




「(___先日は申し訳御座いませんでした。


 私が間違っておりました。守山様のスカウトお受け致します。




守山社長に貢献出来る様に精進致します事を誓います。


私を___エスケープクロックホールディングスグループの点訳士にさせて下さい)」


「……え?」






 綾は(訝いぶかし)む。






「どういう心境の変化?」

『(……それはお答え出来かねます)』




(貴女が疑わしいからよ)



(絶対に叔父夫婦と義妹を殺めた犯人を、私が見つけるわ。


 それが私が墓前に持っていける唯一無二のものだもの)


 


 (よこしま)な気持ちは、拭えない。

けれどもそれは両成敗だろう?



 綾は高らかに嘲笑う。

まあ、奈落に落とす人材ではない。




 


「貴女。見た目と違ってかなり勝ち気なのね。

その熱意買うわ。ヤボだったら、すぐにクビにするけど」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