第25話 修復作業
「おはようございます、ノエル様」
「……おはよう」
朝起きると、幼馴染の顔がすぐそばにあった。
「ようやくお目覚めですね」
「わ……っ。ご、ごめん」
触れる柔らかさと温もりに、ようやく僕は自分の失態を自覚して、チサを解放する。
どうやら、昨晩の僕は寝ぼけた頭で大きなミスをやらかしたようだ。
「剥がしてくれればよかったのに」
「よくお休みでしたので」
そうはにかむチサに僕は小さくなってしまう。
「さぁ、起きましょう。エファ様がすでに朝食の準備をされていますので」
「どうして姉さんも起こしてくれないんだ……!」
「お気遣いなさったのかと。わたくしは少し子供の頃を思い出しました」
そう言えば、まだチサが『無色の塔』にいた頃は一緒のベッドでよく寝ていた気もする。
懐かしくはあるけど、いまはもうお互い『降臨の儀』を終えた大人だ。
幼馴染とはいえ、嫁入り前の女性このようなことをするのは、あまり好ましくない。
「大変、申し訳ございませんでした」
膝を揃えて姿勢を正した僕は、頭をしっかりとつけて詫びる。
チサの父から教わった、最上位の謝罪の姿勢だ。
彼の出身地、東果ての地にあるヤーパンという国では、このようにして非礼を詫びるものだと聞いた。
無防備に首と背を差し出し、全身で謝罪を表現するのが侍の国の掟であるらしい。
「ノ、ノエル様! あの、チサは気にしておりませぬので!」
慌てた様子で半ば強制的に僕の上体を引き上げるチサ。
思ったより力持ちだった。
「でも……」
「おかげさまでチサもよう眠れましたので。そうお気になさらず」
顔を少し赤くしたチサがそう言うので、僕はもう一度だけ謝ってからテントの外へ出る。
次から眠る時は手足を縛る魔法道具でも使ってから眠ろう。
「あら、おはよ。そろそろ起こしに行くところだったの」
「おはよう、姉さん。起こしてほしかったよ、僕は」
事情を察したらしい姉が、口角を小さく上げる。
「ふふふ、あんまりにも仲良しで寝てるんだもん。それに、チサがこのままでいいって言っ──むぐ」
「エ、エファ様! そのことはご内密に」
テントから出てきたチサが素早く姉の口を両手でふさぐ。
チサがいいと言った?
それはおそらく魔力不足でぶっ倒れた昨晩の僕に気を遣ってのことだろう。
「気を遣わせてごめんね」
「はいはい。ま、いいじゃない。別に他人てわけじゃないんだし。仲が悪いよりはずっといいわ」
朝食──走蜥蜴の肉をふんだんに使ったスープ──をよそいながら、姉が笑う。
いい匂いだ。〝英雄の再来〟は料理もうまい。
これも、僕が姉に適わない分野だ。
「おいしいです」
「あんがと。いっぱい食べてねー。肉だけなら唸るほどあるから」
「五十体分だもんね」
昨日、草原の防衛戦で倒した走蜥蜴は全て回収してある。
姉の持つ魔法の鞄は、きっと走蜥蜴の死体でパンパンだろう。
捨て置いてもよかったのだが、血や肉のニオイに釣られて他の魔物が寄って来てもまずいし、走蜥蜴という生き物はそれなりにいろいろと使いでがあるのだ。
まず、冒険者ギルドでは恒常の討伐依頼対象となっているため、実績にすることができる。
肉はやや臭みはあるものの食用に適するし、鱗のならぶ柔軟な皮は防具や革製品として加工できるため、売ればそれなりの金にもなる。
修理用の物品を揃えるにも、生活するにも金は必要だ。
臨時収入としては申し分ない額になるだろう。
「ご飯を食べたら出発するわよ。魔法道具の修理は任せたからね!」
「全力を尽くすよ」
そう返事しながら、魔力問題の事を思いだしてしまった僕は、小さくため息をつくのだった。
◇
結果から言って、魔法道具の修復はかなり順調にいった。
秘匿構成化されている部分に破損はなく、どちらかというと魔力導線やそれを効率化する魔法式、およびそれを正常作動させるための魔力回路の経年劣化がほとんどだった。
長く使っていないものに、大量の魔力を流し込めばこうもなる。
おかげで定期メンテナンスの大切さをこの身で実感することになってしまった。
「どう?」
汗だくの僕に、姉がタオルを差し出しながら尋ねる。
それを受け取って、僕は曖昧にうなずいた。
「順調は順調だよ。ただ、一つ問題があってね……」
そう言葉を切って、僕は転移装置を振り返る。
やはり問題は、魔力だ。
後はほぼそれしかないので、もうここで伝えるしかあるまい。
「問題?」
「動力──魔力が足りない」
「ノエルの魔力量でもダメなワケ?」
「全然足りないよ」
僕が人より多少多くの体内魔力を有しているのは、僕も自覚している。
……それ故、魔法を使えないとわかったときの落胆も大きかったのだが。
とはいえ、人間の所有する魔力程度でこれを起動するのは難しい。
「【疑似迷宮核】みたいなのがいるのね?」
「そうなる」
【疑似迷宮核】は内部に大量の魔力を蓄えた結晶体だ。
親指ほどの大きさの特殊な水晶に、特別な魔法式で環境魔力を注ぎ込み続けて作るこれは、都市のインフラや超大型の魔法道具の起動用魔力源として使用されることが多い。
この転移魔法道具もしかりだ。
「学園都市に行けば手に入るかしら?」
「それは無理だと思う。まだ開発すらされてないよ」
疑似迷宮核を発明したのは『無色の塔』の賢人──つまり、父である。
つまり、この時代にはまだ存在していない技術なのだ。
「うーん、困ったわね。とりあえず、少し休憩してから考えましょ。汗、流してきたら?」
「うん、そうするよ。さすがにちょっと気持ち悪いし」
少しばかり集中しすぎたらしい僕は、全身汗だくで……きっと、相当汗臭い。
すっきりした思考をするためにも、体を先にさっぱりさせた方がいいだろう。
「じゃあ、川に行ってくるよ」
「ええ。気をつけてね」
姉に軽く手を振って、僕は遺跡のそばを流れる川に足を向けた。