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12ダース・出生の秘密、抱えた残響

 


 麻緒___香菜が、全てを知ったのは、あの日だった。



 兄が残した、遺言のボイスレコーダー。



『妹へ。手紙に(したた)めようとしたけれども

兄はとても不器用なので、音声で残したいと思います。



 今から言う事は、とても酷な事だと思う。

先に謝るよ。ごめんな。でも、香菜にとって、

これから兄が言う事は、伝えねばならないとても大切な事です。



 香菜。貴女は、私の妹です。



そして先日、貴女に会い、

名刺を渡した女性は、私の姉です。

守山綾さん。守山財閥という財閥の娘。実は、



私もその家族の一人でした。




でも守山財閥は、

とても厳しく暖かみのない冷たい居場所。

冷酷非情だけが佇む善も悪も分からない。欲の為ならば

手段は選ばない人達。そんな守山家が兄は嫌でした。


 20を迎えた時、守山家から逃げる様に去った。

そして紆余曲折、兄は美琴と香菜と幸せに暮らしています。

話が逸れてしまいましたね。兄の悪い癖です。


 



さて、本題です。

兄が妹に、伝えないと行けない事です。

兄が、守山綾さんの弟だと言う事は先程、伝えたね。



 姉が、17の時だったと思います。

姉が突然、失踪したのです。姉の身元は守山家の探偵に見付かり

守山家に連れ戻されました。



 そして、探偵の言葉から守山家は大修羅場と化しました。

姉は妊娠していて、突然、

失踪した時にはひっそりと子供を産んでいたのだと。



 父親は憤怒し、母は寝込みました。

 


 けれども姉は平然としていた。

娘は孤児院の前に置き去りにしたから、無かった事になると。

守山財閥は護られるのだと』




 香菜は思わず目を凝らす。脳裏が叫ぶ。まだ気付くなと。

心がさざ波の如く煩い。水面が揺らめく。



『“俺は”

姉すらも冷酷非情な守山家に染まっているのだと愕然とした。

生まれた子には何の罪もないのに、大人の身勝手な事で

振り回されるなんて。勝手に此方が責任を感じたんだ。


 守山家から家出した後、

孤児院や児童養護施設を渡り歩いた。

何年もかかって、やっと見つけた。


………ごめん。香菜。黙って、騙して。

此処まで話して、賢い香菜はもう気付いていると思う』



 脳裏で硝子が、割れる音がした。砂時計が逆さまになる。

同時に心臓が締め付けられる感覚と共に、脳が拒絶する。

茫然自失とした刹那的に、ほろほろと溢れ出す大粒の涙。

それは、頬に伝う。




『___貴女の母親は、私の姉………守山綾。





そして俺は兄じゃない。………君の叔父だ』





 心做しか、

准の声音が涙声になっているのは、気のせいじゃない。



『ごめんなさい………。

あの時、君に対する大人が責任を取っていたら

香菜が過酷な環境に置かれる事も、傷付く事も無かった。

それと兄だと偽ってごめんな。



………そして

姉は、自身の秘密を知っている俺には容赦しないだろう。

勿論、俺が姪を引き取っている事も知らない。

だから、香菜、姉にも守山財閥には絶対に近付くな。



____あの財閥は、冷酷非情の宝庫だ』




 (…………嘘よ、嘘よ……)




 認めたくない。認めたくない。認めたくない。

認めて呑み込んでしまえば、崩れ去ってしまうのに。




 縋る様に同時に渡された封筒に、手を伸ばす。


けれども、それは___。



【母子DNA鑑定書】


【対象者】

・守山綾

・緒方香菜


血液型:A型(守山綾)AB型(緒方香菜)

母子関係確率:99%


“上記の結果により、

守山綾、緒方香菜の母子関係を成立とする”



 逃げ場のない現実に、視界が闇色に染まる。

思考回路すら打ち砕かれ、茫然自失とする中で現れたのは


(_____全てを知っていて、私を引き取ったの?)


 



 兄だと思っていた准は、叔父。

彼は責任感から孤児院をくまなく辺り、姪を捜し見付けた。

そして自身を兄と偽って、

妹を娘として引き取り育ててきたのだ。



 彼からしてみたら、姪を見る度にどんな想いだっただろうか。



 渦巻く感情に、心が追い付かない。

守山綾に濡れ衣を着せられ、警察官内に送致された後でも

呼吸を忘れてしまう錯覚に陥りながら、認めたくない心と

無情な現実を振り返っては、気絶しそうだった。



“当時の状況を、詳しく教えて下さいますか”





“_____一人きりで産みました。



数日、一緒にいました。

けれども父親に取り上げられて、

孤児院の置き去りにしたと伝えられました、



 娘、という事しか分からず、



“成長し成人を迎えており

養子縁組や里親に引き取られた可能性も含めれれば、

動向は掴みにくく再会は絶望的だ”と



探偵の方から言われております”




 今更、と思う。

自分自身の意思で、娘を寒空の下に置き去りにした。

そして何も無かった事にしたのは、紛れもなく自身だろう?




