第32話 街道を急ぐ
期間内にできるだけの準備をして、僕らは東スレクト村への道を行く。
同行者は前回同様に、ウィルソン氏。
今回も馬車を出してくれており……今、街道をかなりの速度で移動している。
「すまないな。こんなことになるとは」
「いえ、僕たちも納得できる報酬を提示されましたので」
彼は、今回の〝大暴走〟に僕らが関わるきっかけを作ってしまったと悔いているようだ。
そして、そんな僕らをこうして急かすことになってしまったと言う事も。
大走竜が動いたのは昨日の事だった。
規模は不明だが、東スレクト村よりやや西側の集落が脅威にさらされて、一晩のうちに滅んだ。
縁があるアウスの集落でなかったことに胸をなでおろすものの、動き出してしまったからにはもう猶予はない。
……ただ、問題もあった。
大走竜の目撃情報が極端に少ないのだ。
どうやらあの個体は、走蜥蜴群れを形成統率するタイプの魔物ではないらしい。
ふらりと現れては周辺の走蜥蜴を呼び寄せて、気ままに襲撃を行う神出鬼没なところがあるようなのだ。
加えて、大走竜は今回も『ベルベティン大森林』に姿を消して消息を絶ったようで、冒険者ギルドと領軍はどこに人員を割り振るべきかわからない状態となっている。
『ベルベティン大森林』の周辺にある集落や村は多い。
これは『ベルベティン大森林』が小迷宮であると同時に、周辺集落の産業と密接な関係にあるからだ。
林業、薬草採取、狩猟……豊かな『ベルベティン大森林』はこれらを生業にする人々の生活を支えもしているのである。
時に、こうして牙をむいてそれを滅ぼしもするが。
「あたし達の受け持ちは東スレクト村?」
「ギルドからはそう設定されているが、アウスのいる集落に頼むよ。あちらの方が森に近い」
『ベルベティン大森林』から大走竜が出たとして、東スレクト村に至るには、アウスのいる集落を通ることになる。
なるほど、心情的にも実務的にもそちらの方がありがたい。
「避難はどうなってますか?」
「何人かは東スレクト村に来てはいる。だが、アウスのヤツは嫁さんが臨月でな、身動きが取れない」
「何とかならないわけ?」
「何とかしたいとは思うが、あそこを突破されたらウチの村もどうせ滅びる。狩人含め、戦える連中は覚悟を決めてるよ」
突破された時の時間稼ぎにはなると思うが……確かに。
食い止めねば、遅かれ早かれ滅びることになるか。
そんなことをさせるつもりはないが。
「領軍はガデス周りの防衛に手一杯。冒険者連中も他の集落に配置。ここはあたし達が踏ん張るしかないわね」
「来ないことを祈りたいけどね」
そう言いつつ、どこかで大走竜を仕留めねば、結局のところ戦いは続く。
領軍か他の冒険者、あるいは出動しているであろう傭兵商会がそれをしてくれればいいが……そうでないだろうと僕は予想はしている。
『ベルベティン大森林』がこの東スレクト一帯を手に入れたがっているのは、今回が初めてではない。
いや……今回が初めてか。
しかし、ここがそういった災厄にこの先何度も見舞われることを、僕は知っている。
『粘菌封鎖街道』しかり、『茨精霊築城事件』しかり。
『ベルベティン大森林』は何度もここを欲しがっており……実際、最終的に父に焼き切られる前は一度手に入れていた。
故に、最終的に狙われるのは西スレクトや領都ガデスのそばでなく、ここ『東スレクト』であろうと僕は考えているのだ。
加えて、あの大走竜は、どこか獣から乖離した賢さがある。
集団をぶつけて自分だけ移動したり、引き際が良すぎたり……まるで、戦争をわかっているかのような動きをする侮れない相手だ。
昨日の襲撃は示威行動か、おそらく陽動の類だろうと思う。
そして、僕たち人間は大走竜の目論見通りに戦力を周辺に分散させることになってしまった。
完全に戦略が後手に回っている気がする。
……本当にあれは大走竜なのだろうか?
いや、そうじゃない。あれが大走竜であることは間違いない。
ただ、本当にあれは迷宮主なのだろうか?
どうにも、ちらつく疑惑がぬぐい切れない。
大走竜の背後に何者かの気配がある気もする。
だが、この感覚が不安からくる深読みの可能性も高い。
口に出すのは憚られる。
だが、そうであった場合、そのさらに裏をかかねば守り切れるものも守り切れない。
「ノエル様?」
「あ、ごめん。ちょっと考え事」
「何かあればご相談くださいませ。チサも力になります故」
心配げな目でこちらを見るチサが僕の頬にそっと触れる。
その手は柔らかく、ふわりと熱を伝えてきた。
「どうされましたか?」
「チサが頼りになるなと思って。きっと君に無茶を言うと思う」
「どうぞ、ご随意に。いかなる命もこなしてご覧にいれますとも。ですから、ノエル。一人で、悩むのはやめましょう」
チサが僕の名をこうして呼ぶのは信頼してくれている証だ。
きっと何を言っても、笑わずに聞いてくれる。
「そうよ。ノエルったら本当にパパに似てるんだから」
「そうかな?」
「そうよ。考えだしたら止まらなくて、それが確信できるまで口に出さない所とか。そっくりよ?」
事実なので、ぐうの音も出ない。
「でも、パパはママにはそれを言うわ。だから、あなたもチサには言いなさい? あたしはチサから聞くから」
「わかっ──え?」
姉の言葉に半ば頷いてから、その意味に思い当たってギクリとする。
僕とチサがそういう関係だと姉は思っているのだ。
「わかるわよ。お姉ちゃんなんだもの」
「エ、エファ様。その、違うのです」
「そ、そうだよ! 僕とチサは、そういうアレでは」
チサと二人で否定を口にするが、姉は溜息で以てそれに応える。
「なんでバレないと思うのよ? 二人とも、いちゃいちゃしすぎ」
「はっはっは。私だって気付くくらいだったよ? お二人さん」
「なん──!?」
今度こそ言葉を失って固まる。
そして、チサと顔を見合わせ赤くなって俯き合ってしまった。
「はいはい、ご馳走様。落ち着いたら話を聞かせてね。あと、“とっても仲良くしたい”時は言ってちょうだい? お姉ちゃん、テントから離れてお──……むぐぐ」
「わわわッ! もう、そこまで! そこまでで!」」
姉の行き過ぎた気遣いに、僕は思わず大声を上げながらそれを遮るのだった。




