19ダース・罠と本音
・飯島 尚哉 (45)
県議会議員を2期に渡って努めたもの
エスケープクロックホールディングスグループ会長の娘である 守山綾氏と結婚。
後に離婚と共に
持病を理由を県議会議員を辞職した。
現在は、
実家である自動車部品メーカー・クレッシェンドの3代目CEO。
(部品修理・計画発案者)
叩けば、埃は出てきた。
近隣住民の聞き込みで発覚した、守山綾の元夫。
彼は父が県議会議員、母は自動車部品メーカーの娘。
議員を辞職した後は、
母方の自動車部品メーカーの跡を継いでCEOとなったという。
離婚理由は書かれていないが、
守山の蔦に侵された末に離婚というもの有り得る。
計算で行けば、
葵が11歳、楓が10歳の時に離婚している事になるだろう。
麻緒が引っ掛かるのは、守山綾ではなく、
飯島尚哉に付いて行きたかった二人の方向性について。
(………………原因はともかく。
元守山家の関係者だったのなら、天秤の皿は揺らす事は出来そう)
_____クレッシェンド 社長室。
「飯島社長、飯島社長にお会いしたいというお客様が」
「慣れ親しんだ人か?」
耳許のスピーカーを当てて、尚哉は応答する。
秘書は沈黙の後で、初対面の方です、と答えた。
尚哉は微かに訝しみつつも、通せと伝える。
秘書の安藤と共に現れたのは、
どことなく憂いの少年さを残した青年だった。
彼は目を合うと静かに深々とお辞儀をする。
グレー味のあるショートヘア。
ラフなタートルネックシャツにデニムのスキニージーンズ。
という格好の上にジャケットとして
オーバサイズのコートを羽織っている。
その指先から伝わる仕草は気品が備わりつつも、
その儚い面持ちはミステリアスさを連想させる。
対して、真剣な双眸と面持ちは、
どことなく刹那的な脆さや危うさを感じさせた。
彼は名刺入れから、
手際よく名刺を取り出すと、尚哉の前に名刺を差し出す。
名前は、フリージャーナリスト・桧山 紬と言った。
「どういった、ご要件で?」
彼女は薄幸な面持ちで、
彼を見て、ホワイトボードを掲げた。
『____貴方の父性を伺いたいと思い、訪れました』
尚哉は目を丸くする。
最初から守山家、と
出さなかったのは、警戒されると思ったからだ。
フリージャーナリストに加えて
守山家目当てと悟られてしまったら 一環の終わりだろう。
尚哉も警戒心を抱いていた。
今まで守山綾の元夫として、
守山家の事情を聞き出すジャーナリストは多く、
警戒しては追い払っていた。
「守山家の事なら、言及しません」
『(守山財閥という威勢だけの権力には興味が御座いません)』
桧山紬は今までにない人物だった。
守山家、守山財閥には興味がなく、時間の無駄と
言い捨てるその様は逆に清々しさを覚えてしまう。
本当に守山家の事は興味無さそうで、
___『父性』だけを聞き出そうだ。
「ジャーナリストさんがまた………で、本題は」
『(守山葵さん、守山楓さん、二人の現状は御存知ですか?)』
「…………いえ」
尚哉は顔を曇らせ、手を合わせ組む。
筆談形式ながらも直々に伝わる会話は、神妙さを増している。
尚哉は守山財閥に婿養子の形で迎え入れられた。
実家は県議会議員を代々、務めているものだから
傑も申し分はなかったと推測する。
「………今は、もう。分かりません。
私は、接近命令禁止命令が出ているので」
『(接近禁止命令ですか)』
「お恥ずかしい話ですが、
離婚後当初は、守山家に黙って交流していたんです。
僕としては親権も熱望して、最高裁まで争いましたから。
でも………守山財閥には勝てなかった」
何処か後悔を滲ませながら、尚哉は告げた。
『(貴方の交流の事は、守山家にはなんと?)』
「子供達は家庭教師、と傑さんに言った様です。
でもある日、
孫の勇姿を見ようと尾行した傑さんに見られてしまって。
そこから接近禁止命令が下され、交流も出来なくなりました」
唇を噛み締め、視線を逸らす尚哉。
『(お気持ちお察し致します)』
「有難う御座います。………それで、ジャーナリストさん。
葵と楓の事で御用が?」
