20ダース・執着と略奪
バチン、と頬に痛みと熱さが灯って、綾は項垂れた。
目を点にしながら腫れた頬を抑え綾は傑を見ている。
対して傑は憤怒の表情のままだ。
「……………お父様……?」
「引き留める何処か、謝る事さえしない。
…………葵と楓は跡継ぎだぞ?
その気が無くとも、2人を引き留めるべきだっただろう。
なのに貴様はずっと傍観していた。
守山綾が『子供に無関心な毒親』と知られたら、
世間的な評価も、守山家の価値が下がる!!」
罵詈雑言が、罵声が響く。
守山財閥のブランドをとても第一に考える__それが傑だ。
(葵と楓が生まれてから、私には見向きもしなくなった)
だから、“あの時も怖かったのだ”。
叱責は勿論。傑に軽蔑され誰かに視線を向ける事が。
それは、弟にも嫉妬した程に。
震えながらやっと気付いた。
2人に対しての仕打ちは傑を奪われた、自身の羨望と憎悪なのだと。
「………だって、子供が親不孝をしたら、罰が必要でしょう?」
「貴様のは、度を越えていた。だから2人が振り向く事もなかったのだ」
「だって………悔しくて………」
「大人だろう? 多少の私情は抑えろ」
後日。
暗い沈黙か、応接間に広がる。
傑は忙しなくウロウロとしては、こめかみに皺を寄せる。
綾は代わらずソファーに座り込み俯いたままだった。
理由は、児童相談所から、職員が訪れていた。
傑はてっきり孫を返して貰えると思っていたが、2人はいない。
「守山綾さん___今回、お母様が今回成さった事は
守山葵さんに対しては、殺意が認められる行為と見なし、
楓さんに対しては器物損壊……傷害罪に妥当致します」
淡々とした口調で言う女性職員に対し、青褪めていく、綾と傑。
けれども自身だけ悪者にされているという現実に綾は腑に落ちない。
(元はと言えば、あの子達が悪いのよ……。
どうして私が責められないといけないの)
ギリギリと奥歯を噛み締めている綾。
綾に反省はない。
滝行の様に降り注ぐ、侮辱と敗北したという感情。
気付けば口走っていた。
「だって、あの子達が悪いんです!!
原因はあの子達にあるのに、どうして
親や祖父である此方に責任転嫁されなければいけないの!!
私の怒りをきっかけを作ったのはあの子達なのよ!!
私達は罰を与えただけなのに、どうして私が責められて………」
自分勝手に泣き崩れ両手を抑える綾に
女職員は、冷静沈着に眼鏡のブリッチを上げた。
(自分勝手で、自分勝手の塊ですね)
「叱ると怒るは正反対の位置にあります。
綾さん。
その後の子供達のケアは? 窘めましたか?
どうして母親が怒った理由を説明を説明致しましたか?」
「………だから、どうして其処までしないといけないの………」
「あの子達はまだ未熟な事もある。
それを親が心のケアを必要とする事もあります」
職員に食って掛かって時点で
傑は解っていた。“綾の癖”が現れ始めたのだと。
それを遮る様に傑が今度は話を始めた。
「____そして、孫は、いつ帰ってきますか」
「今は検討しておりません。
特に娘様の精神的なショックが大きく心のケアがまだ必要との判断を下しました。
それに………」
彼女は、呆れる溜息を着いた。
この2人は子供をお飾りにしか思っていないのだと。
世間的や守山財閥の事がある。
だからこそ、子供達が受けた傷には無興味なのだ。
「単刀直入に申し上げます。世間体として、
必要の為に仰っているのなら非常に残念に思います。
お2人がそういう考えならば、ますます親元に返す訳には参りません」
「それは………どういう」
顔面蒼白になりながら、傑は表向き腰を低くする。
この事が公になれば、守山財閥のブランドは燻る。
「実は先日、
葵さんと楓さんの父親、綾様の元ご主人から
お子様を引き取りたいという、ご連絡を頂きました」
「なんて事を!!」
傑は声を荒げた。しかし、綾は鼻で笑う。
「丁度良いわ。この機会に親権者の変更を」
「綾!!」
傑にだけは嫌われるのも、見捨てられるのも嫌だ。
けれども傑以外の人ならば、誰だって“どうなっても構わない”。
それに葵と楓が邪魔者と気付いてしまった綾にとって、早く目の前から消えて欲しい。
「元々、私は子供達の親権は望んでいなかったもの。
親権者変更をして頂いても構わないです____子供達は私の足枷にしかならないのだから」
「では、もしも元御主人様に親権を譲っても構わないと?」
「ええ」
満面の笑みで、そう告げた。
職員か去った守山家の雰囲気は、逆鱗に触れる様だった。
「何故、あんな事を堂々と言った?」
責める様に傑は綾に問いかける。
しかし綾の眼差しは、殺意が込められていた。
「前にも言った筈です。私はお父様の為だけに貢献してきた。
それに対して葵と楓は?
