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8ダース・(回想・最終話)恩を返すくらいならぱ

回想編 最終回です。




 「緒方香菜、16歳。

養父母殺害により、少年法の元、医療少年院に送致。

ただ精神的な疾患が多く、失声症により話す事は不可能です」

「そうですか」


 女性看守は

冷静沈着に淡々と告げながら、複雑味を帯びた面持ちを浮かべる。

緒方香菜が失声症かも知れない、と宮川医師の言葉。





緒方香菜の話を聞きながら

ファイルを見詰め、隣に並んで歩くのは

香菜の弁護士を務める、涼宮響介(すずみやきょうすけ)だ。


 

 弁護士との接見。

注意を払いながら女性看守2名がドアの前で控えている。

万が一、香菜が発作と自傷行為を起こした時の為に。



 香菜はあれから、

宮川医師の元、様々な疾患が正式に告げられた。

宮川医師が察した通りの病名が、緒方香菜のカルテにはある。


 己の罪を向き合わせながら、

更正のプログラムと治療プログラムが取り組まれている。

けれども日に日にどんどん緒方香菜から、覇気や生気は失われているのが現状だ。

警察が一番、求めている自白や調書はおろか、治療プログラムも遠ざかっていく。




『私は、何も望みません』



 ホワイトボードには

無機質ながらも、しっかりとした文字を書いている。

垂らした前髪の隙間から虚空の瞳は闇色を佇ませ、

何処を見ているのか分からない。


 予め、貰っていた写真に写る緒方香菜と、

目の前の彼女は全くの別人の様に思えた。

げっそりと痩せこけ、元々華奢なのに服は泳いでいる。




(___本当に、この娘が?)





 弁護士が最初に思ったのは、それだった。





(全てを失った私には、もう何もない)




 兄と義姉を失った代わりに、

残ったのは“認めたくない無慈悲な現実だけ”。

“自身の出生”は今の香菜には耐え難いものがある。


 天国は人間が生き行く為の、

最後の望みとして創り出した空想の世界。

 器から解放された魂は消えて無くなる。

その人物すら、消滅する。



 涼宮弁護士は、静かに告げた。




「私は、情にほだされる人間でもない。

ただ選任弁護士として、務めに来ただけです。


貴女が、どうなろうが、私は、どうでもいい」



 断罪するかの様に、涼宮弁護士は告げた。

最も弁護士らしくない、と言ってしまえば、終わる。




「ただ、それめいた、言葉だけ言います。



____それからは貴女が考えらればいい」








『養父母であるお義父様とお義母様が、

今の貴女を見たらどう思うでしょうか。


 8年も手塩にかけて大切に育ててきた娘が、

こんなにも無情に変わってしまった』


 心を閉ざした香菜にとって、

公共電波の放送の様に声は、右から左に流れていく。

 夢見心地の海から這い出された世界は、砂漠の様に乾いていて、

とても無情で息が詰まりそう。







「緒方香菜さん」



『(何も言わないで)』




 不意に懐かしい声が頭上から降ってくる。

反射的に顔をあげると香菜は茫然自失と共に目を見開いた。

どこにもいるスーツ姿の弁護士と言ってしまえばそれで終わるだろう。


 けれども、

その容姿や容貌、声音さえも、兄の准の生き写しだったから。


 思わず息を呑む。





「ただ。私は弁護士です。その責務は果たせなければ。

状況証拠等も含めて、様々な視点から考えて、

私はこの事案を、冤罪と捉えます」



___冤罪。罪無き人が、誰かの罪を着せられる。





 確かにそうだ。香菜は2人を随分と慕っていたし、

殺める理由や必要性はどこにも存在しない。


 ずっと傍にいたいと思える人達だった。

それに本当の香菜は、第一発見者、第一通報者でしかない。



 けれども冤罪に対する世間の眼差しは厳しいものだ。




「本来は養父母を殺められた遺族である筈の貴女が、

 こうして冤罪の濡れ衣を着せられた。


 語りかける様に、涼宮は告げる。


 「貴女に濡れ衣を着せた真犯人は、

喜怒哀楽を現しながら自由に野放しに生きている。

真犯人がのうのうと生きている代わりに貴女は冤罪を着せられ

養父母の未来は絶たれた。



____もう一度だけ、聞きます。

本当にこのままの良いのですか」




それで、いいんです。





と言いかけた思いは、寸前で止まる。





膝の上で、拳を握る。

不意にあの遺言の准が残したレコーダーの言葉が脳裏に残響した。





(…………兄が、命がけで秘めてきた秘密。

本物の慈悲に満ちた2人に育てられた恩を仇で返すと言うなら、私は本当に2人に対して顔向け出来なくなる)



『ちゃんと“あの人”が責任を負う事になれば、

香菜は、寒空の下の闇の中で苦しむ事もなかったんだよ』


 兄と義姉を殺め、のうのうと呼吸をしている真犯人。

だって自分自身に罪を着せた人は____なのだから。




(“あの人”に裁きを下せるのは、もう私だけ)




 真犯人が

現れなければ、今も暖かく過ごせていたか。

その刹那、心の中で業火が燃やされ煮え(たぎ)る感覚と、

軽蔑味が帯びた冷ややかな冷水の眼差しを向けた。


 積年の恨みを、憎しみと共に晴らせる機会は今しかないのだと悟る。







 やっと気付いた。

此処でくすぶって居ても、親不孝者でしかないのだと。

恩を仇で返すくらいなら、胸を張って生きれる様になりたい。


 他人の言葉はずっと塞いできたのに、

受け入れている自身が不思議で仕方がない。

それは、涼宮に対しては兄の存在感を感じたからか。

けれども気づいてしまった猛威の存在感に対してもう無視は出来ない。


「冤罪疑惑は私は暴いてみたい。

どうです? 


貴女が濡れ衣を着せられた罪と向き合うと言うのならば

私は引き換えに協力し、貴女の未成年者後見人となりましょう」

「……………」


 香菜は、静かに頷いた。



なんだか急ぎ足に、伺えた方、申し訳御座いません。

ただ精進し作品と向き合いたい気持ちは変わりません。


次回から、いよいよ第二部です。

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