紬は表向きには切なげな面持ちを浮かべ、
真摯な眼差しで尚哉を見た。
『(私は、
最初に申し上げた通り、飯島さんの父性を尋ねて参りました)』
「父性、とは」
『(飯島さん。今も葵さんと楓さんが苦しんでいたのなら、
今からでも手を差し伸べますか)』
「それは、勿論です」
迷いのない瞳に
そう高らかに言う声音に、曇りはない。
心して見て下さいと前置きした後に、調査表を鞄から出した。
守山綾、守山葵、守山楓、3人の身辺調査表である。
尚哉はそれらを丁寧にそれぞれ凝視して見詰めていた。
そして気が抜けた様に、紬の元に調査表を戻した。
心優しかった、我が子達の現在を
彼がどう受け止めたのかは、分からない。
親である彼にしか分からない感情はあるから踏み込まない。
葵が家政婦から虐待を受けていた事、
それが要因で心を閉ざしている事に繋がっている事。
楓がいじめの主犯格となり、相手を負傷させた
裁判沙汰になっている事も。
尚哉は、時折、奥歯を噛み締め、時に涙ぐみ
それでも子供達の事情から目を背けなかった。
一連の報告を終えた後に、
「やっぱり、綾さんは変わっていなかったんですね」
『(変わっていなかった、とは?)』
紬は首を傾げた。
「あの頃のままでした。
子供達には無関心で、不貞行為は日常茶飯事。
僕も離婚を考えなかった事はありません。
離婚調停の際も
彼女の不貞行為で、此方は戦っておりましたから。
けれども、
傑さんが守山の跡を守れるのは
2人しかいないと頑なに拒んでおり
僕も子供達の事があるので引き下がりませんでした。
けれど…………」
尚哉は、少し俯く。
その表情は何処か、怒りが込められていた。
「離婚問題になってから、私の父親の事実無根の悪い噂が流れ
父は議員を辞職し、そして我が社の株が急に暴落し、
一時期は倒産まで追い込まれました。
そして偶然ではありますが、
私の姪がレイプ被害に遭遇し、
その犯人を父に仕立て上げると言われ、
犯人逮捕に協力するその代わりに親権を奪われたんです。
僕は、犯人逮捕に協力するとしか聞いていなくて、
子供達を奪われたのは……茫然とするしかなくて」
(それは恫喝だろう。
守山家の名を残し、護る為ならば、手を汚す事は厭わないのね)
軽蔑な感情が、綾にも、傑にも向けられた。
守山家は華麗なる一族。ではなく、現在は守山のブランドは
自らの手を汚し、醜態を見せる事しか出来ないというのに。
『(申し訳ありません。お辛い事を思い出させてしまって)』
「いえ………それで、ジャーナリストさんのご用件は」
紬は微笑んだ。
『(今からでも、お子様達と暮らしたくは御座いませんか)』
「それは………実現出来るというのならしたいですよ」
その瞳に一点の曇りはなかった。
『(大丈夫ですよ。
そろそろ、飯島さんの願いは叶うと思いますので)』
紬は、微笑んだ。
『(……………ただ、お嬢様のいじめ行為は犯罪です。
負傷者でも出、訴訟も。それに付いてはお咎めを)』
怒りから着信拒否していた傑の番号を
着信拒否解除した途端に傑の罵声と共に、
かかってきた電話は、週刊雑誌を見ろ、というものだった。
その威勢に圧巻され
思わずwebタイプの週刊雑誌にアクセスすると、
綾はたちまち顔面蒼白になり、氷水をかぶった様な衝撃と共に青褪めていく。
財閥一家の娘にして、女社長の度重なる不倫、略奪愛。
そして子供に対しては無関心の代わりに度重なる虐待か__。
「え………?」
綾は、茫然とする。
その週刊雑誌の添付写真には、
不倫相手が綾の肩に手を回し、夜の街へと消えていく姿。
傑は圧力をかけている最中、
家に帰宅する様に言われその通りにする。
週刊記者に追われるのを恐れ
新しい車をホテルの地下駐車場に用意してあるので、
その車で家に帰宅する様に言われた。
財閥一家の娘にして、女社長の度重なる不倫、略奪愛。
そして子供に対しては虐待か__。
携帯端末のスタンドにかけた
携帯端末を通し、綾は傑と通話を続ける。
『どうして、公になったの!?』
「食い止めている最中だ。でも今回。拡散には間に合わん。
