第39話 帰還と再会
転移魔法道具の起動と共に、膨大な情報が頭に流れ込んできて意識を軋ませる。
【迷宮核】を利用したことで、本来の性能を発揮しているのかもしれない。
どんどん霞む意識を何とか保ちながら、転移魔法道具──【ゾーシモス】をコントロールする。
名称、使用方法、目的……これを作った魔技師は、どこか偏執的で生真面目な人物であったようだ。
全ての情報がまるで取扱説明書のようにして、魔法式に書き込まれている。
「……ッ!」
その中に衝撃的な名前を見つけてしまったが、今はそれにかまけている暇はない。
帰ってからゆっくりと精査すればいいのだ。
どうせ、再起動してアウスを送り帰さねばならないのだから。
(いける……レムシリア新暦十八年に設定。場所は、塔都市、『無色の塔』前広場……! 座標固定、時空固定、よし。──なんだこれ? 同期?)
【ゾーシモス】の内部から、僕に何らかの許可を求める発信がある。
『使用者同期』とは何だろう?
文言的には、僕を【ゾーシモス】と同期するという事なんだろうけど、それについての説明がない。
つまり、説明好きの製作者がわざわざ気にも留めないほど常識的なものと考えていた可能性が高い。
そして、今この瞬間にこれが提示されるということは、仕様上必要な処理とだと考えていいだろう。
「〝許可〟」
僕の言葉に反応して、脳への負荷が下がる。
ああ、なるほど。本来はこれをしてから使用するものだったか。
魔法武器における血盟契約みたいなものだろう。
そんな納得をしている内に、景色がくるりと反転する。
まるで仕掛け絵本のページをめくったように、草原から見慣れた学園都市の街並みに。
「うわっ……と」
そして、着地に失敗した僕は石畳に転ぶ。
前回のように意識を失わなかっただけでも十分としよう。
痛む膝をさすりながら周囲を見回すと、チサと姉、そして姉に抱えられたアウスも無事に転移できていた。
「ノエル様!」
駆け寄り、抱きついてくるチサに抱擁を返す。
ちゃんと戻ってこれるかどうか、チサも不安だったのだろう。
頭を撫でやりながら、僕も息を吐きだす。
「成功できてよかった。さ、まずはアウスを助けないと」
「はい。わたくしはこのままマーブル様の塔へ参ります」
「うん、お願い」
額を小さく触れさせたチサが、ウェルスの石畳を駆けていく。
彼女の脚ならすぐにアウスを治療できる賢人を呼んできてくれるだろう。
「姉さん、アウスさんを塔の中に運ぼう。父さんにも相談しなくっちゃ」
「そうね。ここまでくればもう安心よ、アウス」
ぐったりしたままのアウスだが、まだ生きてはいる。
なんなら多少死んだって、父と母なら何とかしてくれるだろう。
なにせ、世界を救った英雄は死の女神とすら対峙したことがあるのだから。
◇
「なるほどね……。少し驚いたけど、事情は分かったよ」
アウスの治療が終わり、僕らは状況の説明をしていた。
今は【ゾーシモス】の転移事故から三日たった現在であるらしい。
捜索隊が森をくまなく調べ、転移跡があったため父の伝手で世界各国に捜索の要請が送られた翌日である。
ここまで大事にならないように、転移当日に戻ってくるはずが僕のコントロールはまだまだ甘かった。
「ま、無事でよかったよ」
そう笑う父の後ろで母と母が小さく苦笑する。
「そんなこと言って。めっちゃくちゃに慌ててたじゃない、あなた」
「うん。制約解除するって、大騒ぎだった、ものね」
「……それは言わない約束だろう?」
がっくりと肩を落とす父に、少しばかり申し訳なくなってしまう。
僕らだって大変だったが、随分と迷惑をかけてしまった。
「ごめんなさい」
「ノエルが謝ることじゃないわよ。でも、急にそんなものが出土するなんて、おかしくない?」
姉に雰囲気が似たほうの母が首をひねる。
特一級冒険者であるこの母は僕の実母で、母の姉だ(複雑な事情があるのだ)。
普段は父の代わりに世界中を飛び回って様々なトラブルを解決している、今も活動する〝英雄〟の一人である。
「この周辺の森は迷宮の有無も調べて徹底的に調べたけど、そんなのなかったもの」
「時空間を跳躍する類いの魔法道具だ。どこかからスライドしてきた可能性もあるんじゃないか?」
「ま、何にしても危ないものだし……学園地下の禁庫行きね」
「待ってよ。それじゃあアウスさんを元の時代に戻せない」
「ノエルったら、もう一回アレを使う気? 危ないでしょ! ママは認めないからね!」
「僕はもう子供じゃないんだよ? 母さん!」
「ママと呼んで!」
姉に瓜二つなこの実母は、ときどき姉より子供っぽい。
「どうしてもって言うなら、ママも一緒に飛ぶわ」
「わたくしもご一緒します、ノエル様」
「面白そうだなぁ。私も一度体験してみたい」
「じゃあ、わたしも、いかないとね」
「あたしも行くわよ、当然。まだ報酬もらってないし」
家族全員がそう騒ぐ中、アウスだけが居心地悪そうだ。
「すまないな、ノエル君。俺のせいで……」
「アウスさんの責任じゃありませんよ。こうするほかなかったってだけで」
「そう言ってくれると助かる。だが、どうしたって無理なら無茶はしないで欲しい。命があるだけマシさ」
そうは言うが、彼には妻と生まれたばかりの子がいる。
何とかして四十年前の東スレクトに帰してあげたい。
たとえ、その後の災害に巻き込まれることになったとしても。
そんなことを考えていると、塔の外で何か大きな音がした。
何かが石畳に激突するような轟音だ。
「ノエルとエファが行方不明というのは、本当?」
扉を開けて入ってきたのは、漆黒の完全鎧に身を包んだ、女性。
若く見えるが、これでもう六十台の我が祖母である。
「お祖母ちゃん!」
駆け寄るエファにハグを返しながら、祖母が大きく目を見開く。
傲岸不遜にしていつも笑みを絶やさぬ祖母の始めてみる顔だ。
そしてその視線は、居心地の悪そうな狩人に注がれていた。
「──アウス?」