21ダース・知らない弱味、天秤の疑惑
守山家は問答無用で、葵と楓を守山家に連れ戻そうとした。
それは孫を思ってではない。守山財閥が解体しまうからだ。
玉座に座る傑はその想いに焦燥感と共に暗雲めいた、気持ちを抱いている。
あれから飯島尚哉からは、麻緒は救世主、と言われている。
桧山紬の姿で飯島家に脚を運ぶ事も増えた。
表向きは穏やかに見えても、麻緒が飯島家に訪れるのは、
葵と楓の監視目的でもある。
守山家の魔の手が及ばないか、
それともまたどうなるのか、それは見ものだ。
『(葵さんと楓さん、いかがお過ごしですか?)』
筆談ボードを、紬は掲げた。
桧山紬は不思議な青年だった。
親しみやすそうなのに、何処かミステリアスな雰囲気や出で立ち。
親身で献身的なのに、何処か一歩引いて、距離を置いている。
子供達との再会を願っていた尚哉にとって
紬の存在は願ってもいなかった。
「桧山さん。
ええ。二人共に僕が出て行った後の事を話してくれました。
権力に怯えていた私がお恥ずかしいです。
止まった親子の時間を取り戻せるよう、頑張ってはいるのですが………まだぎこちなく」
『(肝心の、親権者調停はいかがですか)』
「権力には勝てない。と常々、噛み締めています。
でももう諦めるつもりはありません。
僕は別け隔てなく、
一人の人間として、子供達と向き合いたい。
子供達も一人の人間ですから。
…………冷徹な守山家には、渡したくないです」
それは、心からの本音だろう。
守山家と飯島家の、親権者調停が始まった。
守山家は政治家も絡む壮大な権力の座にいる。
絶大な権力の威力は衰えず、守山家は場違いにも孫を連れて行った児童相談所や、飯島尚哉を誘拐罪で訴えようもしているらしい。
だから。先手を打った。
____守山家、リビングルーム
「もうどうでもいい」
「……………え?」
傑の一言に、綾は顔を上げた。
「是が非でも、葵と楓を守山家に連れ戻せ」
「……………お父様」
「公的な機関なんぞ、守山の権力には足元にも及ばない。
是が非でも連れ戻さねば」
「でないと、守山家の血筋は絶えてしまう!!」
その刹那、綾の中で何かが途切れた。
綾にとって葵と楓は、自身から傑を取り上げる邪魔者と
気付いた今、是が非でも2人は守山の敷居をまたがせたくない。
それは、息子と娘に父親を取られたくないという強欲で貪欲な憎しみ。
加えて自身のキャリアを侮辱されたと思い込み
逆恨みしている綾はもう二人の顔等、見たくはない。
意外と傑が跡取りというのを口にしても余裕綽々なのは、
(_____まだ、私には、切り札がいる)
という思いがあるからだ。
傑は嫌がるだろうが、背に腹は代えられない。
傑が欲しいのは、守山家の血を引く跡取り。
けれども“葵と楓だけじゃない”。
急に綾は鼻で嘲笑い、悟った表情に変わる。
「……………お父様。ご心配なく。
葵や楓以外に、“あの子”が居ますわ」
「___あの子?」
「私が少女だった頃に産んだあの“娘”が」
全てを悟った傑は、途端に茹で蛸の様に紅潮させ、頭に血が昇る。
「………な、貴様は
“あの過ち”の子供を守山家に迎えるというのか」
傑は否定的に罵声を浴びせるが
綾は企みを含んだ面持ちで告げた。
「お父様。現実問題を考えて下さい。
葵も楓も不良街道を歩んでばかり。
しまいには親である私の顔にも泥を塗ったのです。
なんて親不孝者かしら。
守山の恥じ晒し。だったら、
無垢なあの子を、この家に連れ戻した方がマシよ!!」
思い込んだら止まらない。
自身も怒っていると自覚している傑だが、綾の“癖”に気付きかけた。
綾の罵声とその狂気と鬼気迫る表情に傑は息を呑み、黙り込むしかなかった。
今は静かにしておかないと娘の思い込みは眠らない。
しかし今は、別だ。
守山家の跡取りの話なのだ。
「いや、跡取りは葵と楓だ。
あの過ちの娘には継がせる訳にはいかん!!