(貴女の短絡な思考。

 その無自覚さが、憐れみに満ちていて堪らないのよ)




 守山綾は、連絡を取っている相手が、自らが捨てた娘だとは知らないだろう。

自らの弟が自責の念に駆られて姪を引き取り育てていた事も、

緒方香菜が、身代わりに濡れ衣を着せた孤児(みなしご)だと思い込んでいる事も。


 守山綾は、娘の人生を壊し奪い続けた。

娘というのは知らなかったから、では済まされない話だ。



 人の人生は一度きりしか、ないのだから。





 これの依頼内容も、恐らく嘘八百か

事実を捻じ曲げ客しして並べているのであろう。



 緒方准.美琴夫妻を殺したのは、

養女である緒方香菜だと決めつけられたが、

もし准の遺言の関係で、綾が関係しているのならば容赦はしない。


(___もう、お人形にはならない。

守山家から追い出されたのなら、何者だってなれるの。

まるで、カメレオンの様に、ね)


(濡れ衣を着せて、今度は頼って。それが、

貴女が産み落とした娘と知ったら、どうなるの?)




 文章からの必死さは伝わってくる。

けれども身勝手にも自らの保身の為に捨てて、

今更、探している理由は、何を意味するのだろうか。



 闇夜の室内で、そう思っていた。





「会食、本当に付き合って頂いて良いのです?」

「………(はい)」


 店の前で、響介は尋ねる。

何処か儚さを称えるその横顔は、どことなく非現実的だ。


「(………それよりも、有難う御座いました。

守山財閥との会食の参加を許可して下さって)」


 

 どことなく妖しげな微笑み。

それが闇に近いほどの執着だと、響介は背筋が凍りそうになった。


(守山綾。私に貴女に人生を奪われたけれど、

今度は私が、踊らせる側になる。………それに怪しいもの)



 きっと守山財閥が、あの准と美琴の事に、関わっている。

そう核心に近い様な感覚が麻緒の脳裏に居座っていた。



 会食の会場は和風料亭の個室。畳の部屋。

守山綾は先に個室に入っていた。隣には会長であり、父親である傑も同席している。



「会長。ご心配、為さらず。

本日の涼宮様とのお話が上手く進めば、

守山財閥は……エスケープクロックホールディングスグループは、さらなる飛躍を望めます」



 傑は威厳と(いぶか)しげな面持ちを浮かべる。



「わしは、信じておらんぞ。己の過ちは消えないからな」



 父親の言葉は、娘の心に闘志を覚醒(めざ)めさせた。



(絶対に、汚名返上して見せる。

そしてお父様に振り向いて貰うの。………絶対に)




 余裕綽々に

孕む思惑に微笑していると、がらりと襖が開いた。

店の定員が訪れた事を二人に知らせ、廊下側に対して手招きをしている。



_____傑と綾は、驚愕した。



「…………准?」




 思わず、傑は呟きが溢れる。

間違いはない。あの時に守山家を裏切り捨てた息子がいる。





「准じゃないか!?」


 傑の声に目の前の青年は、

凛としながらも不思議そうな面持ちを浮かべた。

微かに小首を傾げて見せてから首を横に振った後にお人好しそうに微笑む。


「…………お知り合いの方と似ているのですかね。


此方が遅れてしまい、お待たせしてしまう形となり

誠に申し訳御座いません。涼宮法律事務所の涼宮響介です」 


 胸ポケットに入れていた名刺入れから手際良く、名刺を指し出す。


  

「___そして」


 



 響介の背中に隠れていた影が、すっと目の前に現れる。

刹那的に綺は驚愕して、愕然と手を落とす。



「……………」


 あの時には、薄幸な面持ちを浮かべ

今にも崩れそうに憔悴仕切っていた少女。




____その少女が、其処に居たからだ。



綾を驚かせたのは、それだけじゃない。




「私の妻です」




 彼女は深くお辞儀をした。

天使の輪が浮かぶロングヘアを耳にかけ、控えめに微笑む。

清楚さか溢れる、おとしやかな淑女、という雰囲気を佇ませている。



「すみません。

妻は今、失声症を患っておりまして話せません。

ですが、守山様に会える事を大変、光栄に思っていると」



 彼女は、静かに頷いた。




(疑念は消えはしない。

だからこそ貴女の心を、危ぶむ存在として、私は生きる事にしたの)







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