いつもは食い止められるのに何故だ!?」
だが、圧力をかけるのは、遅かったようだ。
現在、インターネットは普及・発展を遂げている。
呟きやまとめブログでの私刑は素早いもので、
守山家の事情は様々なサイトに拡散されていた。
『これ、名前は隠してあるけど、守山財閥じゃない?』
『豪華絢爛なのはいいけど、此処の娘さん、
悪い噂が絶えないもの。子供達の話も本当でしょうよ』
そんな中、インターホンが鳴る。
止める前に家政婦が応答し『警察です』
『児童相談所です』の応答に
傑と綾は揃って背筋が凍る思いだった。
ついでに言えば、
平穏さで生活を見せつけてきた守山家に
とってインターホンで応答すると門扉は開く仕組みで、
ドアは此方がブザーを鳴らさない限り、尋ね人は通れる。
頭が混乱の渦に巻き込まれている綾は鬼の形相で
「隠れてなさい!」
葵と楓の背中を押して、
アイランドキッチンに身を丸めて息を潜めるよう念押しした。
綾は扉を開けると、
スーツ姿のベテランと思われる男女の後ろに
若手の男性が3人並んでいる。
「はい」
「児童相談所です 本日は強制保護の措置に参りました」
______守山家、応接室。
「どういう事でしょう?
我が家は子供達を宝物の様に育てております。
突然の言い掛かりはお止め下さい」
傑は謳う様に言う。
「先日、警察に通報がありましてね。
児童相談所と連携し近隣住民からの聞き込み、
学校への調査、地道に精査しておりました。
決めてはこちら____主治医の診断書です」
(不味いわ)
綾は固まった。
それは先日、医師が直筆で書いた時の診断書。
「他にも医師の証言等、あります。
相当なもののようですね。一度、お子様達を拝見しても?」
若手の職員は、冷静沈着に諭す声音と面持ちで告げる。
綾は睨み付けながら、そんなことはない、と言おうとしたが、
ドアもない開放感のある応接室を覗いていた
子供達の姿をベテラン職員の女性は見逃さない。
息子は、頬が腫れて首には痣が浮かんでいる。
娘はまばらに、じゃんぎりに切られた髪は無惨そのもので
今も何処か泣きそうな面持ちをしていた。
女性はゆっくりと、近付く。
「息子さんね? それはどうしたのかな?」
「母に…………妹もです」
抑揚のない声音で、葵は淡々として告げる。
綾は顔面蒼白になり、気まずそうに項垂れて、唇を噛んだ。
激高した時の記憶がない。
葵や楓にどんな仕打ちをしてしまったのか____。
ベテランと若手の男性も、目視で見詰めるが
それはそれは見るに耐えない姿だった。
「どうして?」
「分かりません………母が急に」
傑の貫く様な視線に、綾は耐えきれない。
ソファーに座っていた男性2人のうち、
ベテランの男性が静かに告げた。
「状況は重いとして見ましょう。
お嬢様に至っては心のケアも必要のようです。
やはり強制措置として、保護とさせて頂きます」
「待ってくれ!!」
懇願する様な怒号が響いた。
「その子達を連れて行くな!! 立派な守山の跡継ぎだぞ!?
手放す訳にはいかん!!
さては、金だな?いくら積めば、見逃してくれる?」
焦燥感を抱く傑との温度差に、
男性は思わず軽蔑する様に眉を寄せた。
「心の問題はお金では、解決しません。
跡継ぎだからと固執されているようですが、今は論外です」
連れて言ってくれ、と隣の若手の男性に告げると、
彼は、はいとだけ言い残しそのまま席を立つ。
女性と共に消えた。
傑の顔は茹で蛸の如く真っ赤になり、立ち上がると叫ぶ。
____誘拐罪で訴えると。
けれども、相手は余裕だった。
「どうぞ。
ただ、不利になるのは、守山様ではないですか。
世間へお子様達への虐待が露呈しつつあります。
それに子供達から自ら現れた。
相当、心の傷が深そうだ。
親権者の変更も視野に入れておられた方が良いかと」
「この、無礼者め!!
誰が跡継ぎを喜んで手放すものか____!!」
「…………」
(出来る事ならば、そうして欲しい____)
父親の顔色を伺って
言えなかったものの、綾は心底そう思った。
自身のキャリアを危うくさせる者等、要らない。