早く飯島から葵と楓を取り戻さなければ___この際、使える手立てはなんでもいい」
「誘拐罪ですって?」
児童相談所の職員が目を剥く。
現れたのは守山家に雇われた弁護士。
葵と楓の担当である女性が、応接間に通して、対応する。
弁護士は、何処かもう勝利を勝ち取った様な
誇らしげな微笑みを浮かべている。
「…………話というのは、」
「あの日、業務と言いながら、守山様が止めるのも
呈して葵さんと楓さんを児相へ連れて帰りましたよね?
そして2人の意見を聞いていない。
それに後日の面談では貴女は
守山家を批判した上で子供達を返さないと言ったそうじゃないですか」
「それはお嬢様の心のケアが必要だと判断したからです。
それに____」
言葉を遮り弁護士は捲し立てる様に言う。
「此方は名誉毀損です。
それに守山綾様が親権者の事について言及した際に
傑様は反対なさっていましたよね? なのに、
子供の事だけを優先にして、
元夫である飯島様に渡すとは………呆れたものです。
いいですか?
綾様の前に、守山傑様のご意見が権力としてはまだ上にある。
そしてまだ親権者も守山綾様です。
それを無視して………ねえ」
職員の発言権も隙間も与えないまま、
弁護士はマシンガンの様にじりじりと責て立てる。
彼女は何も言えなくなった。
「御自分の成績を上げたかったからではないですか?
これは誘拐罪と見なし、お宅の児童相談所は業務停止とさせて頂く方向で、進めさせて頂きたいと思います」
しかし、これで怯むと思い込んでいた、傑と弁護士は後悔する。
「…………ですが」
女性職員は、一つずつ写真を並べ、音声データを再生する。
躊躇のない品のない綾の罵声の暴言と、娘の悲鳴や息子の呻き声。
児童相談所の元に送られた数通の写真と音声データ。
写真と音声データには
綾の暴走に、二人の子供達が巻き込まれているシーン。
どちらも守山家には致命的なものだ。
『こちらの写真が、匿名で所に送られまして。
こちらは、葵さん。こちらは楓さんですよね?
確か、お母様は正当防衛が仰っていましたが
これだと一方的な暴力、虐待としか捉えられません』
ベテランの女性担当者は、丁重に、だが淡々に申した。
見覚えもない写真と音声データに
傑と綾、弁護士さえも、表情は青褪めていた。
葵と楓は、尚哉の元で療養中だ。
楓に至っては心理的な情緒、外傷等も含めて加療が必要だと診断を受けた。
今は心理カウンセラーが
時折現れて、メンタルケアに努めているそうだ。
守山家から離れた子供達は、のびのびとしている様に見えた。
……………けれど。
『法的侵害? どうして』
桧山のふりをしながらも、麻緒はその声を聞き逃さない。
尚哉は父親と通話しているようだ。
『親権者の書類を此方が改竄した?
それにお父様が下した接近禁止命令の書類も
正規のルートでは通っていない。公印偽文書改竄だって?』
それが明らかになった今、親権者変更調停は、敗北が目に見えている____。
(______そう来たか)
内心、麻緒は、鼻で嘲笑う。
守山家が簡単に跡取りを手放す筈がないと想定内であったが、
これが、守山家の権力と圧力だと言うのか。
全てが矛盾したこじつけだらけだ。
けれども何処かで焦りが見えた。
守山家の権力は横暴的かつ、全てを無視する。
あの写真と録音データによれば誰もが飯島側に付くだろう。
名もなき毒を盾に、権力によって、欲しい物は取り戻す。
(_____でも、跡取りは返さない。
守山家にはもっと致命傷を負って貰う為にも………)
目には目を歯には歯を。
_____守山家、守山傑の書斎。
傑は、巧みな微笑みを浮かべていた。
児童相談所を営業停止まで追い詰め、飯島尚哉に関しては
父親が行員偽文書を作り、
正規のルートで書類を通していないと偽りを付いた。
(なに。この守山家の権力に勝てる者等、いない)
嘲笑う。孫達も戻ってくるだろう。そう過信した。
そんな最中、傑の携帯端末に着信音が響く。
相手は、非通知設定。
「はい」
暫く、沈黙が続いた後に____
『悪い事は言わない。守山葵と楓から手を引け』
「貴様、何者だ!? 名乗りもせんと………」
無機質な、ダミーヘッドマイク。
熱のない無機質な声。
怒りが込み上げたが刹那に、孫達の存在と、
孫達の名前を何故知っているのだと疑問符が浮かんだ。
『貴方が気にする事は、今、孫の事ではない』
「…………無礼者め。どういう意味だ?」
『貴方の娘の部屋の引き出しを開けてみろ。
そこには孫の存在を忘れる程の、衝撃的な何かが秘密がある。
人は執着を燃やし1つの事に固執していると
意外と周りは大変な事になっている筈ものだ』
「何だと………? 出任せを!!」
『本当に出任せか?