葵はお父様に怪我を負わせてばかり、楓は厄介事を持ってくるばかり。
……………守山の恥だわ。
だったら、最初からいない方がいい」
優雅にティーカップを持っていた綾は、お茶を嗜んでいる。
「……………貴様の罪は、棚に上げるのか」
威厳のある傑の言葉にその刹那、綾は目を見開いた。
「あれは、ミスでした。
けれども、私のちゃんと、後始末をした。
けれども葵も楓も、後始末等出来ず、守山の権力に頼ってばかり」
「頼って良いんだ。
2人共 守山家の跡継ぎなのだから」
綾はその一言に瞳を見開いた。
跡取りだからなんでもしてもいいのか?
“あの過ち”を犯した時には罵詈雑言を浴びせられたというのに。
…………何故、贔屓ばかりするのだ?
今でも、傑は赦してくれない。
葵と楓と、自身の差を思うと、哀しくなる。
綾は傑の前に跪くと、涙ながらに訴えかける。
「跡継ぎだとか、もういいのでは?
私がお父様の望む結果を出して見せます。
准や葵、楓を追い出して良かったと思わせるくらいに。
だから………私を、認めて。私だけを見て」
「桧山さん」
紬に対して、尚哉は微笑みかけた。
あれから反対する傑とは正反対に、綾が最後まで意思を貫いたのだという。
実母からの親権放棄、児童相談所の裁きによって
葵と楓は守山家から離れて、実父の元で暮らす様になったらしい。
元はと言えば
2人共に尚哉と暮らす事をずっと望んでいたのだから。
世間体の為に執着する祖父と、
子供を敵視し無関心だった母親の元で生活する義務等ない。
「この事を、なんとお礼を申していいか………」
『(いいえ。飯島様が父子共々、穏やかになされている事が最大の事だと、思います)』
桧山は微笑みを浮かべて、そう呟くと、飯島宅を後にした。
(守山綾。蔦に巻かれて、じっくりと見ているがいいわ。
ゆっくりとじっくりと燻り続ける。
まずは、子供を手放した事を
父親に、責められ続けられる事ね)
・守山綾、不倫愛と並行して援助交際か___。
守山家の圧力は、人に対しては出来るものが、
記事には出来ない事が。このご時世、瞬く間に拡散されてデジタルタトゥーとして爪を残す。
守山財閥の情報は、情報誌の片隅に乗せるだけでも
かなりの威力はかなりあるらしい。
『貴様は、どれ程に私を___守山財閥の顔に泥を塗れば気が済むんだ!!』
怒涛の雨の如く降り注ぐ情報網。
傑から浴びせられる罵声は想像するだけで、泣きたくなる。
(何が、どうなっているのよ?)
それを思いながらも、
不倫相手だった人物に次から次へと電話をかけるものの、
誰も応答しない。相手を乗り換えては相手へ、と
電話をかけるも応答のない電話に、綾は苛立ち始めた。
それは綾が関係を持っていた人物達から
次から次へと内容証明郵便が届いたに過ぎない。
内容証明郵便には事実とそれぞれ慰謝料請求をする、
と記載されている。守山財閥の力なら慰謝料は、
痛くも痒くもないが、綾の最もの傷手は傑からの軽蔑だった。
所構わず、不倫というものに手を出していた。
不倫というジェットコースターの様なスリル的な恋愛しか、綾は興味がない。
慰謝料請求は全てを合わせると、1000万は軽く越えていた。
(………お父様に見つかる前に、早く_)
と思いかけて、綾は項垂れる様に、手を落とした。
葵と楓が、飯島家に引き取られてから
傑は跡継ぎ問題に頭を悩ませ、書斎から出でこなくなった。
孫達とアポイントを取ろうとしたが、
2人とも憔悴から傑と綾は恐怖的な存在となってしまった様で
葵からも楓からも、応答は無し。
仕舞いには、現職に復職した議員の飯島の父親の手配により
接近禁止命令を出された事に、落ち込んでいるのもある様だ。
(奪われたら、奪い返しましょう)
元々からの作戦だった。
守山家を崩壊させるには、最初は何がいいか。
考えた末に、葵と楓を守山家から切り離してしまえ、と麻緒に悪魔の声が囁いたのは。
後の守山を担う要である子供達___葵と楓の事にを精査した後に、守山家から離した。
事実上、守山家は跡取りを取られたも同然で、
これから途方に暮れる事になるだろう。
『赦せないの。
私の10年間を奪われた事よりも、大切な人を奪われた事を』
叔父夫婦が殺害される前、准と対面していたのは、守山綾だった。
振り返れば動機の疑いもある。
彼女が1番疑わしいけれども証拠がない。
けれども准に刃を向けられるのは____綾だけだ。
(こんなの、まだ前菜よ。
まだまだ打撃を喰らって貰う。綾は勿論。
………葵と楓にも、ね)
麻緒は嘲笑った。
ご気分を不快になされた方々、大変、申し訳御座いません。




