第28話 ギルドマスター(前編)
冒険者ギルドの扉を通り、僕たちは受付カウンターへと足を向ける。
酒場エリアはどこか物々しい様子で、完全武装のまま食事をとる冒険者の姿もちらほらあった。
「ピリついてるわね」
「それに、多いですね」
姉とチサがやや警戒しながら、そして僕は黙ったまま冒険者ギルドの中を進む。
このように殺気だった様子だと、『一ツ星』であるという理由でトラブルが起きかねないからだ。
「依頼完了の報告と、記録の提出に来たわ」
「お待ちしておりました。そちらの処理はこちらでしておきますので、奥の応接室へどうぞ」
「先に理由を聞かせてちょうだい」
自然な流れで奥へと促す受付嬢を遮って、姉が鋭い視線を飛ばす。
冒険者ギルドの様子と、僕たちへの要請。
おそらく無関係ではないだろう。
「東スレクト村からの書状について、聞き取りたいことがあるからとのことです」
睨む姉にやや怯えながらも、受付嬢が理由を口にする。
まあ、予想通りの理由だった。
しかし……簡易とはいえ記録が出ているのに聞き取りとは。
「いいわ。行きましょ」
「ノエルさんはここに残ってください」
受付嬢の言葉に、姉がピクリと反応する。
「それはどうしてかしら?」
「ええと、その……『一ツ星』は通すな、とギルドマスターが仰っておりまして」
「あらそう。じゃあ、行かないわ」
踵を返す姉。そして、慌てる受付嬢。
「じゃあ、はいこれ。正式な記録よ。報酬をだして」
「あの、そういう訳には……」
「依頼された仕事はこなしたわ。完了票も記録もある。でも報酬は出せないというのはどういう事かしら」
受付嬢を責めたところで仕方ないとは思うが、道理が通らないことを嫌う姉にとって、受付嬢の態度はかなりの悪手だ。
「聞き取りが終わってからでないと……清算できないことになってまして」
「そ。じゃあ、未達成で処理してちょうだい。代わりにこれは返してもらうわ」
完了票と記録をカウンターから引き揚げて、姉がこちらに向き直る。
「二人とも、行きましょ」
「いいの?」
「いいわよ?」
そう言って、姉は僕とチヨの背を押す。
これは完全にへそを曲げてしまったと見ていい。
それが僕のせいであるというのは、嬉しくもやや心苦しいが。
「お待ちください。出頭要請が出ているんですよ!?」
「ギルドには出頭したじゃない。何の話がしたいのか知らないけど、うちの弟抜きでないとできないような話なら聞きたくないわ」
「そんな我儘──!」
受付嬢が一瞬顔を赤くするが、姉が濃い殺気を撒き散らしたので、今度はその顔はみるみる青ざめていく。
そして、震えたまま黙り込んでしまった。
姉の本気の殺気をぶつけられればああもなる。
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行けや!」
「こっちは迷惑してんだ!」
「お前らのせいで発令が遅れてんだぞ!」
ギルドの酒場にいる冒険者からは怒号か野次かもわからぬ言葉。
しかし、その中に気になるものがあった。
発令が遅れている?
どういうことだろうか?
僕たちはあくまで現地での事前調査員だ。
記録には基本的に事実しか記載しないので、走蜥蜴の群れのことと大走竜のこと、それらと戦闘を行ったことなどしか記載していない。
ウィルソンがしたためた書状に関してはいかなるものかわからないが、おそらく〝大暴走〟の予兆ありとでも書かれていたのだろう。
事実と予測が揃えば、普通は本格調査のための依頼や領軍による討伐隊が組織されるはずなのだが、どうもこの様子だとそのどちらも動いていなさそうな雰囲気だ。
「姉さん、話聞いてきてよ」
「嫌よ。ここで退いたら負けだもの」
勝ち負けではないと思うのだが。
しかし、ここまで意固地になった姉を納得させるのはなかなか難しい。
だが、粘ってみよう。状況が知りたい。
「僕も話を聞かせてほしいんですけど、何とかなりませんか?」
「『一ツ星』は入れるなと厳命されております」
小さく舌打ちした姉が声を張り上げる。
「どうしてもって言うなら、ここで説明したらいいじゃない! 聞かれて困るようなことは何もしてないわッ!」
「し、しかし……」
「コソコソした話なんて求めてないもの。ここでなら聞いてあげるわよ? 逃げも隠れもしないわ! ──ねぇ!? あんた達だって聞きたいんじゃない? 訳も分からず足止めされてるんでしょ?」
一瞬静まり返った酒場に、声が満ちる。
「そうだそうだ! とっとと話しちまえ!」
「緊急依頼発令するんじゃねぇのかよ!」
「もったいぶってんじゃねぇぞ! ギルマスよんでこい!」
その様子におろおろする受付嬢。
少しかわいそうになってきた。
「じゃ、あたし達そこで待ってるから」
受付嬢を一瞥して、空いたテーブルを指さす姉。
すぐにギルドを出なかっただけ、こちらは譲歩したと言える。
「みんな、迷惑かけて悪かったわね。一杯ずつ奢るわ!」
「ヒュー、姉ちゃんわかってるぅ!」
給仕を呼んだ姉がそう宣言すると、周囲の冒険者たちが湧きたった。
金は貴重だが、今は敵を作らないことの方が大切だ。
しばし時間が流れて、冒険者たち全員に奢りの麦酒が行きわたった頃……奥の扉から小太りの男が姿を現した。
その表情は険しく、不機嫌さを隠そうとしていない。
そして、憎悪に似た不躾な視線は僕に注がれていた。
「こいつか? 生意気な『一ツ星』とやらは」
「あんたがギルドマスター? うちの弟をそんな風に呼ぶのはやめてもらえる? 次やったら殺すわよ」
「はン? 姉は『五ツ星』と聞いたが……はあ、『一ツ星』の姉だけあって礼儀がなってな──ぐゥァ!」
ため息をついた男の顔に、姉が投げた中身の入ったままのジョッキが直撃する。
「ちょ、姉さん」
「ノエル、黙ってなさい。この男は死にたいらしいみたいだし」
止めようとする僕を力づくで押しとどめて、姉が立ち上がる。
「き、貴様ァーッ!」
「あたし、次は殺すと言ったわ。覚悟して口にしたんでしょうね?」
息苦しさすら感じるほどの重たい殺気が、男に向かって放たれた。