今までの娘の行いを振り返ってみては。
娘の潔白を証明するというのなら___その目でお確かめを』
通話は其処で切れた。
憂鬱な瞳を寄せて 一息を溜息として付いた。
麻緒の手許の傍らにはボイスチェンジャー、
携帯端末の音声読み取り機能の携帯端末。
(信じるか、無視するかは、貴方次第ね)
守山傑はインターネットにはノータッチだと聞いた。
だから伸ばしにされている娘の不倫騒動やパパ活の実態は
あの雑誌を見ないと知らないだろう。
父親の癖を悟って、雑誌のみに圧力をかけている綾。
雑誌だけの守山綾の騒動を掲げただけで、スキャンダルに目が眩む出版社は増刷が追い付かないという。
(それでいい。地獄を見ればいい)
裁判所の資料を目を通す傍ら、響介の手許にあるのは
10年前の緒方香菜の裁判資料。
・夫婦殺害事件(解決済)
発生日時:20××年 11月2日 早朝
発生時刻:午前3時〜午前4時→
午前4時から5時
(※訂正:最初の司法解剖では前者が推定、後者の司法解剖では断定)
被害者:34歳男性、30歳女性
犯人:同日に夫妻の養女(16)を通常逮捕。
可笑しい。
元々、緒方香菜の弁護を担当するのは決まっていたが
途中、再度突然にして、行われた司法解剖での死亡時刻が変更された。
元々此方も決まっていたものであるが___裁判が行われる直前に変更されたのだ。
これは異例中の異例だと思った。
基本的に新聞配達のアルバイトは
深夜2時に販売所に到着し、5時半から6時には終了するという。
しかし、あの町は人口密度が少ないという事もあり
販売所には基本的に4時到着、6時前後に終了。
販売所から緒方家までは徒歩5分。
発生時刻が前者ならば緒方香菜もまだ在宅にいた筈だ。
緒方家は
メゾネット式の部屋の設計で娘の部屋は2階、夫妻は1階
だった。
もしも娘が物音に気付いて
運悪く犯人と鉢合わせしていた可能性だってある。
しかし娘である緒方香菜のみ無事なのが引っ掛かるのだ。
だとしたら、後者の方が濃厚となるが、
緒方香菜がどうも非常な手を下せる少女には見えない。
しかしながら緒方香菜は黙秘を貫いているのも疑問のひとつだ。
_____しかし、地元住民の聞き込みだと
『誰もがあの子が、犯人だなんて、思っていませんよ』
『4時は絶対にないと思います。香菜ちゃん………
娘さん、ご両親の為に推薦入試で大学入学を希望して
町から通える様に、って譲らなかったですし。
販売店には4時に準備するでしょう?
その日もちゃんと来ていました。
ただ一台だけ自転車がパンクしていて
その日、香菜ちゃんが徒歩になってしまった。
主人が防犯ブザーを鞄に護身用に付けて上げていました』
そして、根強く声を上げたのは、緒方家の階下に住む夫婦だった。
『あの頃、
子供が生まれたばかりで夜泣きをあやしていました。
ちょうど予備のオムツが無くなってしまったんです。
そうしたらお嬢さんが何枚か、下さっていたんです。
来年の春には妹か弟が生まれるから、とこっそり
両親と生まれてくる弟か妹ににプレゼントするんだと、照れ臭そうに言っていましたから』
夫妻には子供の誕生も控えていた。
言葉だけだと緒方香菜は純粋に待ち構えていた事になる。
確か家宅捜索の際に
緒方香菜の部屋から新品の新生児用品が用意されていた、と聞いた事がある。
そして5時半頃。
町の住民は聞き慣れない音を聞いたらしい。
慎ましやかな緒方家では聞き慣れない、派手な音に疑問符を抱いたという。
(これって………)
「警察には証言しましたか?」
「勿論です。けれども報道では時間が異なっていて、
疑問に思いましたが…………。
子供がまた起きてしまったので、おざなりになってしまって」
美琴は、膨らんだ己の腹を撫でている。
妊娠してからというもの、准は過保護になり、
香菜は静かに見守りながら番人の様にどっしりと構え出した。
『この子はいいわね〜』
『どうして?』
『だって、お姉さんが香菜ちゃんだもの』
首を傾けてでも、と呟きながら、
香菜は微笑みながら少し困惑した顔をしていた。
『私、頼りないですよ……。ドジだって平気で踏むし………。
絶対に義理の姉を反面教師にするタイプになる事かと』
『何を言ってるの。こんな慈悲的で献身的なお姉ちゃんがいたらこの子も虜になると思うの。
なんだか、香菜ちゃん、取られそう……複雑だわ』
わざとっぽく微笑む美琴に香菜は、
困惑しながらもソファーに座ると
『1つ約束します。
美琴さんは私が見知らぬ子供の時から支えてくれたでしょう?
今度は私の番です。
私はこの子に美琴さんや兄が温かく接して下さった様に、今度は私が接する番です』
香菜は微笑んで、美琴の手を取った。
(生まれていたら、あなたは10歳になっていたかな)
香菜には、ずっと後ろめたさがあった。
叔父夫妻は、
8年間、ずっと自身だけと向き合い献身的に接してくれた。
それに反比例して香菜には准や美琴の時間を奪っている
後ろめたさを思い、何処かで自責の念を思い続けていた。
二人から子を授かったと聞いて心から喜んだのを覚えている。
だからその子を通して恩返しをしようと心から決めていた。
それなのに____。
『涼宮さん』
聞き慣れた声に、我に返る。
不意に後ろを向くとスーツ姿の響介が紙袋を片手に、此方を見詰めていた。
刹那に、携帯端末の着信音が鳴る。
『どうか致しましたか?』
「裁判所の案件で、突然、休廷になりましたので、お昼御飯を含めて休憩に」
『そうですか。………けれども何故、此処に?』
「合理的に裁判所から近いな、と思ったので」
合理的だ。
響介は麻緒の仕事部屋に入ると、長方形の分厚い包みを渡してきた。
中身は点字用紙である。
有難う御座います、という
メッセージと共に麻緒は頭を下げた。
机に点字用紙を置く背中が、いつもより寂しく見えた。
「………どれどれ。
今は、点字作成においてプリンター等が主流、とお聞きしていますが」
『(機械音痴なので。
それに私はこの方が手紙を書くようで私は、好きなのです。
時間かかかっても、それすらも愛着が湧いてしまって。
最初に習ったのもこの手法でした)』
「………そうですか」
(もう、あなたに、手紙は書けないけれど)
麻緒は、
隣にあるメモ帳にそう走り書きで、そう書いた。
響介は頷いて片手を机に置いて、麻緒の作業を見詰める。
日陰を歩む。
実はあの事件が起こった際に町民は、
緒方香菜が犯人ではないと嘆願書を制作し法務省に届けようと奮起していたという。
担当弁護士である響介は、
その嘆願書の存在を知らなかった。
担当弁護士には行き渡る筈のものが消えていて、
町民は提出したと思いこ込んでいる。
(_____どういうカラクリだ?)
基本的に親子と言えど、
それぞれの私物やプライバシーに手を付けるのは好ましくはない。
けれども傑は、あのメッセージが気になって仕方がなかった。
『本当に出任せか?
今までの娘の行いを振り返ってみては。
娘の潔白を証明するというのなら___その目でお確かめを』
傑は、綾の部屋に踏み込むと恐る恐る、机を見詰める。
そして引き出しを開けても、何も変化はない。
寧ろ、それらに安堵していた。
言われてみれば、綾はその激情的な性格によって
数々の騒動を起こしてきたのだ。
綾は冷静に物事を判断出来ない。
引き出しを上から順に開けて、何もない、と思った刹那。
足許が隠れる奥スペースに缶ケースから溢れ出し
山積みになっている、書類を見付けて、思わず眉間に皺を寄せた。
引っ張り出すとそれは郵便物のようで
全て【内容証明郵便】と記載されていた。
その封筒は何十枚にも及ぶ。傑は膝から崩れ落ちて
1つ1つ確かめていくと、不倫や不貞行為による慰謝料請求が求められている。
それぞれ300万や、600万と、多額の請求。
それを合算すると5000万は優に越えるだろうか。
____愕然とした。
「…………お父様」
背後から、か細い声が聞こえる。
そこには口許を覆い、顔面蒼白の綾がいた。




